ひしめくゾンビを大盾で蹴散らしながら考えた。
恐らくここはハズレだろう、と。
都市郊外にある西洋風の城、マシュはそのだだっ広い庭園内に到着していた。強い霊脈が流れており、魔力に長けるキャスターなら
しかしながら。
「はぁぁっ!」
走りながらスピードを落とさず盾をトンファーのように振るい、邪魔なゾンビを払い抜けていく。数が多い。時間的にも体力的にも、全てを相手する余裕はない。
もしもここがテルミの拠点であるなら、これだけの数のエネミーが居るのはおかしい。エネミーは魔力に集まる性質があるため、彼がこれらを敢えて残し護衛代わりに使うのはリスキーだし、彼の魔力変換比率から考えるとリソースとして狩った方が得策だ。
これ以上の先を調査する必要はなさそうだ、と思いかけたとき、マシュは視界に横たわる大きな影を見つけた。
「……これは……」
それそのものは珍しいものでもない。
ワイバーンの死骸だ。鋭利な刃物で喉を貫かれ絶命しているようだ。
しかしその他の箇所に一切の傷がない、急所のみを狙った一突き。死んだことにさえ気付かず墜ちるワイバーンが目に浮かぶような、何とも至妙な手管だ。
間違いなくサーヴァントの仕業。
マシュは目を細めてそれらを眺めた。
それら――眼前に溢れるワイバーンの死骸の数々。否、マシュが見ていた事象を正しく表現するなら、ワイバーン以外の死骸がない、ということ。
ワイバーンはドロップする種火の質が良く量も多い。可能であれば、マシュもゾンビを相手にせずワイバーンのみを狩るであろう。しかし勿論マシュには不可能だ。マシュでなくても、これだけのエネミーの中で機動力の高いワイバーンのみを選び狩るなど到底できるものではない。
「本当に、今回はハズレですね」
マシュは自嘲気味に呟いた。
間違いなく手練れの、アサシンか、或いは……
「……!」
マシュは不意に城の塀に小さな影が動いたのを見た。
遠くてはっきりとは分からないが、小柄な少女に見えた。後頭部に結って垂らした髪は血の様な紅色と、同色のドレスも印象的だった。それがマシュを認識したのかは不明であるが、逃げるように塀の内側へと姿を消した。
例の高校、その道中はエネミーの気配すらなかった。恐らく拠点の引越し前にテルミが狩り尽くしたのだろう。と言っても、彼には自動攻撃を行う結界魔術があるのだからそう手間でもないはずだ。
種火は英雄にとっていわば兵糧。それを労せず大量に集められる彼の優位さに承太郎は舌打ちした。おかげで、と思いたくもなかったが、承太郎は高校まで障害なく来られたわけだ。
承太郎は頬をペシペシと軽く叩き、気合を入れ直した。
数々の英雄を見てきた承太郎は、機動力において自身がディスアドバンテージを持っていることをはっきりと感じていた。他の英雄と戦闘になると逃げ切ることは難しいであろうから、タイムリミットのある任務を抱えている身としては目立たぬよう行動しなければならない。
それを念頭に、素早く校庭に入り込む。以前の戦闘でテルミが作ったクレバスを迂回し、壁の穴から校舎へ侵入した。直前、周囲を手短に見渡したが怪しい影はない。
承太郎はなるべく足音を立てないよう、しかし迅速に歩いた。
所々崩れた校舎の階段を登る。調査に赴いたマシュやアリサの情報では二年C組の教室に聖杯があるそうな。
慎重に近づいていくと、少しばかりの違和感に気付き、眉を釣り上げた。この辺りだけ破損が小さい。他の教室の壁の穴で繋がってしまっているほどだが、ここはそうではない。
仕方なく、教室のドア窓から中の様子を確かめる。室内は荒れているようだが、椅子や机が散乱している程度で、他の部屋の様な破壊跡はやはりない。
「聖杯はあれか……。
そしてやれやれ、先客も居やがるぜ」
視線の先にはマシュから聞いていた通りの、金色の地味な杯。それは空中に見えない糸で固定されているように教室の中央に佇んでおり、豪勢な飾り付けを必要としないオーラを存分に放っている。
そしてもう一つ。
ドアに背を向けて座っている、逞しい大男。顔は確認できない。素朴な服装で、左の肩当てにタスキ掛けされたベルト、ノースリーブのシャツ、リストバンドにブーツ。特徴的なものはほぼない。肩までのロングヘアは灰色でよれていて、どこか病的なものを思わせる。しかし鍛え上げられた筋肉は鋼のよう。承太郎も体つきにはそれなりに自信があったが、アレと張り合おうとは思えないほどだ。
「……」
そして何故か正座。
「入りなさい」
「!」
教室内から声をかけられる。
こちらの姿は見えていないはずだし、それなりに気を払って静かに歩いていたのに、と承太郎は少なからず驚いた。
観念して教室のドアから入室すると、男はゆっくりと立ち上がり、振り向いた。
「お前を待っていた。空条承太郎」
男は精悍ながらもどこか悲しみを宿した眼差しで承太郎を見据える。
承太郎が「なぜ俺の名を知っている?」と問う前に、男は口を開いた。
「言の葉にて語るか、拳にて語るか」
「……む」
承太郎は少し面食らって沈黙した。
男が問うているのは、闘う意思はあるかということだろう。静謐な雰囲気とは裏腹に喧嘩っ早いらしい、と承太郎は思った。
「あんたが決めな。俺はどっちでもいいぜ」
時間に制限がある今、承太郎としては戦闘は避けたい気持ちはあった。しかしこの異世界において英雄とは根本的に闘争を義務付けられているゆえ、相手がその気なら逃げるつもりはない。
承太郎は男を睨み臨戦態勢に入るが、男は構えを解いた。
「そうか。ならば拳を交える意味はあるまい」
いくぶん、残念そうに見えたのは気のせいだろうか。男は続ける。
「私はトキ。アサシンだ」
「……待っていてくれたところ悪いが、俺も暇じゃないんでね。闘らないなら退いてくれ」
トキと名乗る男はフッと笑った。
「聖杯に魔力は捧げられていない。探し人は生きている」
「何様か知らねーが、預言者ぶってカッコつけてんじゃあねえぜ。それをこの目で確かめに来たんだ。そこを退きな」
マシュから見分け方は聞いている。今更、初対面の敵に教わるまでもない。
「急がなくてもよい。この先の寺にも探し人はいない。無論、キャスターもだ」
「信じると思うか?」
「信じるさ」
トキはまたニコリと笑った。
「それでも、この先に進みなさい。お前になら分かるはずだ。因果の糸が
「……! まさか……」
承太郎は薄々感じていた。
この異世界にあるはずのないあの存在を、所々で少しずつ。トキの言により、それは今やより鮮明な感覚となって彼の第六感に訴えかけている。
「てめー、何故……
ッ!?」
トキの思いも寄らない一言に承太郎の警戒がコンマ一秒逸れる。その小さな隙にトキは入り込んだ。前触れのない接近ののち、流れるような貫手。スタンドが顕現する前に、トキの拳が承太郎の鳩尾に突き刺さる。
「がはっ……!」
「……安心しなさい。私はお前を殺す気はない」
「て、てめえ……」
承太郎は瞬時に意識が遠のくのを感じつつも反撃に打って出る。
「……スタープラチナッ!」
トキとの距離は二メートル。近距離タイプである承太郎のスタープラチナが最高のパフォーマンスを発揮する距離だ。しかし。
「まだ動けるか……」
トキは巨岩をも一撃で粉砕するスタープラチナの渾身の拳打を片手でするりと受け流した。まるで暖簾を押すような手応えに、承太郎は避けられたのかと錯覚したほどだ。
「目が覚めたなら、宿敵を追いなさい」
トキのその言葉を聞き終わった瞬間、承太郎は眠るようにその場に倒れ込んだ。
次回更新は本日の19時です。