冬木市のとある邸宅の広い庭に、黙して座る男が一人。その様は崩壊した都市の中にあっても驚く程に自然に周囲に溶け込んでいた。ぴくりとも動かぬそれはまるで仏像のようでもある。
そこへ細身の男がフラリと現れた。
「そうか……来たのは、お前か。
キャスター・テルミ」
座禅していた男、トキはゆっくりと立ち上がった。対するテルミはトキを見るなり、目を細めて残虐な笑みを浮かべる。
「用件は分かってんだろ?」
「……言の葉にて語るか、拳にて語るか」
テルミはくつくつと静かに笑う。
「コブシなんて暑苦しいマネするわけねぇだろ。
語るのは……コイツで、だァ」
テルミが懐から取り出したのはバタフライ・ナイフだ。トキはそれを見ると柔らかい表情で返す。
「では、やってみるがいい」
二人の間に熱い風が流れた。
過去に如何様な惨劇があったのか、冬木にはそこかしこで未だ火の手が回っている。建物や大地は崩壊し続け、轟音も絶えない。
対峙して幾度めかの地響きに合わせる様にーーテルミが大地を踏み鳴らした。するとトキの四方八方、地を破って魔力の蛇が顔を出す。
「ふむ、既に忍ばせていたか。抜け目ない」
一斉に突撃する魔力蛇にもトキは表情一つ変えず、ゆらりと斜め前に倒れ込むように包囲を逃げる。重力に体を任せるだけの緩慢な動きだ。
「寝ボケてんのかよッ! クソジジイ!」
魔力で練られた蛇たちは自動操縦だ。各々の意思を持ってトキを追尾する。緩やかなトキの動きでは到底避けられるものではない。が、トキがそれらの一つを掌で撫でるように押し返すと、一匹の蛇の攻撃軌道がズレ、他の集合と絡み合うように衝突して消滅した。
「な……にィ!?」
数秒でテルミはトキの実力の程を理解した。
最小限の力で最大限のパフォーマンスを得る動き……ここまで洗練された闘技をお目にかかることはテルミの長い人生でも滅多にない。
「次はこちらからゆくぞ」
「……ッ!」
地面を滑るようなトキの接近。テルミはそれを見越していたか、すでに左腕に魔力の盾を作り出していた。そこへトキの鋭い貫手。テルミの分厚い魔力を突き破り、彼の手のひらにぐっさり突き刺さる。
「ぐぅっ!」
テルミは呻いたが、それは痛みではない。驚きだ。テルミの魔力は触れるだけでも激痛をもたらす猛毒を含んでいる。それに生の手を突っ込まれるなど彼にとってはあってはならぬ事態。
しかしテルミの魔力はただ暴威を振りまくだけではない。
テルミの手を覆っていた盾は瞬時に形を変え、トキの手をぐるりと巻いて掴んだ。
「コイツでサクッと死ねゴミくずがァ!」
凝縮した魔力が刃に宿ったバタフライ・ナイフを繰り出す。先ほどの一撃でテルミはトキの性質を見抜いていた。つまり、魔力密度の濃淡を見分け、針の糸を通す様にその隙に力を込めることで、魔力の波に穴を穿っているのだ。
ただし、魔力とナイフの組み合わせは物理・魔法の混合。これをいなすのは至難の業。
トキは……それを二本の指でピシリと止めた。テルミの顔に再び驚きの表情が張り付く。
「!」
「ほおあぁっ!」
トキの蹴り上げに、テルミはナイフを手放し後方へと逃げる。すかさずトキは二本指で掴んでいたナイフをそのまま投げ返した。
「チィッ!」
それを避けるテルミの眼前に、ピタリとトキの拳が止まった。
「……くっ!」
テルミは逃げるように即座に距離を取った。トキがその拳を振り抜いていればテルミの頭部は砕け散っていただろう。
「もういい。ここまでだ」
「テメェが勝手に決めんじゃねぇッ!」
テルミはより一層の魔力を解放する。大地は揺れ、地割れから黒緑の禍々しい魔力が溢れ出した。しかしトキはそれを見ても構えを解いたままだ。
「いいや。お前はもうこれ以上の闘いに意味がないと気が付いているはずだ」
「……」
テルミは三白眼でトキを鋭く睨み、大きく舌打ちする。が、周囲を取り巻いていた膨大な魔力の波は徐々に弱まっていくのが分かる。
「今は少しの魔力も惜しい。命拾いしたな、クソ雑魚アサシン」
「うむ。どうやらそのようだ」
トキもまたテルミの能力を高く評価していた。このまま続けていたら勝っていたという保証はないことも理解していたのだ。
「私からお前に語ることはもうない。ゆけ、キャスター」
「いちいち命令すんじゃねーよ」
テルミはトキに背を向け、歩き始めた。が、その数歩で足を止める。
「……一つ、質問があった」
「言ってみなさい」
「お前……兄貴居ンのかよ」
「……それは」
トキは満面の笑みだ。
「とてもいい質問だ」
次回更新は本日19時ごろ予定です。