生まれ持った性質と経験で得た性質が真逆という意味では、杏子は多くの二面性を持ったサーヴァントであった。
パワータイプであるランサーであり、魔法を行使する魔法少女でもある。
計画的に動くこともあり、また行き当たりばったりで雰囲気に流されることもある。
杏子はアルターエゴを始末するためにわざわざ敵陣にまで偵察に来たわけだが、アルターエゴの戦力次第でどうにでも作戦を変更するつもりだった。例えば、現時点で最も厄介そうなテルミと引き合わせるなど。
戦力や根城を把握する、というのが裏の目的と言えよう。
そんな彼女にとってアリサとの戦闘に大きな意味はなかった。彼女はアリサが気に入らないのだ。聖杯戦争という、ただ独りしか生き残れないサバイバルゲームにおいても仲間を護ると
尤も、サーヴァント同士は戦うのに特別な理由など要らないが。
「逃げるつもりはねーみてーだな」
もしくは仲間と合流する気なのかと思っていたのに、どうもアリサにその気はないようだ。地上に出てからはあまり目立った移動をせず、姿を眩ましては射撃するという彼女の基本戦闘スタイルを貫いている。
アリサはここで決着を付けるつもりらしい。
崩壊した市街地は身を隠す障害物が多い。車両は好き放題転がっているし、瓦礫の山や半壊した建物の壁が連なるなど、隠れていなくても視認性が悪いほどだ。
とはいえ、暗闇という優位を捨てて戦えると思っているならそれは……
「とんだ計算違いだぜっ!」
アリサの潜伏位置にアタリをつけ、槍を正面に構えた猛進からの刺突。周囲が明るいぶん反撃のリスクは小さいゆえ、思い切りのよい攻撃に出られるというもの。実際、杏子の刺突の威力は先ほどのものよりも数段高い。一突きでアリサが身を寄せていた壁を破壊した。
「きゃああっ!」
衝撃に弾き出されたアリサは、傷つき転がりながらもすぐに地を蹴り宙返りしながら体勢を戻す。その間隙に杏子が接近、当然の追い討ちだ。
「じゃあなっ」
杏子が勝利宣言とともに槍を振りかぶる。杏子の槍の射程はアリサの回避距離をまるっと覆うほどに長い。退路なしかと思われたが、アリサは逆に杏子に突進し、掴み合いの距離にまで詰め寄った。
杏子は「むっ」と顔をしかめた。槍は剣より射程が長いが、刃が槍頭にしか付いていないため、こうも密着されると却って攻め手に欠けるというわけだ。
替わってアリサの逆襲のターン。腰のナイフを抜き払いざまに斬りつける。通常の槍であれば小回り勝負に負けるところだ。しかしもちろん、杏子の槍は通常のものではない。
杏子は素早くパキリと槍の柄を折り、仕込みチェーンでナイフをガードした。そのまま鎖でナイフをガッチリと絡め取った。
「!」
「アーチャーごときが生意気に近寄ってんじゃねーよ!」
杏子の膝蹴りがアリサの腹に突き刺さる。
「あぅえぇっ」
アリサは鈍い痛みに喘ぎながらも、その反動ですぐさま背中から脚を回して蠍蹴りを放つ。
アリサは杏子の膝を両手で包み込むように防御していたのだ。
「っと。浅かったかな」
少し驚きながらも、杏子はそれを腕で防ぐ。杏子も蹴りで応戦、アリサもさらに足を合わせ、お互いに弾き飛ばされて再び距離が開く。中距離戦、杏子の得意とする距離だ。
すかさず杏子は攻撃に移る。再びギミックウェポンを展開し、長射程の多節棍を振るう。十メートル以上もの距離であっても杏子にとっては無いも同然だ。
一方アリサは、やはり腹にダメージが残っているらしく、いつものアクロバットはどこへやら、半ば倒れるように重心をズラして躱した。
杏子の攻撃は続く。刃の追尾攻撃だ。二撃、三撃と素早く正確な斬撃がアリサの肌を裂く。
対するアリサは回避の合間に二本の矢を同時につがえて放つ。ダブルショットというやつだ。一本は杏子に向かって直進し、もう一本はぐるりカーブを描いて側面から杏子に迫る。
流石の杏子も二本を同時に弾き返すことはできず、後ろ斜めにひょいと避ける。アリサはその隙に大きく距離をとった。今度はアリサの距離だ。
アリサは一旦矢を番えるも、撃つことなく構えを解いた。それを見た杏子も一息ついた。
「……どーした? 撃ってこないのかよ?」
「正面から狙っても無駄みたいなので」
「ハッ。何処から撃っても無駄なんだよ」
「ん~。確かに、そうですね……」
アリサの返答に満足したのか、杏子は自慢げに鼻を鳴らした。
「仲間を売る気になったかい?」
その問いを聞いたアリサもまた微笑んだ。
「売って欲しいですか?」
「……あァ? どーゆー意味だ?」
アリサの含みあり気なセリフに、杏子はつい訊き返す。
「そのままの意味ですよ」
アリサの質問は実際のところ、杏子という人間の芯を捉えていた。それは杏子自身も自覚していないことであった故に、杏子が真意を理解することはなかったが。
「そのままの意味っつーと……カネでも寄越せってか?」
「持ってるんですか? お金」
「まさか。種火ならあるぜ」
「アーチャー用?」
「ランサー用」
「じゃあ、要りません」
「ふーん。菓子ならどうだ?」
「ほう。お菓子」
アリサの目が爛々と輝くのを見て、杏子は呆れ返って溜息を吐く。
「まさか食いモンで釣られる気じゃねーだろーな」
「とっ、トーゼンです! ちょっと気になっただけです!」
またまた、これ見よがしに杏子が溜息をついた。
「何なんだよ、交換条件」
「マシュさんに手を出さないと約束して下さい」
今度は顰めっ面でアリサを睨んだ。
「バカかお前。それじゃ意味ねーだろ。
それに、そんな約束アタシが守ると思ってんのかよ?」
「神様に誓って下さい。そしたら、信じます」
アリサは笑顔でパンと両手を合わせながら言うが、逆に杏子は益々不機嫌な表情だ。
「神様なんか居ねーよ」
奥歯を覗かせる杏子に怯まず、アリサも言い返す。
「居ます。救われようと思うから居ないように感じるんです」
「救ってくれねーなら、何のための神様だよ!」
「私は救われていますよ、毎日。きっと杏子さんも」
アリサの言う神は自然崇拝のようなもので、杏子の思う神とは少しばかり毛色の違う概念だったが、とにかくそれは杏子の怒りを買ったようだ。
「……うぜー」
「……」
「マシュって奴はゼッテー殺す」
「させません」
「てめーも……」
怒り心頭、青筋立てながら話す杏子だが……
「あっ! すみません、話の途中ですが!」
それは突然のアリサの声にバッサリ切られた。
「……ワイバーンです!」
「えっ」
直後、杏子は自身がぬうっと大きな影に覆われたのに気が付いた。
「グオオォォッ!」
翠の分厚い鱗、突き出た鼻と口、体長三メートル以上の巨躯。両翼を羽ばたかせて上空から襲い来るそれは正しくアリサの宣告通り……
「わあぁっ!?」
と、正体を確認する前に杏子が脊髄反射でワイバーンの首を槍で貫く。咄嗟の攻撃にしては上々の精度と威力だが、気を逸らされた杏子はアリサの姿を見失っていた。
「ちっ! どこに居やがる!?」
逃げられたか、と思いかけた直後、左後方から複数の矢を撃ち込まれる。杏子は一瞬ヒヤッとしつつも、さそれらの矢を叩き落とした。この程度では不意を突かれはしない。
「今度は当たるかもと思ったんですが。さすがです」
「汚ぇマネしやがって。次は逃さねーぜ」
一度隠れた割にはあっさり姿を現したアリサを不審に思いながらも、武器を正面に構えて突撃の態勢をとる。しかし杏子が地を蹴るより先に、その地面を突き破ってゾンビが杏子の目の前に出現した。
「!」
二度目の奇襲にはさして驚くこともなく、バッサリとゾンビを一撃で斬り捨て葬り去る。
ただし――数いるうちの一体を、だ。
地上には次々とゾンビが湧き出て、空には何処からともなくワイバーンが飛来する。
杏子は……そしてアリサも、わらわらと現れたエネミーどもに囲まれていたのだ。勿論、偶然ではない。
「てめー、謀りやがったな!?」
ここは“狩場”。エネミーが大量に湧く場所。彼方此方から唸り声、金切り声、咆哮絶叫の四重奏だ。
杏子は理解した。
こいつ、荒らす気だ、と。
ただ、アリサにとってもひとつ想定外の問題があった。
それをちょうど、杏子がふと呟く。
「それにしても、これ……多すぎやしねぇか?」
次回更新は6/23(金)の13:00予定です。