マシュの手が震えている。恐怖なのか、あるいはバーサーカーの打撃が盾を貫き骨を軋ませたのか。いずれにせよ、たった一度の攻撃ではあるがマシュは目の前の悪鬼の恐ろしさを認識しただろう。
「こちらから攻撃を仕掛けましょう。バーサーカーを自由に行動させては勝ち目がありません」
ティーダは苦笑いした。防御のスペシャリストであるマシュをして“受け切れない”と言わせるとは、と。マシュの思惑はもう一つ、バーサーカーの回避能力は高いものの防御力は低いだろうということもあったが。
「分かった。左から行くよ」
「では、私は右へ」
寒気を覚えるほどの殺気を撒くバーサーカーに、息を合わせて突進する。先に攻撃を振るのはティーダ。英雄アサシンの影との戦闘でも活躍した連携……波状攻撃だ。
対するバーサーカーは上に跳躍してティーダの斬撃を躱す。マシュが間髪入れず盾で殴り掛かるが、バーサーカーはティーダを空中で蹴りつけ、その反動で重心をずらしてマシュの攻撃をやり過ごす。
怯むティーダの代わりに、再び宙へ逃れたバーサーカーをマシュが追う。しかしバーサーカーは天井を蹴って勢いをつけ逆襲する。突然の掌底打ちに、マシュは慌てて盾でガードした。が、バーサーカーはその手で盾を捕まえて、ひらりマシュの側部に回った。そのままハイキックがマシュの左腕を薙ぎ払う。
「あぅっ!」
防御結界を貫き、黒鉄のガントレットを粉砕してなお大きなダメージを与える威力。蹴り飛ばされたマシュは壁に叩きつけられて片膝をついた。
バーサーカーの足が地につく前に、何とか体勢を整え直したティーダが攻撃に転じる。突進しつつ斬り上げた剣は、しかし両手の掌でピッタリと捕らえられた。曰く、白羽取りというやつだ。ボディバランスが崩れた姿勢からの攻撃だったとはいえ、まさかの防御方法にティーダは大きく目を見開いた。
「うっそだろッ!?」
と驚く次の刹那にバーサーカーの前蹴り。空気を裂くような鋭い脚捌きにティーダは反応できない。そのクリティカルな攻撃は、寸での所で割り込んだマシュの盾が防いだ。防いだ……と言えるほどのものではない。左腕のダメージからか真芯で攻撃を捉えられず、大きくバランスを崩して床に転げてしまう。
バーサーカーは少し離れたところに鳥の羽のようにふわりと着地する。あれだけの重さと鋭さをもった攻撃からは考えられないくらい軽やかな動きだ。かと思いきや着地と同時に地を蹴り、砲弾のように荒々しくも高速に接近する。狙いはティーダ。彼が後ろに退く前に、バーサーカーの左拳がティーダの鳩尾を抉る。ティーダの体が「く」の字に曲がり、ぐらりと前に倒れ込む。そこにバーサーカーの流れるような追撃、軽い一歩踏み込みから蹴り上げ。ほぼ垂直跳ね上げられた足刀が腹に突き刺さり、ティーダは真上に吹っ飛び天井に床にとバウンドする。
さらに続くバーサーカーの攻撃はマシュへとターゲットを変更する。ティーダを蹴り上げた脚で器用にそのまま回し蹴りを放つ。マシュががむしゃらに振った盾がたまたま防いだが、衝撃力を殺すことはできず、大きくよろめいた。バーサーカーはその防御の隙間に入り込み、マシュの首根っこを右腕で掴み上げる。
持ち上げられたままの姿勢で、マシュは最後の抵抗の蹴りを放つが、その脚は呆気なくバーサーカーの左腕に捕らえられる。
「う……ぁっ……あ」
バーサーカーが右腕に力を入れマシュの首を絞めると、ミシミシと嫌な音を立てる。マシュはすでに目は虚ろに、やがて呻くこともしなくなった。持っていた盾がガランとその場に落ち、緩やかにフェードして消える。
揺れる視界の中でティーダが立ち上がる。しかしそれも気合九割、立っているだけでやっと、という体たらく。やたらと重く感じる剣を握る感覚と、眼前で喉を握り潰される相棒の姿が薄皮一枚分の意識を繋いでいた。
「その汚い手を、放せよ……バケモノォッ!」
ともすればマシュごと斬ってしまいかねない雑な突攻。ティーダもこれがバーサーカーに通用するとは思っていない。
バーサーカーは掴んでいたマシュを野球バットのようにスイングして投げつけ、ティーダにブチ当てる。二人は通路横の壁を突き破り小部屋に放り出された。
「けほっ、けほっ」
マシュは血の咳を吐きつつも、何とか意識を取り戻した。マシュが持っていたサイドバッグの中の種火がぶちまけられ、それが運良く砕けて二人を微量ながら治癒したのだ。
「うう……
種火を、種火を……
もう少し、魔力があれば……」
魔力が戻れば治癒能力が促進され、戦線復帰に繋がる。マシュは必死に種火を砕いた。
「マシュ、もう、戦えないっての。
そんな事してないでさあ、逃げないと」
「魔力が、必要なんです……種火が……」
崩れた壁の端からぬうっとバーサーカーが現れる。ティーダは剣を杖にして立ちあがり、うわ言のように種火をと呟くマシュとバーサーカーの間に立つ。恐らくこれが最後の差し合いになるであろうと思いつつ。
「一傷くらい、付けてやらァ」
そう呟いたとき、ティーダはふと背後から温かい光が差しているのに気が付き、思わず振り返った。
「真名、開帳。私は、災厄の席に立つーー」
一陣の風が廃ビルの土埃をさらい、溢れる光が暗闇をはらう。誠実であり厳格、慈悲深くどこか潔癖な守護の力。正しくシールダーの力。
「それは全ての疵、全ての怨恨を宿す我らが故郷……」
高密度の魔力の輝きより煌めく彼女の瞳は意志の灯火。それは幾多の絶望に立ち向かった証。戦い続けたものだけが持ちうる色。
「顕現せよ!
マシュが詠唱とともに盾を地に叩きつけると、眩いばかりだった光が集まり壁を形成する。背後に浮かび上がる白亜の城の像は鉄壁の守りの象徴だ。
「オオオオォォッ!」
バーサーカーが雄叫びを上げて殴り掛かって来る。しかし――渾身の打撃は光の壁を前にピタリと止まった。まるで自らの意志で攻撃をやめたようにも見えるほどにあっさりと。
「……!」
さしものバーサーカーもこれには怯んだ。彼の白い仮面の奥の狂気の瞳が僅かに揺れる。驚く余裕もないティーダはその場にドタンと座り込んだ。
「こーゆーことできるだったら早めにやってくれっつーの」
溜息を漏らしながら物申すティーダだが、的外れな言い分であることはもちろん承知している。バーサーカーから逃げたいのではなく討ち取りに来たのだから。
「宝具を展開している間は安全です。ティーダさん、今のうちに種火で魔力回復を」
「うん」
ティーダがいそいそと種火を砕く間、バーサーカーは結界の周りを徘徊するのみだ。あのバーサーカーに“これ以上の攻撃は無駄”とすぐに分からせたマシュの防護壁の強度は推し量れよう。
それでもなお殺意のこもった眼を二人から外そうとしないバーサーカーもさすがと言ったところだ。
「この結界ってさ、どれくらいもつ?」
「後先考えないなら、十数分くらいは。ただ……」
ティーダは少しの安堵に長い息を吐きつつも、マシュのセリフの続きも理解していた。いつまでもこうしているわけにはいかない、ということ。
「本当に、ごめんなさい」
「ん?」
「完全に見当違いでした……こんなはずでは……」
「いや、まあ……俺も全然役に立ってないし……
それより、何とかアイツをぎゃふんと言わせる方法を考えないと」
「はい」
マシュの力強い返答に、ティーダは幾分気力を取り戻す。ぐっと固めた握り拳を支えに立ち上がった。
「でもとりあえず距離は取りたいッス」
「……ですよね」
ティーダは寄りかかるように近くの壁に手を置いた。ふと思い出すに、この壁の向こうは階段。ティーダは壁を壊して階段へ逃げることはできるだろうかと考えた。
「ん……? あれ……?」
そこで釣られて頭に思い浮かんだのは前回のバーサーカーとの戦い……あの時も今のようにバーサーカーに吹っ飛ばされ壁をブチ破って部屋に投げ出された。今回もだ。
「マシュ、一つ聞きたいんだけど」
「はい。なんでしょう」
「壁にも物語の加護ってヤツが付いてるの?」
「……!」
鳩が豆鉄砲を食らったように驚くマシュ。半身をティーダに向き、
「いいえ、壁には加護はありません!
あるのは……床だけです!」
マシュとティーダは顔を見合わせた。
物語の加護はストーリー通りであることを補強する仕組みが基本となっている。裏を返せば、床を破ることだけは物語としてあってはならない反則事項だということだ。
「ってことはさ、もしかして!」
「ええ。このゲーム内容は高確率で、このビルから出ること……! 恐らく一階の出口から」
「もう一つ、分かったことがあります」
マシュは先程よりもずっと生気に漲った声で言った。
「バーサーカーは私たちが階を移動したことを認識しています。いえ……より正確に言うならティーダさん、貴方が階を移動したことを、です」
「え……!? どういう事!?」
「ティーダさんが最初にこのビルにワープさせられた時のことです。覚えていますか? あなたは種火を取ったと言いましたね」
ティーダは何気なく種火を手に取ってしまったが故に罠に掛かったわけだが。
「なるほど……これが発信機になってたんだ」
ティーダはポケットから種火を取り出した。
「ちくしょう、こんなもので……」
「砕かないよう注意して下さい。何らかの魔術の引き金になる可能性があります」
ティーダは奥歯をぐっと噛んだ。いつの間にか敵に己が身を利用されて仲間に迷惑を掛けていたなんて、と。
「むしろそれを利用してバーサーカーを誘き寄せましょう。私に……それを下さい」
「……! まさか……」
マシュは力強く頷いた。
「はい。私が囮になります」
次回更新は6/18(日)の朝7:00の予定です。