2日後。
私が訓練を行う予定の浜辺に着くと、マッスルフォームで写真を撮るマスターとゴミを必死に運ぶ見覚えのある顔があった。
「もう始めてたのか。」
「オウ、やっと来たね特別コーチ!」
マスターが駆け寄って来る。
「ハイこちら!私の後継、緑谷出久君ね!」
私に頭を下げる緑谷。心なしか目がキラキラしている。
「緑谷君!こちらが特別コーチ!その名も――」
「セイバーオルタ!!5年前、オールマイトの
「お、おいマスター。いきなり何なんだこいつは。」
「あーっと、ごめんね。ちょっとこの子の癖みたいなものなんだ。――おーい緑谷少年!そろそろ戻って来て!」
「―――っは!!あ、すみません!!ちょっと興奮しちゃって…。」
私は、こんなヤツに訓練をするのか?こんな、得体の知れないような、変な男に?
「あ、安心してくれアルトリア!!緑谷少年はただのヒーローオタクで、別に不審者とかじゃ無い!!だからその目は止めてくれ!!」
どうやら、思考が顔に出ていたようだ。だが、それにしても……
「オタク、とは何だ?」
「あ。えーっとね、オタクっていうのは……緑谷少年、オタクってなんだと思う?」
「え!?(そこで僕に振るのか!?)えっと、オタクっていうのは、えーっと……僕みたいな人?」
「……その説明じゃあ本末転倒じゃない?緑谷少年。」
「あ、そ、そうですね。えっと、……なんて言えばいいんでしょうか?というか、セイバーオルタはオタクって言葉を知らないんですか?」
「shit!――え、えっとね、セイバーオルタは……」
「私は生まれが特殊でな。世間常識に疎いところがあるんだ。」
誤魔化しが下手過ぎるマスターに、私がフォローを入れる。
「そ、そうなんですか。何だか、セイバーオルタって何をしても完璧なイメージがあるから、意外ですね。」
「私にもできないことはある。」
「ま、まあそれはそうですね。」
……緑谷がさっきからずっともじもじしている。
「おい、さっきから何か言いたい事でもあるのか?」
「い、いえ!別にそういうわけでは……。ただ、ちょっと緊張しちゃって。」
「つくづく変な男だ。コレがオタクと言われる人種というわけか。」
「あー――と、とりあえず!特別コーチも合流したことだし、訓練の続きを始めようか!!」
マスターが強引に話題を転換し、緑谷の訓練が再開された。
◆◇◆◇◆
訓練が始まり3か月。
「……緑谷。お前、私達が作ったプランじゃ不満か?」
私は、緑谷を問い詰めていた。
「え?」
緑谷が呆然としている。
「オーバーワークによる筋肉の状態の悪化が見られる。想定よりも酷く、だ。私達の計算は間違っていない筈。お前、私達のプラン外での過度なトレーニングを行っているな?」
「ギクッ!!」
緑谷がビクリと震える。私の怒気に当てられたようだ。
「オールマイトは言った筈だ。君には、このプランに従ってもらう、と。お前の身体のギリギリを私が的確に測って作ったプランだ。オールマイトが当時計画していたよりも更に激しくしてある。このプランに少しの緩みでもあれば、お前は合格出来ないんだぞ?」
私は言葉に更に感情を乗せる。
「お前、オールマイトの目を節穴にするつもりか?」
こいつが落ちぶれれば、こいつを選んだマスターが見る目がないことを証明してしまう。後継は予定通り雄英で探すとしても、こいつの存在がマスターに影を落とす事は避けねばならない。何より、ここまで私達が手間をかけているのに、自滅で脱落などされてはたまったものではない。
「……そんなつもりは…ありません!」
緑谷が初めて、私を正面からしっかりと見た。いつもの自信のない瞳ではない、強い意志の籠もった目で。
「僕は…きっと雄英に入るだけじゃダメなんだ…!!他の人の何倍も頑張らないとダメなんだ!きっと追いつけない…!!僕は、オールマイトみたいになりたいんだ…!!あの人みたいな最高のヒーローに!!」
……なるほど。確かにマスターが後継として見初めるだけはある。マスターの後継として何もかも最低ラインすら怪しいと思っているのは今でも変わらない。ただ、その顔は、昔のマスターとそっくりだった。令呪の効果で見た、師匠を目指して死物狂いで強さを求めていたマスターに。――ただ、それはそれ、コレはコレ。
「そんな事を聞いているんじゃない。そもそも、オールマイトが自分の身体の限界すら分からず自滅するバカだと思っているのか?」
まあ実際そうなのだが、今の緑谷を止めるにはコレが一番だ。
「うっ……それは……」
「お前は、ヒーローが自己の限界も測れず、訓練で自滅しそうになる男にトップが務まるような生易しい職場だと思っているのか?」
「……。」
「緑谷。今の貴様がオールマイトになりたいなど、身の程知らずにも程がある。自分の矮小さをわきまえろ。」
「……。」
「話は以上だ。そろそろオールマイトが担当の時間だ。―――よく考えるんだな。」
マスターの後継。そんな大役を担うのなら、半端は許さない。もし、マスターが繋いだバトンを地に落とすような事をすれば……迷わず私は剣を振るう。
魅せてみろ、緑谷。マスターが認めた、ヒーローの輝きを。それが本物であったなら、私は……。
◇◆◇◆◇
訓練開始から5ヶ月。
僕、緑谷出久は、セイバーオルタに木剣で打ち据えられ、地べたに倒れ込んでいた。
「緑谷。予想外の攻撃に対する対応は、少しずつ良くなっている。だが、まだ足りない。二流以上のヴィランと渡り合うには、想定外の事態に対する引き出しが多く必要だ。お前は観察、分析、予測に優れているが、それらを発揮出来ない場合や、予測を上回られた場合の対応が遅い。前にも言ったが、相手が予測不能の場合の行動パターンや、外的要因に対する行動パターンを考えておけ。それも一つではなく、複数な。この私に触れると豪語したのだ。それくらいはすぐにできてもらわなくてはな。」
セイバーオルタは、口調こそ厳しく、訓練も激しいが、教え方が上手い。的確に改善点を指摘しながら、褒めることも忘れないでくれる。更に、木剣、素手、ゴミを障害物代わりに屋内想定など、幅広く戦闘技術を鍛えてくれる。正直、オールマイトの指導よりも何倍も為になるのだ。僕の性格、タイプを把握し、イメージしやすい言葉で教えてくれるセイバーオルタとは違い、天才肌のオールマイトでは、僕と根本的に認識が噛み合わない。
「……アルトリア、教え方のコツとかある?」
「私も、何故かなんとなくどう教えれば教え子が伸びるのか何故か感覚で分かるだけだからな。経験など無い筈だが……才能かもな。」
「緑谷少年の気持ちが少し分かった。」
そんな会話を聞いた事もある。どうやら、オールマイトも努力はしてくれているらしい。現状、変わっていないが。
―――それにしても、オールマイトとセイバーオルタって、何で一緒に行動しているんだろう?オールマイトが当時デビューすらしていなかったセイバーオルタをサイドキックとして雇ったのも、関係がセイバーオルタが独立した今も続いているのも。オールマイトとセイバーオルタが妙に親しげなのも、何か理由があるのだろうか?
「―――そろそろ続きをするぞ。」
セイバーオルタの声。
「はい!」
気になることはあるけれど、まずは自分のことだ。こんな凄い二人に鍛えてもらっているのだ。絶対にこのチャンスをものにしなければ。
僕は、あの日と変わらぬ決意を胸に、セイバーオルタにボコボコにされに行くのだった。