「いやー笑った笑った。あの子はいい反応してくれるから披露しがいがあるよ」
そう言ってケラケラと笑うルドルフの左右に揺れる背を追いながら、ふと、ぼんやりとしているテイオーは、ありし日の記憶の姿がフラッシュバックするのだった。
呆れるほど晴れ渡った空模様とは裏腹に、彼女の精神は、幼な子が森の中に迷い込んだ時のようになっていた。
(ルドルフさんは……)
テレビ越しでも、何を通して見ても溢れる覇気、威圧感。緑の軍服を模した勝負服を身に纏い、ターフを蹂躙して進撃する姿に、機知に富み、おおらかで優しい一面を持ち合わせた、まさしく何者をも統べる“皇帝”。
それこそ、あの時に自身の頭を撫でてくれたシンボリルドルフ____
(あぁ、そうだ)
テイオーは、自分の頭に触れた。あの大きな手で撫でられた時の安心感と尊敬の念は、今でも変わらず続いている。
しかし、今のルドルフの背中は、人混みに紛れたら、永遠に消えてしまいそうなそれは、自身の憧れと似ても似つかないことに気づいてしまったのである。
同時に、自分はルドルフについて何も知らないことを思い知ったのであった。
(聞こうとも思わなかったな)
無意識に避けていたのだろうか。どうでも良いと思っていたのだろうか。しかし、一度気になりだせば止まらないのが人の心である。
「どうしたテイオー、黙ってついてきて」
「うえあっ」
(アレーッ!? な、なんでボク、ルドルフさんについてってたの!?)
と、気づけば、ルドルフの気の抜けた顔面がスレスレまで迫っていた。テイオーは飛び跳ねて後ずさった。
いつのまにかカフェテリアを出て、正面玄関付近の中央階段前まで来ていたことに気づいた彼女は、後ろめたそうにルドルフを見上げるのだった。
「用が無いなら、私は生徒会室いくけど」
階段の上の方を指差しながら、ルドルフは平時の雰囲気で言った。燃え残った炭のような瞳に、テイオーは牽制されているように感じた。
しかし、それ以上に、彼女の耳はしきりに動いていた。昼休みも終わりかけ、教室へ戻るウマ娘達が視界の外を行き交い、響き渡る足音が、テイオーの心を煽り立てた。
「ルドルフさん」
「ん?」
え、えっと。と言葉を詰まらせたテイオーは、足元をキョロキョロと眺めて、
「変なこと聞くようなんだけどもさ」
「変なこと?」
猫背で、頭をぽりぽり掻きながら待っているルドルフに、テイオーは、再び過去のルドルフが重なるのを見た。
テイオーは、意を決して息を吐いた。
「ずっと考えていたんだ。ボク、ルドルフさんのこと全然知らないって…… なんというか、ほら。ルドルフさん、ある日を境に全然雑誌とかテレビとかに出なくなったし、……そりゃ、そういうのは誇張されてるんだから、それが真実とは思ってないんだけどさ……
でも、今思えば、初めて会った時に思ったんだ。なんか、別人かなって。ルドルフさんは、もっと前に進んでやる! って感じだった気がするのに、全く反対方向にいるようで」
まとまらない言葉に苛立ちながら喋るテイオーを、ルドルフは静かに見つめていた。
「ルドルフさんに撫でられると、昔、カメラマンや記者に囲まれてたルドルフさんに撫でられた時と何も変わってなくて、安心できて、憧れで…… そう。根本は変わってない筈なんだ。だから、だからこそ、なんでそうなっちゃったのか気になっちゃって…… 知りたくて……」
青い瞳に決意の炎を灯して、彼女は力強く言った。
「ボク、もっとルドルフさんを知りたい」
しかし、
「知ってどうするんだ?」
ルドルフは、困ったように笑いながらそう呟いた。
テイオーはハッと耳を立て、「それは……」と口にし、どんどん頭を下げていった。
(知ってどうするんだろう)
「私に寄り添ってくれるのかい? いや嬉しいなぁ、テイオーは優しい子だ」
ルドルフのやけに楽しげな声が頭の上で聞こえて、テイオーの思考はいやに掻き乱されていく。
「いいよ。教えてあげよう」
びっくりしたように顔を上げ、固まってしまったテイオーに対して、ルドルフはどこまでも自然体で、
「私とレースをして、勝ったらの話だが」
「えっ」
小さく声を漏らして唖然としているテイオーに踵を返し、階段へ足をかけたところで、ルドルフはふと振り返り、
「ハンデいる?」
その瞬間、午後の授業の始まりを告げるチャイムが、人もまばらになっていた廊下に響き渡った。