機動戦士ガンダム0088 ideal of Titans 作:わいるどうぃーぜる
しかし大抵の人はツッコむであろう。
その夜。
消灯された人口重力下の艦内の廊下を、足音を忍ばせて歩くシャルロッテの姿があった。
はしごのように急な階段を登り、いくつもの隔壁をくぐり抜けてとある部屋までやってくる
「通信室」とステンシルがあるそこは、いつもなら夜でも通信士官が詰めているが、艦全体が謹慎中とあって、無人であった。
その部屋に潜り込むと、ややおぼつかない手つきで電源を立ち上げ、とある番号を押していく。
はぁ、と一息ついて、相手が出るのを待つ。ほどなくして映像とともに相手が出た。
「おお、これはシャーロット嬢。息災かな」
すでに老年に差しかかるも、まだまだ衰えを知らない声が、通信モニターから流れ出す。通信が安定しないのか、まだその姿は見えない。
「夜分遅くに失礼します伯父様。ご迷惑でないとよろしいのですが」
いつもの奔放な笑顔ではなく、どこか張りついたような笑顔を浮かべ、普段の彼女を知る人間なら卒倒しかねないほど丁寧な言葉で、画面に浮かび上がった人物にシャルロッテは応対する。
「なに、他ならぬシャーロット嬢のためならかまわんさ。して、どうやら君の部隊は少々厄介事に巻き込まれているようだが、察するにその件かな?」
先んじられてうっ、となりながらも、平静を装ってシャルロッテは答えていく。冷や汗が流れたのが見えないといいのだけど。
「あら、相変わらず伯父様はお耳が早いのですね。そうですね。ちょっとばかりサイド3の方にも危険が迫っていますので、なんとか伯父様のお力をお借り願えれば、と思いまして」
「ふむ、構わないが、そういえばそろそろそちらの父上にも、君の顔を見せなければならんだろう。その件と引き換えにどうかな?」
シャルロッテの顔がこわばった。一息、もう一息とついて答えようとしたその時だった。
「なにをやってる!」
部屋に響く声に、シャルロッテの体が硬直した。
彼女が振り返ると通信室の扉が開けられていて、コンラッドをはじめパイロットの全員がそこにいた。
「あ、あの、たいちょー、これ違うの、なんでもないから……あはは」
悪戯が見つかった子供のように、モニターを隠そうとしているシャルロッテに、鋭くトシコが問いかける。
「夜中にこっそりと居室を出て、どことも知れぬ場所に連絡をして何でもない、はないでしょう。スパイ行為としか思えませんが」
「シャルロッテ、とりあえずどこに連絡しているかを言うように」
「あ、あの、その……」
その時、戸惑うシャルロッテの背後からいかにも愉快そうな笑い声が漏れてきた。
「はっはっは、成程、シャーロット嬢は良い仲間を持っているとみえる」
その声に、コンラッドとトシコは顔を見合わせた。そして信じられないような顔でシャルロッテを押しのけ、モニターをのぞきこむ。
その間、状況のわからないカイルはただ視線を泳がせていた。
「ふむ、その顔だと私を知っているとみるが」
「ええ、軍の選挙公報でいつもお顔を拝見させてもらってます。この前も一票を入れさせていただきましたからね」
コンラッドは内心の動揺を抑えつつ、ようやく鮮明になったモニターに映るでっぷりと太った、いかにも老獪そうな年配の男に向かって、彼の名前を言った。
「ゴップ議員」
そう、葉巻を手に取り、悠然たる趣きでこちらを見つめている男はかつては地球連邦軍大将であり、そしていまは政界に転身し、議長の座すら視野に入っている老政治家だった。
「おや、君も投票してくれたのか。清き一票をありがとう」
「わたしはノンポリなので。ところで議員はウチのエースとどんなご関係で?」
どうしていちMSパイロットにすぎない隊員が、地球連邦上院議員と親しく話をできるのか、という問いをはじめ、疑問はいくつも湧いてくる。
が、可能な限り強い言葉を使わないようにしながらコンラッドは問いかけた。
「シャーロット嬢、言ってもいいかね? このままでは君の誤解も解けないだろう」
シャルロッテは不安そうにコンラッドの顔を見て、そしてモニターを振り向く。そして、こくんとうなずいた。
「よろしい。実は、この娘さんはとある上院議員のご令嬢でな。私が後見人となって軍に入ったのだよ」
「じ、上院議員の娘さん!? シャルロッテ先輩が!?」
カイルが信じられないように声をあげる。
「まあ、そちらに入隊許可が出るとは思っていなかったのは確かではある。正直な娘さんではあるが、少々奔放なところはあるからな。
君たちも思い知っているだろう」
「ええまあ、確かに」
「ちょっと! 思い知ってって」
シャルロッテは抗議の声をあげるが、トシコの咳払いにたちまち沈黙してしまう。
「ところで本題に入るが、シャーロット嬢の頼みでは、君たちの部隊の拘束を解いてほしい、ということだったな」
マッチに火を点け葉巻を回しながら、片側をじっくりと炙りつつ、ゴップは問いかける。
「だが率直に言えば、いま君たちの組織は大変に不利なことになっている」
「やはり、ですか……」
駐屯基地に戻ってきてから、ティターンズの指導者であるジャミトフ・ハイマンがエゥーゴに暗殺され、得体のしれぬ木星帰りの男が権力を振るっている、といううわさが流れてきている。
真偽はともかくとして、どうひいき目に見ても自分が属する組織が落ち目であることは、基地内の隊員の態度を見ても明らかだった。
「そのまま連邦軍に拘束されていたほうが、君たちの部隊にとってはいい結果をもたらすかもしれない。それでも出撃するのかね」
葉巻を口に咥え、ゆっくりとくゆらせながら投げかけられるゴップ議員の悠然たる問いに、コンラッドはここが正念場と感じ取った。強敵と相対するのと同じく、腹に力を込める。
「はい。相手はもはや狂信の域に入ったテロリストであり、衛星ミサイル基地を確保し最悪なことに我が方の司令経由で『ガンダム』まで手に入れました。ペズンが反乱を起こし連邦軍は対処に追われ、ティターンズ本隊はグリーン・ノアで馬鹿騒ぎをやっている以上、サイド3へのテロ攻撃を防ぐのはわたしたちしかいません」
まず前線指揮官としての分析をコンラッドは答えた。そして一瞬だけ、かすかに目をつぶり、言葉を繋ぐ。
「わたしは一部隊を率いる前線指揮官でしかありません。しかし、それゆえに理想を守りたいのです。かつて、ティターンズという組織が持っていたはずの、『テロ組織を打倒し、市民の安寧を守る』という理想を」
値踏みするような視線を感じながら、一気に想いを吐露する。おそらくトシコは余計なことを、と評するだろうが、コンラッドはどうしても、己が気持ちを眼前の人物に伝えたかったのだ。
「ふむ、状況はわかった。よろしい、少々動いてみよう」
しばしの沈黙のあと、老政治家が発した言葉にコンラッドは口を引き締めた。
「ありがとうございます」
「ただ、条件が一つある」
モニターの向こうの瞳が、油断なき光を放った。
「シャーロット嬢を、部隊から外すことだ」
やはりか。
予想されていた条件に、コンラッドはうなずいた。もとより、上院議員の娘という政治的なリスクが高い人物を、危険なものとなる作戦に連れて行くことはできない。それは理解している。
「承知しております。作戦は、我々だけで行います」
「よろしい。それでは吉報を期待している」
そのまま通信は切れ、モニターの人影が消えた。あとには奇妙な沈黙が残される。
「あ、あの、たいちょー、そしてみんな」
その空気に耐えられなくなったのか、シャルロッテはおずおずと口を開いた。
「その、いままでうそついてきて、ごめんなさい……」
「シャロ」
コンラッドは、いつもの元気さが霞のように消え失せた赤毛の少女を見据えた。その肩に手を置く。
「何も言うな。お前は本当にいい隊員だった」
「……はい」
シャルロッテはそのまま、無言で通信室を飛び出していく。
ゴップさんは「ジョニー・ライデンの帰還」では議長をしていますが、このお話では2年前なので、あえてまだ議員に設定しています。