与えられた能力は女性を綺麗にする力でした 作:nao
アリーは膝を抱え込むようにしてしゃがみ込み、こちらを見つめている。美少女と化したアリーが夕陽をバックにそうしているその姿はとても絵になっており、思わず顔を背けてしまう。若干俺と距離を空けているのはまだ俺が怪しいと思われているのだろうか?
……それにしても、なんにもやる気が起きない。
全身にまんべんなく感じる疲労はこれまでの人生でも感じたことがないほどのもの。とりあえず起き上がろうとするも全身が鉛のように重い。しかし、体はかろうじて動かせそうだ。時間をかけてなんとか上半身だけ起こす。
「……俺、気絶してたのか?」
まだ思考が纏まらない中、とりあえずアリーにそう質問を投げかけてみる。
「――は、はい。症状から見ても魔力切れによるものかと……。しばらくは安静にしておいた方がいいです。……あ、あと、魔法を使うのなら、もう少しレベルを――」
オドオドした様子でアリーがそう答えてくる。後半は声が小さくて聞き取れなかった。まるで小動物のようだ。
……そんなに俺怖いか? ……だとするとショック。しかし、魔法を使い過ぎたら気絶するとか……、魔法怖い。今度から気を付けよう。
「そっか、……ところでなんで君はここに?」
空色を見ても相当な時間は経過しているはず。辺りを見ると苛めっ子達4人はとっくにいないようだ。俺の質問にアリーは恥ずかしそうに俯き、手をもじもじさせて、「いや、あ、あの……」とごにょごにょと呟いている。緊張しやすい性格なのだろうか。
「……えーと、もしかして気絶した俺を見守ってくれてたとか?」
アリーが答えづらそうだったので、助け舟を出してみる。
「い、いえ……それもありますが、違います。あ、今のは見守りたくなかったというわけではなくて、その……ええと――」
余計にアリーが混乱してしまった。顔を真っ赤にしてあたふたとしている。どうにか落ち着いてもらいたいが、最早俺からの言葉は耳に入ってこないようだ。かといって近づこうとすると益々慌てるのだからどうしようも無い。すると、とうとう限界を超えたらしいアリーは、
「あ、ああの! わ、私はこれで失礼しますっ!」
と、心から叫びましたという位の大きな声でそう言うと、アリーの全身が光に包まれ、次の瞬間には光の消失と共にアリーの姿は消えていた。
――え、凄っ!? 今のも魔法? ワープ魔法的な?
突然の出来事に驚愕するが、シンとした静寂が続き徐々に冷静さを取り戻していく。そして思い出したように急いでポケットをまさぐってみるとしっかりと300Gの硬貨が入っていた。アリーがいなかったら盗まれていたかもしれない。
ぐぅ……。その時、なんとも間の抜けた腹の音が鳴り響いた。
……腹減った。
町中の木製のベンチがあるちょっとした広場。そこにやってきた俺はベンチに腰掛ける。
……や、やっと食べられる。
俺が手に持っているのは、露店で販売していたパンと肉の串焼きだった。パンは日本で売っているものとほとんど同じだ。肉は聞いたことの無い動物のものだったが、そこそこ人気の露店で売っていたから変なものではないだろう。この世界での貨幣価値は日本とさほど差は無い。100Gなら100円といった感じだ。パンと串焼きを買ったことにより、今日稼いだ300Gは綺麗さっぱりに消えてしまった。
まず俺はパンを手に持つ。商品棚の端っこに追いやられているようなものであり、特別感も無いただの一般的なパンだ。しかし、そんなただのパンを前に俺の口内に唾液が溢れてくる。早くこれを食せと全身が叫ぶ。
「じゃあ、頂きます」
パンにむしゃぶりつく。パサパサとした感触が口内に広がっていく。バターやジャムを塗っているわけでも無い素朴なパンの味。
……う、美味い。
何の変哲も無いただのパン。しかし、それが今まで食べたどんなものより美味しく感じた。異世界に来て死すら覚悟した中でようやく手に入れた食料。まさに生きていることを実感しているようだった。感動のあまり涙がこぼれそうになるほどだった。次に串焼きにも口を付ける。タレがよく合っており、こちらも今まで食べたどんな串焼きよりも美味しかった。その後、俺は夢中になって食事を進めた。空腹だったが、限られたパンと串焼きを味わうようにできるだけ大切にそれらを食した。
食後、俺はベンチに腰掛け、夜空に浮かぶ星を眺めながらぼうっとする。
あのアリーって子、どうなったかな……。
初めに思い浮かべたのは、この町で出会った女の子の中で間違いなく一番の可愛さを誇っている少女。美容の魔法を使う前のアリーの様子は普通では無かった。過酷な生活を送っていることは間違いない。少ししか関わっていないが、あの子が悪い子でないことは何となく分かる。あの子が無事に生活できていることを祈るばかりだ。それに今度会った時はお礼も言わなくては。
そこまで考えたところで俺は自分自身が置かれている状況を思い出し、溜息をつく。
……はぁ、まじで明日はもう少しお客さんが来ますように。
あ、でも魔力が無いからお客さんがたくさん来てもしょうがないのか……。
……あぁ、腹いっぱい食べたい。布団で寝たい。風呂に入りたい。
どうなるんだよ俺……。
そんな不安を抱えながらも疲労による眠気には勝てず、そのままベンチの上で横になる。石畳の上よりは幾分かはマシだったのと、空腹が解消されたおかげでか、俺の意識はすぐに夢の世界へと旅立った。
……こ、これは。
次の日。なんとか体調を回復させた俺は、再び店を構えていた。そして、太陽が真上から降り注ぐ中、目の前に広がる光景に開いた口が塞がらなかった。
「ここが噂のお店ね!」
「本当にこんなお店で綺麗になるのかしら?」
「間違いないわよ、でないとリリーが一日であれだけ綺麗になるわけないもの」
「確か魔法だって言ってたわよね? そんな魔法あるのかしら?」
「さあ? 聞いたことが無いわ。教科書にもそんな魔法のことは載ってないし」
「本当に一回、100Gって書いてあるわね……」
「確か200G払えばリリーと同じようにしてくれるのよね?」
「……お店の人少し怖いわね。髪がぼさぼさで顔もよく見えないし。変な服を着ているし」
昨日の苛めっ子達と同じ制服を着た数十人の少女たちが我先にと詰めかけるように俺の店にやって来ていた。周囲の通行人も何事かとこちらに集中している。どうも昨日の苛めっ子のリーダーのリリーという子が学校のクラスメイトに自分の綺麗になった髪やら肌を嬉しそうに自慢しまくったようだ。クラスメイトの変わりようを見た他の子達が早速ここに来たということらしい。やはり、皆普通に可愛い。ちなみに昨日の苛めっ子グループの取り巻きの三人もやって来ている。
……これほど反響とは。昨日不安がっていた自分が馬鹿に思えてしまうほどだ。恐るべし、美容魔法。
「ねえ! 早速、私に魔法を使ってちょうだい!」
と、ここで一番前にいたショートカットの少女が目をキラキラさせながら前のめりになってそう言ってくる。そのあまりの勢いに俺は若干たじろいでしまう。しかし、俺は今から残酷な事実を告げねばならない。重い腰を上げて立ち上がる。
「……えーと、すみません。事前に言っておきますが、自分は魔力があまり無いので、多分数人分くらいしか魔法を使えません」
――!?
その瞬間だった。沈黙が場を支配した。先ほどまで目を輝かせていた少女たちの顔つきが変わる。まず驚愕。そしてすぐにそれは――限られた獲物を狩る捕食者の獰猛な顔つきに変化していく。空気が一変したことで、息苦しさすら感じる。シンとした静寂を切り裂いたのは一人の少女の声だった。
「私は1000G出すわ! だから先にお願い!」
え、まじで!?
1000Gあれば腹いっぱい食べられる。そんな考えが思わず顔に出てしまった。俺の反応を見た少女たちが、これだ、と言わんばかりに次々に口を開く。
「なら私は3000Gよ!」
「絶対私よ! 4000G!」
「……なら私は10000G出すわ! 綺麗になる為なら痛くもないわ!」
「ええいっ、私は15000Gよ!」
「さ、流石にこれ以上は手持ちが……」
「甘いわね、私は18000G出すわ!」
「な、なら――」
と言う感じで、オークションのようにどんどんと金が吊り上がっていく。少女たちのあまりの必死さに俺は一切口出しができない。美容が女性達に与える影響の大きさは理解していたつもりだが、ここまでとは思わなかった。ていうか100Gって安すぎたんだな……。
そして、唐突にこの競争に終止符を打つ少女が現れる。
「……100000G、出しましょう」
母性を感じさせるような優しい――しかし、決して折れない芯を感じさせるような口調。この額以上に出せる者はいないようで、皆悔しそうな表情を浮かべ、その発言者に視線を向ける。しかし、なぜか皆「こいつなら仕方がない」、とでも言うようにどこか諦めている様子だ。こちらからではその人の姿は見えないが、こちらに近づいてきているようで、他の少女達が道を空けるように左右に分かれていく。そして割れた人だかりからとうとうその人が現れる。
肩下で揃えられたサラリとした金色の髪を靡かせながら優雅に歩いて来るその様子はまるで映画のワンシーンのよう。他の子達と同じ制服を着ていることから年の差はないのだろうが、小さな顔や、その抜群のスタイルから大人の妖艶な雰囲気を醸し出している。彼女は、口調と同じようにおっとりとした柔和な笑みをこちらに向けてくる。思わず俺の鼓動が跳ねる。そんな俺の動揺などお構いなしに彼女は俺の目の前にまで迫ってくる。そして、その青碧の瞳で俺の顔をじっと見つめてくると、その小さな口を開く。
「――では、私以上にお金を払える人はいないようですので、早速お願いします」
彼女は、やはり天使のような笑みを浮かべている。
――が、ここにいる誰よりも凄みがある。ビリビリとした雰囲気を肌で感じる。この人には逆らってはいけないと本能が警鐘を鳴らす。
この感覚は嫌と言うほど知っている。
――姉と同じタイプの人だ。