マシュの作戦は至って単純。発信機となる種火を持ったマシュが上階へ上り、バーサーカーを誘き寄せる。その間にティーダがビルの出口へ向かい、このビルを脱出する。マシュの予想が正しければ、エントランスから出ることでバーサーカーは物語の加護を失うはずだ。
作戦というより最早他に手段がないだけの話である。が、ティーダの考えは少し違った。
「さあ、ティーダさん。種火を私に」
バーサーカーに聞かれないよう静かに言うマシュに、ティーダはしっかり彼女を見据えて……首を横に振った。
「イヤだ」
「……!?」
マシュは久方ぶりの憤った表情でティーダを睨む。
「ティーダさん……遊んでいる場合ではありません! このままでは二人とも……」
「オレが囮の役をやるよ」
「……」
マシュは表情を変えないまま、一呼吸置き、呆れ声を発した。
「今となっては説得力がありませんが、私はシールダーです。どう考えても私の方が囮に向いているのです」
マシュの小言のような説得は長かったが、話すにつれ声が小さくなっていくのは、ティーダに何を言っても無駄だと分かっているからだろう。
「私にはティーダさんを巻き込んだ責任もあります。犠牲になろうというのではありません。勝つために必要なのです」
「でもさ、マシュの予想が当たってるかどうかも分からないじゃん」
「だからって……!」
少し声が大きくなったマシュのセリフに被せるように、すぐティーダが口を開く。
「任せろって、時間稼ぎくらいはさ。まぁ、ほら。最優のセイバーってやつに」
「……はぁ」
マシュはこれ見よがしに溜息を吐く。説得しても彼が折れると思わなかったから、これはマシュの精一杯の批難だった。
ティーダから視線を外し、さらに数秒の沈黙。
「別に……
「無茶ゆーなって」
マシュは口の端を吊り上げて「ふっ」と少し笑うが、その目はどこか寂しさを思わせる。諦観、ある種の達観じみた気配。それも一瞬のこと、マシュは目をぎゅっときつく瞑り、見開いたときには憂いの表情は消え失せていた。
「合図を出します」
ティーダは無言で頷いた。殺気を嗅ぎ取られないよう慎重にさり気なくバーサーカーを横目に確認する。依然として結界の境界線を踏み、食い入るような目付きでティーダとマシュを見ている。ずっとそうしていたというのだから中々に見上げた一途ぶりである。付き合って間もない恋人でもここまで焦がれまい。
「ふぅ」
ティーダはバーサーカーから目を背けた。しかし気圧されたのではない。次の一瞬に備えるためであり、また少しでもバーサーカーの虚を突くためでもある。
大盾に身を隠すマシュがコツンと踵を鳴らす。作戦開始の合図、そのカウントひとつめ。
ティーダはふと、英雄という呼称が気になった。この世界に呼ばれるのは名を残すような人物なのだと。いわくそれが英雄というところだが、ティーダにはどうにも納得できなかった。
二つ目のカウント。マシュが再び踵を鳴らす。
英雄、その定義が確かなら、彼の世界であるスピラにはもっと上等な候補がいたはず。ティーダは何人も思い当たりがあった。己の不幸を嘆いたこともある。なぜオレが?と。同じセイバーなら例えば……アーロン。彼は高名であり強さも精神力も申し分ない。それでも自分が選ばれた理由はあるのだろうか?
ふとそんな事が気になったのだ。
三つ目のカウントーーマシュが大きく踵で床を踏みつけた瞬間――彼の頭にはもう雑念はなかった。
「うらあぁっ!」
弛緩状態からの奇襲。全身のバネで体躯をしならせ跳び、ティーダがバーサーカーへ攻撃。同時にマシュは結界を解除し、大盾を叩きつけて部屋右の壁を粉砕した。その先は階段――巻き上がる土埃に身を溶かし、姿を眩ます逃走の一手。
一方ティーダの剣撃は彼の雄叫びの割にはショートで小振りなモーションだったが、案の定バーサーカーは難なくダッキングで避ける。しゃがんだままの姿勢で繰り出された反撃の足払い蹴りは、ティーダもそれを躱した。逃げるようなバックステップ。否、本当に最初から逃げるつもりなのだから、カウンターがヒットする道理はない。
「ほっんと危ねーなぁっ!
お前なんかと戦うか! バーカ!」
気の利かない捨て台詞を吐き散らかし、ティーダもマシュに続いて壁の穴へ、つまりは階段の方へ逃げる。しかしそこからの行き先は真逆。マシュは下へ、ティーダは上へ。
マシュは一瞬ティーダに視線を寄越したが、それは土埃に遮られて彼には届かなかった。
「どうかご無事で……」
バーサーカーに悟られぬよう、踊り場の影に身を隠しているマシュは、それでも静かに呟いた。
ティーダは考えた。どのくらい時間を稼げばいいのか? マシュの速度ならゴールまでそう時間はかからないだろうとは思ったが、このまま何事もなくゴールできるとも思えない。
下の階に行けば罠や結界が張られているとすると。
「長くても……三分。
てことでいいかな」
根拠ない予測を呟きつつも、厳しい戦いになりそうだと予感していた。バーサーカーは強さもさることながら攻撃一辺倒のスタイルは短期決戦向きだ。これまで戦闘結果と鑑みるに、普通にやり合えば一分もてば大金星という具合。
階段を駆け上がり、通路の奥を走る。振り返ってはいなかったが、バーサーカーが追ってきていることは確かに分かる。階段を蹴る音、隠す気のない殺気、そして、
「殺ォォオオスッ!」
「……」
絶叫の殺戮宣言。ティーダは足を止めて振り返った。
眼前に迫る悪鬼。
圧倒的な戦闘力で死を振り撒く、言葉通じぬバーサーカー。
ティーダはそれを見た途端、冬の湖の水面のように心が鎮まるのを感じた。既に二度も大敗を喫した難敵が己を殴殺せんと脇目も振らず猛進して来ているというのに。
彼にとっては不思議な感覚であったが、元来の性質として彼は誰かを護る時に力を発揮する霊基。それも当然のことだった。
「くらえっ!」
かざしたティーダの掌が仄かに青く輝く。その空間に足を踏み入れた対象の時間を遅くする罠の魔法、スロウだ。どこに仕掛けられたのか……それは術者にしか分からない。
バーサーカーにはもちろん結界を探知する能力はない。しかしティーダの戦術は既に一度目のバトルで学習済みだ。かざされた掌が光を放つ前にぐるりカーブを描いて接近する。折角の罠の魔法も面と向かって撃っては意表をつくことはできなかった。
しかしティーダは既にその回り道に斬撃を合わせていた。罠が不発に終わると見越した誘い込み、そちらの方はバーサーカーにとっても予想外だったようだ。
「……!」
バーサーカーはそれを上体逸らしで避け、そのまま宙返りして距離をとる。
バーサーカーの胸部にほんの少しの血が滲んだ。それを彼は指で掬い上げ、目を丸くして見つめる。
物語の加護を受けてから、初めての傷であった。
「どーしたよ?
今更ぶった斬られるのが怖くなったかよ」
仮面の奥の眼が一層の殺意を帯びた。それは同時に悦びのようにさえ思える、凶悪な瞳の色。
「生粋の快楽殺人鬼ってことね。
いいぜ! 成敗してやっからな!」
今度はティーダが先んじて仕掛けた。振り下ろす斬撃は明らかに逃げ先を誘導している――つまり、先程張った結界の罠の方向へ。しかしバーサーカーは動かない。「当たった」とのティーダの確信は弾ける金属音がかき消した。いつの間にやらバーサーカーの手に握られたサバイバルナイフ、それがティーダの剣を容易く受け止めていた。片手に持ったナイフが両手で振りかぶった剣を止めたことには最早驚かなかった。
バーサーカーの反撃はスナップのきいた鋭い振りで繰り出されるナイフ。ティーダは後ろに倒れるように退くが、素早い攻撃を避けきることはできず、肩から腰にかけてバッサリと切り裂かれ、大量の血が迸る。
しかしティーダは歯を食いしばって踏み止まる。斬撃のダメージは大きかったが、衝撃力は打撃ほどではない。
「これくらいで、怯むかよっ!」
飽かずに再度の縦斬り。逃げ先を誘導し、スロウの罠エリアに追い込もうとしていたのはバーサーカーも承知の上だった。が、それも逃げ道を限定する意味で役立っていた。バーサーカーは後退するしかなかった。ティーダはそれ幸いと返しの斬り上げで追撃。しかしバーサーカーはティーダの渾身の攻撃を、垂直に跳躍して躱した。
さらにティーダの追撃。宙に跳んだことで今度こそ逃げ場を失った敵に、大振りの一撃を見舞うべく剣を強く握る。しかし、突如右肩に走った激痛に一瞬動きが止まる。
「ぐっう……!?」
右肩にキラリと光るはサバイバルナイフ。深々と刃がティーダの肩を突き刺していた。バーサーカーはティーダの斬撃を避けると同時にナイフを投擲していたのだ。
バーサーカーは素早く軽い蹴りでティーダの肩に刺さったナイフを踏みつける。既にティーダの肩に半分埋まっていた刃がさらに肉を裂いて肩を貫通した。
ティーダは苦悶の叫び声を呑み込み、剣を左手に持ち替える。敵の着地を狙って薙ぎ払う攻撃に転じるが、体に刻まれたダメージからか剣捌きにキレがない。バーサーカーの突進がほんの一瞬だけ上回った。
バーサーカーの跳び膝蹴りがティーダの腹に直撃した。
「おごえッ……」
コンクリ床をべったり赤く染めあげるほどの量の血がティーダの喉から吐き出される。咳き込むたびに血を噴き出しながらも、何とか倒れまいと壁にもたれ掛かった。それを“立っている”と言えるのかは際どいところだったが、何にせよ心は折れてはいないようだ。
子供の体当たりでぶっ倒れそうなティーダに、バーサーカーは追撃を……行わない。
「……?」
仮面の奥の表情は分かりづらかったが、確かに困惑している。右へ左へと視線を流しては、ごろごろと喉を鳴らす。
「余所見してんじゃねーよ!
オレを殺すんじゃなかったのか?
言っとくけど、お前の攻撃なんか全然効いてないからな!」
生まれたての子鹿の如く脚をガクガク震わせながら虚勢を張るが、バーサーカーは取り合わない。話が通じているのか怪しいところではあるが、彼の意識は既にティーダにはなかった。
「……ウゥゥ……」
唸る悪魔は、連携における守備の要となっていたあの少女の姿を探していた。いつ急襲してくるかと警戒していたのに、その様子は全くない。何度も乱入のチャンスはあったし、既に相棒も虫の息だというのに。
すなわち、
「オ……オォォッ……
オオオオオオオォォオォォッ!!」
咆哮。今までのそれとは違う。純粋な殺意のみではない、怒りや焦りを含んだ咆哮だ。
バーサーカーは、ティーダは囮であると気が付いたのだ。
「――!」
バーサーカーの突然の疾駆。ティーダに背中を向けて急加速する。つまり、死に体を無視してマシュを追う決断だ。ティーダも逃すまいとバーサーカーを追う。が、二人のスピードの差は歴然だ。元々全快だったとしても追いつくはずもないうえ、瀕死の重傷であれば尚更。
バーサーカーは考えていた。
卑怯にも己を謀った矮小な弱者どもを赦しはしない。まずは出口に向かう女の脚を砕き腕を引き千切り、嬲り殺しにしたあと首をもぎ取り男の元に届けてやろう。その後、絶望する男も体中を切り刻んで殺す。ああ早く早く早く殺したい殺したい。
彼の思惑は、もしもマシュに追い付いたなら、いとも簡単に達成されるであろう。そしてマシュに追い付くこと自体も簡単に達成される――少なくともバーサーカーは現時点でそう思っていたのだ。
しかしバーサーカーはその矮小な弱者どもの覚悟を見誤っていた。そして直後に理解することになった。自身の足元に浮かび上がる青の陣……ティーダのスロウの結界を見た時に。
「!?」
なぜ? 今し方走った道は初手の攻めで既に通ったルートなのだ。罠が張られているはずはない。
いいや。違う。
ティーダはあの時、バーサーカーの目の前に結界を設置したのではない。背後に設置していたのだ。迫り来る悪鬼を前に、当たるはずのない位置に罠を張っていたのだ。
彼がどこまで考え、どこまで先読みしてこの行動を取ったのかは謎であるが、彼は自分が助かる確率ではなく勝利の期待値を取った。その行動がバーサーカーの裏を突いたのだ。
「グアオォォッ!」
とにかくバーサーカーは結界を抜けようと走る。ここに来てやっとのこと全力を出し始めたバーサーカーはさらに加速し、スロウの結界を突破しようとしていた。ティーダも負けじと走るが、それでもあと一歩足りないか。
「待てよ怪物野郎ッ! ゼッテー逃さねー!」
ティーダは左手に持っていた剣を大きく振りかぶり……投げた。あと一歩の距離のために、躊躇いなく、何度死にかけても手放さなかった剣を。
スロウの時間遅延効果を受けているバーサーカーにとっては弾丸の如きスピードの投擲だ。
それでも走る姿勢のバーサーカーは身を屈めて投擲を回避する。恐るべきはバーサーカー、そして加護の力。
蒼い剣がバーサーカーの頭上をすり抜けたとき、ティーダの最後の手段は無為に終わった。剣なきセイバーに何ができるというのか。彼は戦いに於いて最も重要な武器を失ったのだ。
いいや。やる。
こいつは何かやってくる。
バーサーカーはそう直感した。
何だ?
何をやってくる?
新しい魔法か? 仕込み武具?
ここまでやったのだ。命をかけ決死の策を通したのだ。このまま手詰まりのはずは――
「うおあああああッ!」
奥の手などなかった。ティーダの最後の攻撃はただのタックル。前のめりに跳び、相手の腰を捉えて全力で押し倒す。敵にダメージなどほぼありはしない、ただ一秒でも長く時間を稼ぐだけの行為。
何とも無様な英雄だった。
しかしティーダは気が付いた。
英雄とは、力のある者でも名のある者でもなく、最後に心で活路を拓く者のことなのだと。
次回更新は本日17:00です。
~以降ステマ~
ティーダは言わずと知れた世界的人気RPG「ファイナルファンタジー」シリーズのナンバリング「FF10」に登場する主人公です。
FFシリーズというと、感動的なストーリーを思い出す方も多いと思いますが、声を大にしていいます。最もストーリーが素晴らしいタイトルはFF10だと!
語り始めるとネタバレしそうなのでやめておくとして…今週(6/22)はFF16リリースですね!体験版はすごく気になる終わり方だったので待ち遠しいです。