深夜。
大きな川を跨ぐ広い橋の中央に、二人の男が対峙していた。そこは日中なら自動車やトラックが無数に行き来する高速道路であり、堂々と生身で構える彼らはあまりにも異様であった。
片や日本のガクランを纏う長身の青年。一見スマートでありながらもシャツの上から隆々とした筋骨が見て取れるほど剛健。
片や雷のような金色の短髪で天を衝く、これまた負けず劣らずの巨漢。しかしてその
ガクランの青年は、憤怒の炎を瞳に宿す金髪の男を見下ろしていた。
「……」
「…………」
波の弾ける音だけが聞こえる中、ゆっくりと金髪の男が立ち上がろうとしていた。
そして。
「過程や……方法など……どうでもよいのだッ!」
金髪の男ーー
「ぬううッ!」
「どうだ、この血の目潰しはッ! 勝った! 死ねいッ!」
きつい埃のにおいと湿気が絡みつく暑さに頭痛を感じながら体を起こす。
天から降る弱い光シャフト、手のひらには温かい砂の感触、籠もった音の反射。承太郎はどこか瓦礫の下にでも閉じ込められているのだろうと思った。
「……」
自身の体を軽くさすり、傷がないか確かめる。
無傷だ。
いっそ気味が悪いほどに。
気を失う前、ディオとの戦いで不意打ちを受けた。闇雲に反撃を試みたが……そこからの記憶はない。
そこで承太郎は気がついた。ディオから受けた打撃傷やナイフが突き刺さった傷さえもないことに。
新手のスタンド使いの攻撃か?
一瞬そう思案したが、あまりにも不可解すぎた。場所移動し、気を失い、怪我が治り……能力てんこ盛りで目的は不明、仕掛け人の姿もなし。
とにかく状況を確認しなければ。敵の気配はないが、ここにいれば安全とは到底思えなかった。
承太郎は落ちてしまっていた学帽を被って起き上がり、壁に半身を預けながら歩いた。
異様な倦怠感があった。飢餓や喉の渇きにも似た焦燥と衰弱。何かは分からないが決定的に何かが不足している。それは死さえ予感させるような強烈な感覚だった。しかしそれが何なのか全く分からない。
「スタープラチナ!」
承太郎はスタンドを呼び、なけなしのパワーを振り絞って拳を放った。道を閉ざしていた瓦礫はダイナマイトで吹っ飛ばされたように砕け散る。
疲れ切った体を引きずって外に出る。
外に出られたら何らかの情報は掴めるだろう。そう期待していた。
「……ここは……どこだ?」
思わず口にしてしまうほどに、想像を絶する光景が広がっていた。
見渡す限り倒壊したビル、焼け崩れた民家、横転した自動車、せり上がった道路。そしてそれらを囲む炎の海、灰の空、濁った雨、止まない地鳴り。
さながらポスト・アポカリプスの映画のように荒廃した様は正しくーー地獄であった。
俺は死んだのか?
ふと承太郎の脳裏をそんな疑問がよぎった。
あの時ディオとの差し合いに敗れ死に、地獄へ落ちたというのか。それは納得いかないことだが、ここが地獄というのなら、なるほど説得力はあった。
承太郎は死後の世界など考えたこともなかったが、スタンドという存在が精神の具現であるならば、魂というものの帰るところがあっても不思議ではないのかも知れないとも思った。
とにかく承太郎は歩いた。
ポルナレフは無事だろうか?
もう一度辺りをざっと見回すが、人っ子一人見当たらない。
「……」
歩けども歩けども、ずっと同じ風景が続く。やたらと蒸し暑い。正体不明の飢餓感は益々強くなる。そして自分は死んだのかという不安。すでに空は星さえ見えぬ暗黒に覆われているに、大地が轟々と燃え盛り辺りを照らしている。
彼の精神力をもってしても耐え難い苦痛であった。
彼が目覚めてから半日以上も経っていた。
だから、視界の端をかすめる人影に気がついたとき、彼にあらざる無防備さで声を掛けてしまったのも無理はなかった。
「おい、あんた!」
呼びかけ、崩れた建物の陰に入っていく人影を急いで追う。角を曲がると、そいつは背を向けて止まっていた。
「急に呼び止めちまって悪いな。訊きたいことが……ッ」
承太郎は声を詰まらせた。
未だ背を向け続けるその人物は、擦り切れたボロ雑巾を編んだような薄汚いコートをはおっており、腕はチキンの骨より細い。靴は履いておらず、踵からは膿が垂れている。その手には……血糊が付いた手斧を持っている。
既に汗まみれの承太郎の背に冷たい汗が這った。
一歩後退りする。
キチキチと乾いた音を鳴らしながらその男が振り向くーーと、
「キイィィィーーー!」
「なッ!?」
男が斧を振りかぶって襲いかかってくる。男ーー否、それは最早人間ですらない。穴が空いた頭蓋に虫が湧いており、辛うじてそこに引っ付いている眼球は左右別々の方向に向いている。顔の皮膚は半分もなく、顎の骨が露出している。
「オラァ!」
即座に彼の精神能力であるスタープラチナを顕現させ、いわゆるゾンビらしきその男を殴り伏せた。男の鎖骨は鉛筆のようにへし折れ、片肺は地面にぶち撒けられた。
軽く目眩を覚えるほどの悪臭が周囲に撒き散らされる。
承太郎は手で鼻頭を隠しながら思い出していた。以前、ゾンビを作り出す霧のスタンドと戦ったことがある。しかし周囲に霧のスタンドの気配はなく、このゾンビも実体だ。
そしてやはりというべきか……ほぼ半身を失ったにも関わらずゾンビの男はゆっくり立ち上がり、百年の呪詛を吐くように呻いて九十度折れ曲がった首で獲物を向く。
「やれやれたぜ。ある意味ディオのヤツよりタフそうだ」
軽口叩きつつも承太郎はべったりした汗を拭った。ベストコンディションなら、否、せめて普段の五割程度の力が出せれば何の問題もなく倒せる相手だ。が、体調不良で片付けるにはあまりに病的な衰弱により、承太郎はスタンドを持続して出すことすらできずにいた。
もともと瞬発力寄りの能力であるスタープラチナならば尚更。
千鳥足のように歩いてにじり寄るゾンビに、スタープラチナの振り下ろす拳で頭を粉砕した。巨岩をも簡単に粉々にできる威力の一撃。スタンドは精神力の
さしものゾンビも頭を失っては沈黙した。
しかし謎は深まるばかりだ。
このゾンビのようなものはスタンド能力が生み出した存在なのか? この空間自体は? 衰弱は?
様々な根拠のない予想が思い浮かんでは否定され、承太郎は考えるのをやめた。それ自体が億劫なほどに目眩が強かったのもあるし、考えても答えが出ないだろうというのもあった。が、それ以上に、周囲に何者かの気配を感じ取ったからだ。
確実にいる。取り囲むように複数の気配。引き摺るような足音、瓦礫を蹴る音、微かな呻き声。おそらくは先ほどのゾンビと同種のモノだろう。
承太郎は気配の薄い方にアタリをつけて走り出した。走る……というより早歩きに近い。もともと舗装されたコンクリの道路だったようだが、今はちょっとした山道より状態が悪い。承太郎は何度も転びそうになりながら逃走した。
「ギィイゴゴゴッ!」
突如、裂けた地の中からゾンビが現れてつかみかかる。即座に反応しスタープラチナがゾンビの首を手刀で斬り飛ばすが、ゾンビはそのままの勢いで承太郎もろとも倒れ込む。
振り払って立ち上がった頃には、八方にゾンビどもの群れができていた。
ふと、足元に銀色に光る結晶が目に入った。少し気になったが構っている暇はない。承太郎はすぐに敵に視線を向けた。
「チッ……やるしかねーようだな」
承太郎を囲む群れが徐々に迫ってくる。承太郎は一歩も動こうとはせず、敵が近づいて来るのを待った。
彼のスタンド能力であるスタープラチナは近距離パワー型。射程を犠牲に圧倒的なパワーとスピード持つ戦闘特化スタンドなのだ。
「もう少し左へ来てくれるとベストだが……まあいいだろう。イマイチ気に入らないが、ギリギリだ」
「ウゴォォオオッ!」
雄叫びを上げてゾンビが押し掛けてくる。承太郎はそこでようやくスタープラチナを呼んだ。
「おおおおおおおおッ!」
強く、スタープラチナが輝いた。ここに来てずっと霞のように儚げな輪郭を描いていたスタープラチナは鮮明な守護霊となって現れた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」
目にも留まらぬ超光速の連打。ゾンビが一歩を歩く前に百発以上もの拳が突き刺さる。四方八方から襲い掛かってきたゾンビどもは瞬く間にバラバラに飛散する。その肉や骨は弾丸の如く後方のゾンビをも貫き、群れを成していたゾンビどもはたった数秒で全滅だ。
承太郎は疲労に膝をつき、考えた。
二つだけ分かったことがある。
一つは、こいつらは何者かのスタンド能力でコントロールされているわけではないということ。一体一体が独自の思考を持っていて、思い思いに獲物を追っている。息を合わせて一斉攻撃されたならこうも簡単にいなすことは出来なかっただろう。
もう一つは、統率されているわけでもないゾンビどもに囲まれたその理由。即ち、こいつらは何処にでも居るということだ。
半壊した建物の陰から、土の中から、車の下から次々とゾンビが現れる。先刻よりもさらに多い。一方承太郎の方は……放って置いても衰弱死しそうな状態だ。
万事休すか。
承太郎は簡単に諦める性格ではなかったが、今回ばかりは助かりそうにないと感じていた。それでも朦朧とする意識をなんとか手放さず、敵を睨め付け、反撃の機会を窺う。
「ゴォアォオッ!」
ちょうど目の前にいたゾンビが突進してくる。承太郎はタイミングを見計らい、スタープラチナの拳が届く距離まで引き寄せた。しかし……
「……スター……プラ、チナ……」
もはや承太郎にはスタンドを現出させるだけの気力は残っていなかった。承太郎守るはずのスタープラチナは彼の背後から淡い光を放つだけにとどまった。
自分にはまだやることがある。どうしてディオを斃さねばならないのだ。それを思い出すも体は全く動かない。
「フ……やれやれだぜ。こんなところで……」
承太郎は諦念と自嘲に笑った。大きく振りかぶったゾンビの凶器が迫ってくる。承太郎の体を引き裂くまであと一秒のところでーー頭上を影が舞った。
「やあぁッ!」
同時に聞こえる、まだ幼さの残すも凛々しい少女の声。次の瞬間、大地が揺れ土煙が立ち昇る衝撃とともに眼前のゾンビどもが肉塊となって吹っ飛んだ。
何が起こったのか、承太郎には一瞬理解できなかった。
目頭を押さえながら、ぼやける視界でやっとのことその姿を捉える。
片目を隠す薄紫のショートヘア、人形のように美しい白肌、紫のラインが入った細身の黒鉄鎧。そしてその右手に持つは自身の身の丈を優に超える巨大な……盾。
「こっちです!」
少女の手が承太郎の腕を掴み、起き上がらせる。ほんの少しとは言え休息を取れた承太郎は少女の助けを借りて走ることができた。
少女は承太郎の手を引き、自身の大盾でゾンビの群れを斬り拓いて走る。ゾンビどもの走行スピードは決して速くはないが、何処からともなく現れるゾンビどもに行手を阻まれ、此方も思うようには進めない。勢力を増しつつ追跡するゾンビの大群に捕まったら終わりだ。
承太郎は逃走中、自身の腕を捕まえていた少女の手を払った。最悪、彼女だけでも逃げなければならない、と考えたからだ。
「走ることくらいならいちいち手を引かれるまでもねーぜ」
少女は半身を振り向き、短く頷くと走り始めた。承太郎もその後を追う。しかしゾンビどもは諦め悪く追跡をやめる気配はない。
承太郎は歯噛みした。敵のスピードなら目の前の少女独りなら逃げられるであろうが、疲弊した承太郎の走る速度に合わせていることが分かっているからだ。
「あのビルです! 走って下さい!」
少女が指差すビルを見る。比較的、外形を保ったそのビルの入り口は隣の建物の柱やら看板やらが倒れ込んでおり、それが絶妙に人一人が匍匐前進すれば入れる程度の隙間を地面との間に作っていた。
承太郎は半ば倒れるようにスライディングでビル内に滑り込んだ。背後を守っていた少女も続いて腹這いになって入ろうとするが、
「あっ……!」
承太郎を先に通すためにスプリントの勢いを殺していた彼女は素早く滑り込めず、ゾンビに足を取られてしまう。しかし今度は承太郎が彼女の手を引っ張り、ビルに引き入れる。同時にスタープラチナの手刀で彼女の足に引っ付いてくるゾンビの腕を切断した。
「わっ……
あ、ありがとうございます」
少女はさっと起き上がり、腰から懐中電灯を取り出した。
「オオオォォオォォ……
ウウゥグゥオオオ……」
ゾンビどもは悔しそうに入り口の柱を叩くが、常人とそう大差ない膂力ではどうすることも出来ず、ただただ鬼哭するばかりだ。
少女はそれを見て「ふぅ」と一息つき、ライトで道を示す。
「ひとまず大丈夫だと思いますが、ここも安全ではありません。ついて来て下さい」
「……」
素性も知らない人物ではあるが、ここまで助けられれば今更怪しむこともない。承太郎は素直に彼女に従った。
彼女の背を追い、暗闇を歩く。やはり建物の中も悲惨な様子だ。暗くてよく見えはしないが、天井が落ちている箇所が幾つもあり、床にも大きな穴が散見される。承太郎がそんな様を流し見ていると、唐突に少女が振り向いた。
「階段を降りますので、肩をお貸しします」
「やれやれ、いちいち構うな」
「えっ、あ、すみません……その、かなり疲れていらっしゃったようなので……」
申し訳なさそうに、がっかりした声で少女は謝った。承太郎は彼女に無意味に謝らせてしまったことに居心地の悪さを感じつつも、押し黙った。
「足元に気をつけて下さいね」
「……ああ」
その後数分、承太郎たちは階段をいくつか降りて行った先、小さな部屋にたどり着いた。一瞬ライトで照らされたドアプレートには切符売り場と書かれていた。少女は引き戸をカラカラと開け、入って行く。
「どうぞ、入って下さい。
ようこそ、私の秘密基地へ」
少女は少しいたずらっぽく陽気な声で案内する。
部屋の中は外と比べると幾分破壊がマシに見えた。安っぽいがまだ汚れの少ないソファー、木製の大人しめの椅子が幾つか、小さいテーブルもある。部屋の隅の棚に置かれたランプの優しい光が部屋を満たしていて、中々にロマンチックで心癒される雰囲気だ。
承太郎は多少の安堵感と疲れでその場にずるずると座り込んだ。それを見た少女は思い出したように部屋奥の棚を漁り始めた。
「ライダーさんですか?」
「……? なんだそれは」
唐突な質問に承太郎は首を傾げた。それを見た少女の方もまた、不思議そうに目を丸め、一瞬の沈黙ののち訊き返した。
「ライダーのクラスですか?」
「すまんが、何を言っているのか分からない」
「え……」
少女は困った表情で顎に手を当て、やがて一つの宝石のようなものを取り出して承太郎に手渡した。
「何だこれは?」
宝石に見えたが違う。黄金に輝く片手大の石は微かだが自ら光を放っており、硬いにも関わらず握れば指が沈む。まるで硬度を持つ光を掴んでいるようだ。
「種火です。砕いてみて下さい」
言われるまま種火とやらを握り潰す。すると光の粒が溢れ、承太郎を包み込んだ。
「……!」
一体如何なる原理なのか、謎のワープが発生してからつい先ほどまでずっと承太郎を苛んでいた飢餓感や疲労感が一気に吹き飛び、鎖で絡め取られていたかのような体も綿のように軽くなるのを感じた。
驚く承太郎をよそに、少女は少し残念そうに言った。
「違いましたか。ではまさかエキストラクラス……?」
うーん、と考え込み謎の独り言を言う少女。
「何の話か知らねーが、感謝するぜ。危ないところを助けられちまったな」
「いえ、無事で何よりです」
「空条承太郎だ。見ての通りスタンド使いだ」
「シールダー、マシュ。
マシュ・キリエライトです」
~以降ステマ~
空条承太郎は、漫画「ジョジョの奇妙な冒険 第三部 スターダスト・クルセイダース」の主人公です。
ジョジョシリーズはたくさん面白いところがあって、その名の通り「社会の中で実はひっそりと起こっている事件」というところもあるのですが、個人的には「異能+知能バトル」が大好きな部分です。
バトル漫画って、主人公や敵の能力が読者に提示されてなくて、いきなり新必殺技で主人公が勝っちゃう...みたいなことがよくあると思うのですが、ジョジョはそこが上手い。今できることの中から解法を見つけ出して勝つ!そこに痺れる憧れるゥ!
ジョジョ関連で一番好きなBGMはゲーム「黄金の旋風」のポルナレフのテーマです。未来への遺産の時からポルナレフのテーマ好きだったから鳥肌立った!