堕ちた皇帝、神威(シンイ)なく   作:にわとり肉

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第二話

 ピピピッ、ピピピッ、ピピピ____

 

 「ん゛っ!!!」

 

 がしゃん、と、何かが砕けるような音と共に、ひどく芸術的な寝癖をつけたシンボリルドルフは目を開けた。部屋の大窓を隠す厚いカーテンからは太陽の光が漏れていて、新しい朝の到来を彼女に教えてくれていた。

 と、ルドルフはジンジンと痛む片手を一瞥し、脱ぎ捨てられた衣服類でごちゃごちゃになった隣のベッドの基礎に顔を向けると、そこには、カバーが外れ、電池が外れて止まった目覚まし時計が、静かになって埋もれていた。

 

 「……くぁっあぁ」

 

 見なかったことにした彼女は、欠伸を噛み殺しながら身体を捻り、背筋をペキペキ言わせ、布団を跳ね除けた。

 その格好は、かつて“皇帝”と呼ばれていた時代からは考えられないほど、ともすれば先進的、ともすれば後退していた。具体的には、Tシャツ一枚にパンツ一丁である。

 げしげしと布団を執拗に蹴飛ばして、ようやく布団から立ち上がった彼女は、背中を丸くして腕をだらりと下げながらしばらく立ち止まり、ふと思い出したかのように、大窓の下のクローゼットの上に置いてあったスマートフォンに手を伸ばした。

 電源をつけると、掃いて捨てられないほど溜まった通知欄の上に映し出されたのは、8時12分の数字。

 トレセン学園のSHRの開始時間は8時40分である。

 

 「……」

 

 布団にスマホを投げ捨てた彼女は、のそのそと部屋のキッチンへ向かう。

 そこには、多種多様なインスタント食品のダンボールが積まれていて、業務用の倉庫と言われても違和感が無いほどの様相なのであった。その圧迫感はいっそ壮観で、辛うじて水回りとコンロ付近に足の置き場があるのみである。

 

 「腹減った腹減った……」

 

 ルドルフは、その段ボール群の中から、赤いオーソドックスなカップ麺を取り出した。

 トレセン学園に通うウマ娘たるもの、一日3食バランスの良い食事をとるべきなのはルドルフ自身重々承知しているが、それを指摘する者がいないので、彼女の食生活は、一度目を逸らせば悪化しているほどに崩壊のスピードが速かった。3食カップ麺の日もあるし、食事を抜くこともざらであった。

 

 それでも大して体調を崩さない強さを持っているのが、今の彼女を作り出した要因の一つであるのは言うまでもないだろう。

 

 「ふぅ」

 

 大して味わうこともせず、麺だけをあらかた食う作業を終えた彼女は、黒ずんだ流しに汁を流し、カップ麺のカップが30個は重ねられたものが飛び出たゴミ箱へカップを投げ、へし折られた割り箸も後に続いた。

 

 小腹が満たされたところで、ルドルフの錆びついた脳みそも、ようやく重い腰を上げるのだった。

 

 衣服の山につくねられた制服とリボンを引っ張りながら、ふと、

 

 「……エアグルーヴ呼ばないとなあ」

 

 その笑い混じりの自虐は、衣服や段ボールに吸音され、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「____でさ? ルドルフさんボクを休ませるために骨を折ってくれてさー! やっぱカッコいいなぁ…… そう思うでしょネイチャー!!」

 「そうねー」

 (いや、それ面倒に思われてるから、絶対厄介者扱いされてるから!)

 

 ふさふさの赤みがかった鹿毛をツインテールにした――ナイスネイチャは、昼時につきウマ娘で溢れかえるカフェテリアのど真ん中の席で、目の前で人目も憚らずにトリップしてくねくねしているガチオタ(テイオー)に辟易としながら、お昼ご飯のカツ丼を頬張るのだった。

 ここで、“これからは言われたことを素直に聞くようにしておけ”と伝えるのが真の友人なのかもしれないが、誰しも無駄なことなんてしたくないものである。半年は友達をやれば、テイオーの性質は大体理解していると自負できていた。

 ただ、一つだけネイチャには理解できないことがあった。

 

 「はぁ…… アンタのルドルフ先輩好きは筋金入りだねぇ…… ()でもそうなの、テイオーぐらいなんじゃないの?」

 「失敬な! ルドルフさんは今もカッコいいの!」

 

 実家のバーに来てるくたびれたおっさん。

 それが、ナイスネイチャがシンボリルドルフに対して思う人物像であった。

 ムッと睨みつけてくるテイオーに、机に肘つき、片手に頬を乗せたネイチャは、

 

 「そりゃ、テイオーの昔のこと考えればフィルターかかるのはわかるけどもね。いや、私も好きだよあの人。でも、いまは……」

 「今もカッコいいの!!」

 

 言い切る前に、ダン、と机を叩き、テイオーはいきりたった。

 

 「確かに変な親父ギャグばっかり言うし、いらないこと言うし、座る時足開いてるし、通知返さないし、いつも制服のリボン緩んでるし、……」

 

 しかし、後半に行くにつれ、テイオーの語調はか細く、貧弱になって、カフェテリアの喧騒に負けていく。とうとうストンと座り込んでしまった彼女は、静かに項垂れた。盛大な自爆であった。

 そんなものを見せつけられれば、さしものネイチャも口を閉じざるを得なかったのである。

 

 そして、ぐらついた精神状態に追い打ちをかけるが如く、

 

 「やぁネイチャ君…… あれ、どーしたのこの子」

 「……現実と理想との狭間に落っこちたんですよ」

 「あっそう」

 

 間の悪いタイミングで、片側に寄れたリボンを隠す気もない、力無い目のウマ娘――シンボリルドルフが現れたのだった。

 無遠慮に椅子を引いて、二人の輪に入り込んだ彼女は、急にへらっと口元を歪ませ、

 

 「そうそう。また何個かダジャレ思いついたのだけど、聞いてくかい?」

 「えぇ〜? またアタシを笑い死にさせる気ですかぁ?」

 「まぁまぁ、私は選抜レースを目前にして緊張してるだろう君らを思ってだね……」

 

 自分を蚊帳の外に、二人の賑やかな笑い声が聞こえてきて、テイオーはさらにドツボにハマっていくのだった。




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