堕ちた皇帝、神威(シンイ)なく   作:にわとり肉

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第四話

 「……いや、言わせてもらうけどさ、アンタ少し無神経すぎるでしょ!! 見えてる地雷をストレートに踏み抜きにいくな!」

 「だってぇ……」

 

 飲み物を取りに行くかと少し席を離れ、戻ってきたらルドルフとテイオーは居らず、少しもやっとしながら食事を終え、教室へ戻っていたナイスネイチャは、ぼちぼち帰ってきたテイオーから、現在、五時間目の休み時間に明かされた顛末に、周囲を憚らず口を出さずにはいられなかった。

 まーったくデリカシーのデの文字もないんだからさー、と首を振るネイチャのツインテールを目で追うテイオーは、口をへの字にして言われるままであった。

 

 しかし、だらりと机にしなだれかかったテイオーは、

 

 「でもさ、教えたく無いのならレースしようなんて言わなくない? 万に一つ、言わなきゃならなくなるかもしれないじゃん」

 「そりゃ、それだけアンタに負けるビジョンが見えないってことじゃないの」

 「……。……そうかなぁ」

 

 机を耳でたしたし叩いているテイオーは、昼休みのルドルフの態度が引っかかってやまなかったのである。お陰で、彼女の下敷きになっているノートは、少しの落書き以外は真っさらであった。

 そんなテイオーを見て、机に肘付き、頬を手に預けたネイチャは悩ましげに目を閉じ、

 

 「ともかく、やるとしてもさ…… 公式レースから姿を消して久しいとはいえ、あのシンボリルドルフだよ? 勝ち目あんの?」

 「……」

 

 教室のあちこちでたむろして、好き勝手に喋っていたり、スマートフォンをいじっていたクラスメートを追っていたテイオーの顔が、わずかに歪んだ。

 “勝利よりも、たった三度の敗北を語りたくなる”。

 全盛期のルドルフを端的に表した言葉であるが、その言葉の意味が、いざこういう状況になって、急に思考の舞台に浮上してきていた。

 

 『ハンデいる?』

 

 さらに、気だるげでやる気のない声で、自身を見下ろしながらルドルフの言った言葉が反芻される。それは、言外に手加減をしないと伝えたと考えるのが自然なのである。

 一緒にトレーニングをしたことがザラにあるがゆえに、テイオーは、いまだにルドルフの本気を見たことがないと断言できた。

 むくりと体を起こした彼女は、急に頬をパンと叩いた。耳が先までピンと張り詰めた。

 

 「……ネイチャ」

 「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えー、これより、芝1600m左回り、マッチレースを始めます」

 

 その日の放課後、ちょうど雲が出てきて、日が翳り始めたあたりのことである。とある練習コースには、誰が呼んだのか、それなりの人だかりができていた。それも、観客の中にはトレーナーの姿も散見されていたのである。

 主人公どもめが、と、左手に赤旗、右手に白旗を持ったジャージ姿のネイチャは内心毒づいた。

 

 「わぁ、けっこう集まっちゃったなぁ。私の人徳かな?」

 

 手をひたいに当て、しきりに辺りを見回す、少し色落ちした体操着を上下に着たルドルフを横目に、ようやくこなれてきた体操着姿のテイオーは準備体操に勤しんでいた。

 

 「そうそう、ハンデ考えてきたかい? ナシじゃあ酷いぞ? 多分」

 

 そよ風に揺れる芝の上で、べったりと手をつけた見事な前屈を披露していたテイオーは、その言葉で上体を起こした。

 ルドルフの光を逃さない黒々とした瞳と、瑞々しい蒼い瞳が合う。

 

 「ボクがスタートした2秒後にルドルフさんがスタート。……後悔してもしらないからね」

 

 あえて、観衆の耳にも入るように大声でそう宣言したテイオーは、小声で付け加え、不敵な笑みを浮かべる。ウマ娘のレースにおいて、1秒間の差はおよそ6バ身。つまり、ルドルフには約12バ身、30m分ものハンデが背負わされることになるのである。

 普通のウマ娘ならばこの時点でレースをおりても仕方がない、理不尽極まりない設定。

 しかし、

 

 「そうか。わかった」

 

 相手にしているのは、腐ってもレースの歴史に名を刻んだウマ娘である。

 そそくさとスタート地点へ走っていくルドルフの背中を目で追うテイオーの頬に、一筋の汗が伝った。もはや、周囲の雑音は問題ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つ息を吐き、上体を倒して緊張した構えをとった、白い流星が前髪に一房流れる少女、トウカイテイオーは、ふと、視線を横に滑らせた。

 そこには、だらりと両腕をリラックスさせ、上体を倒した、お揃いの流星が流れた――シンボリルドルフが、黒く先の読めない瞳で、目の前を見据えているのであった。

 レースを目前に、彼女達の立つ練習コースは、不思議と静けさが辺りを支配していた。

 

 (……)

 

 再び、視線をゴール付近で待つ友人の方へ向けた彼女は、目を無意識に見開いた。

 必要な筋肉が緊張し、身体が僅かに震える。

 唇が緩み、顎が落ちて口が少しひらく。

 耳はほとんどの音を拾わず、彼女の極度の集中を助けた。

 

 「____」

 

 か細く、友人の声が聞こえるとともに、片方の白い旗が前に突き出される。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「____」

 「フーッ____!!!」

 白旗が、空気を切って振り上げられたと同時に、芝を抉り飛ばして、テイオーの体は前へと飛び出した。

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