カルデアM.U.G.E.N.の座   作:シン・いしい

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第十二節.僕と契約してサーヴァントになってよ!-3

 初対面で、アリサは杏子を“戦いに慣れている”と評した。そうだとするなら、アリサは“強者との戦いに慣れている”と言える。

 杏子は今まさにそれを痛感していた。エネミーどもはアリサと杏子の両方を攻撃対象にしているため、両者の戦闘条件は一見平等に思えたが実は違う。

 杏子は襲い来る全てのエネミーを捌いているのに対し、アリサは最小限の攻撃でやり過ごすという逃げメインの戦い方だ。あわよくば杏子にエネミーの処理をなすり付けることもする。これでは消費する体力の差は拡がるばかりだ。

 

 杏子は二択を迫られていた。

 戦闘を止め、この場を離れるか。

 あるいは、狩場のエネミーを全て枯らす覚悟でアリサとの戦いを続けるか。

 

 もしリスク・リターンだけで語るなら、断然前者を選ぶべきであろう。しかし同時に後者を選ぶ言い訳もあった。例えば、ここでアリサを逃せば隠れ家を移動するのは必至であるということ。例えば、アーチャーにとって逃げる敵を的にするのは容易であるということ。

 そういった細々とした事情が判断を煩雑にし、杏子に感情を優先させた。

 

「次から次へと……ジャマくせーんだよっ!」

 

 杏子が両手を合わせると、辺りを激しい紅の光が包んだ。地下でも披露した槍の魔法だ。現出した凶器は乱雑ながらもその数は膨大。半径数十メートルにわたって槍の山を築き上げる。周囲のゾンビやワイバーンもその大半が即死、または戦闘不能だ。

 

「はぁっ……はぁっ……

何処に居ンだよ、アーチャー。今のでくたばっちまった訳じゃねーんだろ?」

 

 肩で息をしつつ、姿の見えないアリサに呼びかける。しかし代わりにと返事をしたのはエネミー、ゾンビだった。

 

「ギィイィィッ!」

「……!」

 

 死体の山に埋もれていたゾンビが、疲労で一瞬反応が遅れた彼女を抱き付くように捕まえた。膝蹴りで押し退けようとするが、ゾンビは下半身が剥がれても杏子を離さない。

 そこに鋭く風を切る音――アリサが矢を放ったのだ。避けようのないタイミング。杏子は覚悟した。実は杏子はヘッドショット程度では死にはしないのだが、ダメージは免れない。

 しかし矢は、杏子に噛み付こうとしていたゾンビの頭をスコンと刎ね飛ばした。

 

「なっ……!?」

「杏子さん、まだです!」

「くそっ! わーってるよ!」

 

 突然のアリサの援護に言及する暇もなく、ざらざらと雑草のようにゾンビが土から顔を出す。杏子は槍を大きく振り回してそれらを薙ぎ払った。空を飛ぶワイバーンはアリサが迎撃し隙を作り、杏子がトドメを刺す。

 杏子も何となく分かっていた。アリサは単に杏子を助けたのではなく、杏子に今ここでヘバられるのは都合が悪いのだ。アリサ独りではこの大群に対応し切れないからだ。そしてそれは杏子も同じ立場だった。

 

「馬鹿ヤローどーなってんだよこれ!」

 

 杏子が非難するのは、もちろんエネミーの数のことだ。あまりにも多すぎる、と。

 

「あはは……何なのでしょうね〜」

 

 苦笑いで返すアリサにとってもこれは誤算。とはいえ、決して悪いことばかりでもないようだが。

 

「取り敢えず休戦にしましょう。二人なら何とかなります」

 

 杏子は舌打ちで返すが、既にアリサへの警戒は解いていた。

 

「言っとくけど、あたしはアンタを助ける気はないからな。同じ敵と戦うだけだ」

「そうですか。私は杏子さんを助けます」

「~っ!」

 

 アリサの射撃で敵の数を減らし、杏子の槍で近づく敵を殲滅する。互いの警戒の必要がなくなった彼女らに雑魚エネミーどもが付け入る隙はない。性能も知り合った仲であるゆえに相棒を活かす術も知っているというわけだ。カバーし合うことで種火を使用し魔力を補充する時間を作ることもできる。

 

 杏子とアリサの共闘から三十分が経過しようというころ。

 巣の蟻のようにわらわら湧いていたエネミーどもの増加速度も今や落ち着き始めている。

 

「やっと敵の数も減ってきました。このまま押し切れそうです!」

「そんなのは見りゃ分かる。集中しろよ」

 

 杏子の受け答えは半ば、自分に言い聞かせるようでもあった。集中力が足りていないのは杏子の方だ。

 杏子は戦いの最中にも関わらず思い悩んでいたのだ。

 このまま敵の殲滅が終われば再びアリサと戦闘になるのか?であれば、アリサが杏子から目を離している今のうちに奇襲をしかけるべきだ。無警戒のアリサを仕留めるのは容易い。

 遠くの敵に狙いをつけ、弓を引き矢を放つその瞬間に、彼女の背を槍で一突き。

 杏子自身、それができる人間であると思っていたし、そうあるべきだと考えていた。

 

「……」

 

 しかし、杏子にそれを実行させるには、アリサはあまりにも無防備過ぎた。

 

 結局のところ悪人にはなり切れない……アリサと戦って杏子はそれを自覚しただけだった。そしてなぜアリサにどうしようもなく苛立つのか、その答えも。

 

「ほんっと、面白くねーぜ」

 

 生き生きと戦うアリサがいやに憎らしく、杏子はポツリと独り言を毒づいた。

 

 


 

 

 

「杏子さん、見て下さい! 敵の様子が……!」

 

 もう残り少なくなってきたエネミーはアリサや杏子に殺意の目を向けているものの、何故か襲い掛かってくることもせずに彼女らの周囲を彷徨くだけだ。

 

「ああ。敵だけじゃねーみてーだぜ。足元を見てみな」

 

 ゆらゆらと立ち昇る灰色の霧は蜃気楼の様に視界を歪ませながら、やがて辺り一面を包んだ。大気の温度が急激に下がったのを感じ、アリサはぶるっと身体を震わせる。

 

「微かながら、命の鼓動を感じます。これは……」

 

 ゾンビもワイバーンも知らぬ間に姿を消していた。まるで静かに逃げたかのように。

 しかしそれでも二人は目を凝らして注意深く周囲を見回す。一層濃度を増す霧の中に、圧倒的な存在を感じ取っていたのだ。

 

「けっ。いままでのは前座だったってことかよ」

「霧の中に……何かがいます。どこかに隠れましょう!」

「……!

 アリサ、危ねぇっ!」

 

 咄嗟に杏子はアリサを抱き寄せ、前方に無数の魔法の槍を網目状に張り巡らせ防御の牢を張る。その直後、霧を掻き混ぜるような突風が吹き荒れ、現れ出でる巨大な――手。鉤爪だけで少女らの全身よりも大きな手が二人を薙ぎ払う。

 

「うあっ!?」

「きゃあぁっ!」

 

 杏子の張った防御陣も決して弱いものではなかった。が、度外れの質量がそれを押し潰して、二人を乾いた落ち葉のように軽々と吹っ飛ばした。

 されども身体能力自慢のランサーとアーチャー。二人は杏子の防御陣が作った一瞬の隙に、しっかりとガード態勢に入っていた。大ダメージは免れている。二人はすぐに体勢を戻して立ち上がった。

 

「今のって、まさか」

「あーぁ。もっと上見た方が分かりやすいぜ」

 

 引き攣った笑みで空を仰ぐ杏子につられてアリサも視線を高く高く上げていき……やがて垂直に近い角度まで顔を上げる。

 

 デカい。今まで見たどんな生物よりもデカい。隣のビルが小さく見える。高さにして四十メートル?いや、もっと?

 

「……うっわぁ~っ」

 

 アリサは、それと目が合ったときの感情を形容できなかった。スリットが入った赤い瞳はアリサと杏子を捉えている。それにとっては二人は確かに獲物であった。殺すべき対象として映っていた。しかし殺意はひどく薄い。まるで人間が小蝿を見るような、覚悟を伴わない、淡白な殺意。

 

「まんまドラゴンかよ。こんなのが見れるなんて、異世界に飛ばされた甲斐もあるってモンだ」

 

 杏子が口を衝くように、それは正しくドラゴンであった。

 

 ドラゴンは二人を見据えると、重い顎をギシギシと開いた。

 

「オオオオオオオオオォォ!」

 

 咆哮、ただのそれだけで歴戦の戦士である杏子とアリサを大きく怯ませる圧力。巻き起こる突風によって辺りの霧も吹き飛び失せた。

 

「……!

アリサ、来るぞ!」

「はいっ!」

 

 ドラゴンは二人のサーヴァントに巨腕を振り下ろす。重さの割には俊敏な動きだが、テレフォン・パンチを喰らう二人ではない。杏子とアリサは散開するように左右へ分かれて回避した。

 しかしパワーの方はさすがといったところか、ドラゴンの一撃で大地は揺れ、陥没し、大きな爪痕が残る。

 まともに喰らえば疑いようもなく即死だ。

 

 もちろんそれに臆することもなく、杏子は切り返してドラゴンの腕を狙い、斬りかかる。

 

「――!」

 がいん、と響く鈍い音。鉄を叩くような手応え。

 杏子の槍はドラゴンの硬い鱗に弾き返されたのだ。

 

 一方アリサはドラゴンを正面に捉え、矢を放つ。ドラゴンは、いわゆる有鱗目よろしく腹側には鱗はない。狙い通りに矢はヒットするが、

 

「……!」

 一見すると矢が刺さっているようにも見えるが、ダメージを与えるに至らない。蛇や鰐などとは皮膚の厚さが全然違う。

 

「杏子さん! 私がドラゴンの注意を引きます!」

「おっけー! ぶっ潰されんなよ!」

 

 アリサの矢は攻撃力不足だし、杏子の槍は射程不足。ならば杏子がドラゴンに近づく隙を、アリサが作ろうというわけだ。

 

 アリサはドラゴンの顔に向かってしつこく矢を放つ。顔面部も鱗に覆われているためダメージは小さいが、嫌がらせじみた行動はドラゴンのヘイトを貰うには十分だった。ドラゴンはおんおん吠えてアリサを潰しに掛かる。

 

「やっぱりイラつかせるの得意そうだなアイツ……」

 

 アリサが地獄耳であることも知らず杏子はボヤき、静かにドラゴンに接近する。

 

「おらあッ!」

 

 ぐっと力を溜めた杏子の刺突がドラゴンの腹に突き刺さる。大型トラックのタイヤのような皮膚を貫き、緑色の血が迸った。

 

「グゥオオォォ……」

 

 ドラゴンが杏子の方を一瞥する。ダメージはあるのたが、如何せん体のサイズが違う。これを有効打と数えるのは些か気が長過ぎるであろう。

 

「オオオオオオオオン!」

「うあっ!?」

 

 ドラゴンの突然の咆哮に杏子は距離を取って身を屈める。直後、ドラゴンは大きな翼を広げて羽ばたき始めた。

 ドラゴンの巨体がフワリと浮く。同時に暴風が吹き荒れ、辺りの車やらビルの瓦礫やらが軽々と巻き上がる。少女らの軽い体など無論耐えられるはずもない。二人は何とか建物の残骸にしがみつく。

 

「ひぃええええ~っ!」

「なっ……なんつー風だよっ!」

 

 目も開けていられない程の暴風域の中、二人は上空から熱が降り注ぐのを感じた。

 

 ーーまずい。

 杏子もアリサも同時に勘付いた。空に佇むドラゴン、その鰐口に燃え盛る炎を見ずともーー

 

「火炎放射(ブレス)だ!」

 

 目が灼けるほどの鋭い光、耳が潰れるほどの爆音。それらが気にならなくなるほどの……熱。

 

 決壊したダムの水のように炎が押し寄せる。

 

 アリサも杏子も、何とか直撃を免れようと障害物の陰に隠れていた。しかし岩が溶け落ちるほどの熱量ともなると、無事でいられるはずはない。

 

 熱い。

 熱い。

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。

 

 息も出来ないほど熱い。

 自分が何者かも分からなくなるほど熱い。

 いっそ死んでも後悔しないくらいに熱い。

 

 ブレスの持続時間は三十秒にも満たなかったが、彼女らにとっては永遠のように感じたことであろう。ドラゴンが満足して大地に再び足を付けたとき、およそ視認できる範囲は炭の地、火の海、灰の空。見るに堪えぬ惨状であった。

 尤も……ここ冬木は元より荒廃の地ではあったが。

 

 瓦礫を押し分け、フラリと赤髪の少女が姿を現す。杏子だ。全身炭だらけで怪我のほどは良く見えなかったが、汗のようにだくだくと鮮血が噴き出す様から見ても無事でないことは確かだ。

 

「……アリサ〜。生きてるか〜」

 

 絞り出したような弱々しい声を掛けるも、アリサからの返答はない。ゾンビよりも覚束ない足取りで辺りを歩き、見て回る。幸運なことに、アリサはすぐに見つかった。

 

「消えてないってことは生きてるってことかな」

 

 杏子はサーヴァントは死ぬと消滅するらしいことを思い出していた。ポーチに入れていた種火を取り出して砕き、その魔力をアリサに注ぐ。

 

「……う、ん……」

「お、気が付いたかよ」

 

 アリサの魔力耐性は杏子のそれよりも大きく下回る。その分、アリサは杏子よりも更に重傷だ。以前の美麗な容姿を知るものなら、全身焼け爛れた姿から目を背けたくもなる。溶け落ちた皮膚や一部炭化した体はすでに焼死体にすら見えた。

 

「杏子さん、助けに来てくれたんですね」

「つーか、生きてるかどうか気になっただけ」

「えへへ、ありがとうございます。嬉しすぎて……お花畑が見えてきました……」

「それ死ぬヤツじゃねーか」

 

 杏子はアリサの隣に腰を下ろし、再びポーチから種火を取り出した。散々ここでエネミーを狩ったがドロップした種火の殆どは消し炭になった。これは元々杏子が持ってきた最後の種火。

 杏子が種火の魔力をアリサに注ごうとすると、アリサはそれを手で押し返した。

 

「杏子さんが使ってください」

「……そっか」

「それより、ドラゴンが私たちを探しているみたいです」

 

 杏子は頷き、立ち上がるが、アリサは目を瞑ったままだ。

 

「先に、逃げて下さい。

私も……少し休んでから行きます」

 

 杏子は「休んでるヒマなんかねーぞ」と無粋な突っ込みを呑み込み、最後の種火を砕いた。

 

「そんじゃま、逃げ回って(・・・)みっか」

 

 

 




次回更新は6/25(日)の13:00予定です。
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