アリサがテルミとの戦闘を制した一方そのころ、マシュは近傍の霊脈である寺へ急いでいた。墓地に隠れていたので当然ではあるが、郊外の城にテルミの姿はなかったため踵を返し、そのままの足で寺へ向かった流れだ。
途中、高校校舎から出てくる承太郎を見つけた。
「承太郎さん!」
マシュを認めると承太郎は軽く頷き、近くの住居の残骸へ二人して身を隠す。
「郊外の城はハズレでした。新たな英雄を発見しましたがクラスは不明。戦闘はありませんでした」
「了解だ。こっちの方は……聖杯はカラだった。まだティーダのヤツは生きてるってことになるか。寺はまだ確認できていない」
両人とも進捗を報告すると、マシュは「では、寺へ向かいましょう」と立ち上がった。が、承太郎は首を横に振る。
「寺にはテルミもティーダもいない」
聞くとマシュはやや驚いた様子だ。先ほど承太郎から寺は未確認と聞いているわけだが、承太郎がそれを知るのは一体どういう理屈か。しかしマシュは詳しくは問わなかった。
「マシュ、お前はこのまま墓所へ向かってくれ。借りを返すとか言っておいてすまないが、寺に個人的な用事ができちまってな」
承太郎が「どうしても行かなければならない」とだけ付け加えると、マシュは迷いもせず頷いた。
「分かりました。そちらはお任せします」
「……感謝するぜ」
承太郎は小さな声で言った。
「それでは、ご武運を」
「てめーもな」
二人は反対方向に走り出した。マシュは墓所へ、承太郎は寺へ。承太郎は途中、振り返った。マシュの姿はもうなかったが、もう一度「ありがとよ」と呟いた。
件の寺は山の中にあった。敷地内は枯れ落ちた草木に荒れており、石造りの山道も無惨に破砕している。とはいえ、ここが一層の惨状というわけではなく、基本的にここ冬木という場所はそういうところだ。マシュによると聖杯戦争が続いた傷痕だとか。
承太郎はそういった顛末が気になっていたが、敢えて考えないようにしていた節もあった。彼はどちらかというと頭のキレるタイプであったが、生き死にのバトルロイヤルにおいて雑念を持ちたくなかったし、自身の出来ることの限界もよく弁えていたからだ。
根っこのルールはとてもシンプルだ。勝って生き残れ。その部分はどうあれ変わらない筈だ。
と、そう思っていた。
しかしながら承太郎は今、異世界において新たな使命を課されようとしていた。それはある意味、承太郎にとって元の世界に戻るよりも聖杯戦争よりも、優先度の高い任務だ。
石造りの階段を駆け上がるとすぐ見える門は開かれている。その境内から聖杯ともまた違った邪気が空気に乗って吹き抜ける。
これは後天的に邪気と名付けた感覚であり、それ自体に聖も邪もない。
この世界に来る前、強烈に邪気として脳に焼き付いた。
この世界に来てスッパリ消えてなくなった。
そしてある時から次第に強くなっていた。
寺の中央部に鎮する特徴的な香炉。その縁に身体を預け、分厚いハードカバーの書物を読み耽る男がひとり。
承太郎は呟いた。
「やはりか。てめー……
ディオ、彼は承太郎と同じ世界から喚ばれた最悪の宿敵。数多の凶悪なスタンド能力者からも心酔される悪のカリスマであり、自身も最強の能力"世界(ザ・ワールド)"を操る不死身の吸血鬼である。見る者を凍りつかせるほどの美貌と淡い表情、肉体は古代ギリシャの彫刻のように神々しく間然するところない。
「……承太郎、か……?」
ディオはパタンと本を閉じ香炉に立てかけ、おもむろに立ち上がった。
「フフ。よもや異世界まで追ってくるとは恐れ入った、ジョースターの血筋よ」
言いつつ、深呼吸するように長く息を吐き、近くの柱にもたれ掛かる。
「ごたくは結構だ。さっさと決着を付けようぜ」
承太郎は一歩前に出る。接近戦において無類のパワーを誇る彼のスタープラチナは遠距離に対する攻撃方法を持たない。同じタイプのスタンドであるディオの能力もまた同様であった。
が、承太郎はそれ以上進まない。いや、進むことができないでいた。
ディオのスタンド、ザ・ワールドその恐るべき能力とは――"時を止めることができる"。数秒の間とはいえ、自身以外の全てが静止した世界を自由に行動できるという、正に頂点の能力だ。
承太郎はその力を解き明かし、瞬き程度の間ならば止まった時の中を動くことができるようになっていた。が、それでも能力差は歴然。
不用意に近づけばゼロ秒で死ぬ。
しかしディオは未だに身構えることもせず、彼のスタンドであるザ・ワールドも喚ぶこともせず……くつろいだ姿勢のまま話し始めた。
「とある学者によると、言葉とは人類の最も偉大な発明だそうだ。
文明の親となった治水技術でも、大量生産の時代を築き上げた機械でもなく」
「……何の話だ?」
「話をしよう、という話さ。空条承太郎」
ふと、承太郎はディオの様子に違和感を覚えた。確かに姿形は承太郎の知るディオという男そのものであったが、立ち振る舞いは大きく違う。アヴドゥルや花京院……彼の旅仲間から聞いていたディオの人物像により近い気がしていた。
彼の一面である凶暴な悪はすっかりナリを潜めている代わりに、冷徹で計算高い悪が顔を出している。
「私は常々考えるのだ。最高の
承太郎は顔をしかめた。彼の知るディオは絶対の帝王であり、パートナーどころか下僕にさえ選考する傲慢な男だったからだ。
「私生活なら信頼という言葉は実に使いやすいだろう」
「いずれ誰もが敵の戦場では邪魔だと言いたいんだろ?」
「その通り」
ディオは背もたれていた柱から離れ、段差を降りて境内に立った。承太郎はそれを見て、やや後方に下がる。ザ・ワールドの射程を考慮した行動だったが、ディオはそれを見て少し意外そうに鼻を鳴らした。
「その意味で……我らほど相性のいい組み合わせはあるまい。
何も、寝食を共にしようと言っている訳ではないのだ」
承太郎とディオは同じ世界からの来訪者だ。その能力の制限や勝手も理解しやすい。これはチームとしても敵としても重要な要素だ。さらに、彼らはあまりに強い因果故か、お互いの距離が何となく分かる、という特性がある。承太郎はこの特性のお陰でここに来る前にディオが寺に居座っていることを知っていたし、ディオもまた承太郎が近づいていることを分かっていただろう。
そしてディオの言う通り、同盟が決裂し最後の戦いとなった時も、これほど後腐れなくブチのめせる相手は居ない。
「ならば、承太郎。
我らが開いた手を合わせるのはごく自然な成り行きとは思わないか?」
一見、納得できる提案に思えた。
しかしながら。
「テメーを今ここで斃せば少なくともお袋は助かる」
承太郎の母親、ホリィは因果によって発現した能力に苦しめられ、死の淵を彷徨っている。それは因果の元であるディオが生きている限り続く。つまり、承太郎は自身の世界へ帰還すると同時に、ディオを帰還させないことも重要事項なのだ。
尤も、承太郎が帰還するということは必然的にディオは帰還できないことになる。とはいえ、逆に承太郎が帰還できなかったとしても、ディオも元の世界に返さなければ母親は助かる。
「その戦いを最後にしようと言っているのだ」
「いいや、今だ」
承太郎の力強い否定を聞くと、ディオは不敵に笑う。
「なるほど、そうだろうな。ジョースターの血族はそういう宿命だ。だからこそ、このディオが最も恐れているのだ」
ディオはさらに二歩、承太郎に近づく。承太郎はそれに応じてスタープラチナを顕現させる。いつ仕掛けてくるか、承太郎はその時を注意深く探る。主導権は常に相手にある。
が、ディオは再び口を開く。
「では、こういうのはどうかな?
我らが聖杯戦争に勝った暁には……承太郎、お前に聖杯を使う権利を譲ろう」
「……!?」
聖杯を使って元の世界に戻れるのはただ一人。承太郎にそれを譲るというなら、ディオはこの世界に残るというのか。
「そりゃあ一体どういうことだ?」
「お前が訝しむのも無理はない。
お前の疑問は二つ。
順番に説明しよう」
ディオをゆっくりと境内を歩く。承太郎もまた一定距離を保つため、ディオに合わせて歩き始めた。付かず離れず、ディオと並行に移動し続ける。
ディオも構わず話を続ける。
「一つ目。聖杯戦争は最後の一人になるまで終わらず、結果聖杯の力も使えない。つまり、私が死ななければ聖杯の力を使えないのではないか?
ということ」
承太郎は頷いた。それは考えるまでもないとても単純な話だ。
ディオの提案に乗るかどうかというよりも、ディオの知る聖杯戦争の情報に興味があった。
「しかしそれは正確ではない。聖杯に捧げられるべき魂は六つ。これは聖杯戦争が七基のサーヴァントによって行われるためだが……」
「……七基の……サーヴァント……」
「既に八基以上のサーヴァントが現界している」
承太郎もそこは気が付いていた。
承太郎、マシュ、テルミ、マルコ、ティーダ、アリサ、トキ、そしてディオ。聖杯がその力を発揮するために聖杯戦争の敗者から魔力を得ているというのなら、ディオの言う理屈は納得できた。
「つまり我々のうち少なくとも一人は、聖杯戦争の敗者でありながら生き残ることが可能なのだ」
それでも、承太郎の疑問はまだ残っている。
「もう一つ。何故、荒廃を極めたこの世界に残ると言うのか?」
「……」
承太郎は無言で応えた。
「と言っても、だ。
ご理解頂けるとは思うが、私は最初から元の世界に未練などないのだ」
ディオは不死身の吸血鬼。眠って起きたら百年後……とくれば彼にとっては元の世界だって異世界のようなものだろう。承太郎のように家族がいるわけでもない。
承太郎はフンと鼻を鳴らした。
「だろうよ。俺が聞きたいのはお前の狙いだぜ。何を企んでる?」
ディオは口端を歪め、悠々と数秒使ってゆらりと体を承太郎の方に向けた。
「――聖杯だ。私は聖杯が欲しい」
次回の更新は6/1木の朝7:00です。