あいの女神様   作:エンゼ

8 / 31
「愛したい」って思った時には既に「愛してる」のでは・・・?


8話

「愛したい……? 私を……?」

 

 さりなには、あいの言葉が理解出来なかった。

 さりなが聞いたのは、どうしてそんな温かいことをしてくれるのか。それの答えとして出てきたのが「愛したいから」いうものだったから。

 

 突然の抱擁に加えて理解できない発言。それに戸惑い続けるさりなに、あいは優しい口調で続ける。

 

「ねぇさりなちゃん。『愛』ってなんだと思う?」

「『愛』……」

 

 さりなの中では、その答えは出ていた。愛するには理由が必要である、という答えが。

 吾郎がさりなに接してくれるのは患者だから、さりながアイを推すのは自分の憧れだから、のようにだ。

 

 だからこそ、尋ねてしまったのだ。あいがさりなをそのように扱う理由がないから。しかし返ってきた答えは「愛したい」。答えになっていない。そのためさりなは困惑し続けている。

 

「──愛はね、本当は理由なんか必要ないんだよ」

「え……?」

 

 そんなさりなの築き上げてきた常識を崩すように、諭すようにしてあいは告げた。

 

「世界はね、愛で出来てるの。だってそうでしょ? ある人がこうして生活出来ているのは、誰か別の人のおかげだし、その逆もそう。支え合って生きてるの」

 

「それは人だけじゃない」とも付け加え、続ける。

 

「自然も動物も植物も、総て奇跡的なバランスで出来ているの。誰もが支え合っているからこそ、バランスが保たれてるからこそ、地球が、宇宙が存在できてる。そしてその根底には、愛がある」

 

 さりなには難しく、あまり理解が出来ていない。しかし、言いたいことは伝わってきていた。

 

「つまり愛することは当たり前で、素晴らしいこと。だから理由なんて必要ない。総ての人が、動物が、植物が、存在が平等に愛される権利があるの」

「──じゃあなんでッ!」

 

 さりながここで大声を上げ、反射的に顔を上げて向かい合う形になる。

 

「……なんでママはお見舞いに来てくれないの?」

 

 そのまま真っ黒な目で、あいにそう問いかけた。

 

「愛するのは当たり前なんでしょ? だったら、娘を愛するのも当たり前だよね? ……なのに、なんで一回も来てくれないのッ?!」

 

 隠された本音が押し寄せて止まらない。

 

「ずっと待ってた! せんせが来るのも嬉しいけど、それと同じくらいママにも来てほしかった! 一回でもいいから心配してほしかった!」

 

 あいはそれを黙って聞いていた。それに腹を立てたのか、矛先があいの方へと向く。

 

「ねぇ答えてよお姉さん! なんで、なんでママは私に会いに来てくれないのッ?!」

「……世の中にはね、まだそれを分かってない人がたくさんいるの。愛が当たり前だから、存在に気が付けなくなっちゃったり、見えなくなっちゃったりしちゃう人が。残念だけどもしかしたら、さりなちゃんのママもそうなのかもしれない」

「じゃあ私はもう一生ママに愛されないってことなの?! そんなの──」

「だからッ!!」

 

 今度はあいが大声を出した。驚き怯むさりな。神妙に、だけど微笑みを浮かべながらあいは続ける。

 

「だから、さりなちゃんのママが思い出してくれるまで、気が付けるまでは──代わりにわたしに愛させて?」

「え……?」

 

 再び優しく抱きしめられるさりな。だけど先ほどに比べ少し力強い。だが、不快じゃなかった。

 

「わたしじゃさりなちゃんのママの代わりになれないかもしれない。それにいつ愛に気が付いてくれるかもわからない。でも、さりなちゃんのためになりたいって気持ちは本当。誰にも負けない自信がある。だって──」

 

 目を見開き、慈愛の象徴(ハート)を宿した目にさりなを映して、告げた。

 

「わたしはさりなちゃんのことが大好きだから」

「あ──」

 

 ここで初めて、出会った時から感じていた"温かさ"の正体に、さりなは気が付けた。

 

 これは、"愛"だと。感じたことがないくらいに大きくて、心地よくて、離したくないものだと。

 

 似ている。自分が欲しかったものに。だがそれは"ママ"じゃない。別のものだ。

 

 そう、これを言葉にするなら────。

 

 

「──おかあさん」

 

 

 言ってから、やってしまったと気が付いた。

 

 目の前の女性は子どもがいないどころか結婚も恋愛もしたことない。年齢も晩婚化が進んでる現在からすればまだまだ若い方。傷ついてしまってもおかしくない言葉。

 

 なのにいつも以上に優しい笑みを浮かべて、あいは答える。

 

「──なぁに、さりな」

「! おかあさんッ!!」

 

 あいは、受け入れた。だったらもう遠慮する必要はない。

 

「おかあさん……おかあさんおかあさん!!」

「……」

 

 今まで甘えられなかった分を全て出し切るかのように、強くあいを抱きしめるさりな。ただただ黙って、さりなを撫でて抱きしめ返すあい。

 

「……あぁ、やっと愛せた。ありがとう。愛させてくれて」

 

 誰にも聞こえない声で、実に嬉しそうに呟くのだった。

 

 

 

 ──────

 

 

 

「……何が、あったんだ?」

 

 さりなの病室から聞こえた大声。最初はさりな、次にあい。二人とも突然叫ぶような性格でもないし、仲良さそうにしていた二人が喧嘩するなど想像できなかった。

 

 だから急いで状況を確認するため吾郎は病室に向かった。そこにあった光景は、あいの膝に頭を置いて眠っているさりなと、優しく頭を撫で続けるあい。

 

 さりなの目を見ると先ほどまで泣いていたようなあとが見られ、あいはそれすらも愛おしそうにしてみている。状況からさりなが泣いていたと推察できるが、何がどうしてそうなったのかを吾郎は想像できないでいた。

 

「──あら、先輩。お疲れ様です」

「あ、あぁお疲れ……」

「本日の研修はもう終わりですか?」

「さっき丁度終わったところで……って、違う違う」

 

 あまりに自然にいつもような会話が展開されそうになったところでストップをかける。それをあいは不思議そうに見ていた。

 

「……何かあったんです?」

「いや、あったのはそっちだろ。ここから大声がしたって聞いて駆けつけたらこれだからな」

「あっ……周りの方々にご迷惑をおかけしちゃいました? すみません」

「いやそうでもなくてだな……」

 

 一息吐き、真剣な顔であいに尋ねる。

 

「何があったんだ?」

「……少し、さりなちゃんの本心を聞かせてもらっただけです」

 

 撫でる手を止め、あいは答えた。

 

「本心?」

「えぇ。そのおかげでやっと、愛することが出来ました」

「そうか……それなら、いいんだ。ありがとう」

「いえいえ。わたしこそ、ありがとうございます」

 

 そこに吾郎は深く踏み込まない。その領域は、自分ではなくてあいが適切であると考えているからだ。そしてそのあいが、大丈夫だと言った。なら吾郎はそれを信じる。今の二人の距離の近さが、答えのはずだから。

 

「……んぇ?」

 

 撫でられる手が止まったことで気がついたのか、さりなが目を覚ます。

 

「おはよう、さりなちゃん」

「ぁれ、おかあさんとせんせぇ?」

「……おかあさん?」

「先輩、後でちゃんと説明しますので」

 

 さりなの発言に違和感を持った吾郎が目をあいに向けるが、弁解することはなくはっきりとした口調でそれに答えた。そうなると吾郎としては「お、おう。そうか」という他ない。

 

「そろそろ、終了時間だな」

「やだー。もっといっしょにいるー」

「ごめんね。明日は途中までだけど、今日までみたいに一緒にいれるから」

「ぇー……え゛っ?!」

 

 その言葉に意識が覚醒したのか、少し泣きそうな表情であいのほうを見る。

 

「途中までって、なんで……?」

「……さりなちゃん、聞いてないか? 大総がここに居れるのは明日まで。明日の便で元の場所に帰るって」

「……あ」

 

 思い出す。聞いた覚えはあったのか、途端に力が抜けたように崩れ落ちる。

 

「……やだ」

「さりなちゃん?」

「ヤダッ!! せっかくおかあさんになってくれたのに明日でお別れなんてそんなのないよッ!!」

 

 涙を流しながら、あいのほうを向く。

 

「ねぇおかあさん! 仕事辞めて一緒に居てよ! もうおかあさんがいないなんて考えたくない! 私が死んじゃうまででいいから、お願いだから一緒に居て!」

「──」

「(……ここまで、とは)」

 

 突然のおねだりに驚く吾郎。あいも予想外だったのか同じく驚きの顔になっている。

 

「(まるで依存だ。大総も驚いてるから想定外みたいだ。まさかこうなってしまうなんてな……)」

 

 吾郎としては、あいの普段の愛を少しでもいいからさりなに分けてもらい、そして世の中にはさりなを愛してくれる人間はちゃんといるんだよってことを伝えたかった。ここまでになることは考えていなかったのだ。

 

 ここでさりなの要望通りにしても、予定通りあいが帰省しても、全員が幸せにはならない。必ず不幸になる。

 

「(……俺のせいか? 大総の愛を、さりなちゃんの飢えを、もっとちゃんと分かってればこうならなかったのか……?)」

 

 吾郎が内心で自分を責め始めた──その時だった。

 

「……ごめんね」

 

 謝りながら、さりなを胸元に引き寄せたあい。

 

「おかあさん……?」

「わたしね、世界中の総てが愛で出来てるって知らしめたいんだ。だからわたし、あそこで働いてるの。まずは子どもたちに愛を教えていけば、いつか愛をあの子たちから広めてくれるかもしれないから」

 

 この考えは、比較的最近出てきたものだ。きっかけは、アイ。彼女がアイドルとして活躍し出して、世間に愛を伝え始めたときから生まれた考えだった。

 

 自分の代では不可能だろう。だけど、その後継を育てることはできるかもしれない。あの素晴らしいライブをしたアイのように。

 

「それに、あそこを離れるには長く居すぎちゃってるんだ」

 

 育ててくれた恩、そしてまだまだ愛が足りないかわいい子たちなどなど。離れられない要因が、大きくなりすぎてしまっているのだ。

 

「──じゃあ、もう会いにきてくれないの……?」

「そんなことありえない」

 

 強い言葉で断言した。安心させるように、笑みを浮かべて。

 

「必ず、また会いに来る。今回みたいな有休を何度も取るのは難しいけど、これで終わりってことには絶対しないよ」

 

「だってさりなのこと、愛してるから」と、締めくくった。

 

「……ゼッタイだよ?! ゼッタイゼッタイまた会いに来てね!?」

「うん、約束する。またこうしてお話しようね?」

「うん!」

 

 指切りで約束を交わす二人。さりなとしては不満ではあるが決意が固いあいには勝てないと分かったのだろう。この約束で、我慢した。

 

「……というか大総、お前携帯があるだろう。 さりなちゃんのと交換すれば、会えはしなくても毎日電話出来るんじゃないか?」

「あ、それいいねせんせ! ねぇおかあさん、交換しよ?」

「あー……」

 

 気まずそうに頬を掻き始めるあい。その様子に首をかしげるさりなだが、吾郎は薄々気が付いたようだ。

 

「まさかお前……携帯持ってないのか?」

「……はい」

 

 苦笑いして肯定するあい。電話交換の時に施設の電話番号を渡してきていた時点でなんとなくは気が付いていた吾郎だったが、この年になるまでもそれだとは思わなかったようだ。

 

「え、おかあさん持ってないの?!」

「普段誰かと電話することなんてなかったし、いいかなーって……」

 

 そもそも携帯に興味を抱けなかったということも関係してるのかもしれない。だが今この瞬間、携帯を持ってないことをひどく後悔していた。

 

「とりあえず帰ったら携帯買います。それまでは本当にごめんね、こっちに電話してくれるかな」

 

 施設の電話番号をメモした紙をさりなに渡した。

 

「お仕事してるから毎日は難しいけど、携帯買ったら絶対時間作るから」

「……うん、わかった」

 

 大事そうにその紙を抱えるさりな。どこかほっとしているようにも見える。

 

 ちょうどそのタイミングで、お見舞いの終了時間になった。

 

「じゃあ、時間だから行くね」

「また明日な、さりなちゃん」

「あっ……うん! せんせ、おかあさん、また明日ね!」

 

 一日目のように、見えなくなるまで互いに手を振って別れた。しかし一日目以上に深くつながってしまったか、その時間はとても長く、そして全員にとって寂しい時間となってしまった。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 少し時間は飛んで、次の日の宮崎の空港内。そこに二人はいた

 もう既にさりなとの別れの挨拶は済ませ、現在は飛行機の時間を待っている最中だった。

 

 前日色々あったせいか、今日はそこまで揉めることはなくお別れをすることが出来たようだ。ただ、かなり離れるのには時間がかかってしまったみたいではあるが。

 

「先輩、本当にありがとうございました。宿を紹介していただいたり、さりなちゃんを愛する機会を作ってくださったりして」

「いや、こちらこそありがとう。俺の思っていた以上の結果になってくれた。お前に任せてよかったよ」

 

 いつものような会話。だがその裏で、吾郎は一人考え事をしていた。

 

「(さりなちゃんの大総に対するあの感情……多分、さりなちゃんが初めてじゃない)」

 

 かなり対応が手慣れていたということもあるが、それを見なくてもある程度推察出来た。

 

 まずあいのいる施設は、基本的に親などから愛されなかった子たちがやってくる。そこであいのような無限大の愛情をぶつけられた時、今回のさりなのようになってもおかしくないだろうと考える。

 

「(そうなれば、常に大総は求められている状態。本人はそれを良しとしているが……かなり大変のはずだ)」

 

 それが一人ではなく、大勢。加えてこれに施設での仕事も入ってくる。あまり施設の事情に詳しくない吾郎でも、なんとなくそれが相当大変であるというのは理解できた。

 

「(だったら……大総は誰に求めればいい?)」

 

 あいだって人間だ、ならば安心できる拠り所が必要だと吾郎は考えていた。しかし合計5日間に話を聞いた感じ、それは存在しなさそうだ。いつもどこかに気をつかって、休む暇もないだろう、と。

 

 他の職員は家庭や趣味のような心を休める場所を持っているはずだが、あいからそんな話を聞いたことがない。

 

 今回有休という形でここに来たが、そこでやったのは施設と同じこと。心を休める暇もなかっただろう。吾郎は少々……いや、かなり申し訳ない気持ちになっていた。

 

「なぁ、大総」

「? どうしましたか?」

「お前は──大丈夫か?」

 

 諸々の意味を込めてのこの言葉。突然の問いかけに少しあいは考える素振りをした。

 

 少しして、ゆっくりと答えを紡ぐ。

 

「先輩は、わたしを愛してますか?」

「──へぁ?!」

 

 今度は吾郎が驚く番になった。勿論、あいの『愛する』という言葉の意味は理解している。そういう意味ではないことを。しかし唐突すぎて変な声が出てしまったようだ。

 

 そんな吾郎がおかしいのか、あいはくすくすと軽く笑った。

 

「わたしは勿論愛してますよ。先輩はどうですか?」

「え、あ、あぁ……」

 

 気恥ずかしくなり、目を逸らす吾郎。だがこれはあくまで別の愛だと無理やり言い聞かせ、なんとか絞り出した。

 

「あっ……あい、してる」

「──そうですか」

 

 あいはにっこりと、笑みを浮かべた。

 

「それが聞ければ、十分です。わたしは大丈夫ですよ」

 

 その刹那、時間が来たようだ。キャリーケースを引っ張り、向かうべき場所へと向かい始める。

 

「では、失礼します。久しぶりに会えて嬉しかったです。また来ますね」

「……あぁ、またな」

 

 見えなくなるまで見送り、さらにその飛行機が飛んで行ってしまうまで、吾郎は空港にいた。

 あいが無事に帰宅出来ることを祈ると同時に、次の再会が早くなりますようにとひっそり願って。




大総あい。
未婚の母(血縁関係なし)になりました。

天童寺さりな。
"おかあさん"を見つけた。これまで抑えてたものが爆発して少々おかあさんに依存気味になるが、きっとゴローせんせがなんとかしてくれる。

雨宮吾郎。
二人を会わせた張本人だが、依存気味さりなや思ってた以上にヤバイ生活してるあいを目の当たりにして、二人とも大丈夫か・・・? ってなってきてる。
ついでに告白(?)された模様。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。