マシュの攻撃は全弾が相打ち覚悟、捨身のフルスロットルだ。もはや大盾は守備する役目を果たさないが、その重量から繰り出されるパワーは拳や剣の比ではない。
そして、
それでも彼が承太郎なら何とでもしようが……彼にはマシュを討つイメージが全く湧かなかった。もっというなら、攻撃することすら躊躇いを覚えているのだ。
捨身vs防戦一方の構造は、ものの数分で決着となった。
幾度かの攻防で壁際に追いやられ、逃げ場を失った承太郎に対し、マシュが盾を大きく振りかぶって突進する。
「承太郎さん、これで……消えてくださいっ!」
「……!」
思えば承太郎にとってマシュは、己より精神力が勝る初めての敵だった。
スタープラチナは数あるスタンドのなかでもトップクラスの戦闘能力を持つ。そしてそれは、本体である空条承太郎の精神の強さを表していた。幾度も凶悪な敵と相対して来たが、これまで承太郎は自身が精神面で負けていたと思ったことは一度もない。
だからこそ、承太郎は戦いが始まる前から敗北を認めてしまっていた。
愛も憎悪も、希望も絶望も、全てのベクトルが戦いを向いている。弱さまでも力に変えた敵、それが彼女……マシュ・キリエライト。承太郎には、彼女の心の闇は無限にも思えた。それは即ち、無限に強さを持つ敵に他ならない。
一方で承太郎は、戦いに勝つことで一体何が得られるというのか。
母を病から救う旅は根底から覆り、自らの存在は空虚。戦いはおろか、生きる目的さえもどう定義すべきか思い悩むような状況。如何な巨悪にも屈さぬと自負した精神力はもはや形無しだ。
いつも心の強さが雌雄を決した。そんな彼にとって此度のそれは……戦闘とすら言えはしない。
周囲は聖杯の泥で溢れ、承太郎は令呪により胸に大きなダメージを負っている。しかしそういった言い訳がなくとも、彼に軍配が上がることはなかったであろう。
「……やれやれだせ」
承太郎は諦念に呟いた。
頼りない光を放つスタープラチナが承太郎を守護するが、それも命を一秒でも長く繋げるための惰性にすぎない。屠殺される家畜が身を捩るような、無意味な抵抗だ。
悲痛な表情のマシュは、しかしありったけの力で最後の一撃を放つ。そして遂に、マシュの大盾が承太郎の霊核を圧し潰した。
……と、そう思えた。
確かにマシュは、承太郎に向かって大盾を振り下ろしたはずだった。だが、その攻撃は承太郎を避けるように彼の眼前でゆらりとカーブを描いて教室の壁に激突しただけだった。
マシュの渾身の打撃は盛大な空振りに終わったのだ。
「!?」
もちろん、承太郎に攻撃を防ぐ手立てなどある筈もないし、マシュが攻撃をミスする理由もない。一体何が起こったのか、と承太郎もマシュも同じように目を見開いた。
二人が見たのは、巻き上がる土埃の中に立つ、大柄ながらもどこか儚さを漂わせる男。
「あ、あんたは……」
承太郎が思い出すより先に、マシュがその名を呼んだ。
「……トキさん」
「今更、何をしにきたのですか?」
マシュが不満そうに言うと、トキはいつもの柔らかい声色で、
「もちろん、貴女を救いに」
と、戯言を口にするもので、マシュは益々不満げだ。救うも何も、たった今承太郎へのトドメを邪魔されたばかりなのだ。
マシュはトキを睨みつけた。
「だったら……ぼぉっとつっ立ってないでそこに居る承太郎さんを殺してください。あと貴方も死んでください」
「それでは貴女を救えない」
即答するトキに、マシュもそれを聞くや否や、即座に地を蹴り攻撃に出た。素早いショートモーションで盾を水平に振り抜くのは、トキの柔拳を相手にして大仰な打撃ほど効果がないということを知っているからだ。概ねその理解は正しいのだが、マシュの練度ではその程度の工夫は焼石に水、否、暖簾に腕押し。マシュの攻撃はトキの掌に触れると、穏やかな川のように自然に後方へと流れた。
「っ!」
承太郎の超高速の拳や、テルミの魔術でさえもトキを捉えることはできなかった。いわんやマシュの打撃など。その点においてはマシュも折り込み済みであったが、
「貴方は……私が令呪を使い切ったから現れたのでしょう!? あるいは、貴方への令呪の力が弱まるのを待っていた!」
攻撃が意味をなさないフラストレーションなのか、トキを批難するように指摘する。マシュを救いに来たというのは詭弁であると。
「ふむ。それも事実」
トキはそれもヒラリと流した。
令呪の強制力は時間が経てば弱まり、命令内容が曖昧なほど解釈余地を残す。シナリオはトキの思惑通りに展開された。
「しかし、貴女を救いたいという願いも偽りではない」
「貴方は……貴方はっ……!」
マシュは聞かずしてトキの胸中を察していた。それを言わせまいと再び突撃するが、怒りや焦りに心を乱した攻撃などトキには無意味だ。子猫を撫でるような手先でいともたやすく、力の籠った攻撃は逸らされてしまう。
「貴女の夢はオアシスの蜃気楼、追えば逃げる影。その想いが叶うことはない」
マシュを救う――トキの宣言は、彼女を地獄から救うということ。聖杯戦争を終わらせるということなのだ。
「言うなぁぁぁあああああっ!!」
理解はしている。ただ、それを受け入れられるかどうかは別だ。
マシュの三度目の攻撃は絶叫とともに放たれた。彼女の感情を示すかのような全力の打撃。最短距離を疾走り、力任せに殴るだけの直球過ぎるそれは、トキでなくとも躱すのは簡単であろう。
しかし同時に、光の壁が現れてトキを閉じ込めた。これはマシュの防御結界。元々は敵の攻撃を防ぐものだが、敵の逃げ場を奪うのにも使うことができる。
無駄に思えたマシュの二度の攻撃は、トキの周囲にこれを仕込むための囮だったのだ。
「……」
トキはマシュが涙を流しているのを見た。血の涙……ではない。透き通った透明の涙は、すぐに血に混じって見えなくなるが、トキにははっきりとそれが分かった。
「その血は罰、涙は愛か……
ならば、マシュ・キリエライト! 貴女に罪は必要ない――」
トキは柔拳の構えを解いた。生まれたばかりの赤ん坊のように脱力し、マシュの暴力を受け入れる。しかし闘気すらも鎮めたそれは降伏ではない。
そう。これこそ無より転じて生を拾う、北斗神拳究極奥義。
「!?」
今度こそ、マシュは驚愕した。攻撃が当たりもしなかった先ほどとは違う。当たったにも関わらず、手応えが全くないのだ。
柔の拳が暖簾なら、これはまるで煙を腕で押した感覚しかない。
「無双転生。わたしが貴女の哀しみを背負おう」
すれ違いざまに受けたトキの拳が、的確にサーヴァントの秘孔を突いた。トキをすり抜けたマシュは、敵に背中を向けた姿勢のまま、かくんと膝を床につき、ゆっくりと倒れる。
「あ……ぁ……」
「マシュ。誰よりも愛深き故に……」
トキはぱしんと音を立てて両手の掌を合わせた。戦闘終了の儀だ。事実、マシュは伏したまま微動だにしない。そしてついに、彼女の武器でも防具でもある大きな盾も、光となって消え失せた。
決着は付いた。
トキとマシュの闘いも。
マシュの孤独な戦いも。
嘘で塗り固められた聖杯戦争も。
次回更新は明日の13時予定です。