冬木は彼ら、異世界の英雄がきた時から異様な風景であった。だがしかし、今こそその混沌を極めたと言えよう。
既に滅んだ街に落ちてくる謎の人面月。
それを支えるように突き刺さる、無数の魔力の柱。
魔力の柱は、テルミの魔術だ。月の落下を完全に縫い止めるまでに至ってはいないが、その身を万有引力に任せるだけの月は自ら網目の荊に絡まっているようなものだ。
実のところ、テルミというサーヴァントは、かのアルトリア・キャスターのように“人類の脅威”に対する特攻を持っていた。どう転んでも善性ではあり得ない彼がなぜその特性を有するかはさておき、月を破壊できると大見得切るだけのことはある。
マシュはその威力に魂消けていたようだが、今ばかりは頼もしい限りだ。承太郎たちも各々の目的地に向かっている。そこで人面月を召喚した本体を始末するのが彼らの役割だ。
マシュは郊外の城へ。
承太郎は寺へ。
マルコとティーダは二人チームで森の教会へ。
テルミに護衛を一人付ける話もあったが、テルミはこれを断固拒否した。
マシュと承太郎は西へと急いでいた。その途中、マシュは静かに承太郎に声を掛ける。
「承太郎さん。今後のことを少し」
マシュの苦々しい表情を見て承太郎は察しがついた。そして彼もつい、曇った顔色で返事した。
「……ああ」
「……不誠実ではありますが……アルターエゴ、つまり月召喚の本体を打破することができたら、私は即座にテルミに攻勢を仕掛けます」
「……そう、か」
「彼の力量を見て分かる通り、テルミはまともに戦える相手ではありません」
「魔力を使い果たした時がチャンスだと言いたいわけか」
「……はい」
マシュの表情が益々苦しくなるもので、承太郎は押し問答にも罪悪感を覚えて目を逸らした。
「停戦はアルターエゴ討伐までのはずです」
言い訳と分かっていてそう宣うものだから、承太郎は居た堪れなくなって頷いた。
「いいだろう。俺も参戦しよう。
まあ、ヤツのことだ、それも見越しているだろうがな」
承太郎は「そうであってくれ」と心の中で呟いた。きっとそれはマシュも分かっていただろう。気付けば互いに顔も見ずに話していた。
「それでは、ここからは単独行動にしましょう。ご武運を」
「ああ。じゃあな」
聖杯戦争はサシのトーナメントではない。それはルールとしてそう組み込まれているが故に、マシュの言う不誠実は非難されるべき行為ではない。それにこのルール自体はテルミにも利はあったはずなのだ。
承太郎はそう思うことにして、離れていくマシュの背中を見送った。
さて、しかし先ずは今の問題を解決せねば。
ティーダとマルコは、彼らの担当である教会へと向かっていた。隠れながらゆっくりと、だ。全力で走ればそう長くはかかるまいが、巣の蟻のように無限湧きするエネミーを避けて通るためには仕方がない。
「ティーダ、どうかしたか?」
既に危険地帯に足を踏み入れているというのに、心ここに在らずのティーダに、マルコは心配そうだ。
「ああ、いや、大丈夫……かな」
「……」
戦地へ向かうティーダの胸の奥につっかえるのは、やはりアリサのことだ。
いずれは敵になるであろう自分を、命を賭してまで救ってくれた少女。もはやティーダにとっては仲間以上の存在であった。
そんな彼女がここ数日姿を見せず、秘密基地の一歩外には戦闘の跡。彼が憂うのも当然だ。それでも、月が落ちてくるという未曾有の災害に立ち向かわなければならない。
「それにしても……暑い」
「マルコもそれ思ってたよ。地面触るだけで火傷しそうよ」
偶然にも、ここはアリサと杏子がドラゴンと死闘を繰り広げた場所だ。ブレスによる炎は未だに盛り続けており、その熱気も籠っている。立っているだけでも茹で上がりそうだ。
「ティーダ、あれ見るよ」
マルコが指し示すのは彼らの目的地である教会の方角。教会付近の森へと火の手が迫っていた。
ティーダは少し考えた。
いずれ遠からず教会近辺は炎に包まれる。アルターエゴとてなるべくなら火の海を拠点にはしたくないだろう。なら、このまま進んでも無駄になる可能性は高そうだ。今からでも、マシュや承太郎の援護に向かった方が得策かも知れない。
しかしながら。
「……いや、行こう」
「もちろんよ」
そういう計算は承太郎やマシュに任せておけばよい。下手な策は付け込まれる隙を作るだけだ。
「でも……やっぱり暑いな……」
「うん……暑いよ……」
「あっ。やばい、やばい。あっちにゾンビが居るみたいッス」
二人してヒィヒィ言いながら教会へ歩を進める。途中、エネミーの群れと何度かすれ違ったが、隠密行動の甲斐あってどうにか戦闘は避けられた。
木々を焼いて回る炎に追われながら、さらに小一時間経って彼らは漸く目的地に到着する。
件の教会は以前にも増して凄惨な状態だった。ティーダがテルミに幽閉された時はまだ建物としての形は残っていたが、今となっては雨風凌げるか怪しいところだ。
「あれがマシュ姉さんが言ってた教会?」
「うん。もう教会っていうか廃墟だけど」
教会の霊脈は寺ほど大きくはない。それでも、ティーダはエネルギーの奔流を肌で感じていた。
「間違いなさそうッスね」
「……ティーダ」
「……」
ティーダはマルコの静かな呼び掛けに、無言で頷き返し、目配せする。とても僅かではあるが、教会の入り口付近に足跡が見える。
教会内に誰かがいる。
予想に反してアルターエゴはこの教会を拠点に選んだのか。あるいは戦闘で傷を負ったアリサが隠れているのか、はたまた全く知らないサーヴァントやエネミーかも。
ティーダは、アリサの名を呼びたい気持ちに駆られたが、彼女ならティーダの足音に気付き顔を見せてくれるはずだろうと思い直し、留まった。
マルコは教会の裏手側に周り込み、ティーダは正面へ抜き足差し足で近づいていく。教会の壁は半壊しており、外からでも建物内部は充分に見渡せるが、人影らしいものは見つからない。
「……」
ティーダは単独で素早く教会に侵入し、ざっと教会内を見渡す。が、やはりサーヴァントやエネミーの気配はない。しかも、残骸廃棄物置き場のような教会内には隠れられる場所など見当たりもしない。
「……勘違いだったかなぁ?」
諦め踵を返し、出口へ向かおうと振り返る。
――と、視線のすぐそこに金髪の男の姿が、隠れる様子も一切なく、椅子に腰掛け寛いでいた。
「ッ!?」
その男の名はディオ。時を止める能力を持つ吸血鬼。承太郎の因縁の敵。
ティーダは驚き、慌てふためいて後ろに飛び退く。最大限警戒していたサーヴァントに、全く認識されず背後をとるなどアリサにも不可能であろう。ましてや、教会内に誰もいないことは今し方確認したところなのだ。
「てめーっ! 誰だ! いつからそこに居やがったんだよっ!」
「ああ、驚かせてしまったかな? 私はディオ。少し、そこの長椅子の下で眠っていた。暗いところが好きでね。人の気配がしたからこうやって飛び起きたわけだ」
「……」
ティーダは無言で剣を構え、鋭い敵意をディオに向ける。しかしディオは依然座ったままで、手にしたグラスをひょいと傾けるだけだ。
「安心したまえ。私は敵ではない。君は……セイバーだね? 外のサーヴァントはバーサーカーか」
「うっ……」
既にマルコの存在も勘付かれている。知能派の相手に苦手意識を持つティーダは一瞬たじろいだ。マルコの姿までは確認できていないだろうに、クラスまで言い当てるとは、と。
「武器を下ろしてくれないか? 私は戦う気などない。君たちが、あの月を召喚したのでなければね」
「まさか、あんたもアルターエゴを倒しに?」
「フフ。そう、その通りだ。私たち三人ならアルターエゴとも戦える。ここは一つ……友達になろうじゃあないか。ええと……」
「……ティーダ」
「ほう、ティーダか。これは益々戦えそうにない」
「……?」
ティーダはコイツとは友達にはなれそうにないなと感じつつ、アルターエゴとの戦いを考えると、ここでの戦闘は避けた方が無難とも考えていた。
ティーダが構えていた剣を下ろしかけたとき、
「ティーダ。こいつの言うこと聞いちゃダメよ」
マルコが教会の入り口側から姿を現した。ディオを二人で挟む形だ。
「おまえはすごく悪い奴。マルコには分かるよ。血の匂いがする。おまえはケモノよ!」
断定し、ディオに向けて人差し指を立てる。
「フン。このディオを獣だと? 血の匂いなどと言うお前の方はどうなのだ?」
「うぐっ……
と、とりあえず……マルコたちはお前と友達にならない! 敵はマルコたちだけで倒す!
お前は、ここから出て行くよ!」
マルコにそう言われずとも、燃える草木に囲まれたこの霊脈エリアは長く留まれる場所ではない。教会にも火が移り始めた今、むしろマルコたちもこの霊脈から離脱しなければならない段階に来ていた。
「血の匂いって……誰か他の英雄をやったってことなのかよ」
ティーダが喉を震わせた。熱に歪んだ声からハッキリとした感情は読み取れない。マルコには憤怒に、ディオには恐怖に聞こえたが……実際のところ、その両方であった。
「ああ。確かランサーとアーチャーだったかな?
無論、私は戦いたくはなかったのだがね。
二人がかりで来られては私とて手加減できなかったわけだ」
「…………そっか」
「私の実力については理解してもらえたかな。マルコは私の仲間になれないそうだが、君だけでもどうかな? 実は、君にとても有意義な話が――」
「嘘吐くんじゃねーッ!」
ティーダは叫んだ。
アリサにとってはティーダは特別な存在ではない。要するに彼女は誰に対しても度が過ぎて優しいのだ。付き合いは短いが、ティーダはそんな彼女のことをよく分かっていた。
だからこそ赦せなかった。
アリサを手に掛けたこともさることながら、彼女を侮辱することも。
「アリサが、自分から人を殺そうなんて……するわけねーだろッ!」
「……!」
ティーダは、彼自身がそうしようと意識するよりも早く疾駆し、剣をディオに振り下ろしていた。偶然にも、無意志に放たれた斬撃はディオの意表を突いた。彼の肩から胸にかけてバッサリ血肉を削り取る。
「ぐっ……!」
呻き、仰反るディオに大きく一歩詰め寄ってティーダが膝蹴りの追撃。が、ディオの
「ッ!?」
「
ザ・ワールドがティーダを、ディオ本体がマルコを殴り飛ばす。
ディオは承太郎と同じスタンド使いであるが、吸血鬼であるディオは本体すらも異常なパワーを有しているのだ。
しかし接近戦はお手の物の二人、ザ・ワールドとディオの拳速をしっかりと防御していた。大きく吹き飛ばされた両人とも、宙で身を翻して受け身をとる。ちょうど戦闘前と同じ挟み撃ちの形に落ち着いた。
「フフ、よかろう。どうやらよほど死にたいようだ……ん?」
サーヴァント二人に囲まれて尚余裕の笑みを見せるディオ。しかし直後、前触れなく彼の腹部から間欠泉のようにドス黒い血が噴き出した。
「何ィ~ッ!? バカな……こ、これは……」
ディオは困惑し思わず傷をなぞった。ティーダの先制攻撃の切り傷ではない。それよりも一段と深く、大きい。ザ・ワールドの反撃の拳打に対して、ティーダはさらにカウンターの斬撃を合わせていたのだ。
「次は真っ二つに叩き割ってやる!」
「ウヌゥ……貴様……」
常人であれば既に臥しているであろうダメージ。それはディオが傷口を覆っていた手をよけると、質の悪い手品の様に消えてなくなっていた。
驚異の再生能力。
これもディオが強敵たる所以だ。
そしてマルコは見た。
ディオの髪の一つ一つが生き物のようにざわめく様を。
傷を受けてなお嗤う不気味な貌を。
その姿は、己の悪魔人格ロデムと重なった。
次回更新は7/2(日)の13時予定です。