堕ちた皇帝、神威(シンイ)なく   作:にわとり肉

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第六話

 小鳥達の囀りが、カーテンの隙間から漏れる光と共に新しい朝を告げている。

 寝起きのトウカイテイオーは、それを、顔まで布団に埋め、耳だけを外へ出しているルームメイトの寝息も気にならないほどに見つめていた。

 

 しかしその実、彼女の青い瞳は、真っ暗な炭のような瞳に見下ろされているように感じていたのである。

 

 「……いつ聞き出せるかな。か」

 

 ぼそりと呟き、布団を退け、そっとベッドから降りたテイオーは、抜き足差し足自分の勉強机に置かれていたマッキーペンを手に取り、再びベッドの上に、軋み音を立て膝達になって乗った。

 彼女の目の前の壁にあったボードには、威風堂々とした表情で勝負服を纏ったありし日のシンボリルドルフのポスター、大好きなはちみーの販促ポスター、そして、コピー用紙に走り書きで書かれた“目標”が、それぞれ画鋲で打たれていたのだった。

 きゅぽ、とマッキーの蓋をとった彼女は、その目標に、一つ、小さく付け足しを行った。

 

 “ルドルフさんに勝って秘密を聞き出す!”

 

 大目標の余白に小さく書き加えられた一文を見つめたテイオーは、少し跳ねた髪の頭をブルブル振って、頬をばちんと叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく経ったある日の放課後のことであった。

 

 「くぁあ…… サボってくる……」

 

 相変わらず耳に力が入っていないシンボリルドルフは、目の前の机の書類の束から目を背け、大きく背伸びをしてあくびした後、徐にソファーから立ち上がり、そう宣った。

 しかし、生徒会室に流れる落ち着いた雰囲気に揺らぎはないのであった。

 

 「……」

 

 パタン、と扉が閉められた音の後、一人事務作業に勤しんでいたエアグルーヴは、一度手を止め、ルドルフが見ていた書類の束を持ち上げ、足を組んでふんぞり帰り、鼻歌を歌って外を見ている生徒会長のデスクへ、わざと音を立てて置いた。椅子が回って、気の抜けた表情と、眉を顰めた表情が見合った。

 

 「……今日は、アタシものんびりしてたい気分だなー」

 「ハンコ押すだけですよ、あとはやってある(・・・・・)んですから」

 

 書類の束からはみ出た一枚の紙には、優麗で品のある筆致の指示書(・・・)が挟まれていた。

 それを、アイシャドウの入った目を苦々しそうに細めながら、エアグルーヴは睨みつけていた。

 

 ____先日のテイオーとのマッチレースで、まだまだヒヨッコ相手とはいえ、2秒間のスタートの遅れをものともせずに勝利したルドルフであるから、廊下を歩いていると、同年代下級生問わず視線を感じるのだった。

 そんな調子で、当てもなくフラフラと歩いていた時である。丁度、テイオーと対峙したのが記憶に新しい中央階段を降っていると、赤いジャージを上下とも身につけ、小走りで廊下を進む、赤いツインテールのウマ娘が彼女の目に入った。

 

 「あっ」

 

 それは、相手――ナイスネイチャも同じであった。

 立ち止まったネイチャに微笑んだルドルフは、のそのそと近寄り、

 

 「この前の選抜レースお疲れ様。君は3着だったか」

 「うにい…… まあそうですけど、随分な挨拶ですね」

 「あぁ、すまない…… だが、あの番組で3着なら大健闘だと私は思うよ。なんせ____」

 「テイオーの奴がやりやがりましたからねえ」

 

 ネイチャは悔しそうに俯いて、小さくため息を吐くのだった。

 というのも、一週間ほど前に行われた選抜レースであったが、そこでネイチャは、同世代の中でもトップレベルの層が集ったレースに入れられてしまったのである。それは、ネイチャ自身が上澄みの層であることの証左ではあるが、本人からしてみれば、たまったものではない、と考えてしまうのも仕方がない話なのであった。

 そして、レースは若き帝王の独壇場とかしたのだから、ルドルフにそこを突かれたら一言返したくなるのも無理はない。

 

 「私と走った時もよくやってたからなあ」

 

 人差し指をピンと立て、暗い瞳を虚空に向けて語るルドルフに、ネイチャはうっと頭を抱え、

 

 「あぁ…… その節は本当に…… あぁなったら止められんのですよアイツ。迷惑してるんじゃないです?」

 「別に…… ネイチャ君もやる?」

 「謹んで遠慮しときます……」

 

 そこで、一度二人の会話は途切れるのだった。節電のために電気が消され、薄暗い廊下に立つ二人の耳に、外から漏れ聞こえる喧騒と、乾いた足音が戻ってきた。

 しかし、すぐに口火を切ったのは、シューズの袋を腕に下げたネイチャであった。

 

 「して、なんか用です?」

 「ん…… べつに、うろついてただけ……」

 

 と、途中でルドルフは言い淀み、ハッと思い出したかのように耳を立て、

 

 「あぁ、いや、テイオーどこいる?」

 「テイオー? アイツは多分___」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁー……ふう、はぁ」

 

 平時と比べ、激しく上下する体操着越しの胸を見た後、テイオーは視界いっぱいの空へ顔を戻した。暖かいそよ風が、青々と茂る芝の上に寝転ぶ、汗で湿ったテイオーの身体を包んだ。

 両脚と両腕はじわじわと疲れを訴えて、肺も心臓も、彼女の肋骨をへし折って飛び出しそうであった。すぐ近くを通り過ぎていく地鳴りと少女達の掛け声が、やけにうるさく耳に入った。

 

 「むく……ん?」

 

 重たい体に鞭を打って、上体だけ起き上がった彼女は、ふと、自身に近づく足音に気づくのだった。

 

 「あぁあぁ無茶しちゃって」

 

 そんなに悔しかった? と、頭上で、気の抜けた憧れの声がした。テイオーの頭の方から、一人の影が、彼女の身体へ滑り込んだ。

 ゆっくりと見上げると、自身の後ろに立っていた制服姿のルドルフが、その黒々とした瞳で自身を見下ろしているのと目があった。

 不満げに、テイオーの目が細められた。

 

 「煽るならもう少し上手い文句考えた方がいいよ」

 「煽ってるわけじゃないけどね」

 

 よいこらせ、とおっさん臭い掛け声と共に、ルドルフはテイオーの隣へ腰掛け、後ろに手をついて正面を見据えた。

 それに倣って、テイオーも青い瞳を正面に直した。

 練習用コースには、テイオー以外にも少なくない人数が訪れ、ミニハードルを用いたり、タイムトライアル、並走等、各々がトレーニングを行っていた。肩を並べ、ただぼうっと座る二人を気にする者はいなかった。

 

 「次は、もうないのかい?」

 

 その質問に、テイオーは表情を返ずに答えた。

 

 「ううん」

 

 隣へ顔を向けると、ルドルフもこちらへ顔を向けてきていた。

 興味があるようでないような表情。しかし、彼女の耳は、確かにピンと立っていた。

 ふー、と息を吐き出し、テイオーは挑戦的な笑顔を浮かべる。

 

 「いつか、もっと強くなって、無敗の三冠とってGI制覇しまくって、ルドルフさんと並んだら挑むことにした」

 

 そして、尊大に、傲慢に、しかし、確かな信念を持って、テイオーは宣言を行った。

 しかし、

 

 「律儀ねぇ。本気で調べるか、シービーあたりに聞けば教えてくれんじゃない」

 「うっ…… ヤダっ!!」

 

 無表情でこともなげに言い放たれた言葉に、一瞬揺らぎかけたテイオーは顔を背けて目を逸らすのだった。

 

 「ところでなんだけど、明日一緒に遊びに行かない?」

 

 

 

 

 

 

 風切音がなるほどに、テイオーは素早く振り向いた。

 テイオーの湿っぽい雰囲気は吹き飛んでいた。代わりに、決壊寸前の感情の濁流が迫ってきているようで、

 ルドルフが気づいた頃には、全てが遅かった。

 

 「いくいくいく!!! どこいくの!?カラオケ!?ゲーセン!?」

 「うおわっ」

 

 想定体重50kgのウマ娘の突撃を受ければ、いかにルドルフといえども芝の上に倒れ込むのだった。そして、その上には、まだどこもかしこも未熟な、下だけジャージを身につけた体操着姿のテイオーが跨る形になっていた。

 ふわり、とルドルフの鼻をくすぐる匂いがあった。

 

 「ねえっ、ねぇっ!」

 「……わたしの好きな場所」

 

 尻尾をふりふり、耳を動かして喜ぶテイオーにとって、やはりルドルフは大好きな先輩だったのである。

 

 (……汗臭い)

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