「さて、休憩は十分だ。手っ取り早く済ませようぜ」
「ええ」
承太郎は勿論、マシュでさえもヨハンナ相手に何度も接近できはしない。チャンスは一度だけ。それを二人は分かっていた。
「恐らく、私が彼女を討つことになると思います」
マシュはそう言い、承太郎に横目で視線を送る。承太郎は頷いた。
「……そうなるだろうな」
攻撃性能から考えるとマコトは最大限に承太郎を警戒するだろう。今回はそれを撒き餌にマシュが接近する。その作戦は語るまでもなく、互いに了承済みだ。
「結界を解除します」
「いつでも」
マシュが地面に押し当てていた盾を持ち上げると、パン、と、弾けるように結界が解ける。それを見計らい、承太郎のスタープラチナがスケルトンを拳の突きで打ち払った。
続いて、マシュと承太郎は互いに逆方向へ走った。承太郎はマコトの正面方向から、マシュはマコトの背後から追う、挟み撃ちというやつだ。
それに気が付いたマコトはヨハンナのエンジンを噴かし、グンと加速しつつハンドルを切って逆走する。マシュの方へ、だ。
承太郎とマシュの散開はマコトにとっても各個撃破するチャンス。ここで先ずマシュを片付ける腹づもりのようだ。
「作戦通りとは言え、なめられちゃあ英雄の名が廃るぜ?」
承太郎はにやりと笑った。
マシュは、やると言ったらやるヤツだ。覚悟なのか、責任感なのか。兎にも角にも、マシュはここぞという時に額面以上の性能を発揮する戦士である。それを承太郎は知っていた。
マシュはスケルトンどもを盾の大振りで薙ぎ倒し、マコトの銃撃を盾でやり過ごしながら走る。二人が接近戦で差し合うまであと数秒。マコトの注意がマシュに集中しているところで。
「無理させちまって悪いが、ここでやるしかないぜ」
承太郎は地面に散らばっているマグナム弾を一つ拾い上げた。火薬を失ったそれは最早ただの鉛の塊であったが、スタープラチナのパワーで弾き飛ばせば文字通り弾丸と呼べるだろう。
「オラァ!」
指弾というやつだ。それがマグナムを容易く上回る弾速ですっ飛んできたものだから、マコトが目を剥いて驚くのも無理はない。が、ヒットを狙うには、いかんせん距離が遠すぎた。マコトが上体を屈めると、弾丸は後首筋を一ミリ裂いて通過する。
承太郎の援護は不発かと思われたが……
「シールド・エフェクト展開!」
すかさず展開されたマシュの防護結界は、自身を防御する代わりに、マコトの右側面へ逃げ道を塞ぐように光の壁を築いた。
「……!?」
面食らったマコトもすぐにその狙いを理解した。光の壁は承太郎が放った指弾を弾き返し、それが跳弾となって再びマコトに飛来したのだ。既に死んだはずの弾は二度蘇り、マコトの右肩を貫いた。
「う、クッ……!」
「まだまだぁっ!」
マコトの怯みの隙にマシュが突進する。スケルトンの斬撃をモロに受けながらも、それを意に介さず一直線に。
「はああぁぁぁっ!」
マシュが大盾を振り上げる。
小柄な体躯。
血に濡れた身体。
英雄たちの存亡を背負った一身。
マコトはマシュたちを見ていた。
ずっと、幽閉された心の牢の隙間から。
マコトは本来、精神操作に強い耐性を持つサーヴァントであった。彼女の能力であるペルソナも叛逆の精神の具現でもある。
ではなぜ、肉体を掌握されたのか。
彼女が自身の――正確に言うと、イセカイナビの――能力で見てしまったからだ。あの心象風景を。
恐怖が、マコトの心に隙を作ったのだ。
あるはずの無い絶対的な悪、極限まで純粋な悪。アルターエゴという歪みの到達点が象った心の世界は、たかだか十六の少女が知るには凄惨過ぎた。
マコトの魂は未だ、仮面のサーヴァント……つまりは“ムジュラの仮面”によって囚われている。
深海に佇む秘境とでも表現しようか。そこは淡い光で満たされた幻想的な一室。天井には青く輝く宝石、壁には意味ありげな金細工で飾り付けられている。そんな場所に閉じ込められたマコトは今や肉体を持たない、意識だけの存在であった。
マコトが承太郎たちと戦っていることを自覚できたのは、外界のムジュラの仮面にダメージがあったからなのか、あるいは……承太郎の声が届いたのか。
何にせよマコトにできることは何もない。
ただ、このまま承太郎やマシュに始末されるか、ムジュラの仮面に体を使い潰されるか。
やはり、マコトにできることは何もない。
いや、一つだけできることがあった。
それは、“考えること”だ。
もう一度、自身の心を恐怖で塗り潰したあの風景を思い出してみる。
ただ、生きようと足掻く者たちを蹂躙するだけの怪物。腹にも収まらず、喰らったそばからこぼれ落ちるさまは、苦しめることに意義を見出しているようだ。そしてその様子を見下し、怪物の頭上で悍ましくも無邪気に笑う少年。
最初に見た時から違和感があった。
それは彼女のイセカイナビの能力。この能力は究極の悪の心に入れるだろうか? 心の世界“パレス”は歪んだ心によって作られる。なら、彼女の思う一点の曇りもない悪には、逆にパレスは存在しないのではないか? 今まで見たきたパレスも所詮は自分のために他者を利用する構造でしかなかった。黒一色では歪みを描くことは出来ない。
あのパレスも歪みから生まれたなら、そこには他者を利用する欲望がある。
「……!」
そして彼女は、大きな勘違いに気が付いた。
「はああぁぁぁっ!」
マシュの盾の横薙ぎが無抵抗の
「……!?」
マシュは一瞬だけ尻込みした。マコトに戦意がなくなったのを感じたからだ。
当のマコトは、両手で頭を抱えて苦しみに呻る。
「う、うあああっ!」
「……!
これは、まさか精神操作の呪いが……!?」
自身の心に巣食う幻想の恐怖に打ち克ったマコトは、彼女がサーヴァントとして獲得した精神異常耐性を発揮したのだ。
「何をしているのっ!? 早く……討ってっ!」
「……!」
しかし一度は穿たれた魂。マコトが彼女自身であれる時間はほんの一時だ。時が過ぎれば、再び彼女はムジュラの仮面によって支配されるであろう。
マシュの奥歯を噛む、歯軋りの音が聞こえる。そしてマシュは目を瞑りながら盾を持ち上げた。
「やああっ!」
ざくり、とマシュの盾がマコトの細い身体を裂く。
その一撃だけで致命となった。
彼女も元より防御能力が高くないサーヴァントであったが、こうも無防備に全力の攻撃を受けては耐え切れるはずもない。
マコトの身体が光の粒に分解されていく。
マコトは消えゆく魂を放すまいと意識を手繰り寄せた。最期の言葉を口にするために。
「……ありがとう……」
それだけ言うと、マコトは微笑んだ表現のまま消えていった。その目は、ずっとマシュを見ていた。
感謝の言葉は、結果論ではあるがマシュの手でマコトを討つことで誇りを守るとこができたからだろうか。あるいは、本来敵である自分の死をマシュが悼んでくれたからなのかもしれない。
あとに残ったムジュラの仮面を、承太郎が容赦なく踏み潰す。既に魔力が失われたそれは、ガラス細工のように簡単に砕け散った。
これだけ聖杯戦争を掻き乱したにしては呆気ない最期だった。
「成り行きとはいえ、重い仕事を任せちまったな。だが、よくやってくれた。さすがだ」
“重い”とは、困難さのことを言ったのか、精神的な意味なのか。承太郎にしては珍しくハッキリしない表現をつい使ってしまったのは、マシュが自身の悲哀を隠そうとしているのに気付いてしまったからだ。
マシュは震える肩を潰すように強く掴んでいる。
「最後の最後で、彼女は意識を取り戻していました」
「……そうだな」
「そして、自分を討つようにと」
「聞いていたぜ」
「……」
マシュはマコトが倒れた地に優しく掌を置いた。そこにはマコトが存在した残滓は露ほども残っていない。
「貴方と聖杯戦争で戦ったこと、私の胸に刻みます。サーヴァント・ライダー、新島真さん。
貴方もまた、英雄の名に相応しい人でした」
「……」
「さあ、行きましょう、承太郎さん。聖杯戦争はまだ続きます」
マシュは、そのまま表情を見せることなく足速に外へ向かう。承太郎もすぐにその後を追ったが……硬い異物を踏んだ承太郎は、視線を下へ落とした。
「……?」
承太郎には馴染みないが、マコトの時代では広く一般に普及したもの。
スマートフォンというやつだ。
拾って手に取る。側面のスイッチに手を掛けようとしたところ、
「……承太郎さん?」
「あ、ああ……今行く」
承太郎はそれを上着のポケットに無造作に放り込み、洞窟を後にした。
次回更新は7/9(日)の13時予定です。