カルデアM.U.G.E.N.の座   作:シン・いしい

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第十五節. 第十五節、帰還

 溶けた肉塊のようでもあった。

 もしくは、固まった血泥のようでもあった。

 

 壁や床、天井にまでへばり付くそれは、百足のように這いずり回り、不気味に脈打っている。そして辺りには濁った紫色の靄。

 悪魔の胃袋の中? そんな感想を抱いてしまうほどに物々しく生々しい。

 

 テルミを追ってワームホールに突入した承太郎の目に飛び込んできたのは、そんな光景だった。

 一呼吸遅れて、ここが“学校の教室”であることに気付いた。様変わりしているが、原形を保った椅子やら机がちらほら見える。

 

「やっほージョータローちゃん。こっちこっち」

「……」

 

 声の方を向くと、テルミが教卓の上に足を組んで座っていた。

 そこには……聖杯もある。

 

 ティーダ、マルコも続々とワームホールから飛び出して来た。

 

「イテテ……これだからワープは嫌なんだよ〜っ」

 

 ティーダは尻を押さえながら立ち上がり、周囲のグロテスクな物体に気が付くと「おわっ」と頓狂な声を上げて飛び上がった。

 

「……!

ティーダ! 幽霊のお兄さん!

マシュお姉ちゃんが……来てないよっ!」

 

 空間に裂け目を作っていたワームホールはマルコを吐き出してからは徐々に小さくなっている。やがて、ぱったりとその口を閉じてしまった。

 マシュは戦地へ取り残されてしまった形だ。

 

「いくらマシュでもあの数はやばいって! 助けに戻らないと……」

「いや。やばいのはおれたちの方かもな」

 

 承太郎は、叫ぶティーダを遮って言った。それを聞いたティーダもマルコもようやく、周囲に満ちる謎の泥が如何に危険なモノなのか気が付いた。

 といっても、承太郎を含めて魔術に関しては門外漢な三人だ。これが何なのかまでは理解できていない。しかし、理解できないにも関わらず危険と判断できるという事実が、その危うさに説得力を持たせている。

 

「どうやらおれたちは罠に誘い込まれたらしいぜ」

 

 テルミはそのセリフを待ってましたとばかりにケラケラ笑う。

 

「相変わらず寒いギャグが好きみてぇだなァ。このオレ様が雑魚どものために罠なんざ張るわきゃあねぇーだろ」

「だったら、このダークプリンみたいなやつは何なんだよ!」

「そうだな。とりあえず、“聖杯の泥”とでも呼んでおくか。端的に言うと……触れたら死ぬ」

 

 ティーダは「やっぱ罠じゃん」とぼやくが、承太郎は別の部分に反応したようだ。

 

「聖杯の?」

「そーそー。ちょいと弄ってたら血ィみてえにドバッとな」

「おっ、お前、聖杯壊した!? ダメーッ!」

 

 マルコはテルミが聖杯を壊してしまったのかと考えていたが、承太郎は違った。もとより、彼は聖杯なるモノが清廉潔白とは感じていなかった。

 

「聖杯が壊れちまったらヤツ自身も困るんだ。そんなヘマやらかすヤツじゃあないだろうぜ」

「そ、そっか…」

 

 承太郎に言い込められてマルコもティーダも納得したが、テルミは蔑むように笑う。

 

「知ったふうな口利いてんじゃねーよ。てめーら自身のことすら良く知りもしねーくせによぉ。もっとも、ちっと前まではオレ様もそーだったがな」

「……! テルミ、お前も記憶を?」

 

 テルミはフードを被り直して頷いた。

 

「まっ、欠落した記憶や知識なんざどーでもいいことだがな。重要なのは……」

 

 テルミは続きを言わず、「よっ」と掛け声しながら教卓からぴょんと飛び降り、聖杯の泥を踏まないようにステップしながら教壇をくるくる歩き回る。

 その様子を見たティーダはぐっと奥歯を噛む。

 

「時間稼ぎしてんじゃねーよ! ジョータロー、さっさとコイツやっつけよーぜ!」

「ティーダ、少し待ってくれ。マシュならきっと大丈夫さ」

 

 寧ろ、時間稼ぎならマシュの方が得意。この状況はマシュがテラフォーマーどもを縛り付けているとも言える。

 

 テルミが焦らすものだから、承太郎が代わりに口を開いた。

 

「重要なのは、その情報が取捨選択されていること……ッてところか?」

「ご明察」

 

 承太郎の推理をテルミが首肯すると、今度はマルコが口を挟む。

 

「でも、マルコたちは聖杯戦争のことは何も知らないよ?」

「そうだよ。取捨選択っつーか、全部捨てられたカンジ」

「……いいや。おれたち、少なくとも……ティーダや恐らくテルミやアリサにも、キッチリ移植されているはずの情報がある」

「……?」

「それは……言葉。だろ? テルミ」

 

 ティーダは「あっ」と声を上げた。承太郎やマルコは元々(堪能というわけではないものの)日本語が話せたが、ティーダはそうではない。

 

「確かに……でも全然気付かなかった……」

 

 当の本人ですら違和感を持たないほどの精妙な記憶移植が為されている。なのに、聖杯戦争に関する記憶だけがない。

 

「話が早くて助かるぜぇ」

 

 承太郎は聖杯戦争の話を聞かされた時のことを思い返した。妙に納得感があったのをハッキリ覚えている。トンデモない話だと言いつつも、心の何処かで「ああ、そうだった」と、忘れていた宿題を思い出したような、あたかも知っていた事実のように受け入れてしまったのだ。

 

「しかしそれでも解せん。聖杯戦争は仕組み上サーヴァント同士が争って成立してるんだろ? 記憶を敢えて与えないのは寧ろ不都合なはずだ」

「そうだな。正確に言うと、オレ様やてめーらも、正規の情報を持っていない方が正しいと判断されちまったのさ。

何せ、サーヴァント召喚システム……これは元々異世界のサーヴァントを召喚する想定なんざ無かったんだからな」

「……!」

 

 僅かばかり思案する承太郎の代わりに、ティーダがすかさず突っ込みを入れた。

 

「何言ってんだよ、聖杯戦争って異世界の英雄が戦うって話だろっ!」

「違うな。本来はこの世界の過去の英雄が戦うはずだった。もっとも……サーヴァント召喚システムは何でもアリのガバガバ設定だからな」

 

 承太郎は形容し難い違和感に囚われた。過去の英雄と異世界の英雄。どう捉えようが同列に思えない二つが手違いで……ということなどあるのか。

 

「……何でもアリってのはどういうことだ?」

 

 テルミは承太郎の問いを聞くなり、ぐにゃりと最大限口を歪めて笑みを作る。凶暴で、醜悪で、加虐的な表情。粘着罠に飛び込む鼠を見る無垢な子供の目で承太郎を、ティーダを、マルコを見た。

 そしてテルミが答えたのは、全く解にならない繰り返しだ。

 

「オイオイ、二度同じこと言わすなや。何でもアリってのはつまり……何でもアリってことだ」

「……何でも、あり……か……」

 

 承太郎の顔から血の気が引く。不意に彼の脳裏に浮かんだとある推察……それは彼らの存在意義すら深淵の暗黒へ突き落とす最悪の帰結。

 あのディオと初めて対峙した時でさえも飲み込んだ恐怖と不安が臓腑から滲み出て吐きそうだ。死を前にして尚動じない、鋼の精神力を持つ男が微かに震えている。

 

 承太郎は、自身の胸を強く押さえながら絞り出すように声を発した。

 

「ややこしい謎掛けは十分だぜ。テメーの知ってることを言いな」

「そうしてやってもいいけどよォ、馬鹿は信用しねーだろ? 丁度、解説に適任が居るからそいつに喋って貰うとするぜ。

……なァ、マルコちゃんよ」

「……!?」

 

 承太郎とティーダは驚いてマルコを見た。

 

「どういうことだよ、マルコ!? 何か知ってるのかよ!?」

「……マルコは……気付いていたよ。最初から全て……でも!」

 

 マルコは勢いよく顔を上げて承太郎を指差した。

 

「説明は、幽霊のお兄さんにお任せするよ! もちろん……マルコも知ってるけど!」

「そーじゃねーよ」

 

 テルミは嗤いながら続ける。

 

「テメーに語って貰いたいのはアサシンのサーヴァント……トキってやつのことさ」

「トキ……!」

 

 承太郎は以前この場で相対した仏のような達人のことを思い出した。マルコの反応を見る限り、彼もトキのことは知っているようだ。が……

 

「トキは世紀末覇者ラオウの実弟……! 無敵の暗殺拳・北斗神拳を使う天才でありながら医者を目指す心優しい拳士よっ! 病を患っていなければラオウよりも上と目される程の実力と才能で、北斗史上最も華麗な技を持つ男とも言われている! 最大の特徴である“柔の拳”に受け流せない攻撃はないのよ! それに、トキの強さは医術に精通するが故の観察眼でもあるっ……北斗神拳伝承者・ケンシロウですら攻略に時間を要した宿敵サウザーの体の秘密を触れずして看破していたのよ! そして実は……元々リュウケンの養子と思われていたトキはなんと、北斗宗家の血を引く……」

「だぁーっ! そんなことどうでもイイって!」

 

 マルコの長ったらしい熱弁を聞きかね、ティーダが叫び声でそれを止めた。

 

「そのトキってのが何なんだよ! そんな奴知ら……」

 

 さらに文句を続けるティーダを、今度は承太郎が静かな声で止めた。

 

「マルコ……その情報をどこで知った?」

「……え」

「……?」

 

 ここにきてようやく、ティーダにもその異常性が何となく分かり始めていた。

 

「どこでって……その、トキって奴に直接聞いたんだろ? そーだって、それ以外にないじゃん……だよな、マルコ」

「……!?

まさか……二人とも“北斗の拳”を知らない!? 獏兄ちゃんも大好きな国民的大人気漫画よ!」

「……」

 

 承太郎は独り、青ざめて沈黙している。

 ティーダは全貌が理解できずにいたが、ただならぬ雰囲気を感じ取っていた。

 マルコは何も分からず呆然としているだけだ。

 

 そこに、テルミの大笑いが響いた。

 

「ヒャッハハハッ!

オカシイよなァ!?

何処かの妄想野郎が描いたフィクションの登場人物が何で異世界にフツーに出てくるんだ?

そんなわきゃあねーよ!

どうしてだ? なァ、教えてくれよ!」

 

 きつく目を縛り、血が滴るほど握った拳が震えている。そんな承太郎を見て、ティーダもまた戦慄いた。

 彼が震えている。

 恐怖している。

 

 ティーダは腹いっぱい叫んだ。

「あんたらだけで納得してないでさあ! オレたちにも分かるように言ってくれよ!」

「……こいつが言いたいのは……」

 

 承太郎は静かに口を開いた。喉を焼かれたような、掠れた声だった。

 

「異世界……いや、おれたちの世界など――存在しない」

 

 




次回更新は7/11(火)の13:00です。

獏兄ちゃんとはマルコの兄的な存在ですが血のつながりはありません。
ちなみに獏兄ちゃんは(自称)北斗神拳使いです。
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