“シンボリルドルフさんみたいな強くてカッコいいウマ娘になりますっ!!”
ボクは、他ならぬシンボリルドルフにそう宣言した。周りの記者やカメラマン達はみんな笑っていて、本気にしている人は一人もなかったと思う。
『それならまず、トレセン学園に入学してくるんだ』
ただ、ボクの憧れの人は、ボクを真っ直ぐ見てくれた。
『君の名前を聞いても良いかい?』
『と、トウカイテイオーですっ!!』
『……よし、覚えておこう』
そして、大きな手でボクを撫でてくれた。その瞬間、ボクは固く心に誓ったんだ。絶対トレセン学園に行って、シンボリルドルフさんと肩を並べる、いや、それ以上のウマ娘になってやるって。
そのために、必死になって努力した。品行方正〜だとかはよくわかんないけど、とにかく色々できることをして、ボクはトレセン学園に入学することができた。
そして、
「……とうかいていおー? あーあの時の。入学おめでとう。茶でも飲む?」
「……」
変わり果てた憧れの姿を見た。
“堕ちた皇帝、神威なく”
“日本ウマ娘トレーニングセンター学園”
通称“トレセン学園”と呼ばれるこの場所は、東京は府中市に位置する、2000名を上回る数のウマ娘達が通う、広大で自然豊かな敷地を持つ学園である。
最新鋭の設備、優秀なトレーナーが揃ったこの非の打ち所がない学び舎で、ウマ娘達は“トゥインクル・シリーズ”で活躍するために、日々切磋琢磨して生活するのである。
そんな学園の放課後のこと、生徒会室の扉を叩く、一人のウマ娘の姿があった。
「どうぞー」
「しつれーします!」
扉を開け、厳かな雰囲気の生徒会室に踏み入ったウマ娘――トウカイテイオーは、辺りをキョロキョロと見回し、がっくしと肩を落とすのだった。傍らに書類を抱えて立っていた、赤みがかったアイシャドウをしたウマ娘が顔を顰めたのはいうまでもない。
その様子を見て、一際上品なデスクにかけ、肘を立てて顔の前で手を組んで見ていた、“CB”の文字が入った白い小さな帽子を被ったウマ娘――ミスターシービーは、クスリと優しく笑った。
「アテが外れたねテイオー。ルドルフ、さっきここを出たばかりだよ」
「えええ…… んもー、シービーはルドルフ先輩がどこに行ったか知らないのー?」
「おい…… 生徒会長を前にしているんだぞ、いい加減敬意を払え」
生徒会室の真ん中に置かれた足の小さな机に書類を置き、テイオーを見下ろして説教をするウマ娘――エアグルーヴという構図は、この生徒会室では定番である。
本当であれば、ここで“彼女”が間に入るのが常だが、その彼女は今席を外しているのである。
「エアグルーヴは知らないの?」
「知らん。あの人は急にふらっとどこかへ行ってしまうからな……」
「ブライアーン」
「興味ない」
一つのソファーを占有し、寝転がっているウマ娘――ナリタブライアンの吐き捨てるような返事に、テイオーは耳を横倒しにするのだった。
「いなくなったら本当にどこにいるかわからないし、とにかく探しまくるしかないよ」
生徒会室を後にしたテイオーは、人懐っこい笑みを浮かべるシービーが言った言葉を反芻して、ふんす、と鼻息荒く腕を捲る。
彼女の目には、いつも耳を萎びさせている先輩しか写っていない。
(今日併走してくれるって言ってたのに!)
正面玄関を出てすぐ、中央広場の三女神像の噴水がどうどうと流れおちる前で、テイオーは決意したのだった。あの不届きもので尊敬すべき先輩を意地でも見つけ出してやると。
広場の時計は、午後3時丁度をさし示している。
「よーし!」
青空の下、張り切った足を叩いて、若いウマ娘は駆け出した。
「ねええええ!!! まだ戻ってないのぉ!!?」
「たわけェ! ドアをノックすることもできんのか貴様ァ!!」
あたりはすっかり真っ暗で、カラスの鳴き声すら聞こえなくなっていた。生徒会室の扉を勢いよく開いて入ってきたテイオーは、エアグルーヴの怒りの鉄槌を右から左に流しながら室内を見回して、とうとう膝から崩れ落ちるのだった。
「寮にもいない、河川敷にも、コースにも、屋上にも、商店街にも、どこにもいない…… ひどい、ひどいよ…… 約束だったのに」
「愛想尽かされたな」
「んなわけないもんに!!!!」
片肘ついて頭を支え、寝転がりながらせんべいを齧っているブライアンの耳をグニグニ引っ張るテイオーであったが、ブライアンは一蹴するまでもなく無視し続ける。
その様子を、書類にまみれたデスクに突っ伏して見ていたシービーは、徐にたちあがり、背筋を伸ばしてパキパキと背中を鳴らす。
彼女の視線の先では、午後6時半を指し示し、ほとんど真っ直ぐ一本の線となった時計が、秒針の音を奏でている。寮の門限は七時である。
「シ〜ビ〜……」
ブライアンの耳を握りしめたまま鳴くテイオーに、シービーは一つため息を吐いて、視線を二、三度虚空に泳がせ、
「時間も時間だしさ。諦めたら?」
「むううう……」
「大体、キミは最近____」
その時であった。
「あれ、皆まだいたんだな」
空気の抜けた風船のような声が、生徒会室の扉の方から聞こえた。
「テイオー」
ぴえっと声をあげて、テイオーは現実に戻ってきた。そして、少し顔をうごかすと、隣に、少しボサついた髪の毛で、萎びた耳をしたウマ娘が立っていた。
「ブライアンの耳握って、何してるんだ?」
握る仕草をしながら、白い流星のような前髪が走った顔をこてんと傾げた相手をじっとみたテイオーは、途端にワナワナと震えだした。
その一幕を、シービーは口元を押さえて背を向けて見守っていた。
「……今日の約束」
「約束?」
「併走するって」
「併走?…… あ」
そのウマ娘は、片手でゆるゆるのリボンを弄り、片手で後頭部を描きながら、あっけらかんと言い放つのだった。
「忘れてた…… すまない、テイオー」
テイオーのピクピクしていた耳が、ぎゅっと引き絞られた。
可愛い後輩の剣幕を受けて、助けを求めて首を振るも、彼女――シンボリルドルフに助け舟を出す者は一人もなかった。
疲れ切った目の眉尻を困ったように下げたルドルフは、腰に縋り付いてきたテイオーの頭に手を乗せ、ゆっくりと撫で回した。
「……」
すると、テイオーの引き絞られた耳は、たちまちリラックスしたように横に倒れ、スカートを握りしめていた手が緩む。ルドルフの手で撫でられると否応なしに起こる現象である。
「ごめんよ。でもいい休暇になったろう?」
「ううう……う?」
テイオーのよく整えられたサラサラの髪を弄りながら、ルドルフは淡々と語る。
「選抜レース前とはいえ、君は練習のしすぎなんだよ。もっと肩の力抜いてのんびりやればいいのさ」
「えっええ?」
「ルドルフは君に休んで欲しいから、その辺歩き回ってたんだってことだよ」
解説どうも。いえいえ。と、ルドルフとシービーは視線を交わし合った。
顔を上げ、少し鼻が赤くなった顔を晒したテイオーの視線と、ルドルフの真っ黒な瞳が重なった。
「ほんと?」
「ほんと」
澄んだ青い目と、真っ暗に濁った目がしばらく見つめ合う。その場を見守る視線は、片や胡乱げで、片や楽しげである。
すると、テイオーは顔をにぱーっと破顔させ、
「じゃあいい!」
と、あっさり言うのだった。
「……ルドルフ先輩、さっきの、本当なんですか?」
「信用ないなぁ、ほんとだよほんと。回りくどかったのは認めるけど、あーでもしないとめんど…… ま、シービーに聞けばわかるよ」
「んー? どうだろうねえ」
「冗談きついよシービー」
熱々の湯気を湛える湯呑みを差し出されたエアグルーヴは、目の前にどっかり腰掛け、シービーのデスクから取った書類に目を通すだらしない格好のルドルフに、相変わらず胡乱げな視線を浴びせていた。
(……昔のあなたなら、こんな風に疑いを持つこともなかったのだろうか)
ゆらめく緑色の水面に映る彼女の顔は、少し物憂げだった。
シンボリルドルフ
ある日を境に変わってしまった。ミスターシービーに無理を言って生徒会長を譲り、交換条件として生徒会のお目付け役になった。