「あっ、承太郎さん。おかえりなさい」
「ああ……」
既に基地に戻っていた女性陣が種火を持って帰って来た承太郎を暖かく迎えるが、ティーダの姿がないことに気づいたマシュの表情が少し硬くなる。
「やはり……帰って来てない、か」
「途中ではぐれてしまったんですね」承太郎の呟きに対してマシュが応答する。
「大丈夫なんでしょうか……?」アリサも心配そうな面持ちだ。
「ちょいとヤツの戦闘を見たところ、ゾンビどもに遅れは取らなさそうだが」
「どのように見失ったのですか?」
「雑魚どもを一頻り狩り尽くした後、少し目を離したらもう居なくなっていた。すまん、俺のミスだ」
「いえ。元々過度に助け合うのも道理ではありませんから」
マシュが冷たく言うと、アリサが悲しそうに詰め寄る。
「ティーダさんは悪い人じゃありません! 何かあったのなら助けないと。私、ティーダさんを探したいです」
「分かっています。今から探しに行きましょう」
「ほんとですか!」
アリサはぱあっと明るい笑顔を作る。一方承太郎は顔をしかめた。そういう流れになるような気はしていたが、即決とは。
承太郎は、仲間としての頼もしさ以上に戦闘員としての詰めの甘さを二人に感じていた。
こいつら本当に大丈夫なのか、と。
「承太郎さん、ティーダさんとはぐれた場所について詳しく教えて頂けませんか? 私たち二人で探してきます」
マシュに問われると、承太郎は帽子を深くかぶって溜息をついた。
「……? 承太郎さん?」
「……俺も行くぜ」
承太郎の一言に、マシュは意外そうに目を丸くした。アリサが笑顔でお礼を言いかけるのを遮り、承太郎は「ただし」と続ける。
「勘違いするな。どこではぐれたかなんて口で説明するのが面倒なだけだ。どこも同じような風景だしな」
それこそ何の責任もない女二人が危険を顧みず仲間を助けに行くというのだから、承太郎の性格からして秘密基地で一人休んでいるわけにもいかなかった。
「承太郎さん、ツンデレですね」
ちょうど秘密基地を出ようとした時に、背中から飛んできたマシュの一言は聞かなかったことにした。承太郎にその属性はないが、元々不良である彼は男気を見せられるのに案外弱いのだ。
承太郎たちは種火の狩場を捜索していた。数時間前にはティーダとともにエネミーを一掃していた場所だ。
辺りには死骸もちらほら残っている。
「ここから基地へ帰る途中、いつの間にか居なくなっていた。音もなく、だ。」
「了解です。辺り一帯の魔力の道筋を探ってみます」
マシュは彼女の武具である大盾を顕現させ、その下部のエッジを地面に叩きつけた。すると、彼女を中心にして波紋のように魔法陣が光り浮かび上がった。
魔法陣のあちこちで小さな閃光がちりちり発生する。マシュはそれを確認すると渋面を作る。
「これは……」
「……どうですか? 何か分かりそうですか?」
アリサが急かすと、マシュは俯いて首を横に振る。
「申し訳ありません。この辺りに何らかの魔力干渉があるのは確かなのですが、エネミーの残留魔力と妨害の結界で発生源の特定まではできません」
エネミーの残留魔力はともかく、サーチを妨害する結界が張られているならば、つまりは狙われていたということになる。どこかの英雄が種火の発生場所に何らかの罠を張っていたというところだろう。
「なるほど。何かがあったのは確実か」
「そのようです」
「そんな……」
「英雄を瞬時に消滅させることなどできませんから、現時点でまだ生きている可能性は大いにあり得ます」
「なら、手分けして探しましょう! 私は向こうを」
言いつつ、西へ走ろうとするアリサをマシュが肩を掴んで止めた。
「闇雲に探せる範囲ではありません。それより、今ある情報を活用するのが賢明です」
アリサと承太郎は振り向いてマシュを見る。
「何か他に分かることがあるのか?」
承太郎の問いに、マシュは静かに頷いた。承太郎はマシュのその様子から、何となく無茶なことを言いそうな気がしていた。
「まず、この罠を仕掛けたのはおそらくキャスターです」
「あの野郎か……」
承太郎はテルミの戦闘を思い出していた。シールダーであるマシュよりさらに優れた結界術と攻防一体の魔力吸収、相手に合わせた戦術を行使する万能の能力。
マシュが言いたいのは、これほどの器用な結界や罠を張ることができるのはキャスターくらいだろうということなのだろう。
「それから、承太郎さんにはまだお伝えしていませんでしたが、私とアリサさんでキャスターやバーサーカーの根城であった例の高校を調査してきたんです」
マシュいわく、そこに既にキャスターの姿はなかったという。魔力を勝手に食らう聖杯がまだそこに放置されていたことから、キャスターは自身の魔力と相性のよい霊脈を求めて次の拠点に移った可能性が高い、とのことだ。
霊脈は冬木にいくつもあるが、めぼしいのは限られている。キャスターはその何処かにいる。
「なので、直接乗り込みましょう」
「ま、その方が好みだぜ」
「ただし、すべてしらみつぶしに確認する時間はありません。可能性の高い三つの霊脈を手分けして同時に当たります」
つまり、ここからは各々が散開して単独で捜索する必要があるというわけだ。
「……一応言ってみるが。危険すぎるぜ」
テルミやマルコと戦ったのはつい最近だ。やつらの恐ろしさを忘れるほど耄碌していない。連携は得意そうではなかったようだが、そもそも一人当たりの戦力にすら差がある。
「ティーダさんがまだご存命だとすると二対二に持ち込める可能性はあります」
「ほぼゼロだとは思うがな」
「私たちが聖杯を確認した時はまだ魔力がカラでした」
英雄が死ぬと聖杯に魔力が注がれるという事実から、逆に魔力の充填量に変化がなければ誰も死んでいないと分かる。
「手伝ってくださいとは言えません。私はやります」
「私も、ティーダさんを助けたいです!」
マシュの宣言にアリサも乗っかる。承太郎は気乗りしなさそうだったが……
「そういえば……アンタには借りがあったな」
マシュは何度か見せた柔らかい笑顔を作る。
「それ、言うと思いました」
承太郎もふん、と鼻を鳴らしてそっぽ向く。承太郎はそれもまた、マシュなら言いそうだと思っていたわけだ。
「で、具体的にどこを探せばいい?」
「一番可能性が高そうなのは」
マシュは言いながら、東を指差す。
「ここから真っ直ぐ東に大きな川があるんですが、その向こうの森が最有力候補でしょう。近くに墓地や教会があり、キャスターの好む陰の霊脈が流れています。
他には、高校から北西にある寺です」
「高校の近くなら、まずは聖杯を確認する時間があるんじゃないか? 前回の確認から随分時間が空いている」
聖杯に魔力が蓄積していたならティーダの生存は絶望的。わざわざ危険を冒して敵の本拠地に単騎特攻する必要はなくなる。承太郎のもっともな指摘にマシュも頷く。
「では、承太郎さんはそちらをお願いできますか? 私は残りの……」
「いや、ちょいと待ちな。別に俺はこの後に及んでビビッてるわけじゃあないぜ。俺がその教会やらがある森ってのに行こう」
マシュは地雷を踏んでしまったと思ったらしく、憂苦に頬を痙攣らせる。
「すみません。そういう意味ではありませんでしたが、そう言ってくださるのであれば」
「……やれやれだぜ」
マシュが言葉を区切る前に、承太郎は先ほどマシュが示した森の方をなぞって指差した。
「えっ?」
マシュが振り返ると、既に百メートル以上先に、ビルを跳躍して進む影が見える。赤いマントと長い金髪を揺らめかせながら、みるみる離れていくアレは。
アリサだ。
「……先を越されましたね」
「別に何の問題もないが、チームワークのカケラもないぜ」
「アーチャーにとってはこれもチームワークです」
承太郎が怪訝な表情でマシュを見ると、マシュは何かを思い出したように小さく呆れ笑いする。
「好きなんですよね。単独行動」
意味深な言い様に承太郎は問い返したくなるが、その前にマシュが続けて口を開いた。
「さて、私たちも急がなくてはなりません。東の森はアリサさんにお任せするとして、移動しながら担当を決めましょう」
マシュは話しながら、ひょいとジャンプして大きな瓦礫を飛び越す。承太郎は障害物を迂回しつつ追従した。
「最後の候補は郊外にある西洋風の廃城です」
「日本にそんな城があるのか」
「ええ。とても遠いところにありますから、やはりこちらは私が調査します」
承太郎はマシュと自身の機動力の差を慮り、なるほどと頷いた。
「了解だ。結局俺は寺の方か」
岐路に至り、不意にマシュが立ち止まった。
「ここからは各員のルートを行くことになりますが、その前に少しだけキャスターの能力について補足させてください」
「あいつまだ何かあるのか……?」
と、唖然とする承太郎。
「可能性の話です。キャスターは他の英雄を操って手駒にしたりすることがあります」
「そいつは厄介すぎるな」
「操られている場合は一目見ただけで様子が違うと分かるはずです。ティーダさんにも十分ご注意を。
とはいえ、この短期間でそれを実行するは難しいはずです」
マシュは話をややこしくしない為に敢えて深くは解説しなかった。
「しかしなるほど。納得したぜ。
たかが一時的な仲間のために危険を冒すのはどうにも腑に落ちなかったが、敵の戦力を増大させる可能性があるなら話は別だ。
テルミをこれ以上優位に立たせるのはマズい」
承太郎がいやに満足げな顔をするもので、マシュはぱちくり瞬きする。
「あんたがタダの甘ちゃんじゃなくてよかった、ってことだぜ。リーダーがそんなのじゃ先が思いやられるからな」
「私はリーダーではありませんが」
マシュは僅かに童顔を綻ばせる。
「最初から打算的ですよ」