少しの用事を済ませて病室に戻ってきた吾郎が目にしたのは、さっきまで初対面だったはずなのにめちゃくちゃ仲良くなっている二人であった。まるで元から友人であったかのように、楽しそうに話をしている。
「……流石だな」
いくら愛するプロであるあいとはいえ、初対面ならもう少し時間がかかるだろうと想定していたため、ここまで仲良くなってることに驚いてるのと同時に、仲良くなってくれていることを嬉しく思っていた。
いつもなら吾郎が入ってくればすぐ反応するさりなが、話に夢中で気が付いてない。あいも同様であったが、ここであいが「あら」と吾郎のほうに振り向く。
「先輩、お帰りなさい」
「あ、せんせ! いつの間に帰ってきたの?」
あいが声をかけたことによりさりなも気が付き、いつもの笑顔を向けた。
「少し前だよ。かなり盛り上がってたみたいだな」
「うん! お姉さんね、B小町のことすっごく知ってるし、話してて凄く楽しいの!」
「うふふ、ありがとう」
「へぇ、お前があのB小町を……」
吾郎は意外そうな目をあいに向けた。
「意外、ですか?」
「あ、あぁ。お前はそういったことには興味ないと思ってた」
「そんなことないですよ。だって、アイドルは愛を振り撒く存在じゃないですか」
「あーなるほどな。理解した」
「まぁ」
これ以上の説明は不要とばかりに打ち切る吾郎。雑な対応をされてもにこにこと微笑んでいるあい。
「……むー」
そんな二人のやり取りを見てジェラシーを感じるさりな。
あいという女性が、悪い人間ではないということはそれまでの会話でさりなは理解した。しかしだからといって二人の明らかに仲がいいんだってやり取りを見ていられるかと言われるとそうではない。
そのためはっきりさせておきたい。二人の本当の関係を。ただの先輩後輩というのは正しいのかということを。
「二人ってさ、仲良いよね」
「? そうか?」
「そう? それなら嬉しいな。先輩は数少ない学生時代の知り合いだから」
「え、そうなの?」
今度はさりなが聞く番になった。
さりなは一般的な生活を知らない。学校にもいけてないから。しかし周りから話を聞いて断片的には分かっていた。例えば学校というのは、友達を作りに行くような場所でもあるとか。
だがあいのこの発言は、友達はいなかったとも受け取れる。けれどもこんなに話をしていて楽しいあいに友達がいないとは思えなかったのだ。
「あー、さりなちゃん。こいつはちょっと事情が特殊でな。昔やらかしてしまったらしいんだよ」
「でも後悔はしてませんよ? だってあれがわたしですから」
「本ッ当にお前は変わらないな……一周回って尊敬するよ」
「あらあら、ありがとうございます」
「いや、これ皮肉だからな? それ分かっててやってるだろ」
「うふふ」
話題を振ったつもりであったのに、気がつけばまた二人で会話している。
「……むー!」
さりなは不満だった。とにかく不満だった。
だが、これは吾郎とあいの関係だけで起こってるものなのかは本人にもはっきり分からない。ただ、不満が大きくなってきていたのは事実。
それにいち早く気が付いたのは、あいだった。
「あっ……ご、ごめんね? こっちばっかりで話しちゃって。久しぶりだったからつい……」
「……少なくとも五年は経ってるな」
「……え、五年以上会ってなかったの? ていうか久しぶりに会ったのになんでそんなに仲良さそうなの?!」
さりなには目の前の二人は毎日か、少なくとも一週間に一度は会ってるくらいの関係だと思っていた。そのくらい仲が良さそうだったから。
これを受けて二人は「確かに」という風に感じ、どうして高校時代のような会話が今出来ているのかを少し考え始める。
「うーん……先輩だから?」
「大総だから、としか……」
「もー! なにそれ! 答えになってないよー!」
確かに答えになっていない。苦笑する二人。
ここであいが「じゃあ」と会話を切り出した。
「今度は、さりなちゃんと先輩について教えてくれる?」
「……へ? 私とせんせのこと?」
「うん。さっきも言ったけど、先輩に会ったのは凄く久しぶりなんだ。だからその間の先輩のこととか、どんなときにさりなちゃんと会ったのかとか、どんなことがあって仲良くなったとか、色んなこと聞かせてほしいの」
ここで吾郎が一瞬固まる。しかしすぐ復活し言葉を発した。
「え、あー……大総? そんなに詳しく聞かなくても」
「ダメです。さぁ、さりなちゃんどうかな。話してくれる?」
「──うん! えっとね、確か初めて会った時、せんせは研修をサボってここに来て──」
「ストォォップぅ!!」
話を無理矢理打ち切ろうとする吾郎、面白がって話を続けるさりな、変わらないにこにこした笑顔で話を聞くあい。多少のトラブル事はあるものの、概ね何も問題はなく話は盛り上がり続けていく。
いつの間にかそこにいる者たちが浮かべている表情は、笑顔のみになっていた。
─────
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
気が付けば外は橙色どころか闇色に染まり、虫が鳴き始め夜をアピールしている。
これに気が付けたのは、今回は吾郎だった。
「……もう、こんな時間なのか」
「え? あ、ホントだ。もう夜になっちゃってる」
それはつまり、終わりが近いことを意味している。病院は家じゃない。面会時間というものが存在しているのだ。
「じゃあ大総、そろそろ」
「はい、そうですね」
立ち上がるあい。それを見てさりなは思わず──あいの服を摘まんでいた。
「……ん?」
「あっ……」
無意識だったようで一瞬互いに何が起こったのか考え、その結果さりなは赤面し、あいは微笑んだ。
そしてあいは、さりなを安心させるように優しく言葉を紡ぐ。
「また明日ね、さりなちゃん」
「! 明日も来てくれるの?!」
「えぇ。明日はもっと早く来るから、沢山お話しようね?」
「うん! またね!」
見えなくなるまで互いに手を振り合い、別れる。その後吾郎とあいは二人で駐車場へと歩き始めた。
「仲良くなれたみたいだな」
「えぇ。好きなことが共通していたのが大きかったです。話も面白かったですし」
「そうか」
嬉しそうに笑みを浮かべる吾郎。それを見てさらに微笑むあい。
「これなら大丈夫そうだな。一応聞いておくが、何も問題はなさそうか?」
「──えぇ、大丈夫です」
「なら、安心だ」
一瞬あいが固まったことには吾郎は気が付かなかった。
しかしあいの様子は一瞬しか変わっておらず、それ以降は以前と同じだ。これで気が付けと言うのも難しいのかもしれない。
「(ごめんなさい先輩……でも、これはわたしの役割ですから)」
敢えてその話題を振らないことを決めたようで、意図的にそれから逸らすようにして話題を作り始める。
「そういえば先輩、明日はどんなことをなされるのですか?」
「明日か? 明日は──」
別の話をし始めた二人。結構強引ではあったが吾郎がそれに気がつくことはなく話が進んでいく。
その後車に乗り病院を後にし、あいが泊まる宿泊施設の前に着く。今日の別れの時が来た。
「それでは、また」
「あぁ。明日からは俺が早いから送り迎えは出来ないから、気を付けてな」
「はい。先輩こそ、あんまりサボっちゃダメですよ?」
「分かってる……。それじゃまたな」
荷物の置いてある自室に戻り、一息。宮崎に来て初めての一人を時間がやってきた。
「……明日はもっともっと愛してあげないとね」
もはや日課と言っていい決意をし、食事や風呂を経て眠りにつく。
あいは留まるところを知らない。
───
次の日、その次の日と、あいはさりなの元に行き続けた。やることは一日目のようにただただ話をしたり、一緒にライブ映像を見て感想を語り合ったりするだけ。ほとんどの時間は二人きりで過ごしていた。
話題が尽きることは基本なかった。B小町という共通の好きな話題から、今日ここに来る道中何があったやら病院の雰囲気がどうだったやらのどうでもいい話題まで、だが互いに飽きることなく会話に興じていた。
そう、非常に楽しく、心地良い時間を過ごせているのだ。今、この時も。
しかし、さりなは楽しいという気持ちと同時に、ある疑問が出てきていた。
「(……なんで、この人はこんなにしてくれるんだろう?)」
さりなは気が付いていた。自分の病気のことを。自分は大人になれないんだってことを。だから多分、親は会いにきてないんだってことを。
さりなは知っていた。吾郎は医者だから、こうして自分に構ってくれている節もあるということを。
さりなは学習していた。何か理由がないと、自分は誰からも接してもらえないんだと。
けれど目の前の女の人は、医者でも何でもない。さりなに接する理由がない。
あいが飛行機で宮崎に来て、それからずっとここに来て話をしてくれていることをさりなは知っている。
いくら吾郎に頼まれたとしても、何か理由がなければわざわざ死ぬことが分かってる人に会うために飛行機に乗って会いに来るなんて普通考えられない。
だがその理由が全く見当たらないのだ。
吾郎に好印象を与えるため? けれどもこの連絡がなければ一生連絡をすることはなかっただろうってくらいの関係性だ。それに既に別れて5年以上過ぎていて互いに違う世界で生きてきていたのに、好感度を稼ぐ意味がわからない。
いわゆる偽善というやつ? だがわざわざそのために有休を取って宿泊費や交通費を出すだろうか。かなり痛い出費のはずだ。自己満足とはいえど、そのためにここまでするのかと納得はできない。
じゃあ──何故この人はここにいてくれるのだろうか。
「……」
「……さりなちゃん?」
「──え、ぁ、ごめん。ぼーっとしてた……」
考えに集中してしまい、つい黙ってしまっていたよう。会話を中断してしまったことを申し訳なく思っていると、あいは心配そうな表情を浮かべ尋ねて来る。
「大丈夫? 少しでも何かあったらすぐに言ってね。さりなちゃんには元気でいてほしいから」
あぁこれだと、さりなは感じた。
あいと接する時に感じるこの温かさ。吾郎と話していたときにも感じてはいたが、あいのその量は桁違いだと。
この温かさをさりなは好きになっていた。かなり心地よいと感じていたのだ。
これまでの疑問を全て捨て、この心地よさに身を任せてしまえば、最後までただこの心地よさが続いてくれる。無駄なことなんて考えないで、このままでいいのかもしれない。そう、考えた。
だが、この温かさを感じるからこそ強まる疑問。接すれば接するほど大きくなるそれを、忘れることなんてできなかった。
「──お姉さんはさ」
突然、口が動き始めた。一瞬で気が付き止めようとするが、既にもう遅い。
「なんで私と一緒にいてくれるの?」
すぐに、後悔した。今ならまだ冗談で済ませられるとして、無理に笑って流そうとした。だけど、止められない。
「急にどうしたの……?」
「知ってるんだ。私、助からないんだよ。今の時代じゃ治せないんだって。だからきっとママは会いに来てくれないんだ。もうすぐ死ぬ人に何をしてもムダになっちゃうから」
一度出てしまえば、それはもう防ぎようがない。
「せんせは医者だから私を見てくれてるんだよ。そうじゃなきゃ、ママみたいに何もしないと思う。多分、これが普通だから」
さりなはこんなこと言いたいわけじゃない。もう言いたくない。なのに、どうしても口は動いてしまう。
「なのにお姉さんはずっと一緒にいてくれる。ねぇ、なんで? ムダになるんだよ? 意味ないんだよ? なんでここまでしてくれるの?」
最後まで、来てしまった。聞いてしまった。本当はそんなこと聞くつもりなかったのに。
一番理由を聞いちゃいけない人が、聞いてしまった。終わった、とさりなは感じた。
今日限りで来なくなってしまうあいを想像する。凄く苦しくなると同時に仕方ないという諦めの感情も入り混じる。
なぜなら、こういう理由は隠すものだからだと。暴いちゃいけないものだからと。それを破ってしまったんだから仕方ないんだと。
この先、あいがどんな行動や発言をしてもさりなは受け入れるつもりでいた。自分の蒔いた種なんだからしょうがないんだと諦めを抱いて。
「……理由、かぁ」
少し考える素振りを見せるあい。全く動揺した様子は見せない。
これにさりなは困惑した。心の底が暴かれれば人は動揺するものであるはずなのに、それが全くあいからは感じられないからだ。
「──
少しして、納得したような声を出すあい。さりなはますます困惑。
すぐにさりなに向き直る。いつもの優しい微笑みを向けて。
「一つだけ、言えるのがあるよ」
次の瞬間、さりなの全身が
「わたしはね──さりなちゃんをとびっきり愛したいんだ」
大総あい。
さりなちゃんからは言葉にするのが難しい違和感のようなものを覚えていた。それが今回のさりなちゃんの告白で把握し、より一層愛することを決意。
先輩のサボりについては、まぁ人間ではあるから仕方ないし、何か理由があるんだろうと信じている。だがほどほどにすべきだとも思ってるみたい。
あらすじだと"少女"としてるけど、そろそろ少女はキツイかな……?
雨宮吾郎。
二人が仲良くなって嬉しい。
出来れば自分を慕ってくれる後輩の前では格好いい自分でいたかったためサボりについては極力触れてほしくなかった。でもバレちゃったね。
天童寺さりな。
賢い子。
かなりあいの存在が大きくなった。それが故に件の疑問が強まったと言える。
それを思わず言っちゃったら、なんか思ってたのと全然違う対応をされて現在困惑中。