あいの女神様   作:エンゼ

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9話

 無事に宮崎から帰宅したわたしを待っていたのは、わたしにしかこなせないお仕事の山とわたしを待っててくれた子たちへの対応だった。

 

 基本的に職員全員が出来るような仕事は他の方々がやってくださっていたのだけど、わたしにしか触れないものは仕方なく放置されてたようで、それの後処理作業が待っていた。

 

 また、嬉しいことにわたしがいなかった間不機嫌であった子がそこそこいたみたいで、その子たちへの埋め合わせもしなくちゃいけない。

 

 ある子は一緒にゲームをしてほしい、ある子は一緒にお昼寝をしてほしい、みたいにとっても可愛らしいもの。なんなら言ってくれればよっぽどのことがない限りいつでもやれることばかりだった。皆優しい子に育ってくれててわたしは嬉しい。

 

 それで今日はアイちゃんの日なんだけど……。

 

「……アイちゃん?」

「……なに?」

「それ……たのしい?」

「うん」

「そっかぁ」

 

 最悪なことに今日片付けなきゃいけない書類があって、それをわたしは今取り組んでいる。そんなわたしを後ろから抱き締めて顔を押し付けてるのがアイちゃん。さっきからこの体勢で動いてない。

 

「……さっきも言ったけど、これあとちょっとで終わるよ。そしたらずっと一緒にいれるから、それまでは」

「やだ。だってその時間お姉ちゃんと触れ合えないもん」

「そっかぁ」

 

 アイちゃんのお願いは、今日一日自分と一緒にいること。仕事も学校も休みという、休みがちょうど重なってる日が今日みたいで、だからこの日にしたみたい。

 

 本当ならわたしだってアイちゃんを抱き締めてあげたい。5日間分の愛を直接伝えてあげたい。でも今は出来ない。

 

 ごめんねアイちゃん。あとちょっと、あとちょっとだけ待っててね……!

 

 一回深呼吸を入れて、集中。その状態で目の前の書類を片付ける。そして最後の一枚がやっと終わった。

 

「……ふぅ、終わった。お待たせアイちゃん。おいで?」

「──うんっ!」

 

 すごい勢いでやってきたアイちゃんをちゃんと受け止める。心なしかすごく力強い。

 

「はぁ……一週間ぶりくらいのお姉ちゃん」

「うふふ、昨日もぎゅーってしたでしょ?」

「でもちょっとだけだったじゃん。あれじゃ足りないよ。だからしばらくこのままがいい」

「うん、いいよ」

 

 アイちゃんの力がさらに強くなる。それだけ求めてるってことだから、返さなきゃいけない。わたしも少し力を込める。

 

「今日はどうする? ずっとこのままでもいいし、どこかにお出かけしてもいいよ。アイちゃんと一緒にいるって約束だからね」

「お姉ちゃんと一緒にいれれば、何でもいいよ」

「あら」

 

 嬉しいこと言ってくれるね。でもこれじゃ殆どいつもと変わらないからなぁ……。

 折角のアイちゃんの貴重な休みで、埋め合わせでもあるから、何か思い出に残るようなことをしてあげたいけど……。

 

「……お姉ちゃん」

「? なぁに、アイちゃん」

「逆にお姉ちゃんがしたいこととか無いの?」

「え?」

 

 逆に聞かれてしまった。でも、これはアイちゃんのための時間だし……。

 

「わたしのことはいいんだよ。それよりアイちゃんのしたいことは」

「私、お姉ちゃんのしたいこと聞いてみたい」

 

 食い気味に、そしてちょっとぐんと顔を寄せて話してくるアイちゃん。そこに遠慮とかはなさそうで、本当に私のしたいことを知りたがってるみたい。

 

「……うーん、したいことかぁ」

 

 正直、特にこれといってそういうことはない。というか、こういうのを聞かれたのは初めてかもしれない。どちらかと言えば、わたしは聞かれるほうじゃなくて聞くほうの立場だったから。

 

 だけどここで無いって言ってもあんまりアイちゃんは納得してくれなさそう。

 

 強いて挙げるなら、携帯を買いに行くこと。だけどこれはしたいことじゃなくてしなきゃいけないことだ。

 

 でもこれはわたしの買い物だし、アイちゃんを付き合わせるのもなぁ……。

 

 ……とりあえず、言ってみようかな。アイちゃんはあくまで聞きたいとしか言ってないしね。多分無いって答えるよりはいいはず。

 

「そろそろ携帯買いに行きたい、とか?」

「え、ケータイ?」

「そう、携帯電話。アイちゃんも持ってるやつ」

「あ、そっか。お姉ちゃんは持ってなかったよね」

 

 施設の子たちには出来る限り一般と変わらない生活をしてもらいたいってことで、希望すれば携帯だったりゲームだったりを買ってもらえることができる。もちろんいつでもってわけじゃないけどね。節度は大事だから。

 

 だけどわたしは希望したことがなかった。わたしが希望しなければ他の子の分のお金が作れるってのもあるけど、必要性を感じなかったってのが大きい。

 

 特に携帯なんかは、電波を介して愛を伝えるよりも直接愛を伝えたほうがいいって考えてたから、欲しいって感じなかった。わたしは大体いつでもここにいるし、言いたいことがあればここでいつでも聞けたから。

 

 でもちょっと前の宮崎の件で、すぐに会いに行けない子に愛を伝えるためには携帯というのも必要だと知ることが出来た。買わなきゃと思えた大きい理由はこれではあるけど、もちろんこれだけじゃない。

 

「なんで今になって欲しいって思ったの?」

「アイちゃん凄く有名になってきたでしょ? だから迎えに行くとき時間がずれたりしちゃうのが増えてきたじゃない? そういう時わたしに直接連絡が届けば楽になるかなぁって思って」

「あ、確かに」

 

 アイちゃんの迎えはもうわたしの役目。アイちゃんが希望してくれてるってのもあるけど、わたしがアイちゃんの成長を近くで見てあげたいって思ってるのもある。

 

 贔屓しちゃってるのかもしれないけど、これがアイちゃんじゃなかったとしてもわたしはきっとこうしてる。

 

 それにアイちゃんはこれからアイドルとして世界に愛を伝えてくれていくはず。それを通じて世界が愛を知って、思い出すのを見てみたいんだ。

 

「まぁでも元々今度買いに行く予定だから、したいこととはちょっと違うかもだけどね」

「……」

 

 埋め合わせや溜まってた仕事が終わったらすぐに買いに行く予定ではあった。早くさりなちゃんとお話したいしね。

 

 だけど今日はアイちゃんの日。だからアイちゃんのやりたいことをのびのびとやって欲しい。

 

「それじゃ、わたしのしたいことは言ったよ。次はアイちゃんの」

「ねぇお姉ちゃん」

 

 その時、アイちゃんからまさかの提案をされた。

 

「一緒に携帯買いに行かない?」

 

 

 

 ─────

 

 

 

「本当によかったの? 折角の休みなのにわたしの買い物に付き合わせちゃって」

「ううん、そんなことないよ。それにお姉ちゃんあんまり詳しくないでしょ? だったら私が教えられるかもって思って」

 

 今、私とお姉ちゃんは街に出て携帯ショップに向かってる。もちろん私は周りにバレないように変装をして。

 

 思えば、こんなに日が出てて人がたくさんいる街でお姉ちゃんと買い物デートなんて久しぶりかもしれない。

 

「確かにそうかもだけど……」

「それに、私もお姉ちゃんのケータイ一緒に見たいんだ。一番に電話番号交換もしたいしさ?」

「そう……?」

 

 自信なさそうに私を見てくるお姉ちゃん。お姉ちゃんのことだから、私のやりたいことをしたいけど、そのしたいことがお姉ちゃんのしたいことだから、申し訳ないって思ってるんだと思う。

 

 ──そう、それが狙い。

 

 今お姉ちゃんの中の私は大きくなってる。今日だけだったらこれっきりだけど、これを続けていけばさらに私という存在が大きくなる。

 

 お姉ちゃんは普段からずっと私や他の子に対して与えてばっかり。誰もお姉ちゃんには与えたことがない。だって気が付けばお姉ちゃんのペースになって与えられてしまうから。

 

 だからお姉ちゃんのためになることをしたい、これも狙いの一つ。だけどそれ以上に、与えられてばかりの中に一人だけ与えてこようとする人がいれば他の子たちに差をつけられる。

 

 それに、どこか有休明けのお姉ちゃんはどこか変わった気がした。もっと言うなら、元に戻ってきたに近いかも。あのライブから大きくなってた私が、落ち着いてきてる。

 

 そんなのイヤだ。もっと大きくなって欲しい。私だけを想って欲しい。だから、今やってる。『星野アイ』という存在を大きくしてもらうために。

 

 後普通にお姉ちゃんの初めてが欲しい。最初に電話番号交換するのは譲れない。

 

「ついたね。ケータイショップ」

「入るの初めてかも……」

 

 私がケータイを買ってもらった時、お姉ちゃんじゃない施設の人に色々してもらったから、多分お姉ちゃんのこの言葉は本当。それにちょっと緊張してるように見える。なんか珍しい。

 

 そのまま入店。お姉ちゃんは珍しそうに店の中をちょっと見渡してる。

 

「ねぇお姉ちゃん。これだけはゆずれない! ってものはある?」

「そうだね……電話することしか考えてなかったから……あ、めーる? っていうのもやれるやつがいいかな?」

 

 お姉ちゃん、ホントに今までケータイに興味なかったんだ。今だとメールなんて当たり前についてるのに。

 

 ……こんなお姉ちゃんも、なんかいいかも。

 

「じゃあお姉ちゃん、これなんかどうかな?」

 

 でも、そのことは言わない。そしてそのままさりげなく私の使ってるのとほぼ同じやつのところに案内する。

 

「これならメールも出来るし電話も出来るよ。それにそこまで高いやつじゃなさそうだし」

「確かに。迷っててもしょうがないし、いきなりだけどこれに決めちゃおうかな」

「っ!」

 

 お姉ちゃんが手に取ったのは、まさかの私のと見た目が同じもの。

 あわよくばって思ったけど……まさか本当におそろいにできるなんて!

 

 顔がにやけてくのを感じる。偶然だろうけど、お姉ちゃんが自分から私のと同じやつを手に取ったことが、すごく嬉しかった。

 

「じゃあ、お店の人に言って契約してくるね。多分ちょっと時間かかると思うけどそれまで……アイちゃん?」

「──え! あ、いや、なんでもないよ!」

「そう……? それじゃあ退屈かもしれないけど、出来る限りすぐ済ませてくるから、ちょっと待っててね?」

「うん、わかった」

 

 そのままお姉ちゃんはお店の人のところに行って色々お話を始めた。その間私は、今日のお姉ちゃんを思い出してみる。

 

 私のために早く仕事を進めていたお姉ちゃん。おいでって言って私を迎えてくれたお姉ちゃん、私のための日なのに自分の用事に付き合わせてごめんねって顔をしてたお姉ちゃん、始めてきたケータイショップを見渡すお姉ちゃん、メールが普通に出来ることを知らなかったお姉ちゃん。

 

 今日の最初の方のお姉ちゃんはいつものお姉ちゃんだった。けど、ここに来てからは私が知らなかったお姉ちゃんもいた。

 

 ──私が知ってるお姉ちゃんって、お姉ちゃんの中のほんの少しなのかな。

 

 多分逆に私だけが知ってるお姉ちゃんもいる。でも、それってお姉ちゃんの中の一つでしかない。

 

 もし全部知ることが出来たとき、お姉ちゃんは私だけを見てくれるようになったってことのはず。

 

 このまま続けていけば、いつか分かるのかな。あのライブで私を見てくれてた表情は私だけしか知らない。それに今日知ったお姉ちゃんも、他の人はあんまり知らないはず。

 

 そう、今の道はあってるはず。続けていけば、それが増えていくはずだから。

 

 だからもっと頑張って、ライブも見てもらって、今日みたいに普段の生活でもアピールしていけばいい。今お姉ちゃんの中の私が大きくなってるのは間違いないんだから。

 

「──おまたせー。ごめんね、思ってたより時間かかっちゃった」

「ううん、全然大丈夫。それより無事に買えた?」

「うん。買えたよ」

 

 買ったばかりのケータイを見せてくる。おそろいだ。かなり嬉しい。

 

「それじゃあさ、番号交換しよ?」

「うん、いいよ。えっとねぇ──」

 

 画面を開いた瞬間、ピタッと動きを止めるお姉ちゃん。

 

「……お姉ちゃん?」

「──ちょっとまってね。あれ、さっき教えてもらったんだけどな……」

 

 操作に苦戦してるみたい。たまに「あれ?」とか「ここじゃない……」って呟いてる。

 

 ……もしかしてお姉ちゃん、ケータイ音痴ってやつなのかな。

 

 凄くキュンって胸が響く感じがした。今日一番だ。普段あんなに頼りになって、誰にでもやさしいお姉ちゃんにこんな一面もあったなんて!

 

 ──ヤバい。お姉ちゃん、すっっっごくかわいい!

 

 私の中のお姉ちゃんはもう何よりも大きいのに、それよりさらに大きくなってきてる。というか店を見渡したりとか、メールのときとか、さっきからかわいすぎるよお姉ちゃん! ここで抑えられなくなってきちゃった!

 

「──お姉ちゃん、こうじゃない?」

「あ、ホントだ。ごめんね、ありがとう」

 

 本当ならもうちょっと見てたい気持ちもあるけど、それは流石にお姉ちゃんに申し訳ないから教えてあげる。求めてた画面に行けて嬉しそうなお姉ちゃん。……かわいいなぁ。

 

「それじゃ、交換しよっか」

「うん」

 

 電話番号ゲット。お姉ちゃんの初めてに私がなることが出来た。

 

 あぁうれしい。うれしいなぁ。今日だけでお姉ちゃんの新しいところ多く見つけられちゃった。特に最後のは最高だった。

 

「また分かんないことあったら私に聞いてね?」

「うふふ、そうだね。アイちゃんはきっとわたしより詳しいだろうから、聞かせて貰おうかな?」

「うん!」

 

 ねぇお姉ちゃん。私もっと頑張るよ。だから、もっと色んなお姉ちゃんを私だけに見せてほしいな。

 

「ゼッタイだよ? お姉ちゃん」

 

 お姉ちゃんの全部を知るのは、私だけでいいんだから。




大総あい。
念願の携帯ゲット。ただ初めての精密機械だからなのか、音痴っぷりを発揮。
多分今後もたまにアイちゃんを頼ることになりそう。

星野アイ。
お姉ちゃんの新たな一面を見つけたり、初めてを奪ったりした今日一番幸せだった少女。
あいの電話番号に登録されるのは自分で最初で最後だろうと思ってる。
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