「イタたた……」
ティーダは尻を押さえながら立ち上がった。転移先は空中、それを思い出した時には既にティーダは硬いコンクリの床に尻を打ちつけていた。
「あっヤバい」
もう一つ脳裏に浮かぶはマシュの姿。慌てて立ち上がり、マシュがワープしてきた時にうまくキャッチ出来るよう身構える。
が、強烈な光と共に現れたマシュは、ティーダが眩しさに目を覆っている間に何の苦もなく綺麗に着地した。
「ふう。ここが例のビルですか。
……?
ティーダさん、何ですか? その謎の構えは」
「あっ。いや、別に……イキナリ空中に投げ出されてよく転ばなかったなと」
「転移先が空中なのはお約束。むしろこれくらいは優しすぎて驚きです」
「え、そうなの」
「……いえ、今のは……冗談です」
マシュは少し赤面して、それから気を取り直し周囲を軽く見回した。
ティーダもつられて同様に部屋を確認する。彼にとっては見慣れない建物の部屋などどれも大差ないように見えただろう。実際のところ、以前飛ばされた時と全く同じ部屋だった。
マシュは静かに屈み、手のひらをペタリと床に押し当てる。
「防護障壁の魔術がかけられているようです」
「床に……?」
「はい。これも物語の加護を受けていますので、相当な強度です」
マシュは唇をきゅっと縛り、眉をハの字にして黙考した。
「何か分かりそうなカンジ?」
ティーダがそう問うのは勿論バーサーカーの弱点のことだ。マシュは残念そうに首を振る。
「まずは材料を探しましょう」
マシュが部屋を出ようとドアに向かうと、ティーダは横から入ってドアノブを握った。
「危険だから、オレが先に行くよ」
見栄張りながらもやはり緊張しているようで、深呼吸一つの後、ゆっくりドアノブを捻る。隙間から顔を少し出してチラチラと慎重に周囲を窺う姿は控えめに言っても不審者である。
「誰も居ないな、うん」
ドアを人一人分だけ開き、壁を這うように部屋を出る。
「マシュ、バーサーカーは居ないみたい。出てきて大丈夫」
マシュはニコニコ笑いながら半開きのドアを開いて部屋を出る。
「ティーダさん、お気持ちは嬉しいです。
しかし、私も曲がりなりにもシールダーですから、防御能力にはささやかな自負があります」
「うん……分かってるんだ、けど」
ティーダの心配事、それはマシュはバーサーカーの恐ろしさをまだ知らないということ。一瞬のやり取りで命を奪われる可能性を考えると、ファーストコンタクトをマシュに任せたくはないという思いはどうしても強かった。
もしも例えばここでばったりあの悪魔に出くわしたなら……その恐ろしさを理解するのは天国での話になるだろう。
「せめてさ、あのデッケー盾を出しててくれない?」
マシュの巨大なラウンドシールドはいつでも顕現できる。が、わずかながらタイムラグはある。マシュはその一瞬の隙を憂慮されることに目を丸めた。
「ティーダさん……そんなにも」
マシュの発言は――ティーダの耳には届かなかった。至近距離で話すマシュの声をかき消すほどの大きな聲……否、轟音がビル全体に響いたからだ。
「オオオオオォォオォォオオオォォォォオッ!」
「――!!」
マシュとティーダは同時に手で耳を塞いだ。還暦を通った人なら卒倒しそうな大音量。
「今のは……!」
「同じだ……一回目にここに来たときと同じパターンだ!」
「……!」
マシュは廊下の闇に刺すような視線を向ける。そして、静かに彼女の巨大盾を右手に顕現させた。
「これは、何かのルールに基づいたゲームかも知れません」
「げーむ……?」
「はい」
返事をしながら、マシュは窓の外を覗いた。
「例えば宝探し、かくれんぼ、このビルで出来そうなゲームはそれなりにあります。お題をクリアすることがこの戦いの終結に繋がるなら……今の声はゲームスタートの合図でしょう」
「うえ……やっぱ寺院みたいなヤツか」
「奥にも部屋があるみたいですね」
「そこは前も入ったけど特に何もなかった」
「そうですか。では、前回と全く同じなのか見てみましょう」
ティーダはマシュの返答に少し驚いたが、頷いた。
「前回と同じなら近くの階段からバーサーカーが上ってくるかも。調べるなら早めに」
「分かりました」
二人は忍び足で早歩きし、音を立てないように件の部屋のドアを開けた。中に入り確認したところ、少なくともティーダは前回との違いを見つけられなかった。目配せするマシュに、ティーダは首を振って返答。
マシュはティーダに近づき顔を寄せ、小声で耳打ちする。
「一旦、この部屋に隠れましょう」
ティーダは頷き、素早く配置につく。二人はドア近くの壁に軽く耳を当て、廊下の音を拾いつつ静かに待った。
――ミシッ、ミシッ
コンクリートの階段を踏む音を聞いた二人は顔を見合わせ、各々の武器を構えた。
もしもこのままバーサーカーが部屋に踏み込んできたら奇襲を仕掛ける。その合図だ。
――ミシッ、ミシッ
足音が近づくにつれ、ティーダは心拍数もバクバク上がってくるのを感じた。しかしティーダとて常日頃と戦いに身を置く戦士。無惨な敗北を忘れて闘志を燃やすことくらいはできる。
といっても彼の考えは「来るなら来やがれ、こっちは二人掛かりだ。不意打ちしてやる!」という、後めたいものではあるが。
ティーダの覚悟が無駄になったか、あるいは祈りが通じたのか……足音は部屋を素通りして去っていった。
ティーダはホッと短く息を漏らす。それから、ドアをほんの指二本分開けた隙間から廊下を覗いた。
「うん……もう行ったみたいだ」
「早めにフロアを移動しましょう。もう少し建物の観察が必要です」
部屋を出た二人はすぐに階段を見つけた。バーサーカーが上がってきた階段だ。
「前回は階段を降りたらアイツに待ち伏せされてた」
マシュはティーダの体験談を聞くと、階段にそっと手を触れた。
「感知の結界のようなものはなさそうに思えますね」
「なら下に行ってみる?」
「いえ。この辺りで前回と行動を変えてみるのも手かと。六階へ上がってみませんか?」
「オッケー」
相変わらずティーダは率先して前を歩く。マシュは一段一段、結界の有無を入念に確認しながら階段を上った。
「四階と全然違わないなあ。狭いし、迷路みたいだし……」
六階の内装を見てティーダが感想を漏らした。
「何か分かる?」
目を伏せ申し訳なさそうにティーダはマシュに尋ねる。もちろんティーダに思い当たるところはない。
マシュはというと――何かに気が付いたようにハッと顔を上げた。
ティーダはそんなマシュの様子を見て期待を込めた瞳を向けた。もしかしてバーサーカーの弱点が分かったのかと。
しかし。
「ティーダさんッ! こちらの位置が捕捉されています! バーサーカー、接敵します!」
「えッ……!?」
直後、ティーダが聞いたのは鉄の太鼓を打つような不快な炸裂音の連続。それは地を跳ね壁を蹴るバーサーカーの足音。六階通路の奥から濃密な殺気とともに躍り出た悪魔は、あっと言う間に接近し、二人の獲物の前で急停止した。
「オオォォオオ……」
獲物を見定める餓えた虎のようにバーサーカーの喉が鳴る。
「彼が……」
「ああ、俺が言ってたやつ」
「……間違いありません。バーサーカー・マルコです」
そう確信はしていたものの、マシュは戸惑っていた。話に聞いていた通り狂化状態であるところは分かったが、ここまで変貌するものとは、と。マルコのことはもとより筋肉質な英雄と記憶していたが、目の前の男はそれよりもさらに隆々とした筋骨で体格は一回り大きい。顔は白い仮面で見えない。
「殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ殺シタイ」
初見のマシュも、一度彼を見たティーダも、その狂気の振る舞いに怖気立った。彼から放たれる殺気が語るに、その目的はただただ殺すこと――聖杯戦争に勝って元の世界に戻ることも、他の英雄から身を守ることも、最早彼の頭の中にはあるまい。
抑揚のない殺気の中、マシュはごく僅かなバーサーカー心の動きを読み取り、防御態勢を取る。基本的に相手の攻撃の直前に防御を合わせる“攻撃的防御”とでもいうべきマシュが、今回に限って早めの防御に転じたのは少しばかりの恐怖心ゆえであった。
それは功を奏した。
「――!」
意識の隙間に入り込むような速度、野生動物の狩りように無駄のない動きで死角にバーサーカーが踏み入る。その動きは明らかに人を殺すための、人だけを殺すための技術だ。マシュは瞬時にそれを理解し、背筋が凍るのを感じつつも盾で自身の死角をカバーした。バーサーカーの位置は確信できていない。だが、同時にティーダとマシュの二人の死角となる場所は限られている。マシュの読みはおおよそ当たっていた。
無音のうちに放たれたバーサーカーの低姿勢からの蹴りを、マシュが的確にガードする。それに反応しティーダが剣を振りかぶった。敵の攻撃ターンをマシュがやり過ごし、ティーダが反撃するという王道パターンだ。
しかし。
「なッ!?」
「うおぁッ!?」
マシュにとっても予想外のパワー。“物語の加護”を計算に入れても大きすぎる衝撃が、ガードしていたマシュを、その後に反撃の機会を窺っていたティーダごと巻き込んで吹き飛ばした。
二人は受け身をとって上手く着地する。ダメージはないようだが。
「盾ごと弾き飛ばされるなんて……」
「一旦退く?」
「いえ。今逃げたとて数秒の時間稼ぎにもなりません」
「……オッケー。やるしかないってか」
次回更新は6/15(木)の朝7:00予定です。