カルデアM.U.G.E.N.の座   作:シン・いしい

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第十六節. お前のような病人がいるか!!

「……どォなってんだよ……どォなってんだよォッ!」

 

 テルミは三つの死体を眼前に叫んだ。

 

 この冬木聖杯戦争は土地に召喚されたサーヴァントで行われていたが、だからといってマスターが存在してはいけない訳でもない。

 

 あと数日……否、一日でも猶予があったなら、テルミはこの事実に気が付いていただろう。そして、なまじマシュの秘密を半端に知ってしまったばかりに石橋を叩き過ぎ、策士は策に溺れた。

 

 マシュは慄くテルミに素早く距離を詰め、大盾を振るう。既に魔力が尽きたテルミはなす術もなく、盾のエッジに切り裂かれた。

 

「……ク、ソッ! この、オレ様……が……」

 

 断末魔さえ許さず、マシュの第二撃がテルミの霊核を的確に砕いた。彼とて所詮はサーヴァント。霊核へのダメージは死を意味する。

 

 マシュにとっても最大の難敵だったであろう大魔術師はこれにて聖杯戦争を退いた。

 

 マシュはテルミが消えゆくのをゆっくり確認したのち、嗚咽を漏らしながら頭を抱えた。

 

「ぁあ……う、ぅっ……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 マシュはうわ言のようにぶつぶつ呟きながら、重い足取りで聖杯に向かって歩く。

 

 汚染された聖杯は生贄の魂で満ちている。マシュはそれに手を伸ばした。

 願いは一つ、新たに聖杯戦争を始めること。

 

 聖杯がそれを悪意として受け入れたのは、ひとえに“無意味”だからであった。誰の望みも叶うことはなく、徒に殺し合いが行われる。それが今の聖杯戦争であり、そうであるから聖杯への望みとして成立していた。

 

 再び苦悶の聖杯戦争をと聖杯に祈るマシュの手は、しかし聖杯に触れる前にピタリと止まった。

 

「そ、そんな……」

 

 ただただ唖然と目を丸めるマシュの視線の先には、足元が覚束ないながらもゆっくりと立ち上がる承太郎の姿があった。

 

 令呪によるギアスはサーヴァントにとって絶対だ。たとえ心臓が二つあろうとも助かるはずはないのだ。マシュが絶句するのも無理はない。己の目を疑うマシュも、そのあり得ないはずの光景を何度か見直したあと、気怠げに口を開いた。

 

「……後学のために訊いておきたいのですが。一体何をしたのですか?」

 

 そう問うマシュに、承太郎は口から垂れる血を拭きながら答える。

 

「全く分からんな。だが……“何をした”だと? そいつはこっちの台詞だぜ」

 

 彼の学ランの胸部は血に染まっている。自身のスタンドであるスタープラチナに胸を貫かれたのだ。否、そうなる寸前で攻撃が止まったからして彼は存命なのだが……いずれにしても、自身のスタンドに攻撃されたわけだから、承太郎の方がマシュよりもよっぽど面食らったことだろう。

 

 承太郎は分からないと答えつつも、ちゃっかりマシュの左手の甲に視線をやるもので、マシュは咄嗟に左手を隠してしまう。が、その動作があまりにも露骨であることを自覚したマシュは溜息をついた。

 

「そうですか、なるほど。やはり令呪のことは知りませんよね。とすると……」

 

 マシュは少しの間だけ遠くへ視線をやったかと思うと、すぐに承太郎に目を戻す。そして、彼女の武器である大盾を持ち直した。

 

「ふぅ……仕方ありません。

承太郎さん、始めましょうか」

「……」

 

 マシュの目的は聖杯戦争に勝つことであり、彼女の言う“始める”というのは勿論“殺し合い”のことだ。

 承太郎はつい苦い表情を作ってしまう。それを見たマシュは不思議そうに首を捻った。

 

「既にご存知かとは思いますが。もう令呪の力は使えませんよ。あれは三度限定です」

 

 承太郎のことだ。制限回数の話はともかく、令呪が打ち止めなのは看破しているだろう。むしろその力を使い切った今こそマシュを討つチャンスに見えるはず。なのに、承太郎が攻勢に出ないのは如何なる故か、マシュは考えあぐねた。

 

「サーヴァントは既に少なくとも六人は死んでいるはずだ。ティーダ、マルコ、テルミ、仮面、マコト……そしてディオ。

テルミの予想でしかないが……もう、願いは叶えられるんじゃあないのか? おれは邪魔をするつもりはないぜ」

 

 マシュは唐突に、まるで自分の顔をはたくようにして手で押さえた。表情を隠す彼女の指の隙間から、パタパタと血が流れ落ちる。

 

「うっ……あ、ぁ。し、失礼しました」

 

 承太郎には、マシュが再び血の涙を流しているのが見えていた。

 

「わ、私、が……私が……憎く、ないのですか?」

「……それは」

 

 恨みがないわけない。騙され、欺かれ、この上なく卑怯な方法で殺されかけたのだ。承太郎はやられたらやり返すタチである。

 しかし、怒りはなかった。

 最も苦しんでいるのは彼女自身であることが分かっていたから。

 

 承太郎は口をつぐんだが、沈黙が答えになっていた。

 

「ふ、ふふ。そう、ですか。承太郎さん、貴方は……私を虐めるのですね」

 

 マシュは笑った。痛みも喜びも同時に内包した、歪な表情で。被虐嗜好にも似たそれは、承太郎には理解し難い感情であった。

 

「ああ。ああ。もっと、もっと、私を、なじって」

「おれは……」

 

 承太郎の台詞に被せるように、マシュが声を上げて笑う。

 

「私を、殴って! 蹴って! 犯して! 殺して!」

「……!

マシュ……お前は、まさか……」

 

 承太郎は、それでもマシュを心の底から理解できたわけではない。彼女の心の深淵を理解するのは常人には無理だろう。が、ともあれ一つの推測には行き着いた。

 

 きっと、彼女は己に対する罰を求めている。

 それも、世界で一番重い罰を。

 

 マスターを護れなかった罪なのか。

 あるいは、邪悪なる聖杯に生贄を差し出す咎なのか。

 

「信じて下さいとは言いません。私も、貴方と戦いたくないのです」

 

 彼女にとって最悪の罰。死よりも耐え難い苦痛。

 

 それは彼女自身が仲間を騙し、裏切り、殺すこと。

 それが彼女の“歪んだ欲望”。

 

 それこそが。

 

「だから……戦います」

 

 サーヴァント・アルターエゴ

 ――マシュ・キリエライト・オルタ。

 

 

 




次回更新は明日の13時予定です。
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