機動戦士ガンダム0088 ideal of Titans 作:わいるどうぃりぃ
「敬礼!」
号令とともに、遺品が並べられた祭壇に、礼装に身を包んだ士官たちが一斉に敬礼をした。その遺品の中には使い込まれた整備帽もある。
その後方では、涙をこらえる整備員たちの姿があった。
先日の襲撃で、戦死した人数は25名。
艦が撃沈され、すべての乗員が行方不明になることも少なくない時代だが、それでもMSデッキは重い空気に包まれていた。
「ドーバー」が先の戦闘で被った損害は以下の通り。
・左舷補助エンジン2基大破
・右舷モビルスーツデッキ大破
・左舷対空レーザー砲群5基使用不能
・通信施設中破、長距離通信用アンテナ群全壊
控えめに言っても中破判定が下されるレベルであり、即ドック入りをするべき損傷である。
特に損傷により通信施設が麻痺したのが大きく、モビルスーツ管制などの近距離なら問題ないが、遠距離通信ができない状態で単艦で行動しなければならない、とあって、艦長は不眠不休でブリッジに立ちっぱなしという有様である。
それでも艦は、サイド3へと着実に歩を進めていた。
「その顔はまた面倒事を持ってきたな?」
葬儀の後、事務室に姿を現したトシコの顔が、仏頂面を通り越して凶相のそれになっているのを見て、椅子に座ったままあえて軽い口調でコンラッドは話しかける。
「面倒事は朝だろうと夜だろうと構わずもってこい、と着任当初に聞いておりましたので」
「言ったかな、そんなこと俺」
とぼけるように応える上官にため息をひとつついて、トシコは報告を始める。
「報告はふたつあります。まずひとつめですが、ようやく例の暗号が解けました」
「やっとか。これでディナーのメニュー表だったら目も当てられんが」
「メニューはメニューですが、素材は岩塊ですね。サイド3をどう料理するかの」
「なんだと」
コンラッドから、あえて作っていた軽い雰囲気が消え、治安維持部隊の長としての顔が現れる。
「詳しく聞こう」
「はい、一年戦争時、ジオン公国軍は本土決戦のために衛星ミサイルの配備を進めていました」
「ソロモンやア・バオア・クーで使われたやつだな」
衛星ミサイルとは、宇宙に漂う岩塊にロケットブースターと誘導装置をつけた、単純とも言える兵器だが、大質量をシンプルに投げつけるだけあって威力は艦艇を一撃で沈めるほどで、コストパフォーマンスは良好なものがある。
「大半は終戦後に解体されましたが、存在を秘匿されたものがいくつかあり、そのひとつを『ジオン解放戦線』が嗅ぎつけたようです。そして、設備を使いサイド3を攻撃、もしくは脅迫することを企図していたようです」
「あのテロリストどもか!」
サイド3駐屯基地に、第31任務部隊が貼り付いている最大の理由である過激派集団の名前が出て、コンラッドは思わず声をあげた。
「ジオン解放戦線」を名乗るセクトは、数あるジオン残党の中でも特に過激なものであり、サイド3に入港する貨物船ですら「腐ったカイライ政権の延命行為であり、真のスペースノイドの独立を掲げるため」と唱え、海賊行為の餌食にしているほどである。
そのため、大規模な掃討作戦も計画されたが、エゥーゴとの抗争が激化したために先延ばしになっていた。
おかげで対処療法的な対応しかできず、第31任務部隊にとっては因縁の相手ともいえる。
「あのシャトルの士官は、衛星ミサイルを使ってのサイド3へのテロ攻撃を察知、制御室のコンピュータにロックをかけて逃走したようです」
「大体の内容はわかった。しかし、なぜペズンの士官がテロリストどもとつるんでたんだ」
「そこでふたつ目です。あの『ガンダム』の正体がわかりました」
トシコはタブレットに、モビルスーツの記録カメラから取り出したと思しき写真をいくつか表示させ、デスクに置く。
「シャルロッテが落とされずに粘ってくれたおかげで、3号機から映像資料が回収できました」
「こいつが、『ガンダム』か」
タブレットをのぞきこんで、コンラッドは機影を確認した。
側頭部がやけに張り出したデザインは、ガンダムというにはどこか異質さを感じさせる。
「しかし、満足な支援設備がないのに、残党連中がガンダムのようなフラッグシップ機を開発したり稼働させ続けることなど不可能だぞ」
「疑問はごもっともですが、この機体もウチのものです」
「なんだって!?」
「この機体はガンダムマークⅣ。オーガスタ研で開発されていた機体です。そこにウチの司令はコネを持っていたとか。それと、気づきましたか。最後の通信のとき、『ドーバー』の正確な航路と予測到着時間を要求していたこと。
そして、後ろに映る壁面がいつもあのろくでなしが尻を磨いていた執務室ではなく、見慣れぬ戦闘艦の壁であったことを」
コンラッドは、なぜトシコが入室時、あそこまで凶悪な顔をしていたのか理解した。感情としては否定したいが、事実は覆せない。
「トシコ、君が言いたいのはつまり」
「十中八九、あの司令は、私たちを裏切りました。ペズンの士官は彼に同行していた人間なのでしょう」
そして5日後。
「もお! 結局閉じ込められっぱなしじゃん!」
シャルロッテが口を尖らせながら、パイロット待機室のソファに寝転がる。
そこにはコンラッドをはじめ、パイロットの全員がいた。
あのあと再度の襲撃も、ペズンからの追撃もなくサイド3の連邦軍駐屯基地に帰還できた「ドーバー」だが、待っていたのは「ガンダム強奪」の容疑による憲兵隊と、それに続く査問会だった。
「ドーバー」側はそれを見越していた艦長とトシコによる、「ガンダムに襲撃された」データ、そしてペズン士官のデータの解析記録を提出する。
駐屯基地側でデータの分析が進められ、ジオン共和国にも問い合わせた結果、衛星ミサイルの配備状況が掘り起こされ、位置などが符号する、という回答があった。
大規模テロの可能性が極めて高い。
データの裏付けが取れた結果、導き出された結論に、駐屯基地はパニックに陥った。
おかげで「ドーバー」の乗員も拘束が緩められ、乗員はようやく自室から出ることは許されたが、艦を離れることはいまだ許可されずにいる。
「あのろくでなし、見事にわたしたちに罪をなすりつけていきましたからね」
「しっかし、いけすかない上司とは思っていたっすがまさか裏切りまでやるとかひどいもんっす」
思い思いにくつろぎながらも、口々に不満を吐き出す部下たちを、スツールに腰掛けたコンラッドは寂しげに見つめていた。
やがて、ぽつりと言葉を漏らす。
「あいつ、昔はそんなやつじゃなかったんだよ」
「ふえ!? たいちょーあのろくでなしのこと昔から知ってるの?」
がば、とシャルロッテが体を起こす。
「シャルロッテやカイルは知らんだろうからな。あいつと俺は同期、そして一年戦争のとき、同じ部隊だったんだよ」
まったく知らなかった情報に、ある意味年少組と言っていいシャルロッテとカイルは目を丸くする。
「でも、すみませんっすがえらくその、階級が離れているような」
「ア・バオア・クーの戦いのとき、やつは要塞に一番乗りをして連邦の旗を立てたんだ。当時はずいぶん騒がれたものだったが、覚えていないか?」
「うーん、確かお父様の読んでた新聞にそ~いう写真があったような」
「すんません覚えてないっす!」
「まあ、その程度の戦果さ。それでも宣伝効果はあって、あいつは上層部に取り立てられた。元々、上昇志向が強いヤツだったからな。パイロットしか能がない俺も、ついでに引っ張られた、と言っていい」
自嘲するような笑いを浮かべているコンラッドを案ずるような視線を注ぎながら、トシコは口を挟んだ。
「お気持ちはわかりますが、いまは感傷に囚われている場合ではありません。プロテクトはいつかは破られるものですから」
「ああ、そうだな、すまない。しかし、こうなると俺たちが動けないのは厳しいな」
元々、ティターンズはエリート部隊がゆえに慢性的な人員不足に悩まされていた。
加えてサイド3という「敵地」に置かれる人員は傍流であり、さらにはエゥーゴとの決戦に備えて兵力が引き抜かれていたので、実働部隊で動けるのは第31任務部隊くらいなものである。
「実際、あのロック強度だと、楽観的に見ても二週間程度しか保ちません。わたしたちが戻ったのは向こうも把握しているでしょうから、もっと早くなるでしょうね」
「たいちょー、そうなるとサイド3やここに隕石がぶつかってくるの?」
不安そうに聞くシャルロッテに、コンラッドは重々しくうなずいた。
「端的に言えばそうだ。可能な限り早く討伐艦隊を出さなきゃならんが、あいつが裏切った以上、ティターンズの命令系統は崩れたと言っていいし、連邦軍はペズンの反乱の件もあるし元々腰が重い。間に合ってくれるかどうか」
「このままある日突然隕石が飛び込んでくる、あるいは砕けって出撃させられるのは嫌っすねえ……」
そんな同僚たちの苦悩を見ながら、シャルロッテはそっとつぶやく。
「そっか、上から命令してもらえればいいんだ」
どこか思い詰めているような表情をしている彼女を、いつの間にかトシコはじっと見つめていた。
次回、ついにネームドキャラが出ます!
二次創作で中盤を過ぎるまで原作キャラが出ないのもなんですが。