与えられた能力は女性を綺麗にする力でした 作:nao
ここは俺が寝泊まりした広場。まだ明るい時間帯ということもあり、子供からお年寄りまで幅広い年齢層の人達が各々の時間を過ごしている。俺は目立たない広場の端っこに位置するベンチに腰かけている。
「……それで取引って何ですk――何?」
自分のすぐ隣に座っているイーリヤにびくびくしながら質問する。俺が距離を空けても詰めてくるものだからもう諦めた。ちなみにここに来たのは、イーリヤが先ほどの場所に留まり続けるのはよくないと判断したからだ。理由はよく分からない。……あぁ、まじで取引って一体何のことなのか。
「そうねえ……」
質問されたイーリヤは、細長い足を組み、顎に手を当てて思案している。そんな何気ない仕草でさえ画になるのだから美人は得だと思う。
「……色々と聞きたいところだけれど」
イーリヤはそう言いつつ、俺の身なりを確認するように視線を投げかけてくる。そして最後には俺の顔にその視線が固定される。俺の心臓が大きく跳ねる。
「まず一つだけ確認させてほしいことがあるの」
「……確認?」
「ええ。かいとは、自分が持っているその魔法のことをどう思っているの?」
「……え? 美容の魔法のこと? ……どう、とは?」
「周りの人――女性から、かいとの魔法はどう評価されていると思っているのかしら?」
予想していなかった質問に答えに詰まる。
ちなみにここに来る間に自己紹介をしたのだが、それからイーリヤからは名前で呼ばれるようになった。ついでに敬語で話すのは無しだと釘を打たれてしまった。正直やりづらいが断ることはできなかった。
「えーと、大人気の凄い魔法……とか?」
俺の答えを聞いたイーリヤは「……はぁ、やっぱりその程度の認識だったのね」と、頭を抱えて溜息をつく。しかしすぐにその表情をキッと結ぶと、「――いい? まずはその認識を改めなさい――」
「かいとの持っている魔法は、――戦争を引き起こしかねないわ」
「――――え? 戦争?」
まさかの言葉に俺はポカンとしてしまう。
戦争と聞いてテレビや教科書で見た戦争の様子を記録した写真や動画の記憶が蘇る。俺の能力のせいであんなことになる……? いやいや、まさか……。
「流石にそんな大げさな……」
「大げさでもなんでもないわ。かいとの魔法は素晴らしい――いえ、素晴らしすぎるのよ。あんな魔法は私が知る限りでは他に存在しないわ。実際にさっきも皆が血眼になってかいとに迫っていたでしょう? 皆はまだ子供だからあの程度済んだけど、もし貴族階級以上の者に知られるとどうなるか……。女性の美しくありたいと思う気持ちは、永遠の夢であり、年を重ねるごとにそれは大きくなるものよ。そんな人を近くでたくさん見てきた。……ある種の呪いなのよ」
やはりイーリヤは大まじめな様子で、そして最後には物憂げな雰囲気を纏わせてそう締めた。その様子があまりにも大人びており、一瞬目を奪われてしまう。
……呪いか。
言い得て妙だと、なんとなく納得してしまった。確かに、先程の少女たちは普通では無かった。もし、あれが財力や武力も持っている者達であればどうなっていたか……。想像しただけで全身がぶるっと震えあがってしまう。
「とにかく、かいとの魔法のことは原則、口外しないように。最悪あなた自身が死ぬことにだって繋がるわ」
正直、完全に納得はできない。しかし、大げさではないと思う自分がいることも確か。さらに、イーリヤが力強くそう言い切ることでそれが本当に正しいのだという不思議な説得力があった。
「……イーリヤが言いたいことは分かった。……でも、俺この力が無いと生活できないんだよ」
「だからこその取引よ」
「……どういうこと?」
ここでイーリヤが真面目な表情を解き、楽しそうな表情を浮かべる。それは、まるでこれからとっておきの秘密を話す無邪気な子供のようだ。その変わりように一瞬呆気にとられる。不思議な引力が働いているようにイーリヤから目が離せない。
「……ふふ、いい? 私はこの世界で上へと駆けあがり、いずれは絶大な権力を持つことが夢なのよ。その為に私は、『美しさ』と『力』の両方を得る必要があるの。どちらかが欠けても駄目。過去に頂点に立ってきた女性は皆その二つを両立させていた。現エスタ国の女王も歴史上最高の『強さ』と『美しさ』を持っていると言われているわ。……話を戻すけれど、かいとの魔法は私の『美しさ』を確実なものにすることができる」
楽しそうに語るイーリヤだが、決して冗談を言っているわけでないことを、瞳の奥から感じる力強さが証明している。
……あぁ、なんて無茶苦茶な夢を。
どうしてそんな夢を持つようになったのか……。
……というより『強さ』と『美しさ』が重要って。この世界での美しさとは、想像しているよりもずっと重要なことなのか? どこかでこの世界のことをよく調べる必要があるな。
中々にぶっ飛んだ夢を語られて、どう反応したものかと迷っているとイーリヤがその整った小さな顔を近づけてきて続ける。
「だから、かいとの魔法は私の為に使いなさい? そうすれば私の『美しさ』は揺るぎないものになる。『強さ』についても心配しないで。既に『Aランク』の称号を持っているし、近々最高位の『Sランク』の昇格試験を受ける予定よ」
AランクやSランクなど、ゲーム用語っぽいことを言っているが恐らく相当な実力を持っているのだろう。それは先ほど見た同じ学校に通っている少女たちのイーリヤを見る様子からも分かる。
「――とにかく、かいとが協力してくれるならば、私は何があってもかいとを養ってあげる、守って見せる。夢が叶った際には、かいとの望むことを何でも叶えてあげるわ」
キラキラと瞳を輝かせながらそう言ってくるイーリヤの『ある』言葉に俺は反応する。
『望むことを何でも叶えてあげる』
きっとイーリヤは嘘をつかない。確たる根拠は無い、ただの勘だ。しかし賭けてもいい。本当にイーリヤは望みを叶えようとしてくれるだろう。そこで、元の世界に帰る方法を探すのを手伝ってもらうようお願いすればいいのではないか。それにイーリヤなら本当にその子供じみた夢を実現させそうだ。そう思わせるだけの不思議な魅力がイーリヤにはある。
イーリヤも言っていたが、世界には美容魔法を欲するもっと強くて権力のある人もいるだろう。しかし、その人にたどり着く過程で争いが起きるかもしれない。そんなことは望んでいない。イーリヤが言うように美容の力については秘密にしておいた方がいい。しかし、そうなると俺は生きていく術が無い。
……これはイーリヤについていくしか無い……のか。
それでも俺は迷った。姉ちゃん似のイーリヤについて行くことが正しいのかどうか。そんなことを考えている時だった。
「一目惚れ……とは違う」
突然、イーリヤがそんなことを呟いた。イーリヤの顔を見て俺は驚いた。
それがあまりに慈愛と母性に満ちたものだったから。
俺の心にあったもやもやした何かが払拭されていくようだった。
「でもかいとを見た時からなんだか放っておけないと思ったのよね。……その気持ちに、かいとの持っている魔法は関係ない」
いつの間にか俺から半歩ほど距離を取っていた彼女は、まっすぐに俺を見据えていた。その瞳に一切の穢れは無く、どこまでも真っすぐだった。ずっと見ていると吸い込まれそうなほど。
「色々と混乱していると思う。――でも私を信じてみないかしら? 勿論断ってくれても構わない。――でも絶対にかいとを後悔させないと誓ってみせるわ」
胸に手を当てて力強くそう言うイーリヤを前にした俺は、いつの間にか断るという選択肢が消えていた。
「――分かった。イーリヤを信じる」
無意識にそう答えていた。
ほぼ即答した俺に、イーリヤは少し驚いた表情を浮かべたものの、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。その笑顔を見て俺もなんだか晴れやかな気持ちになった。
こうして俺とイーリヤは正式に契約で結ばれることになった。
不思議だったのは、どうしてイーリヤに抱いていた恐怖が無くなっていたのか。
そしてもう一つ不思議だったのは、俺の中にいつの間にか懐かしいという感情が広がっていたこと。
…………あぁ、そうか。
しばらく考えてその答えが分かった。
イーリヤは姉ちゃんとそっくりだ。
――でも正確には違う。
イーリヤは――『昔』の姉ちゃんによく似ているのだ。
正式に契約を結んだ俺たちは、イーリヤの自宅に向かっている。俺の足取りは――軽い。その道中俺たちは現状の確認をすべく会話を進める。
「皆の記憶は消したけれど、あの場にいなかったリリーの記憶だけは消せていないのよね……。放課後すぐにどこかへ行っちゃったのよね。すぐに記憶を消したいところだけど。まあ、明日学校で消すしかないわね。ちなみに他にかいとの魔法を知っている人はいないかしら?」
そう聞かれて、アリーの姿が思い浮かぶ。
「一人だけ、アリーと言う女の子が知っている。というかその子に魔法を使った」
するとイーリヤは険しい表情を浮かべる。
「……なるほど、それは危ないわね。その人がリリーみたいに自慢して噂が広まったら厄介だし」
「……その子なら心配ないと思う」
アリーがそんなことをするような子にはとても思えない。最も、整ったアリーの顔や髪を見て、あまりにも綺麗だと噂になることはあるかもしれないが……。
「……ふーん、まあかいとがそう言うならいいけど。……でも、女ってのは見かけによらず怖いものよ」
……それはよく知ってるよ。
――嫌というほどね。
けど、アリーが何か怖いことをする姿は想像できない。それよりも今もしっかりと生活できているかが心配だ。また虐められていないだろうか?
ここでふと会話が止まり、俺たちの足音だけが響く。
そこで、アリーのことを思いだしていたこともあり、ついでにこんなことを聞いてみた。
「魔法のことで教えてほしいことがあって。例えば一瞬で他の場所に移動できる魔法ってある?」
質問の背景にあるのは、昨日アリーが突然消えてしまったことを思いだしてのことだ。あれが瞬間移動的なものであれば、便利そうだから教えてほしいなーという期待も込めての質問だった。それに瞬間移動なんてロマンがあるじゃないか。……まあ、魔力が無いから使えないと思うけど。質問を受けたイーリヤは怪訝な表情を浮かべ、こちらを見つめてくる。
「……転移魔法のこと?」
「へぇ、やっぱりあるんだ。なんでもありだな……。イーリヤは使えるの?」
何の気なしにそんな質問を投げかけるとイーリヤは少し不機嫌な雰囲気を纏うと、
「……そんな高位な魔法、覚えていないわよ。……何よ、私に強さが足りないっていう嫌味のつもり? 時空に干渉する魔法は大量の魔力と高度な計算を行うための頭脳が必要なのよ。このエスタ国にだって使える人が何人いるか……。まあ、見ていなさい。……私もいずれ使用できるようになってみせるから」
……え、そうなの?
かいととイーリヤが契約を取り交わして『数時間後』。
とっくに闇が支配するこの時間。イララの町は、街灯や建物の窓から漏れ出る淡い光によって幻想的な雰囲気を醸し出している。
町一番の建物であり、冒険者組合でもあるギルド本部――その屋根の上。町が一望できるそこに、アリーが立っていた。かいとに見せたおどおどした様子は無く、背筋を伸ばして立つ姿は凛とした様子を与える。時折、吹き抜ける夜風がアリーのサラサラとした黒い髪をさらう。アリーは町を見下ろしながら、魔法を通して聞こえてくる二人の男女の会話に集中していた。そこで、アリーは自分の恩人が置かれている状況を理解する。
そしてただ一言。
「…………なるほど」
小さく呟いたそれは、吹き抜けた風に溶けて消えていく。
アリーは考える――、自分が何をすべきか。
そしてその答えにたどり着く。その答えがあまりに素晴らしいもので、アリーは思わず笑顔を漏らす。
早速実行すべく、盗聴の魔法をいったん解除して、別の魔法を発動させる。膨大な魔力が、肉眼で見えないほどの微細な光の粒子へと変わり、アリーを中心とした同心円状に町中へ広がっていく。魔法の発動から僅か数秒後、目当ての人物の魔力源を探し当てる。
――それは、昨日アリーを虐めていたグループのリーダーである、リリーだった。
「…………ふふ、見つけた」
やはり小さく呟いたその言葉は、再び吹き抜けた風に溶けて消えていった。