与えられた能力は女性を綺麗にする力でした   作:nao

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第一話

 ……はぁ、全然お客さん来ないな。

 

 太陽が真上から差し込む時間。西洋風の街並みが広がり、多くの人が行きかう大通りの端っこ。そこに陣取った俺は思わず溜息をつく。時々、好奇の視線を感じるが、近づいてくる者はいなかった。ほとんどが胡散臭いものを見たようにそそくさと逃げて行ってしまう。最初こそ呼び込みをしていた俺も、全く成果が無く心が折れてしまった。

 

 やばい、このままお客さん来ないと餓死してしまう……。

 

 経験したことの無い緊張と不安と空腹が全身を襲うが、俺のことを救ってくれる都合の良い存在はいない。生き延びるには自身で道を切り開くしかない。

 ――唯一与えられた『この力』に賭けるしかないのだ。

 

 ……まあでも、こんな格好して『こんな』商売している奴がいたら怪しむよな。

 

 自分が身に纏う、くたびれた上下のスウェットを見て、それから視線を前に移動させる。そこには、木の板があった。町の廃材置き場で拾ったそれには、炭でこのように書かれていた。

 

 

 

 『あなたの顔、髪、肌を綺麗にします。1回:100G』

 

  

 

 ……やっぱ、だめなのか。 

 

 俺は己に降りかかった運命を恨むように、顔を上げて清々しいほどまでに晴れ渡った青空を睨んだ。 

 

 

 

 

 

 ほんの昨日のこと。

 気づいたら俺は、異世界にいた。所謂、異世界転移というもの。

 ここが異世界であることは、月と太陽以外に大きく見える星がいくつも空に浮かんでいることからすぐに分かった。

 俺――『田中かいと』は、日本に住むごくごく一般的な高校生男児。なぜ、このような異世界転移に巻き込まれたのかは謎だ。最後に思い出せる記憶は、普通に部屋で楽なスウェット姿で漫画を読んでいた、というもの。

 最初は恐れた。漫画やアニメでは、よく異世界に来たことを歓喜する主人公がいるが、とてもそんな気分にはなれなかった。これからどうなってしまうのか、生きていけるのか、無事に帰れるのか。そんなマイナスの思考ばかりに襲われた。

 

 しかし、時間の経過と共に、僅かに思考の余地が出てきた俺は、脳内にある違和感があることに気付いた。脳内に意識を向けたと同時に俺は、自身に与えられた能力を把握した。初めての経験で説明するのが難しいが、知識が勝手に記憶されていくようなイメージだ。

 

 それによると俺は『美容』のスキルを持っているらしい。

 

 異世界に来た主人公がチート能力を手に入れる展開は今やデフォルト化しているが、美容というのは聞いたことが無く、流石に最初は戸惑った。

 美容と聞いても、女性が自身を美しくする為に行う事という意味くらいしか知らない。だが、ここは異世界。きっと凄い力にあるに違いない。そう考えた。――というより、そう考えたかった。俺にはこの力に頼る以外に生きていく事が不可能であることを薄々感じ始めていたからだ。

 

 不幸中の幸いで俺がいる場所は、人がいる町中だった。人のいない洞窟やら迷宮に転移させられなかっただけましなのかもしれない。

 そして、もう一つ。どういう原理なのか言語についても問題無いようだった。町中の至る所にある看板や張り紙に書かれている文字はどれも見たことがないものだが、脳内で勝手に日本語に変換されているようだ。

 というわけで俺は、とにかく情報を集めまくった。人と話すのが得意とは言い難いが、自分の命がかかっているのだ。俺は必死になって色々な人々と話した。スウェット姿でとんでもなく浮いていたが、そんなことを気にしている余裕は無かった。

 

 必死の情報収集の結果、この世界が剣と魔法のファンタジー世界であることが分かった。剣士や魔法使いなどが存在する正真正銘の異世界だ。一人、簡単な魔法を見せてくれた人がいたので間違いない。この時ばかりは不安を忘れて大興奮してしまった。後は、ここがエスタ国が治めるイララというそこそこ大きい町である事が分かった。そして、俺は知りたくなかったある結論にたどり着く。

 

 元の世界に戻る術が分からない。

 そして、ここでは生きていく術がない、ということ。

 

 こういう時、ギルドにいって冒険者になるというのがお約束だ。しかし、とある剣士に、「お前では無理だ」と一刀両断された。一応、ギルドも冒険者も存在はするそうだが、鍛えていない俺では事前審査で落とされるとのこと。魔法もそう。魔力はちょびっとあるようだが、ほんの子供くらいのものとのこと。そのことに絶望したものの、俺に絶望している暇はない。ならばと、皿洗いでもなんでもしてやると、色々な働き口を探したが結果はだめ。そもそもこの世界のことを何も知っていない、怪しい恰好をした俺を雇ってくれるところはどこにも無かった。そりゃあ、日本でだってスウェット姿でバイトの面接に挑めば確実に落ちるだろう。

 

 というわけで俺に頼れるのは、己に唯一与えられた能力『美容』のみだった。ちなみにこの力についても色々な人に聞いてみたが、そんな力は知らんとのことだった。俺は、死ぬ気でこの力のことについて調べた。集中して脳内に意識を向けることで、ある程度、能力について知ることができた。それによると、俺の今持っている力は、魔力と引き換えに肌をすべすべにしたり、髪をサラサラにするというもの。試しに自分の顔にその力を使ってみたが、確かに肌がすべすべになった。どうも俺のその力は魔法になるようで、力の発動と同時に全身に倦怠感が襲ってきた。これが魔力を消費するということらしい。

 しかしそれにしても――、

 

 ……雑魚すぎるだろ。

 

 というのが正直な感想。

 しかしそれはあくまで自分がこれまで見てきた作品の主人公たちが与えられてきた力と比較してのことだ。

 

 俺はこの力自体は凄いと思っている。

 

 俺には五つ離れた姉がいるが、とにかく美容にうるさいのだ。姉はイケメンにモテる為という、崇高な目的の為に美容について一切妥協しなかった。姉曰く、顔や髪、肌の綺麗さは、女の重要なステータスなんだと。美容の為に、食事バランスをもっとよくしろだの、睡眠時間を確保するため、夜は静かにしろだの、それはもう色々注文がうるさく両親含めて家族は苦労したものだ。ちなみにそんな努力もあってか姉はモテモテだった。まあ、弟の俺から見ても素材は良いからな。そして、姉はとても怖く、誰も逆らえなかった。俺は、美容のことで姉の機嫌を損ねないように美容について勉強した。そのおかげでそこら辺の同世代の男よりは美容に詳しい自信がある。まあ、俺自身は美容を気にかけた生活は全くしていなかったが。

 

 そんな俺から言わせてみれば、魔法一つで肌や髪が綺麗になるなんて女性からすれば夢のような力だろう。その為、俺はこの力で何とか生計を立てることは可能だと感じた。女性からの需要は確実にあるだろう。町中を歩く女性を見ても化粧をしている者、おしゃれしている者が大多数だった。見た目を気にする以上、美容の力は確実に活きる。しかし、この結論に至った頃には、もう辺りは暗くなっていた。何とか希望の光が見えた俺は、早速明日から行動に移そうと意気込んだ。その日は、町の水飲み場で空腹を誤魔化すため、水をたらふく飲んでその日は冷たい石畳の上で一夜を明かした。

 

 

 

 

 

 しかし、現実はこうだ。一向にお客さんは来ずに閑古鳥が鳴いている。

 

 ……あぁ、腹が減った。

 

 水で空腹を誤魔化すのも限界がきている。水があれば結構な日数を生きることができると聞いたことがあるが、あれは嘘だなと感じてきている。

 しかし、その時だった。力なく道に座り込み、俯く俺に影が差した。

 

「…………あ、あの」

 

 弱々しい女の子の声が聞こえてきた。顔を上げるとそこには少女がいた。年は俺より2つくらい下と思われる。お世辞にも綺麗な服を身に纏っているとは言えない。何度も着ていると思われる色褪せた黒色のワンピースを身に纏っている。そして、その少女からは、失礼だが少し不衛生な印象を受けた。腰まで伸びた黒い髪はボサボサ、肌荒れも酷い。この年でこうなるとは、よほどのことだ。――なんて、自分のことは棚に上げた感想を思い浮かべる。

 

 ……でも、顔は小さいし目も大きい。整えれば可愛くなるんじゃないかな? 

 

 まあ、何はともあれ、初めて声を掛けてくれたとテンションが上がる。しかし、その少女の様子が少し変であることにすぐ気づく。少女は明らかに怯えていた。手に100Gの硬貨を握りしめていることから、お客さんとして来てくれたと予想する。しかし、それにしては、この怯えようは異様だ。その証拠に、こちらがなるべく優しく「お客さんということでいいですか?」と声をかけても、少女は第一声から中々続きの言葉を発しようとしなかった。俺もどうしたものか困っているとすぐに少女が怯えていた理由が分かった。

 

「ちょっと、アリー! 早くしなさいよ!」

「そうよ! 汚らしいあんたの為に折角いいお店を紹介してやったのに!」

「貧乏なあんたの為にお金だってあげたんだから早くしなさいよ!」

「もし、逃げたらまた虐めるわよ!」

 

 と、侮蔑を含んだ野次が聞こえてきたのだ。それと同時にアリーと呼ばれた少女は怯えたように全身を震えさせ、その瞳に涙を溜めていく。そして、意を決したように俺に「あ、あの……、お、お願いします」と、震える手で硬貨を渡してきた。それと同時に、先ほどの集団から「本当にするつもりだよ!」、「あんなのに金払うとかあり得ない!」と馬鹿にしたような笑い声が聞こえてくる。俺は差し出された硬貨を見つめながら、複雑な気分になる。

 

 ……俺の店は、罰ゲーム扱いですか。

 そうですか……。

 

 同時に、俺は心の底から怒りが沸きあがる。罰ゲーム扱いされたことに対してでは無い。

 それは――。

 俺は、少女から硬貨を受け取りながら、なるべく明るく、そして優しく声をかける。

 

 

 

「よし! 確かに受け取った! 君はお客様第一号だから、とびきり綺麗にしてみせる!!」

 

 

 

 俺のあまりに元気な声にアリーはきょとんとした表情を浮かべた。

 

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