与えられた能力は女性を綺麗にする力でした   作:nao

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第四話

 姉――姉ちゃんは怖い。

 

 世界は自分を中心に回っていると本気で信じているような人だ。自分の思うように物事が進まないと不機嫌になるし、俺に当たってくるのだからたまったものでは無い。特に酒が入った時の面倒くささと言ったらそれはもう――。

 

 だが俺は姉ちゃんを尊敬している。

 ……それにまあ、好きでもある、――勿論、家族としてだが。

 

 姉ちゃんは努力家なのだ。そのでっかい態度と自信は果てしない努力があってこそ。そして人一倍、正義心に満ちている。普段俺を死ぬほどこき使う癖に、本気で俺が困っている時は必ず助けてくれるのだ。

 その姉ちゃんと同じオーラを纏う女性を目の前にした俺はというと……。

 

 冷や汗が止まらん。

 ……いや、まじで怖いんだよ。

 

 恐怖によって早まった鼓動が全身に響いていく。彼女にじっと見つめられている、ただそれだけで体が強張ってしまう。

 

「……どうしたのですか? 顔色が優れないようですけれど」

 

 俺の顔を覗き込むようにその整った顔を近づけてくる。彼女から花の蜜のような甘い香りが漂ってくる。その辺の男なら彼女に見惚れるのかもしれない。しかし俺は顔を引きつらせつつ、大袈裟に後ずさってしまう。

 

「あ、す、すみません。少しぼうっとしていて……」

 

 彼女は俺が慌てる様子を不思議そうに見つめてくるが、「……はぁ、そうですか?」となんとか納得してくれた。彼女は「お金を用意しないとね」と言いながら、持っている鞄を開けようとしている。

 

 ……大丈夫だ、いったん落ち着け。

 

 彼女が俺から視線を外したタイミングで、こちらも彼女から視線を外すべく横を向く。そして落ち着く為に深呼吸をしようと深く息を吸い込む。

 が、しかし。

 

 

 

「――で、どうして私を見てそんなに怯えているのかしら?」

 

 

 

 先ほどよりもワントーン低い声と共に俺の視界一杯に彼女の顔が現れた。その距離は数十センチといったところ。彼女の宝石のような瞳がこちらを見定めるようにじっと見つめてくる。俺の頭が一瞬で真っ白になる。深呼吸を強制的に中断させられた俺は思い切り咳きこんでしまう。驚きのあまり、後ろにのけ反った俺はバランスを崩し、そのまま尻もちをついてしまう。尻に強烈な痛みを感じつつ、恐る恐る見上げると彼女が興味深そうに俺を見下ろしていた。

 一度こちらを油断させてからの奇襲。いい性格をしている。益々姉ちゃんにそっくりだ。

 

「……ふぅん」

 

 彼女は、そんな意味深なセリフを呟いている。彼女が何を考えているかはその表情から何となく分かる。これは面白い玩具を目にした時の反応だ。

 ……やっぱりやばい、この人。深くかかわるのはだめだ。

 向こうの方が完全に上手だ。ならば距離を取るしか無い。しかし、それ以上何かしてくるつもりはないらしく、俺が落ち着くのを待ってくれた。俺が少しして立ち上がると、彼女はいつの間にか用意していた10000Gの金貨十枚を俺に差し出してくる。

 

 ――ごくり。

 思わず息を吞む。これがあれば、食事は勿論、宿に泊まることもできる。しかし、これを受け取ってはだめだと本能が訴えかけてくる。何となく、彼女から大金を貰うと何か嫌なことが起こる予感がする。それに、こんな金を巻き上げるようなやり方で商売してもいいのだろうか? 金はトラブルの元とも言うし。こちらの命が懸かっているのだからそんなことを言っている場合では無いのかもしれないが……。

 

「い、いや、流石にこれだけの大金を頂くわけには――」

 

 あくまでやんわりと穏便に断ろうとするが。

 

「いいから受け取りなさい」

「はい」

 

 ――はっ!?

 気づけば俺は彼女から金貨を受け取っていた。

 拒否権など存在しない。こうすることこそが正しいと言わんばかりの彼女の力強い言葉に俺はいつの間にか屈していた。金貨が乗った手の平に感じるズシリとした重み。それが硬貨以上のものに思えたのは気のせいではないだろう。

 

「ふふ、良い子ね。素直なのはいいことよ?」

 

 彼女は俺の従順な反応に満足したようで、「じゃあ、早速魔法を使ってちょうだい」と言葉を続ける。

 

 ……仕方ない、か。

 

 ここまで来れば逃れられない。周囲は既に少女たちが取り囲んでおり隙は無い。覚悟を決めた俺は金貨をポケットにしまい込み、改めて彼女を観察する。

 

 ……凄いな。

 

 俺は素直に感嘆していた。それは彼女の美容に対する意識の高さをひしひしと感じるから。肌のキメ細かさや髪の艶を見ていれば一目瞭然。他のこの町の女性達とは次元が違う。とはいえ、こちらの世界基準で考えるとまだ完璧ではない。これは彼女の努力が足りないのではなく、文明レベルの差だろう。魔法という不確定要素があるとはいえ、町中の人々の生活から判断するに、文明レベルはこちらの世界と百年以上の差がある。当然、美容に関する技術や知識もそれだけの差があることになる。しかし、俺の魔法はこの世界でもその完璧を実現させることができる。――いや、それ以上だろう。今のこちらの世界の技術でも俺の魔法以上のものは無い。……多分。

 

「じゃあいきますね……」

 

 俺は彼女に手の平を向けて力を込める。四回目ともなると慣れたものですぐに魔法を発動させることができた。手の平から光が溢れてくると同時に疲労感が襲い掛かってくる。それは気絶するほどでは無かったが、立っているのが辛く、思わず片膝をついてしまう。

 

 ……あれ? まだ一回しか使ってないのに。もう魔力切れ?

 

 もう一度魔法を使えば、間違いなく気絶する。その確信があった。そう言えば、昨日も二回目の魔法を使った直後に気絶したのか。え、ということは俺が一日に使える魔法って一回だけ?

 俺が戸惑う中、目の前から彼女の声が聞こえてくる。

 

「……半信半疑だったけれど、本当にこんなことが」

 

 膝をついたまま顔だけを上げて彼女に視線をやると、俺は言葉を失った。そこには完璧な美を手に入れた女性がいた。アリーを見た時以上の衝撃が全身を襲う。抜群のスタイルに完璧に整えられた顔。欠点が一つも無い。まさに女の中の女。元が十分に綺麗であったのでそんなに変わらないだろうと思っていたが、見事に予想を裏切られた。あまりに現実離れしており、神々しさすら感じるようだ。周囲の少女達も彼女の変化に言葉を失っている。

 当の本人は自身に向けられる数十の視線など全く気にならない様子で、いつの間にか持っていた手鏡で自分の顔を見て、髪を触り、変化を確認しているようだった。しかし、喜んでいるというよりは、どこか悔しげである。自分自身の力でこの状態にまで整えられなかったことを悔いているのかもしれない。

 しばらくして彼女は俺がダウン寸前になっていることに気付いてくる。

 

「どうしたの? もしかして魔力切れかしら?」

「は、はい……」

「……今日は既に何回か魔法を使ったの?」

「いえ、今日初です」

「…………そう」

 

 彼女は不思議そうな表情を浮かべながらそう答えてくる。

 さらに、「……今ので魔力切れ? ……もしかしてレベルが低い? もし、そうだとすれば……」と、何やらぶつぶつと呟いていたが声が小さくて聞こえなかった。彼女はそのまま顎に手を当てて考え込む様子を見せる。しかし、周囲の少女たちの反応は違った。俺がそう答えた結果、「嘘でしょう!?」、「せめてもう一回くらいできないの?」、「お願い、私にも魔法をかけて!」、「お金なら出すわ! 家に帰れば100000G以上だって!」と悲鳴にも近い懇願の声が一斉にかけられる。その圧は凄まじく、疲労に襲われている俺はそれだけで気絶しそうになってしまう。

 

 た、助けてくれ…………、っ!?

 

 『それ』に気付いた俺の全身が凍り付く。

 目を血走らせた少女たちが一斉に俺に群がる背後。

 

 

 

 彼女が、不敵な笑みを浮かべていたのだ。

 

  

 

 瞳を妖しく輝かせながらこちらを真っすぐに見つめてきている。

 彼女は流れるような動作で両手を胸の前まで持ってきて、見えないボールを持つように両の手の平が向かい合うように構える。

 「――――――――」彼女が何かを呟く。少女たちの声がうるさくて聞こえないけど、口の動きからかなりの早口のようだ。もしかしたら呪文とかかもしれない。ほどなくして彼女の手の平から放たれた光が球状になっていく。他の少女たちは俺に集中するあまり、彼女のその行動に気付かない。

 

 ……なんだ何をする気だ?

 

 猛烈に嫌な予感がしつつも少女たちの圧力によって俺は身動きがとれない。

 彼女は、完成したらしい光の玉を優しく押し出してこちらに放ってきた。ゆっくりと光の玉が宙を漂いながらこちらに向かってくる。ここに来てようやく気付き始める少女達が現れるが時すでに遅し。

 

 ――それは突然眩く弾けると辺りを白く覆った。

 

 思わず目を思い切り閉じる。

 まじで死んだと思った。

 しかし、いくら待っても痛みは無いし、地に足がついている感覚もある。恐る恐る瞳を開けてみると、目の前の状況が大きく変わっていた。

 

「……あれ? 私どうしてこんなところに?」

「私も何をしていたのかしら?」

「あ、もうこんな時間! 早く帰らないと!」

「本当だわ! 私も!」

 

 先ほどまであれだけ騒いでいた少女たちが、まるで何もなかったかのように各々散らばっていく。原因はどう考えても先ほどの光だろう。というか多分魔法だろう。どんな魔法かは分からないが。少女たちが散り散りになっていく中、コツ……コツ……と唯一人近づいてくる者が。……無論、それは。

 

 

 

「これでゆっくり話せるわね。改めてよろしくね。私は、イーリヤと言うわ」

 

 

 

 自らをイーリヤと名乗った姉ちゃんによく似た彼女が、楽しげな様子でこう続ける。

 

 

 

「ねえ、――私と取引をしないかしら?」

 

 

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