カルデアM.U.G.E.N.の座   作:シン・いしい

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第八節. 黒っちろいガキ

 森と市街地の境目を、少年少女がゆっくり歩いている。

 アーチャーのアリサと、彼女にたった今救出されたセイバーのティーダだ。

 

 両名とも、見るからに満身創痍といった様子だ。アリサは身体中傷だらけで、マナの欠乏により顔色も良くない。ティーダの方は目立った外傷はないものの、呼吸も浅く、歩くのも精一杯なくらいに弱り果てているようだ。

 

 途中、ティーダがコンクリートの割れ目に足を取られて転ぶ。アリサは肩を貸してティーダを起き上がらせた。

「もう少しです。頑張ってください」

「うん……」

 ティーダの気のない返事に、アリサは心配そうな表情だ。

「少し休みますか?」

「あ、いや。大丈夫。

ただ、ちょっと……落ち込んでただけ」

「どうしたんですか?」

 ティーダは聞いて欲しくなかったようだ。乾いた笑いをこぼす。

「いや、どうしたっつーかさ、ボコボコに負けた挙句、女の子に助けられてさ……ダサ過ぎじゃんオレ」

「そんなことないですよ」

 ティーダはその言葉を励ましのつもりだろうと思ってはいた。が、アリサの迷いない即答につい顔を上げる。

「自分の弱さを認められる人って、かっこいいと思います」

「はは……優しいよな、アリサはさ」

「えへへ。それだけが取り柄です」

 

 しばらく歩きながらの閑談に興じていた二人だったが、アリサがふと何かに気がついたように空を見上げる。

「どうしたのさ?」

 ティーダの質問から数秒間をおき、

「足音が近づいてきます」

 ティーダは耳を澄ますが、地鳴りや地崩れの音も空気に混じってろくに何も聞こえはしない。

「この足音は、きっとマシュさんです!」

 それ足音で分かる?と疑問に思うが、アリサの長い耳を見て、聴覚に優れた英雄なのかもと思い直した。

 アリサは喜び、マシュの名前を呼ぶ。今のアリサたちはゾンビどもとすらまともに戦えないほど消耗しているのだ。一刻も早く合流したいのは当然。

「マシュさ……」

「ちょっと待って!」

 アリサがマシュを呼ぶのを引き止める。アリサが不思議そうにティーダを見たあと、周囲をぐるり見回す。警戒すべき相手がいるのかと。

 しかし辺りにゾンビどもはいない。

「その、あんまり疑うわけじゃないんだけどさ。

この状況ってマシュが俺たちを助けてくれる保証はないかもと思ってさ」

 ピンピンしている元気な戦士なら仲間として迎えてくれるだろう。しかし最終目標はどうあってもオンリーワンの勝利。労せず事を為せるなら弱った二人を抹殺し、数を減らしに来ても何ら不思議ではない。

 アリサはキョトンとしてティーダを見たあと、発言の意味を正しく理解したらしく、それでも和かに笑った。

「大丈夫ですよ。もともと、マシュさんもティーダさんを助けにあちこち探し回っていたんです。ジョータローさんも一緒に」

「え、二人も」

「はい。お二人とも、すごくいい人だと思います」

「そっか……」

 アリサの話を聞いてもティーダは不安を拭い切れなかった。アリサの人物評価はアテにならないとして、助けに来てくれた事実があるなら今は信頼していいのだろう。しかしティーダは訳もなく、マシュに言いようのない何かを感じていたのだ。悪寒……と言うほどのものでもない。単なる苦手意識のような。

 いっそのこと承太郎が来た方が安心できた。

「あ、やっぱりマシュさんです! こっちですー!」

 ティーダは自分の思い過ごしだと断じ、アリサと一緒にマシュを呼んだ。

 隣のアリサは手を振っている。

 

 ティーダとアリサの姿を認めると駆け寄ってくる。隙間から種火の発光が漏れるバッグを持って、傷ついた二人の様子を見て急いで走る。ティーダは自分の心配は杞憂であったと安心し、また助けに来た仲間を疑う心を恥じた。

 ああ、このツケはどこかで返さないと。

 と、そう思っていた。

 

 ――が、二人との距離が十数メートルに近づいたとき、はたとマシュの瞳の色が変わるのを見た。

 

 大きく見開いた目は相手を視界から逃さぬように。

 少し丸めた背は瞬発力のバネに。

 

 マシュが地を蹴る。速い。この距離、このスピードでは急に止まることはできない。

 

「……ッ!?」

 

 左側に大きく振りかぶった手に現れる大盾を見た時、ティーダはやはり久々に勘が当たってしまったのだと嘆いた。やはりマシュは自分たちを始末する気なのだと。

 もはや逃げることも叶わない。ティーダが覚悟を決めた時、

 

「伏せてっ!」

「!」

 

 マシュの叫びを聞き、ティーダとアリサはその場にすっ転ぶように伏せる。その頭上をマシュの大盾が薙ぎ払った。

 ガキン、と乾いた音が耳もとで鳴り響く。金属と金属がぶつかったような冷たい音だ。目の端をかすめたのは黒い靄。その中にわずかに幼い子供の輪郭を見た。

 それはマシュの攻撃を受け、真横に吹っ飛んで瓦礫に激突した。爽快なほどのアタリだ。

 

「驚かせてすみません……!

無事ですか!?」

 ティーダもアリサもあまりの早い展開に驚き、こくこくと首を縦に振って返事するだけだ。

「今のは何なんですか?

また異世界の英雄……なんですか?」

 アリサがマシュに向いて質問するも、マシュは鋭い視線をある一点に向けたまま動かない。

「おそらくアサシンです」

 立ち昇る土煙の中から、ぬうっと黒い影が現れる。初見の見立て通り、小さな子供だ。しかし、黒い靄は濃く、男女の判別すら難しい。両の手には一つずつナイフが逆手に握られている。

 会心にみえたマシュの攻撃もそれほど効いてはいなかったのか、ダメージは見て取れない。

 

「まずは種火で回復を。私が時間を稼ぎます」

 マシュは種火が入ったバッグをその場に落とすように置き、二人の前に出る。

 

「うそつき……」

 アサシンらしき影が声を発する。幼い少女の声だ。十歳かそこらの、可愛らしい声が悲しさなのか怒りなのか、とにかく負の感情を凝縮した低い音で唸る。声質と籠った感情のギャップに三人はぎょっと目を見開く。

「聖杯は何も与えない。

聖杯は何も創造(つく)らない。

聖杯は何も生まない」

 アサシンの立つ地から塊のような質量感を持つ靄が溢れてくる。

「何の……」

 

 何の話ですか。マシュはつい喉まで出かかったその問いを呑み込んだ。眼前の敵から猛烈な殺気を感じ取ったからだ。

 

「備えて! 攻撃が来ます!」

 

 ぬるりと纏わりつく靄の中をアサシンが揺らめく。並の戦士では動きの軌跡すらも見極めることのできないほどに濃い靄に隠れる敵の意志を捉える。防御に長けたマシュにしか為せない業だ。

 

 マシュが盾を構えると同時、黒い影が伸びるように三人に向かう。マシュは一歩前に出てアサシンを迎撃した。

 アサシンが鋭利に躍らせるナイフを、大きな盾がガッチリと受け止める。火花を散らしながらも斬撃を流されたアサシンは、そのままマシュの盾を足場に跳躍し、今度はティーダの方へナイフを振るった。しかしそれは空間に突如現れた魔法陣に阻まれ、耳を(つんざ)く摩擦音を撒き散らすにとどまった。

 マシュの防護結界だ。

 

「はああっ!」

 

 二度の攻撃に失敗し隙を晒すアサシンに、マシュが盾で兜割りのように殴り下ろす。微かに手応えを感じるが、靄に視界を阻まれダメージのほどは確認できない。しかし靄を掻き混ぜるように動き回る様子にダメージは感じられない。

 続いてティーダが斬撃を放ち、アリサが矢を撃つも、その両方が虚しく空を切る。お返しとばかりに飛んできたアサシンの投げナイフに二人は手傷を追う。大したダメージはない。相手もまた投擲の狙いはよくなさそうだ。

 マシュの追撃を躱すと、アサシンの影は飛び退いて距離を取った。

 

「うそつき、うそつき、うそつき」

 アサシンはまたもうわ言のように単調な言葉を繰り返す。

「どういう意味なんでしょうか? 何か、悲しそうに見えます……」

 アリサが気重に言うと、マシュは首を横に振る。

「分かりません。が、敵には違いありません。

お二方、今のうちに回復を」

「ああ。こっちはもう、大丈夫」

「戦えますか?」

「何とか。アリサはなるべく離れていて」

 元々外傷は治癒していたティーダは魔力さえ戻れば戦闘に支障ない。対して肉体にダメージがあるアリサは復調に時間を要する。アリサは素直に頷いた。

 

 身のこなしもさることながら、靄がマトをブラして的確な攻撃を邪魔立てする。まさに話に聞いたアサシンといったところだ。靄で攻撃の初動を隠すのも厄介だ。

「速攻で勝負をかけましょう。ティーダさんに防御結界を付与しました。何度かは攻撃を防げるでしょう。

アサシンを追い立てて下さい」

「……え、オレがその役?」

 ティーダが少しばかりの寂しさを覚えたのは、セイバーである自分が攻撃を任されなかったからだ。シールダーのマシュが攻撃役を買って出るほど自分は頼りないのかと。

「厄介なのはあの靄です。アサシン自体はそれほどスペックは高くありませんから、私の攻撃でも十分事足ります」

「でも、だからってさあ……」

 ティーダに反論の時間はなかった。アサシンが靄を巻きながら蛇行して走る。

 ティーダはバックステップでアサシンの攻撃を避けつつタイミングを合わせて斬撃。距離感はピッタリだがやはり靄を裂くだけだ。追い討ちに向かうマシュは盾を前面に構え、そのまま体当たりする。威力はそれなりだが、靄ごと叩き飛ばす攻撃は確実にヒットしている。

 さらに二人はアサシンを追う。スピードでマシュに勝るティーダは先手を取ってしなやかに剣を振るう。マシュの攻撃で転倒していたアサシンはすぐに体勢を立て直し、攻撃をひらりと避ける。尤も、ティーダには避けたのかそもそも当たらなかったのかも判別できていない。

 攻撃をスカしたティーダはそのまま走り抜け、重なるように後を走るマシュが間髪入れず盾で殴打。これは掠める程度に当たりだ。

 ティーダはここに来てようやくマシュの作戦に合点がいった。

 例えば矢を使うアリサの攻撃は点。ティーダの斬撃は線。巨大な盾をハンマーのように叩きつけるマシュの打撃は面だ。非常に単純だが、敵に当たる面積が大きい。こういう手合いは有利というわけだ。

「そういうことなら!」

 ティーダがマシュに向けて手をかざし、呪文を唱える。ヘイスト――対象の時間を加速させ、大きくスピードを上げる魔法だ。

 グンと移動速度が上がったマシュは続けてアサシンを二度三度と攻撃する。またもや盾の面を使った面積の大きい攻撃をヒットさせる。

 そしてティーダはマシュが指摘していたもう一つの事実も認めた。それは、こいつは強くない、ということ。

 靄に隠れているために余計にダメージのほどが分からなかったが、この英雄は頑丈なわけでも、攻撃を巧く受け流しているわけでもない。ただ、ダメージに対して人間的な反応……つまり痛みや怯みがなかっただけなのだ。

 現に、幾度もの攻撃を受けて体の限界を迎えたアサシンは途端に動きが鈍くなり、覆う靄も薄くなってきた。

 

「これでトドメです!」

 

 跳躍し重力をのせたマシュの重い一撃が直撃する。地面に大きなヒビが入るほどの衝撃に当てられたアサシンの手足は崩れ、その場にパタリと倒れた。

 戦闘の終わりを悟ったマシュもティーダも「ふう」と一息つく。

 

「終わりました」

「……うん」

 

 すでに靄を纏うこともなくなったアサシンの体は徐々に薄くなっていき、やがて眩い光がアサシンを包み始めた。

 

「これ、何なの?」とティーダがマシュに問う。

「消滅です。召喚された英雄はこうやって退場するのです」

「……そっか」

 要するに死んで聖杯に魔力を回収されているわけか、とティーダは考えた。(むくろ)すら残らないとは随分と残酷だ、とも思った。アサシンの死に様に憐憫さえ覚えた。そしていずれは己の末路か、そうでないなら己の手で他の誰かを下すことになる。

 ティーダは英雄の死を見て、ようやく聖杯戦争という理不尽を認識できたのだ。

 

「うそつき……うそつき……」

「だから……何だってんだよ、それ!」

 ティーダがアサシンに叫ぶ。アサシンは再び、低く唸った。

「聖杯は奪うだけ。

聖杯は壊すだけ。

聖杯は殺すだけ。

あぁ、あぁぁぁぁっ。

アァァァァァァァァッ!」

「……っ!?」

 

 二人が――マシュとティーダが気付いた時には遅かった。アサシンの突然の疾駆。うつ伏せの姿勢から体をボロボロと崩しながら、数メートル前方のマシュを通り抜けて。

 向かう先はアリサ。

「しまったっ……! アリサさん、逃げて!」

 マシュが叫ぶ。

 

 テルミとの戦いの傷は未だ癒えていないアリサに素早く動くのは無理だ。アリサは咄嗟に腰の短剣を抜き払いざまに投げる。それはアサシンの体を貫くも、己の体すら魔力に変換したアサシンは止めることはできない。

 

「アァァァァッ!

わたしたちの、お母さんッ!」

 脈絡のない言葉を発するアサシンの後を、マシュとティーダが追う。が、アサシンの凶刃がアリサの喉元に迫る。間に合わない――

 

「そう来ると思った! ってわけじゃないけどさ!」

 アリサの目の前まで到達したアサシンの動きが途端に鈍くなる。足元に浮かび上がるは青の魔法陣。ティーダの結界魔法、スロウだ。アリサと戦線の間に、予めトラップのように張っていたのだ。

「道連れなんてダセーんだよ!」

 あっという間にアサシンに肉薄し、縦横に二連の斬撃。既に崩れかかっていたアサシンの体はバラバラに四散したあと、光に包まれて消滅した。

 

「ありがとうございます。危なかったです」

「……うん。無事でよかった」

 暗い表情のアリサが礼を言い、沈鬱な表情でティーダが返答する。正当防衛とはいえ、敵にもまた自分たちを狙う正当な理由があり、決して悪ではない英雄を討ったのだ。彼らとて戦場に身を置く者だが、やはり気持ちのいいものではない。

 

「気に病むことはありませんよ」

 マシュが顔を伏せる二人に声をかける。

「仕方のないことです」

「分かってる。でもさ……」と、胸中語ろうとするティーダに、

「聞きません」

 マシュはフイとそっぽ向き、即座にきっぱりと答えた。

「へっ?」

「言いたいことは分かります。でも、聞きたくありません。

私だってできれば正義のために戦いたいですよ」

 ティーダはハッと顔を上げた。曲がりなりにも、ティーダはアサシンにトドメを刺したのだ。勝者が敗者を憐れむなど侮辱行為。善悪がない戦いだからこそ勝者は堂々と喜ぶべきなのだ。

「そうだよな。女々しくてごめん」

「私と戦うことがあれば手加減してくれるのは大歓迎ですが。もちろん私は手を抜きません」

「はは……手厳しいな」

「アリサさんも、敵は甘くないということを忘れないでください」

 アリサも、眉をハの字に寄せながらも、強く頷いた。

「肝に銘じておきます」

 

 ティーダはもう一度自分の右手を見て、グッと拳を握る。一人の英雄を斃し、元の世界に帰る権利を剥奪したのだ。もう泣き言を言っていられない。

 

「さて、覚悟が固まったところで、ですが」

 マシュが視線を左右に流し頬を微かに赤らめながら、しどろもどろそう言う。厳しい表情から一転して優柔不断な態度を見せるマシュに、ティーダとアリサは目をぱちくりさせる。

 

「先ほどのアサシンは英雄ではありません。

いわば英雄の亡霊、或いは影。あれに明確な意識は存在しません」

「えぇ~っ」

 




次回更新は6/8(木)の朝7:00予定です。
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