「……アルターエゴ……」
承太郎はその名を繰り返した。能力や出自に謎多きクラスであり、ある者の自我の一側面を切り出した存在であるともされる。アルターエゴについてはマシュからも多くの情報を得られていない。
マシュが言うには傾向として精神的に歪な者が多く、承太郎は恐らくアルターエゴではないだろう、とのことだった。こうしてマコトがその話をするのも、マシュと同じ判断を下していたかもしれない。
「聖杯戦争はバトルロワイヤルだろ? その、アルターエゴを目の敵にする理由は何だ?」
今までの様子からして、マコトはそのアルターエゴの姿は勿論名前も知らない。
「それは……」
マコトが言の葉を紡ごうとしたときーー唐突に男の声が重なった。
「それは……オレ様が教えてやるよ」
ちょうど承太郎の真後ろ、境内の入り口方向だ。
「!」
承太郎は使い込んだドスのような危なげな声にギョッとして振り返った。聞き覚えのある声の主は、
「……テルミ」
マコトが答えてくれた。ツカツカと靴音を響かせ、黒いスラックスのポケットに手を突っ込み、肩で風を切り歩く。
「てめぇ、居やがったのか」
承太郎が威嚇にスタンドを現出させると、テルミは掌を突き出し待ったのポーズ。
「いんや、今ポータルで空間転移して来ただけ。
争う気はねーよ」
こちとら随分走り回ってここまできたのにコイツはしれっとワープなんてするのかよ、と承太郎は内心毒づく。
マコトは承太郎の横に出てテルミに向く。
「随分早いようだけど、そっちの方は終わったの?」
「あぁ。予定通り、アーチャーのメスガキにセイバーのクソガキをお持ち帰りさせてやったよ。
奴らの隠れ家も直き分かるぜぇ」
「……!」
哀れティーダ、ダシに使われたか。折角マシュが張った結界が無意味になってしまうのは悲しいが、今慌てて隠れ家に帰っても対策は間に合わないだろう。アリサに尾行が付いているなら彼女らの身も危ないが、マシュもそちらに向かっているはず。
むしろ、今し方のやりとりから同盟であろうキャスターとライダーのサーヴァント二人に囲まれている承太郎の方がよっぽどピンチだ。
尤も、彼らに戦う意志はないそうだが。
「あなたから説明してくれた方がありがたいわ、テルミ」
「そうさせて貰うぜぇ。新情報もあることだしな。
だが、先におさらいだ。
まず、何で俺らがアルターエゴを探しているのか……」
承太郎は軽く頷いた。
「スゲェ単純な理由だ。
アルターエゴがよ、一番危険だからさ」
承太郎は目を丸めて驚いた。いかにも唯我独尊の雰囲気を隠す素振りないテルミをしてそう言わしめるとは、と。
「あ、あ、勘違いするんじゃねぇぞ?
トーゼン一番強えのはこの俺様よ」
テルミは承太郎の表情を見てすかさずフォローを入れる。変に楽しげなのはそういう性格なのだろう。
「アルターエゴは危険なんだ。データを見るとよぉ、どうにも対処しねぇわけにいかねぇのよ、完璧主義の俺様としては」
「データだと?」
承太郎は思わず口を挟んだ。
「そーそー。ま、万能の俺様にかかれば聖杯戦争の過去の経緯も見れちゃうワケ」
「……」
「……」
実際に、ちょっと過ぎるくらいに万能のようなので特にマコトも承太郎もツッコミを入れず呆れた顔でテルミを見やる。
「と言っても流石に映像を見てるわけじゃねーし、聖杯の解析も不十分だ」
テルミは少し間を置いて「しかし」と続ける。
「コイツは確かな情報だ。
聖杯戦争は一回こっきりのゲームじゃねぇってのは知ってるか?」
「ああ」
マシュから聞いているが、この地でも別の場所でも幾度もあった戦いらしい。
「前回の聖杯戦争の勝者……それがアルターエゴだ」
「……」
承太郎はほんの少し考えた。
いずれかのクラスは勝者になるはずだし、何より前回の勝者なら当然元の世界に戻っているはず。警戒の理由にはならない。
もしも前回の勝利クラスというものがそれだけで警戒されるとすれば、つまり……
「そのさらに前回の勝者も、アルターエゴってとこか?」
テルミは満足そうにニヤリと笑った。
「察しがいいねぇ! その通り!」
テルミはさらに続ける。
「前回も、前々回も、その前も、さらにその前も、さらにさらにその前も!
聖杯戦争ってのはよォ、アルターエゴしか勝ったことがねぇんだッ! ヒャッハハハハハハッ!
どぉだい? 愉快だろォ!?」
承太郎はテルミの情報を、冷や汗かきながら反芻していた。
その情報が事実なら他のサーヴァントは互いに争っている場合ではない。
アルターエゴを皆で叩く。まずはそうしなければ聖杯戦争自体始まらないと言ってもいい。
「ま、十回くらい前までしか確かめてねーけどよ。偶然じゃねえって言うに充分だよな?」
承太郎が押し黙ると、今度はマコトが補足する。
「彼、かなり胡散臭いけど嘘はつかないわ」
「お、心に侵入するとかいうマコトちゃんの能力で見てみたってワケ?」
「……勝手に人の力を暴露しないでもらえる? というか知ってたのね」
マコトが不満げに言うと、テルミはまた満足そうに笑う。
「そーいうのはすぐ分かるんだよ。
しかしまぁ、確かに俺は嘘つかねーが、そう思われてんのもそれはそれで多少イラつくな」
「面倒臭いわねあんた!」
二人が和んでいる間に承太郎はアルターエゴがどんな奴なのか思い描いていた。精神が歪んでいて、恐らく聖杯戦争勝者と目される強さ。ふとディオが思い浮かぶ。
「それで、新情報っていうのは何なのよ」とマコトが促す。
「あぁ〜そうそうそれ。
こっちは大部分予想入っちゃってんだけどよ。
……アルターエゴの正体がわかった」
「……!」
「自称シールダーのサーヴァント……マシュ・キリエライトだ」
もし、マシュかテルミのどちらを信用するかと問われれば、当然ながらマシュの方だ。故に承太郎はテルミの宣言にそこまで狼狽はしなかった。順当に考えればテルミが仲間同士の争いを誘って虚言吐いている方が真実味ある。
「根拠は?」
「シールダーなんてクラスが存在しないからさ」
「……ほう」
承太郎が疑惑の目を向けると、テルミは説明を始めた。
「聖杯戦争ってのには俺たちサーヴァントが不可欠な訳だが、俺はその召喚システムにアクセスしてみたワケよ」
原理も理屈もよく分からなかったが、承太郎もマコトもとりあえず頷いた。
「で、ガチャガチャっと召喚のシミュレーションをやってみたんだがよ。
シールダーなんてクラスのサーヴァントは一体たりともでねぇんだわ、これが」
「試行回数は?」
「条件を変えて千回以上。何かよくわかんねーけど十回に一回は二体同時に出るみたいだが、とにかく何回やってもシールダーだけが出やがらねえ」
承太郎は腑に落ちない表情だったが、それでもかなり濃い容疑者であるには違いない。対して、マコトは強く頷いた。
「なるほど。そのマシュって人に私の能力で探りを入れてみる」
言い終わると、マコトが承太郎に強い視線を投げかける。
「あなた、確かそのマシュと手を組んでいたそうね」
「そうだな」
何が言いたいかはおおよそ察しがつく。承太郎はまた厄介なことになったと思っていた。
「あなたもアルターエゴについては知らないフリをして情報を聞き出して」
「なんなら、寝首掻いてくれてもいいんだぜぇ?」テルミが煽りを入れる。
万一テルミの予想が外れていたとしても元々敵が減るだけだ。同盟を失うことにはなるが、はなからいつ失われるか分からない関係だ、というところなのだろう。
「それとなく聞いておくことはしよう」
「ま、急ぐ必要はねーと思うが。俺はもう少しこの世界のことを掘り返してみるつもりだしな」
「今も、他のサーヴァントがアルターエゴに襲われている知れないのに呑気ね」
マコトが渋面で言う。
「前にも言ったがよぉ、アルターエゴは単に戦闘能力が高いわけじゃねー。恐らく、聖杯戦争の仕組み上有利な何かを持ってやがるんだ」
そうでなければいくら何でも十連勝はしないだろう。セオリーとして、出る杭が打たれるからだ。
「殺し合いだけの話ならとっくに俺様がアルターエゴをやってるに決まってんだろォ?」
テルミはやれやれと溜息を吐く。
「正体が分かれば今は十分だし、気になることもある。洗脳のような術を使った形跡があることだ」
承太郎はもちろん、マコトも驚いていた。これも最新情報というわけだ。
「確かか?」
承太郎が問うと、テルミは珍しく困った表情で頭を掻く。
「三十パーくらいじゃねぇか? でもアルターエゴってクラス名も、何か精神にカンケーする能力持ってそうじゃん?」
「名前かよ……」
「ん〜。解析しねぇ奴には分からねーだろうが、名前ってのは案外大事なんだぜ? 元々少ない材料でやってんだからな」
承太郎は興味なさげにふうんと鼻を鳴らす。
「とにかく、暫定ホシが上がったからには、エキストラクラス皆殺し作戦は一旦中止だ。撹乱は駒が多いに越したことはないからな」
平然と本人たちを前に駒扱いとは傲慢なやつだ。と思うものの、付き合っていたらキリがないので承太郎もマコトも溜息吐くだけにとどめた。
「あの子は大丈夫なの? ランサーの」
マコトが思い出したようにテルミに問う。
「……あ〜。
あいつはまぁ、実験だ。アルターエゴと接触すれば何らかのデータが取れるかも、ってのもあるし」
「さすが極悪人ね」
非難口調でもなくマコトが言うと、テルミはくつくつ笑う。
「悪人は認めるが、あいつが自分でやるって言ってんだ。折角だし止める理由もねぇだろ」
「そう……」
マコトは複雑な表情で視線を外す。テルミと違って本来悪人でもなさそうだし、年齢から言っても殺し合いのバトルロワイヤルなど精神的には相当厳しかろう。承太郎はそう思ったが、自分も同年代であることを思い出し、呆れ笑いした。
「空条さん。
とりあえず、アルターエゴをどうにかするまで手を組めないかしら?」
「いいや、組むって程のこともないさ。逐一ってわけにもいかないが、もし何か分かったら連絡するぜ」
承太郎の返答にマコトは少し冴えない表情をしつつも「了解」と返す。
「じゃ、用事も終わったところでお仕事に戻るとするぜ」
テルミが背を向けて境内の出口へ向かう。
マコトも、それに続いて小走りに出口へ向かう。しかしその途中、はたと振り返って承太郎の方に向き直る。
「そうそう、忘れるところだったわ。その、アルターエゴの容疑者に伝えて。
『アルターエゴへ、あなたの歪んだ欲望を頂戴する』
って」
「……それが、心に侵入する能力のトリガーってわけか」
「そういうこと。もうアイツにバラされちゃったから言うけど、大した力じゃないわ。
心に侵入する条件はその人の名前と、その人が『この世界をどう思っているか』を当てる。さっきの予告は正体を探る布石なのよ」
能力を告白すれば信頼を得られると思っているのだろう。承太郎もその狙いは分かっていたが、それでも一定の効果はあった。
「心に侵入してアルターエゴを処理できるのか?」
「……確かに心の世界で決着をつけることはできるけど、それができるなら現実でもできるわ」
簡単に条件を満たすものは大きな成果を得られない、というのは承太郎にとっては馴染み深い制約だ。
「ライダーのくせに随分と繊細な能力だな」
「ま、私の能力じゃないからね」
「……?」
「はい、尋問タイムは終わり。予告の件はお願いね」
「伝えておく」
マコトは今度こそ踵を返して去ろうとしたが、それを承太郎が引き留めた。
「おい、仮面を忘れてるぜ」
「え?」
マコトはキョトンとした表情で承太郎を見る。
「仮面? 何のこと?」
それを見た承太郎もまた首を捻る。承太郎は、彼女が仮面を外したことでバイクの能力が消えていたことから、てっきり仮面が能力行使に必要なものと判断していた。そのマコトに仮面というのだから、当然その仮面のことだ。
一方で、マコトにとってはペルソナとは自分自身と同一のもの。そこにペルソナを置いて来てしまったなどと言われると哲学的に難解な疑問が生じる。
「ほら、そこに落ちてるぜ」
マコトの疑問をつゆ知らず、承太郎は地面に転がっている仮面に目配せする。
確かに、仮面は落ちていた。
マコトはそれを認めると、眉間に皺を作りながら仮面に近づいて凝視する。その後「んん?」と声を吃らせ、
「……何これ?」
と第一声。
釣られて、承太郎も仮面をよく見る。発見したときは暗さのせいでしっかり確認していなかったが、確かにマコトの仮面とは違っていた。
思い出すにシンプルな鉄仮面であるマコトのそれと比べて、ペイントが入っており、赤や緑や黒、黄色と随分派手な意匠だ。仮面の周りにもカラフルな棘が付いており、子供向けのオモチャのようでもあるし、不気味な儀式の呪具のようでもある。
「すまん、見間違いだった」
「いえ、ご忠告ありがとう」
マコトは不思議そうにしばし仮面を見つめていたが、やがて興味を失ったようで、カツンと仮面を蹴り飛ばした。
次回更新は6/5(月)の朝7:00です。