マシュと名乗る少女は自己紹介ののち「よろしくお願いします」と付け加えた。
「ところで……」
「その……」
承太郎とマシュは同時に口を開いた。互いに聞きたいことがあるようだ。
マシュがどうぞ、と承太郎に促すと、承太郎は質問が多いから先に、とマシュに投げ返した。マシュはそれではと話を続ける。
「スタンド使い、というのは何でしょうか」
承太郎はスタープラチナを現出させて見せた。マシュはそれを認め、目を細めて観察する。
「使役霊体のようですが……」
「これがスタンドだ。守護霊のようなものだと思ってくれればいい」
「なるほど。スタンドを使役するのがスタンド使いというわけですね」
「そうだ。しかし、スタンドはスタンド使いにしか見えないはずだぜ」
「私は見えています」
「ああ。そのようだな。触れられるか?」
マシュは遠慮がちに、差し出されたスタープラチナの腕に触れる。マシュの体温低い手に触れられた感覚はスタープラチナを通じて承太郎にも分かった。
「触れられるみたいです」
「……」
「……?」
承太郎は少しの間思案した。スタンドはスタンド使いにしか見えず、スタンドでしか触れない。つまりルールに則るなら彼女の纏う鎧や大盾がスタンドということになる。しかしながら事はそう簡単ではない気がしていた。
「他に聞きたいことは?」
「いえ、大丈夫です」
「オーケーだ。助けて貰って早々にすまないが、こっちは聞きたいことが山ほどある」
マシュは真剣な顔つきで頷いた。薄々、承太郎が並々ならぬ事情でここにいることは察しているようだ。
「まず……ここはどこだ? 日本のようだが」
「……!」
そこからとは、と流石にマシュも驚きを隠せない様子。
「日本……冬木です。聞き覚えありませんか?」
承太郎は地理に詳しい人間ではない。首を横に振った。
「なるほど。記憶に錯乱があるようですね」
「どういう意味だ? その冬木ってのはそんなに有名な都市なのか?」
「いえ、そうではありません。どうやら相当記憶を失っているようです。
承太郎さん、ご質問は後にして、一から説明させて頂けませんか?」
その方が早いというのは承太郎も何となく気がついていた。マシュの常識と自分の常識にはかなり大きな隔たりがあるように思えたからだ。
「願ったり叶ったりだ。是非よろしく頼むぜ」
「では、もしも知らない言葉が出てきたら都度説明いたします」
「ああ。助かる」
マシュは一呼吸置いてから言った。
「これは聖杯戦争です」
承太郎は静かに手を挙げた。
聖杯戦争。
七人のマスターとそのサーヴァントが万能の願望器である聖杯を巡る争い。マシュはそれをサーヴァントであるはずの承太郎が知らないことにはもう驚かなかった。
「長くなりそうですね。
どうぞこちらにお座り下さい」
マシュに勧められ、承太郎はソファーに腰掛けた。マシュはその辺の木の椅子を取り、テーブルを挟んで承太郎の対面に座った。
「語弊を恐れず説明させて頂きますが……
聖杯戦争というのは一種のサバイバルゲームです。
異次元や異世界から英雄が集い、聖杯を取り合う戦争。この冬木を舞台としたバトルロワイアルと言ってもいいでしょう」
「トンデモない話だぜ」
「ええ。私も承太郎さんも、その選ばれた英雄……いえ、巻き込まれたと表現するのが正しいかもしれません。
ここは私たちにとっては異次元の世界なのです」
にわかに信じがたい、と言いたいところだが、もはやそれくらい信憑性のない話の方が却って納得感があった。マシュが嘘を言っているとも思えない。
「聞けば聞くほど疑問が出てきそうだ。
なぜ聖杯とやらを取り合う?」
「私たちが元の世界に帰るには聖杯の力が必要だからです。
さらに、聖杯の力の行使は一度きり。つまり……」
なるほど、と承太郎は頷いた。
「召喚された英雄ってやつのうち、一人しか元の世界に帰れないってわけか」
マシュは真剣な表情で頷いた。
「こういったルールは英雄が召喚されるときに記憶に埋め込まれるはずなのですが……」
その件についてはマシュもお手上げのようだ。つまり、本来与えられたはずの知識が承太郎にないという事実。
「いいや、異次元から人を無理矢理引っ張るなんて荒業かましたんならそれくらいは誤差だろうぜ」
「まぁ、そうなのかも知れません」
マシュはあまり納得できていなさそうに視線を泳がせる。が、結局思い当たるフシもなく今は考えないようにしたようだった。
「引き続き質問させてくれ。
おれは当然元の世界に戻りたい。が、こっちの世界で経過した時間はどうなる? 元の世界でものっぴきならない状況でな」
「なるほど。それは安心してください。
あなたが召喚された時間に戻ることができるはずです」
承太郎はそれを聞くとホッと胸を撫で下ろした。特殊な病で余命宣告をされた母親を助けるために旅をしているところなのだから、承太郎にとっては一大事だった。
「もう一つ、さっきおれにライダーかと聞いたが、ありゃあ何だ?」
「ライダーはクラスです。簡単にいうと英雄のタイプですね。何かを使役して戦う英雄や豪快さを持つ英雄に多いのです」
承太郎は「ああ、それでか」と納得した。スタープラチナを使って戦う姿は使役と豪快、その両方の性質に当てはまる。
「じゃあおれは何のタイプだったんだ?」
「あ、その、それは分かりませんでした。種火の効き目からライダーではないことが確定していますが……」
承太郎は種火の種類によってタイプ別に効き目が違う、というところまで察した。そして彼女の予想が外れて承太郎がライダーではなかったから、ライダー向けの種火の効果が今ひとつであったことに対してがっかりしていた、という理屈だ。
承太郎は「充分効いた感じはしたが」と小さくぼやいた。
「あのゾンビどもは?」
「分かりません。聖杯戦争とは直接関係なさそうですが、おそらく英雄召喚時の空間の乱れがあれらを呼んだのかもしれません」
承太郎は他の英雄の能力なのかが気になっていたが、そうではないようだ。
「最後の質問だ。聖杯戦争ってのには直接関係しないが、あんたの持っていたデカい盾はどうした? まさか……」
承太郎はマシュに助けられる際、仕方なく捨ててきてしまったのかと心配していた。もしそうなら、それを承太郎が回収して彼女に返す義務があると思ってのことだ。
「それについては心配ご無用です」
マシュが虚空に向かって手をかざすと、光の粒が収束して先見たシールドが現れた。
恐らく彼女の武器であり盾でもあるそれは、承太郎のスタープラチナのようにいつでも出し入れできるものなのだろう。
承太郎は安堵に溜息をついた。
「ここまでの私の話は信じて頂けましたか?」
「……」
彼女に命を助けられたということもあり、承太郎は彼女を疑ってはいなかった。真摯で誠実な彼女の態度も信頼に値すると考えていた。何より、彼女が自分を騙しているというなら決定的に言えないことを既に口にしているのだ。それはつまりーー
「あんたの話を信じるなら、おれたちは敵同士ってことになるな」
「はい。その通りです」
臆することなく即答するマシュ。一切の敵意を感じないが、それでいて油断なく鋭い目。DIOから送られてきた様々な刺客と戦ってきた承太郎だが、こんな目の色をする“敵”は初めてだった。
二人は無言で視線を差し合う。承太郎は彼女が何を言いたいか分かっていた。
「英雄は七人います。聖杯が手に入るまで、承太郎さん、私と組みませんか?」
「……組む、か」
「はい。しかしいずれは敵同士ですから、護ってくださいと言っているわけではありません。
あくまでも不可侵条約。共に行動して、お互いに攻撃しないくらいの口約束と思って頂ければ」
承太郎にとっては願ってもない申し出だった。一応の知識は共有されたとはいえ地理面ではやはり頼りになるし、何よりも助けてもらった手前、マシュとは戦いづらいとも思っていたからだ。
「……いいだろう。あんたには借りがあるからな。そのうち返す機会があるかもしれん」
聞くと、マシュは目を丸くして驚いたのち、年頃の少女らしくにっこりと屈託ない笑顔を作る。
「では、期待していますね」
承太郎は帽子を深く被り直した。
とんでもなく面倒な相手に借りを作ってしまった、と。
「それでは、今から私たちはチームです! 改めてよろしくお願いします、承太郎さん」
「ああ。よろしくたのむ」
「あ、チーム名などは要りますか?
例えば、そうですね……あっ、バイバイボッチ団、略してBB団なんて」
「……勝手に考えておいてくれ……」
承太郎はソファーに寝転がった。
マシュも聖杯戦争に関する全てを説明するつもりはないだろう。最終的に勝つための知識は秘匿しておいているはずだ。そこは承太郎にとっても気が抜けないところだが、少なくとも彼女が約束を違えることはなさそうだとも思っていた。
「分かりました。チーム名は後ほど候補を提出するとして、まだ話は終わっていませんよ」
「……何だと? まだあるのか?」
「当然です。種火や各クラスの大まかな特徴、相性、ここ冬木のことなど。聖杯戦争を勝ち抜くには、むしろここからの話が本番です」
「……やれやれだぜ」