「あの、すみません」
「──おぉ、君か。久々だねぇ」
「はい。あの、大総さんは……?」
「あぁ、あいちゃんか。あいちゃんなら有給で宮崎に行っちまった」
「宮崎へ?」
「なんでも、"センパイ"に会いに行くって言ってたなぁ。だからしばらくはあいちゃんはおらんよ。ごめんなぁ」
「…………」
────
こうして地元から出るのは、修学旅行以来になるかもしれない。だけど同じ日本なんだと感じさせる景色で、新鮮さと同時に安心感も覚える。
……来たね、宮崎。
今のわたしの心の半分は、これからすることへの使命感と先輩の役に立てることの喜び。残りの半分は、ちょっとした罪悪感。
期間は今日含めて五日間。その間わたしは宮崎に居続けることになる。それはつまり、普段接してきた子たちを直接愛することが出来なくなるということ。
離れていてもこの愛は変わらないけど、直接伝えたほうが良いことをこれまでのことから知ってる。それを伝えられないのは凄く申し訳ないような気持ちになってしまう。何人かの子たちからは凄く行くのを反対されたし。
でも、だからといって先輩の話を聞いたとき、ここに来ない選択肢はなかった。
わたしは高校のときも成績は悪くもなく良くもないという立ち位置にいた。だからか先輩も、わたしに分かるように言葉を選んで、詳細を説明してくれた。
愛してほしいっていう子の名前は『天童寺さりな』ちゃん。年はアイちゃんと同じみたいで、重い病気でずっと入院をしてるらしい。加えてそのせいか、さりなちゃんのご両親は一度も見舞いに来てないんだとか。
瞬時に感じた。その子には愛が足りてないって。直接愛するべきなんだって。
この世界は愛で出来てる。つまり、総ては愛される権利がある。だからわたしは総てを愛したい。
だけどわたしのこの身体は一つしかない。もし知らなかったりしたら……凄く残念ではあるけど、取り零してしまうものもあると思う。
でも、その子に愛が不足し過ぎているんだってことを知ってしまった。
だからあの電話で話を聞いた後、すぐに宮崎に行く旨を伝えた。早くさりなちゃんを直接愛してあげないといけないから。
反対してきた子たちには、必ず埋め合わせをすることを約束して説得した。わたしに出来ることならいいんだけど。
それに、頭を冷やすちょうどいい時期でもあると思う。最近のわたしはわたしらしくなくなってきてた。ここで心機一転して、あるべきわたしを取り戻そう。
荷物を持って、空港から出る。なんとそこに、先輩がいた。向こうもわたしに気が付いたみたいで、手を振ってくる。どうやら、待っていてくださったみたい。
キャリーケースを引きながら、先輩の方へ向かう。
「お久しぶりです、先輩」
「あぁ……久しぶりだな、大総」
数年ぶりに会った先輩は、やっぱり変わっていた。医者という雰囲気が凄く出ていて、どこか遠い世界に言ってしまったよう。
だけど、すぐにわかった。変わってるところも多いけど、変わってないところもあるって。
「というか、よくすぐわたしに気が付けましたね? あれから結構経ってるはずなのに」
「そりゃお前もだろう。俺が気付いたときにはこっち見てたじゃないか」
「まぁ、先輩は先輩ですから」
「なんだそりゃ」
一瞬、先輩が笑う。知ってる顔だった。……うん、やっぱり先輩は先輩だ。
「ここで立ち話もあれですし、行きましょうか」
「……っ、そうだな」
駐車場の方へ歩き始める。先輩が車を出してくれるみたいで、ちょっと安心。宮崎の土地勘は一切なかったから、すごく有難い。
「それにしても……さっきお久しぶりとはいいましたが、正直あまり久しぶりって感じはしてないんですよね。電話していたからでしょうか?」
「……どうだろうな。確かに俺もそこまで久しいとは思えなかったが」
ちょっとした雑談をしつつ車に到着。荷物を積ませてもらって助手席に座る。
「すみません、よろしくお願いします」
「……あぁ」
今日は、わたしの宿泊先に荷物やらなにやら置いてから、病院へ行かせてもらって面会、という流れ。ということで、まずは宿泊先に向かってくださっているはず。
「先輩、今日はお休みなんですか?」
「……あぁ、ちょうどお前が来る日と帰る日を休みにしておいた。間の日も本当は休みを入れたかったが……」
「いえいえ、それだけでも十分ありがたいです。ありがとうございます」
だけど、駐車場に行き始めてから妙に先輩の空気が重く感じる。さっきからの会話の返事も若干遅めになっていて、何か別をことを考えてるみたい。
「……」
このタイミングで発生する悩み事……なんだろう。わたしと全然関係ないことだったら深く突っ込むべきじゃないだろうけど、行き始めてから出てきたように見えたしな……。
あ、もしかして……。
「──大丈夫ですよ、先輩」
「? 大総……?」
だったら、安心させないといけない。わたしは、変わってないということをちゃんと見せないと。
「わたしは、総てを心から愛してますから。施設の子たちも先輩も、勿論さりなちゃんもです」
「だから、ちゃんと直接愛を伝えられますよ」と最後に付け加えた。これが先輩が考えてた悩み事の可能性があるから。
どうやら、中には知らない人のことは愛せないという人もいるらしい。もしかしたら先輩は離れてた間にわたしがそうなってしまったんじゃないかって思っていたのかもしれない。だったら、その誤解を解かないと。
「──いや、お前の愛は1ミリも疑ってない。エピソードやら、実際に施設の子に会ったりしたときから、それは大丈夫だと思ってる」
「そう、ですか? ありがとうございます」
違ったみたい。でも、ならどうして……?
「……正直、お前を巻き込んで良かったのかと今でも思ってる」
一言、先輩は零した。
「先輩……?」
「話した通り、さりなちゃんは両親からは邪険に扱われてる。だからさりなちゃんに愛を知ってもらいたくて、お前を呼んだわけなんだが……」
少し間を置いて、先輩は続ける。
「……本当は言いたくはないが、さりなちゃんが助かる可能性は──限りなく、0に近い」
「……」
「だからお前がさりなちゃんを直接愛してくれたとしたら、お前の中に"さりなちゃん"が存在し始めることになる。そうなればさりなちゃんが亡くなってしまった時──お前を深く傷つけることになる」
……。
「大総、ここまで来てもらってあれだが、止めてもいい。頼みはしたが、強制はしない。俺が頼んだからって無理に引き受けなくていいんだ。ここで五日間旅行しにきたと今から予定を変更してもいい。だから──」
「先輩」
先輩の言葉を、少し大きな声で塗りつぶす。
「わたしは、総てを愛してますし、愛したいんです。その愛を直接伝えたいんです」
わたしの昔からの生き様であり、目標。
「確かに先輩のお願いということもあってきているという点があるのは事実です。しかし、もし先輩以外の方が同じ頼み事をしたとしても、わたしは迷わず行きましたよ」
理由なんて、とっくの昔に分かってる。これしかない。
「愛されないなんてことは、あってはいけないんですから」
わたしの言葉を聞いて、少しして先輩は「そうか」と零した。
「……お前は、本当に変わらないな」
「えぇ、これがわたしですから」
そうだ。わたしの在り方はこうだ。少しだけ、思い出せた。
これだけでもここに来てよかったと思える。だけどさらに来てよかったと思えることが待ってる。
待っててね、初めましてのさりなちゃん。たくさん、愛させてね。
──────
宮崎のある病院、その一室。彼女はそこにいた。
いつものようにブラウン管のテレビに釘付けになって、ペンライトを振っている。
その表情は、憧れそのもの。とんでもなく美しい宝を目の前にした人のよう。
そんな至福の時間を消すようにして、部屋の戸がノックされる。
邪魔をされて半分軽い怒り、残り半分疑問を抱きつつ、彼女──天童寺さりなは返事をした。
「はーい」
こんな時間にここに来るのは彼女の愛しの人である“せんせ“くらいしかいない。だけど今日そのせんせは休みであると本人から聞いていた。
だからこその疑問。一体誰がわざわざここに来たんだろうか、と。
もしかして、という僅かな期待をしつつ、扉が開けられるのを待った。
「──こんにちは、さりなちゃん」
「せんせ!」
思わず嬉しくなり入ってきた彼──雨宮吾郎に満面の笑顔を向けた。
休みだというのに、わざわざ自分に会いに来てくれたことが嬉しくなってしまったのだ。
「休みなのに会いに来てくれたの?」
「まぁ、それもある。だけど今日は、さりなちゃんに会ってほしい人を連れてきたんだ」
「会ってほしい人……?」
吾郎に目で合図され、入ってくる一人の女性。
少し屈んでさりなと目線の高さを同じにして、いつもの笑顔で彼女は告げた。
「大総あいです。雨宮先輩とは、高校時代の後輩なの。よろしくね?」
──若干、さりなは脳が破壊されたような感覚を味わった。
「え、ぁ、はい、よろしくお願いします……」
彼女からすれば、想い人が突然女の人を連れてきたようなもの。しかも、そこそこの美人。彼女だと紹介されても違和感がないレベル。ここで叫ばなかったことを自分で誉めた。
一瞬で心がぼろぼろになってしまいそうだったさりな。しかし、ここで思い出す。先ほどの自己紹介を。
「(……あれ? でもこの人、後輩ってしか言ってなかったよね)」
そう、“彼女“でも“妻“なんかでもない。つまり、自分にもまだチャンスはあるということ。
「それじゃ、一旦俺は席を外す。大総、少しの間任せた」
「はい、分かりました」
だけど目の前の二人を見ても、ただ先輩後輩をやってたようには見えない。さりなはその辺りの事情は詳しくは知らないが、おそらくそうだと勝手に思い始める。
つまりここで重要になってくるのは、想い人吾郎との関係性。彼女以上なんかじゃありませんようにと願いつつ、それを暴いてやると心の中で強く決意した。
それに仮に本当にただの後輩であったとしても、わざわざさりなに会いに来る理由が分からない。もしかしたら目の前の女の人は、愛しの人を誑かしてるやつかもしれない。
「(待っててねせんせ。私が……助け出してあげるから!)」
「あ、これB小町のライブ? いいよね、わたしも好きなんだ」
「ほんとっ!?」
即堕ちである。さっきまでの決意はどこへやら、一瞬で懐き始めた様子だ。
だけどそれも仕方ないのかもしれない。彼女がこれまで接してきた人はB小町のファンどころか、知っている人のほうがわずかに少ないレベル。
吾郎のことは布教活動の末同志に落とし込むことには成功したものの、これはいわば養殖の同志と言っていいだろう。
そんな時にやってきた『大総あい』という最初からB小町について知ってるしファンらしき女性。いわゆる天然モノ。食らい付かないわけにはいかなかった。
「デビューライブしか今のところ行けてないんだけどね」
「え、逆にデビューライブ行ったことあるの?!」
「うん。偶然にもほぼ目の前」
「えー、いいなぁ」
加えてまさかのライブ経験者。興奮が留まるところを知らなかった。
「ねぇねぇ、やっぱりアイは最初からすごかった?」
これに少しだけあいは固まったが、すぐに優しい表情になり、答えた。
「──うん、凄かった。めちゃくちゃキラキラしてたよ」
「だよね! お姉さん分かってるじゃん!」
疑念の心はもう既に消えた。あるのは新たな同志と語れる楽しさだけ。
大分心を開いてくれたさりなのことを嬉しく思いつつ、あいは言葉を紡いだ。
「じゃあ次は、さりなちゃんのことを教えてほしいな」
「私のこと?」
「うん、B小町のどういったことが好きなのかとか、普段何をしてるのかとか、色々ね」
「いいよ! まず、B小町はね──」
好きなことに対して止まる気配がない話をするさりなと、それを楽しそうに聞いて求められているリアクションをそのまま返すあい。それを受け楽しくなり、ますます話が加速するものの、あいは当たり前のように普通について行く。
愛したい女と、これから愛を知っていく少女。この二人は、ほぼ完璧と言っていい形でスタートしたのだった。
大総あい。
さりなちゃんを愛するのと、自分を見つめ直すという二つの動機で宮崎へ向かった。
一日目で順調に仲良くなっている。
雨宮吾郎。
あいを巻き込んで若干後悔。だけど、全く変わらないあいを見て、後悔を見て見ぬ振りをし託すことに決めた。
天童寺さりな。
当たり前のように自分の話についてきて楽しそうにしてくれるあいに出会えたことに嬉しさを感じてる。
初日なのにすっかりさりなの中のあいは大きくなった。