カルデアM.U.G.E.N.の座   作:シン・いしい

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第十二節.僕と契約してサーヴァントになってよ!-4

 アリサも杏子も種火により魔力は回復したが、傷が癒えるにはまだまだ休息が必要だ。

 ただし、杏子は痛みや損傷にかなり強いサーヴァントなのだ。それは彼女の肉体の秘密にあるのだが……何にせよ彼女はアリサと違い、今のようにズタズタの体でも活動可能というわけだ。

 

 ドラゴンの方はというと、ゆっくりではあるが二人が隠れている場所へ向かってきている。このままでは遠からず見つかってしまうであろう。

 

 杏子はアリサを真似て物陰から物陰へと隠れながら迂回し、ドラゴンの側面に回り込む。

 杏子の忍び足が未熟だったのか、あるいはドラゴンの探知能力が優れていたのか、ドラゴンはすぐに杏子の動きを察知した。ドラゴンが杏子の方を向くが、それに構わず杏子は仕込みの入った槍を展開し、長い鞭のように振るってドラゴンの腕を斬りつける。

 が、やはり鱗に弾かれるばかり。

 もう少し近づけば腹側にヒットさせられるかも知れないが、どのみち大したダメージにはならない。

 

「こっちだぜ、トカゲヤロー!」

 

 杏子の狙いはドラゴンの気を引き、そしてアリサから遠ざけることだった。危険であることを考慮しなければそれは難しいことではない。

 

「オオオォォ!」

 

 杏子の挑発に返事するようにドラゴンは短く吠える。即座に杏子を追い、爪を振り回し牙を立てる。しかし、先ほどのブレス攻撃で体力を使ったのか、動きが幾分か緩慢に見えた。

 

「随分すぐヘバるじゃねーかよ。

一矢報いてやるか……!」

 

 杏子は確信した。

 魔力を全解放した槍をドラゴンの腹に叩き込めばダメージを与えられる。決着とまではならないだろうが、更に動きを鈍らせることは可能であろうと。

 

 杏子は両の手に魔力を集中させながらドラゴンの背中側に回った。ドラゴンが振り向くタイミングに合わせて溜め込んだ魔力を解き放つ算段だ。

 

「さぁ、こっち向きやがれ!」

 

 しかし……ドラゴンは長く太い尻尾を打ち振り、周囲の車両や瓦礫を巻き込み軽く吹っ飛ばした。それらが石の礫のように杏子に襲いかかる。一つ一つが百キロ以上の岩や鉄の塊が、だ。

 

「うえぁっ!?」

 

 杏子はそれらを見躱し、槍で防御して凌いだ。が、ドラゴンの方も間髪入れず巨大な爪を振り下ろしで追撃。杏子は地を蹴り逃げようとするが完璧に躱すまでに至らず、小さな肩にドラゴンの爪がカスる。

 杏子は押し飛ばされ、地面に体をぶつけてのたうつ。左肩は潰れて動かない。全身も複数箇所骨折している。いかに杏子であっても限界が近いようだ。

 

「しまった……

うう、くっそ、こんなところで……」

 

 ドラゴンはもう一度腕を振り上げ、杏子を潰しにかかる。杏子は咄嗟に仕込み鎖を大地の凹凸に引っ掛けて引っ張り、その反動で逃れようとする。

 

 間に合うか?

 攻撃が大振りだ。大丈夫、ギリギリ避けられる。しくじれば……一巻の終わりだけど。

 

 杏子はドラゴンが振るう爪の間からスルリと抜けた。その隙間は三寸。九死に一生を得たというやつだ。

 少しばかり杏子が驚いたのは、無傷であの攻撃を凌いだことだ。腕か脚の一本は覚悟していたというのに。

 杏子の回避も見事ではあったが、ドラゴンが攻撃を外したのはそれだけではなかった。

 

 ドラゴンは――杏子を見てはいなかった。

 

「……?」

 

 ドラゴンの真紅の瞳に映る、深緑の光。生命の輝き。暁の海を照らす太陽のように。

 杏子は嬉しさとも悲しさとも取れる複雑な表情で笑った。

 

「アリサ……あんにゃろーめ」

 

 大地のマナが収束し形作るは巨大な弓の像。古代の攻城兵器(バリスタ)に似た、水平に弦を張る大きな弓だ。しかしそれには矢が装填されていない。つまるところ、現時点で攻撃能力はないということだ。

 

「グオォォオオッ!」

 

 一際大きな魔力に反応し、ドラゴンが咆哮した。自身を滅ぼしうる力を見做したのだ。ドラゴンはすぐにアリサに向き直り、大きく足を踏み出す。それよりも早く――杏子がアリサの方へと疾駆していた。

 無論、ドラゴンより杏子の方が移動スピードも速い。

 

 杏子はアリサのもとに着くなり、息を切らせながら叫ぶ。

 

「この、阿保ッ! 何度も走らせやがって!

それにお前なあ、あたしが……あたしが……」

 

 杏子は言い淀み、ため息を吐いて、もう一度「阿保」と言い直した。

 杏子は「もしあたしが来なかったらどうするつもりだ」というのは愚問だと気付いたのだ。

 

「ええっと、すみません。これって間に合ってます?」

「うん……ちょうどさっきから魔力を溜めてたからな。ギリギリいけるぜ」

 

 杏子は巨大な魔法の弓と迫り来るドラゴンを見比べる。そして、彼女のメインウェポンである槍をフワリと投げ、魔法弓に番えた。

 

「なぁんで今日会ったばっかのヤツと合体技ぶっ放すことになるかねえ」

「あっ……えーと、これ、あれですね。運命」

「口説き文句か」

 

 杏子が槍に魔力を注ぎ込むと、それはさらに大きな矢に成長する。

 アリサの弓の緑、杏子の矢の赤。色は正反対であったが、今や幻想的な美しさを放つコントラストとなって混ざり合っていた。

 

「準備おっけーだ。あと頼む」

「はい、任せてください」

 

 そこへ猛り狂って突進してくる巨体。禍々しい牙を剥き出しに、少女二人を噛み殺さんと襲ってくる。それでも二人は何の臆することもなくドラゴンを見据える。

 恐怖がなかったわけではない。しかしそれ以上にーー嬉しかった。誇らしかった。信頼すること、それに応えることが。

 

「この矢に想いを乗せて……撃つ!」

 

 放たれた矢が巨竜を穿った。

 

 


 

 

 半壊したビルの屋上。杏子とアリサが横に並んで屋上の縁(へり)に座っている。二人はドラゴンがドロップした種火で魔力を補充しつつ休息をとっていた。

 杏子は脚をぶらぶらさせながら、アリサの方も向かずに話しかけた。

 

「アリサの世界って、どんなとこ?」

 

 アリサは意外そうに杏子を見て、少し視線を上げて思い悩む。

 

「ん~。私は田舎者なので、世界……と言われるとあまり詳しくないんですよね。でも私が住んでいた森はすごく綺麗なところでした」

「え、森に住んでるの」

「はい。森のしがないエルフです」

「はぇ~。エルフ。

んじゃ、やっぱその耳ホンモノなんだ?」

「耳……? ええ、もちろんです」

 

 アリサは長い髪をサラリと分けて耳を見せる。杏子は何の気なしにスッとアリサの耳に手を伸ばした。

 

「ひゃぅあっ!?

ななっ、何ですか急に!」

「いや、耳触ろうと思って……」

「んん~。くすぐったいですよ」

「や、優しくするから」

 と、杏子はワキワキと手指を波うたせる。

「何か余計にやらしーです」

「ちょっとだけだって。ホンモノか確かめるだけだから」

「もう……耳にニセモノとかあるんですか?」

「あるだろ、コスプレとか」

「はあ……」

 

 アリサは杏子の言うことがよく分からなかったが、それで納得するならと観念して耳を差し出した。杏子はトンガリ耳の先っぽを指の腹で押しつぶすようにフニフニと撫でる。

 

「ほうほう、これは……うん、なるほど」

「あっ、やんっ……も、もう終わり、です!」

 

 逃げるアリサに嗜虐心が湧いたか、杏子はさらに追いかけてアリサの耳をまさぐる。

 

「ちょっ……杏子さんっ、痛いですよぅ」

「あっ……ごめん」

 

 アリサの傷が完治していないのを思い出し、杏子は慌てて手を引っ込めた。アリサが口を尖らせて杏子を見ると、杏子はバツが悪そうにしそうに目を背ける。

 

「怒んなよ、謝ってんじゃん」

「じゃあ、杏子さんの世界の話も聞かせてください」

「あたしの世界……そーだな。この世界とかなり似てるかな」

 

 アリサは首を左右に振って景色を眺めた。

 

「大変そうですね……」

「あ、いや、ここまで酷いわけじゃなくて」

 

 言ってから杏子は一拍置いて、

 

「ん。どうかな。酷いといえば酷いのかな。

まぁでも食いモンは旨いな」

 

 杏子はひょいと立ち上がり、小さなポーチを持って帰ってきた。アリサの興味深々な眼差しを受けながら、ポーチから紙箱を取り出す。杏子の好きなチョコレート菓子のROCKYだ。包装をピリッと破り、チョコのついた細いスティックを取り出す。

 

「食うか」「いただきます!」

「……い……? って訊く前に答えんじゃねーよ!」

 

 アリサはいそいそと杏子からロッキーを受け取り、そのまま即、口に運んだ。

 

「ふぁあ……これ……甘いです〜。それに、不思議な歯応え。美味しい~」

「むう。あたしより幸せそうにそれ食う奴は初めてだ」

 

 目尻を垂らして満面の笑みでロッキーを頬張るアリサに、杏子も釣られて笑みをこぼす。

 

「もう一袋」「いただきます!」

「だから最後まで言わせろよ!」

 

 二人してロッキーをかじりながら、崩壊した冬木の街を見下ろしていた。

 

「こんな美味しいものがあるなんて、いい世界ですね。私、杏子さんの世界に行ってみたいです」

「食に釣られて異世界旅行か……壮大すぎる。アリサの世界にはスイーツってないのか」

「はい、こんな甘いもの初めてです。これ、スイーツっていうんですね」

「……ん?」

「え?」

「……んんん?」

 

 何に違和感を覚えたのか……杏子は首を傾げてアリサを見た。不審か、もしくは不思議な眼差しを向けられたアリサの方も困惑気味だ。

 

「え、何ですか?」

「確かアリサってエルフなんだよな……?」

「ええ、そうですよ」

 

 杏子はアリサから視線を外して地獄のような冬木の街に目を落とす。その表情は困惑から、徐々に険しいものに変わっていった。

 

「アリサ、もし――

――え?」

 

 ほんの数秒。杏子がアリサから目を離したその僅かな時間。

 音も気配もなく、それは起こっていた。

 

「ごほっ……」

 

 アリサの口からごぽりと音を立てて血の塊が吐き出される。既に、彼女の瞳の光は失われていた。

 

 そしてアリサの胸を貫く強壮な手刀。

 淡く光を放つ精神エネルギーの具現。

 

 突然の出来事に目を疑う杏子の前にゆっくりと男が現れる。その金髪白肌の美丈夫はアリサに接吻するように唇を重ね、湧き出る血の泉を啜ってごくん、ごくんと喉を鳴らす。

 

「フ~。やはり生娘の血は良い。フフ。生き返るようだ」

「ディオォォォォオッ!」

 

 杏子は男の名を叫び、全力の大槍を振った。冷静さの欠けた行動ではあったが、至近距離での初速は音よりも速い。しかしディオは……既にそこには居なかった。如何にランサーといえど、時を止める相手を捉えることができようか。眼前には崩れ落ちるアリサが残されるのみだ。

 

「アリサ……

嘘だろ……そんな……」

 

 杏子はアリサを腕に抱くが、その体は既に崩壊し、光へと還元されていく。杏子は必死にそれらの光を掬い上げるが、ただただ溶けてなくなるだけだ。

 背後から、見下す嗤いとともに声が聞こえてくる。

 

「このディオの糧となることができたのだ。そう悲観するな」

 

 いつの間にやら、その手に赤く輝く宝石を握って。

 

「杏子とか言ったか?

お前の体は既に腐っているな。このディオが食すに値しない」

 

 杏子は振り返って精一杯の皮肉を込めて笑う。

 

「てめーこそ……汚らしいゾンビヤローのくせに」

 

 ディオは片笑み、手に持つ宝石ーー杏子のソウルジェムを握り潰す。すると、杏子は糸が切れた操り人形のようにストンと倒れた。

 

 

 




次回更新は本日17:00です。
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