カルデアM.U.G.E.N.の座   作:シン・いしい

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第十三節.今にも落ちてきそう(物理)な月の下で

 盲点だった。

 

 マコトは思った。

 

 いやはや、アルターエゴのキーワード……つまり“この世界をどう見ているか”。それがあまりにも簡単で、そのまま過ぎて、かえって思い付かなかったのだ。

 そしてもう一つ。この世界ではサーヴァントのクラスが被らない故に、“アルターエゴ”というクラス名が名前の代わりになるという事実。

 

 つまりマコトが偶然にも口にした二つのキーワードが、異世界ナビの検索にヒットしてしまったわけだ。

 

「にしても、暗いわ……」

 

 呟いたマコトの声が鈍く反響する。ここは洞窟のようだ。それも、人が一人二人通るのがやっと、という狭い通路。天井も低く、所々屈まなければ進むこともできない。

 マコトはスマートフォンのライトを頼りに歩いた。

 

 洞窟の天井から塵が落ち、マコトの肩にパラリと降りかかると、マコトは「ひぃっ」と甲高い声を上げる。

 

「だ、誰かいるの!?」

 

 スマホをブンブン振り回し、辺りを照らす。もちろん誰も居ない。手汗で滑ってスマホを落としてしまい、それを慌てて拾う。英雄とは思えぬ痴態である。

 

 マコトは、幽霊が大の苦手であった。

 

「大丈夫よ。異世界なのよ、ここは。霊なんか出ても……今更よね、イマサラ」

 

 そう自分に言い聞かせながら、マコトは壁に背を擦りながら横歩きで進む。

 

「仏説摩訶波羅蜜多般若心経……」

「ぉぉおお〜」

「ひぎえええええええっ!?」

 

 突如足元から聞こえた呻き声に、マコトがショック死した。かに思えたが、ギリギリ耐えた。

 

「は、はひっぴ、○□※$∞%⌘&△」

 

 マコトは腰を抜かしその場に座り込みながらも、必死に命乞いを試みた。しかし具体的に何を言っているのか不明であるため、不発であった。

 

「ああ~」

 

 相変わらず呻き続ける声の主は、なんと人間だ。マコトはライトの光でそれを確認すると、幾分冷静さを取り戻した。

 

「な、な、な、何? 人なの……?」

 

 尤も、幽霊でないにせよ奇怪な状況であることに変わりはない。そいつは下半身が土に埋まっており、焦点の定まらない目で見上げ、天に手を伸ばして喚いているのだ。ゾンビや幽霊であった方がよっぽどそれらしい。

 

 マコトは恐る恐るそいつの後ろに周り、腕を抱えて地面から引っこ抜いてやる。

 様子からして、この人物はきっと何かを求めている。それを確かめることが、アルターエゴの世界を知るのに役立つかもしれないと思ったのだ。

 

 ただ、この世界での戦闘やオタカラを盗むことでの決着はあくまでも“できれば”程度のつもりだ。というのも、経験上、歪んだ心の持ち主ほど精神世界が厄介な傾向にあり、アルターエゴなどその筆頭であろうと考えていたからだ。

 

 くだんの人は、よく見てみると立派な身なりをしている。土埃で汚れ切っていて形なしといったところだが、黄金の鎧に身を包み、腰には装飾の入った剣も見える。体つきもしっかり鍛えられているようだ。

 その戦士らしき人物は洞窟の天井をガリガリと手で掘り始めた。姿はともかく、行動は冬木で見たゾンビに似ている。

 

「……ん?」

 

 足枷だ。

 戦士の足首に取り付けられている足枷、それに繋がった鎖は戦士が埋まっていた穴から出ている。

 

「あの~、すみませ~ん」

 と、恐る恐る声を掛けてみるマコト。

 

「ぁぁああぁ……」

「……ですよね」

 

 一体こいつは何をしているのか。訊くことはできそうもないが、マコトはきっと天井を掘って外に出たいのだろうと予想した。

 

 洞窟の奥からも同じような呻き声が聞こえる。

 

 どうもこいつらは危険では無さそうだと感じたマコトは、余裕ない表情はそのまま、奥へと歩いていく。

 

 一分足らず歩いて見つけたのは、先程と同じく天井を掘る人間。またもや足枷が付いているようだ。

 

「上に何かあるのかしら?」

 

 たんたんと天井を叩いてみる。壁はかなり薄そうだ。マコトはナックルダスターを握りしめ、力いっぱい拳を突き上げて天井を打ち抜いた。ごすん、と重い音のあと、天井はいとも簡単に崩れた。

 

「ごほっ、ごほっ。 全く、汚ったないわね」

 

 湿った土煙を払うと、周囲が仄かに明るくなっているのが分かった。

 

「外……なの?」

 

 どしん、どしん。

 突然、地面が縦に揺れた。

 

「!?」

 

 一定間隔で大きく揺れる。揺れは少しずつ大きくなる。それらが意味するのは、これは何者かの足音。それも無茶にデカい何者かが、近づいてくる足音……

 

 マコトは小さく屈んで洞窟の奥へと隠れた。

 隣にいた亡者……もとい人間が、光に惹かれる蝿のように突っ走る。

 

「あああぁぁああっ!」

「あっ……ちょっと!」

 

 今外に出るのは危ない、と忠告する前に、そいつは足枷に引っ張られて止まってしまう。上半身を穴から乗り出しただけだ。

 それを見たマコトは気付いた。

 

 この世界の主、つまりアルターエゴ……こいつはトンデモないクソ野郎だということに。

 

 足枷はギリギリ外に出られない長さになっていた。この人間たちはなぜ外に出たいのかは知らないが、それがあと一歩のところで達成されない構造はあまりに残酷だ。

 

「ッ!!」

 

 外に晒された人間の上半身を、巨大な手が掴んだ。血で真っ赤に染まり、細長い指が十本近く並ぶ不気味な手だった。

 マコトは声が出ないように咄嗟に口を手で覆い隠した。

 

 ブチリと不吉な音が耳を刺す。

 

 そして、外を目指していた人間の下半身だけが落ちてくる。

 

「……うっ……く」

 

 深呼吸して、死体を見ないよう目を瞑りながら、足音が去るのを待った。

 

 数分後。

 動けずにいたマコトは深い息を吸って立ち上がった。

 

 地上へ出るのは怖かった。が、マコトは承太郎にオタカラ奪取の予告を頼んだのを思い出し、地上へ続く穴を見つめた。

 

「大丈夫……もう、足音は聞こえないわ」

 

 


 

 

 地上に出たマコトは心底後悔した。

 

 ここへ来るべきではなかった。見るべきではなかった。

 

 地平線が見えるくらい平らな大地は、その一面が腐った血か鮮血かで染め上げられており、十数メートルの間隔に並ぶのは人、人、人……

 どれも下半身を地に埋めており、奈落から逃れんとする死者のように両手を天に掲げて絶えず哭き続けている。

 それを一人、また一人。

 六つの腕を持つ巨大な怪物が果実を収穫するかのようにもぎり取り、無造作に口へ運んでいる。

 どれほど喰えば気が済むというのか、怪物の腹ははち切れんばかりに膨らんでいる。

 否、事実として腹が破裂してしまったのだろう。幾つもの鉄杭と鎖で腹を縫ってあるのが見える。さらに断裂した胃袋から喰らった死体まで覗かせており、そこから止め処なく血が流れ続けている。

 

「おえ”え”え”え”ぇっ!」

 

 吐いた。

 これほどまでに悍しいものは見たことがなかった。パレスは主の欲望を反映した世界。多くは自らの利益のために他者を利用し苦しめる、というのはよくある構図だ。

 しかしこの世界は違う。苦みだけのために存在している。

 こんな世界はあってはならない。こんな純粋悪はあってはならない。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 これが異世界の英雄。

 これが……

 

 ふと、マコトは怪物の背中に異質な人影に気が付いた。

 

「……! あ、あれは……」

 

 少年の姿形をしたそれは、怪物の頭部に、両膝を抱えて座っている。あれが恐らく怪物の主人であり……

 

「アルターエゴ……」

 

 遠目ではこれ以上の情報を得られない。もう少し調査すればアルターエゴの狙いや術の詳細が確認できるかもしれないが、息をするにも疲弊するこの世界に居るのはもう限界だ。マコトは逃げるように元いた地下へ転がり込んだ。

 

 

「あ……頭が、痛い……」

 

 悪夢の光景が瞼に焼き付いて剥がれない。異常の一言では片付けられぬ精神性を垣間見たマコトは、それだけでも心が折れかけていた。

 アルターエゴと戦うことはおろか、見たくもない……というのがマコトの心境だった。

 

 頭を抱えながら来た道を戻っていく。

 

「……あれ?」

 

 どこで道を間違えたか、マコトの歩いてきた方向は行き止まりだった。

 

「……」

 

 そんなはずはない。洞窟はずっと一本道だった。間違える要素なしだ。

 

「そんな……うそ……」

 

 背筋が凍りつく思いでマコトは振り返る。

 

 が、そこも……行き止まりだった。数秒前までそこを歩いていた道がだ。

 

「どうなってるの!?」

 

 壁を手でさすりながら出口を探すが、その場で三百六十度回っているだけだ。気付かぬうち、狭い狭い空間に押し込められていた。

 

「このおっ!」

 

 拳を強く握りしめて壁を殴るが……

 

「っ……! い、痛ぁっ……!」

 

 マコトの拳から血が滴る。いつの間にか、ナックルダスターの装備もマコトの手にはなかった。そればかりか、服装まで学生服に戻っている。異世界に来てからは自分の意志でも戻ることも出来なかったというのに。

 

「何なのよ、これ……

誰か居ないのっ!? 助けて!

誰か……お姉ちゃんっ!

……テルミぃ!

うぅ……」

 

 マコトはその場に蹲り、己が顔に手を触れ……そこで漸く気がついた。変身は解けているというのに仮面だけはまだ装備していることに。

 

 しかし。

 

「なに? この仮面は……」

 

 木目の触り心地、所々には突起。

 これは彼女のペルソナではない。

 

 マコトは仮面を外そうと力いっぱいそれを引っ張るが、まるで頭蓋にボルトでとめられているようにびくともしない。

 

「うぅぅあっ、ま、また……頭が、痛い……」

 

 畳一つ分もない狭い空間。冷たい土の中で、マコトは独り泣いていた。

 

 

 




次回更新は6/26(月)の13時予定です。
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