Unknown Wizard Chronicle 作:シノギ
“アカ”と読むか“クレナイ”と読むかは
読者の方々にお任せします。
理由は本編を読んでいただければ
お分かりになると思います。
あと、これまで週一投稿だったのが
週二投稿になりがちになってきたので、
改めて週二投稿をデフォルトにします。
翌日、昨夜のノアールによる一世一代とも言える
決意表明が行われたことを
ミーナ以外知る由もなく、501基地には、
平穏な時間が流れていた。
夜間哨戒から戻ってきたサーニャは
相変わらず寝ぼけてエイラの部屋に突入し、
眠っていたエイラのすぐそばにダイブする。
ベッドに入られたエイラは、
最早意味もない“今度だけ”と文句を言いつつ、
サーニャに布団をかけて彼女を寝かしつける。
シャーリーとルッキーニは午前中のロッテ
二組による模擬戦闘訓練までの時間を
それぞれ自由に過ごしていた。
とはいうものの、ルッキーニは少尉とは言っても
軍務に関しての取り組みは、言わずもがな
というところであり…
そういった所はシャーリーがフォローしている。
そのシャーリーもどちらかと言えばデキる方だが、
専ら自室で機械弄りをしているのが
ほとんどである。
リーネは宮藤が坂本の手伝いで居ないため、
朝の洗濯を今日は一人で行っている。
ペリーヌは日課の一つである、
ガリア方向に面した場所に作った
マリーゴールドの花壇の手入れをしていた。
ちなみにリーネとペリーヌも午前中の
模擬戦闘訓練に宮藤と共に参加する予定だ。
坂本は信用できる筋から集められた
ネウロイに関する資料の入った箱を持って
ミーナのいる執務室に向かっていた。
事前に手伝うよう呼び掛けた宮藤を伴ってである。
そのミーナは上記の通り執務室にて書類の整理に
勤しんでいたが、昨夜の坂本とのやり取りや、
その後に告げられたノアールの決意表明等が
脳裏から離れず、その手は普段ほどの
機敏さがなかった。
その原因の一人である坂本が
部屋に入って来てからのミーナの態度も、
どこか心此処に在らずといった様子であった。
そしてもう一人の原因であるノアールと、
先までの説明の中にいなかったバルクホルンと
エーリカはと言うと――――
◇◇◇
ガチャンッ!
「病室ですよ、お静かに!!」
「あっ……すいません……急いでいたもので……」
ロンドン都市部にある大きな病院にて
バルクホルンとエーリカの姿はあった。
今朝早くにその病院から、ネウロイの
カールスラント侵攻の際に負傷して
意識不明になって入院していた
バルクホルンの妹、
“クリスティアーネ・バルクホルン”――――
クリスが意識を取り戻したという連絡を受け、
ストライカーで文字通り飛んでいこうとする
バルクホルンをなんとか引き留め、
暴走しないようにお目付け役兼車の運転手として
エーリカが付き添いで来たのだ。
閑話休題。
「ふふふっ……あははっ♪」
「クリス……っ」
担当の看護婦に怒られている姉の姿が
可笑しかったのだろう、
ベッドに上体を起こしているクリスは笑っていた。
その容姿は宮藤に酷似しており、
以前起こった事件の際、バルクホルンが過去の
トラウマを想起しても仕方が無いほどだった。
バルクホルンの方は度々見舞いに来ていた
とはいえ、きちんと顔を合わせて再会するのは
これが初めてだったため、
何も言わずにクリスと抱擁を交わし、
クリスも姉の意図を察して両腕を広げて
それを受ける。
普段ならこういう場面で揶揄いの言葉をかける
エーリカも今度ばかりは何も言わずに
姉妹の再会を見守った。
部屋にいた担当の看護婦も察して
静かに部屋を後にした。
「お姉ちゃん、私が居なくて大丈夫だった?」
「なっ……何を言う!?
大丈夫に決まっているだろう!?
私を誰だと……!?」
眉を吊り上げて声を張り上げるバルクホルン。
姉としての体裁を守りたい彼女としては
そんな態度をとってしまうのは仕方がないが……
そんな彼女を誰よりも一番近くで見てきた
クリスにとっては、その態度すらも
彼女の強がりだと解ったうえで笑顔を浮かべる。
「あ~…もう全然ダメダメ!この間までは
酷いもんだったよ~?ヤケっぱちになって
無茶な戦い方ばっかりしてさ~?」
「お姉ちゃん……」
だがそんな強がりも、付き添いで来ていた
エーリカによって砂上の楼閣のごとく崩され、
バルクホルンは頬を引きつらせる。
クリスはやっぱりな~というニュアンスで
姉に呆れた声を吐く。
「お、お前ぇ!今日は見舞いに来たんだぞ!?
そういうことは――――っ!」
「だってホントじゃん……?」
「……ないない!そんなことは無いぞ!?
私はいつだって冷静だ!!」
威厳を取り戻そうと躍起になっている
バルクホルンだが、その慌てて弁明する態度から
図星であることは明白なため、
最早手遅れだろう……
「お姉ちゃん、なんだか楽しそう♪」
だがクリスは、
これほどまで百面相する姉を見て笑顔になる。
幼かった頃ならまだしも、
軍人として戦い始めてからは
常に引き締まった顔しか見せず、
笑っても口元を少しばかり弧にするだけ。
だが今の彼女の表情は、怒っていても、
慌てていても、赤くなっていても、
それらすべてが軍人になる前に
彼女が見せていたものだったため、
クリスは思わず笑顔になったのだ。
「? そうか?」
「それは宮藤のおかげだな?」
「ミヤフジ…さん?」
エーリカから齎された初めて聞く名前を
クリスは呟く。
「うん、この間入った新人でね」
「お前に少し似ていてな…」
「私に!?わぁ、会ってみたいなぁ♪」
実の姉がそう言えるほど自分に似た人がいると
知り、クリスは少しばかり興奮する。
「そうか、じゃあ今度来てもらおう」
「ホント!?お友達になってくれるかな?」
「ハハハッ♪かなりの変わり者だけどいいやつだ。
きっといい友達になれるさ!」
歳もそれほど離れていないし、
宮藤の人となりを知っているバルクホルンは
妹とも友達になってくれると頷く。
「あ!似ているとは言っても、
当然お前の方がずっと美人だからな!」
「…?」
「……姉バカだねぇ」
突然別ベクトルの話題の切り返しに
ポカンとするクリス。
エーリカは妹相手にした相方の
通常運転な物言いに呆れ顔になる。
「姉バカとはなんだ!?ノアールだって
宮藤とクリスを比べれば、
当然クリスを選ぶに決まっている!!」
心外だといった態度で腕を組んだバルクホルン。
と、そこで彼女は疑問顔になり、
そこから慌て顔になる。
「い、いや!!選ぶというのは美人がどちらか
という意味であって、決してノアールがどちらを
好きになるかという意味ではなくてだな!!?」
「はいは~い…だ~れもそんなこと
一言も言ってないからねぇ~」
呆れ果ててうんざりだという顔で
首を振るエーリカ。
その手も落ち着けよという振り方になっている。
「お姉ちゃん、ノアール…さん?って誰?」
「ああそうか、クリスはまだ
知らなかったんだな…」
「あ!そういえば、
トゥルーデを助けてくれたのって
宮藤だけじゃなくてノアールもそうだったっけ?」
忘れてたという顔で手を叩くエーリカ。
「ノアールは宮藤が入る少し前に入ってきた
新人……とはいっても、
別部隊でネウロイと戦っていた奴でな」
「しかも魔法力を持った男の子、
ウィザードだよ?」
「男の子!?」
クリスは驚きを隠せない。
彼女の中では、姉を含めて魔法力は女性にしかない
という常識だったため、
男性が魔法力を持っているという事実を聞いて
驚くのも無理はない。
「しかもトゥルーデを助けたことがきっかけで、
今やトゥルーデの弟なんだよ♪」
「弟!?お姉ちゃん、そのノアールさんって
私と同い年くらい?」
「あ~そうだな……お前よりかは……
少し下かもしれないな?」
「じゃあ、私の弟でもあるってことだよね!?」
いつになく目を輝かせているクリスに
バルクホルンは目を細める。
自身はクリスという存在ができてから、
姉になる感覚というものはすでに馴染んで久しい。
だがクリスにとっては自分より下の存在ができる
感覚は初めてなのだ。
宮藤の話が出た時以上に興奮するのも無理はない。
ルッキーニが彼の姉になった時も
こんな感じだったなと思い出す。
「そうだな。アイツもきっと
快く受けてくれるだろう」
「実を言うとね、今日一緒に来てるんだ♪」
「ホントですか!?」
「お前が目を覚ましたら、ぜひ会ってくれないかと
以前約束していたんだ」
「でもノアールってば真面目でさぁ……
“家族水入らずの再会の場に自分が
入っていいんですか?”だって。
今も部屋の外で立ってるんだ」
やれやれといった様子で頭の後ろで
手を組むエーリカ。
バルクホルンもその時のことを思い出したのか
苦笑していた。
「いいに決まってます!
だってノアールさんも家族になるんだから!」
姉が弟という形で家族に迎え入れた人物なら、
自分とだって家族になれるはず、
という期待の眼差しで二人を見つめるクリス。
「お前がそこまで言うのなら、
会わせないわけにはいかないな」
「ノアールもきっと喜ぶよ。
……顔には出ないけど……」
「?」
「そこはクリスも私達と同じように、
慣れていってもらうしかあるまい」
「そうだね。じゃあ呼んでくる」
そう言ってエーリカは椅子から立ち上がって
病室の出入り口へと向かう。
扉を開き、外にいるであろうノアールに
声をかける。
「ノアール、ご指名だよ~♪」
『エーリカさん、本当に……?』
「いいのいいの♪それに家族水入らずってところは
心配しなくても大丈夫みたいだよ♪」
『? それはどういう?』
「まあまあ、とにかく入った入った♪」
エーリカはノアールの背を押して
開いていた扉から部屋に押し入れる。
「クリス、この子がさっき言ってた
ノアールだよ♪」
『……初めまして、ノアール・ルーです』
「わぁ~……」
クリスは先に聞いていた
自分の弟になるかもしれないノアールを
目の前にして言葉を失った。
自分より少し年下と聞いていたため、
背丈が自分と同じか下だと思ってはいたが、
呆けた原因はその容姿にあった。
クリスの友達や姉の伝で知っている
ウィッチの中にもこれほどまで混じり気の無い
白い髪をした人物はいなかった。
それを肩の上でボブカットにし、
幼い容姿も相まって、前情報が無ければ
女の子と勘違いしてもおかしくない。
その白い髪の合間から見える青い瞳にも
不思議な魅力を感じた、まるで――――
“人形に埋め込まれたビー玉”のような……
「クリス?」
「あ、ゴメンお姉ちゃん。
クリスティアーネ・バルクホルンです、
お姉ちゃんがお世話になってます」
「うんう……ってクリス!?
世話になってるのは私じゃないぞ!?」
『こちらこそ。トゥルーデねえ……
バルクホルン大尉には
大変お世話になっております……』
「まあまあ、ぶっちゃけ
どっちもどっちじゃない?」
「普段世話されているお前が言うなッッ!!」
エーリカの茶々によってその場の雰囲気が
和やかになる。
初見による緊張が解れたところでクリスは、
一番気になっている質問をする。
「あの!ノアールさんってお姉ちゃんの弟に
なったってホントですか?」
『え?はい、いろいろとありまして
今はトゥルーデ姉さんと呼ばせてもらっています』
「じゃあ、私のことも姉さんって
呼んでくれませんか?」
『クリスティアーネさんを?』
「クリスでいいですよ。友達になる前から、
こんなこと言うのは変ですけど…どうですか?」
ノアールはクリスの期待に満ちた眼差しに、
ルッキーニを初めて姉さんと呼んだ時と
同じ感覚をノアールも感じた。
ノアールは思わずバルクホルンを振り向く。
いくらクリスのお願いとはいえ、
実の姉であるバルクホルンを前にして
そんなことをしていいのだろうかと。
「お前が呼んでもいいのなら構わないさ。
生真面目すぎるのが玉に瑕だが、クリスを含めて
私と姉弟になってくれるのなら嬉しい」
3人での会話をしている時点で、
その部分に関しての懸念はすでに解消されている。
バルクホルンと、そしてエーリカが
微笑みながら頷いたのを見て、
ノアールは改めてクリスを見据える。
『では――――』
コンコンッ……ガチャッ!
その時、病室の扉がノックされ、
すぐさま開け放たれた。
「失礼する。ここにノアール少尉はいるか?」
入ってきたのはブリタニア空軍の制服を着た
大尉官の軍人だった。
「ちょっと!返事も聞かずに入ってくるのは
失礼じゃないかな?」
「それについては謝罪するハルトマン中尉。
だが事が事のため、やむを得なかった」
「そうだとしても、この場におけるマナーを
弁えない理由にはならんぞ!
ましてやここは私の身内の病室だ。
もう少し配慮というものを――――」
『バルクホルン大尉!ハルトマン中尉!』
事務的な謝罪をする大尉に対し、
抗議しようとする二人をノアールの一声が
引き留める。
『呼ばれているのは自分です。
自分が出ていけば事は終わりですから』
「でもさノアール…!」
『“あの方”の副官が来られたということは、
重大な案件なのは確かなことです。
ここで時間を浪費して部隊の印象を悪くするより、
そちらに対応することの方が重要と考えますが?』
ノアールの言っている“あの方”という言葉に
意味合いを察し、バルクホルンとエーリカは
押し黙った。
クリスの元を離れて大尉の前に立つノアール。
『すぐに向かいます、先に出ていてください』
「了解した。外に車を待たせてある」
そう言って大尉は病室を出ていった。
『そういうわけでクリスさん、
自分は行かないといけないので…』
軍人同士の会話という緊迫した雰囲気が
霧散したところで、ノアールはクリスに向き合う。
『貴女を姉さんと呼ぶ機会は、
またいずれということで…』
「…はい」
彼も姉と同じく軍人であるという認識をしたうえで
返事はしたものの、その表情と声音は
明らかに沈んでいた。
そんな彼女の手をノアールは握る。
『だからクリスさん、
まずは元気になってください。そして退院して、
改めて貴女と会った時に呼ばせてもらいます。
退院祝いの記念として』
「っ……はい!」
ノアールの夢溢れる妥協案に、
クリスは顔を綻ばせる。
今度の彼の励ましの言葉は
きちんとその役割を果たしたようだ。
そして立ち上がったノアールは
バルクホルンとエーリカに向き合う。
『では行ってきます。
お二人は先に基地に帰ってもらって構いません』
「いいのか?」
『帰りの足くらい都合できますよ』
「わかった。気を付けてね」
二人に軽く会釈し、最後にクリスに会釈して
ノアールは病室を出ていった。
「お姉ちゃん、ノアールさんって
なんか不思議だよね」
彼が出ていった病室の扉を見つめながら
クリスは呟く。
「私より年下のはずなのに、
あの軍人さんと話してる時の顔は
全然年下って感じじゃなかった……。
それにネウロイと戦ってるんでしょ?
お姉ちゃんたちと一緒に…
最初は信じられなかったけど、あの顔見たら
やっぱりそうなんだって思っちゃった」
クリスのノアールに対して抱いていた印象を
聞いた二人は、互いに苦笑した。
「クリスがそう思うのも仕方ないさ…」
「私らも最初にノアールと会った時、
そんな感じだったからねぇ」
「そうなの?お姉ちゃん、
部隊でのノアールさんってどんな人か教えて!」
その後、基地に戻る時間になるまで
二人は軍規に触れない程度に
クリスに部隊でのノアールの人物像を話した。
その中で、彼が過去の記憶を失っている
事実を聞き、彼女の中で自身の姉に
負けないくらいの姉になろうという決意が
密かに燃え上がっていた。
◇◇◇
「本国の方に来ていたとはな。
私としてはわざわざ基地に迎えを行かせる
手間が省けて助かったが…」
『恐縮です、マロニー大将。
丁度、バルクホルン大尉の妹君の見舞いに
同伴していたので…』
本国軍司令部の中にあるトレヴァーの執務室にて、
部屋の主であるトレヴァーとノアールが
向き合っていた。
机に座るトレヴァーのすぐ横には
ノアールを呼びに来た大尉――――
トレヴァーの副官が立っていた。
「身内の見舞いに同伴できるほど、
ウィッチ達との関係は良好のようだな?」
『はっ。配属当初に比べて、
ずいぶんと打ち解けるようになりました。
このままの調子でいけば、
いずれはガリアの開放も夢ではないかと』
「………なるほどな」
机に頬杖をついてノアールを見やるトレヴァー。
彼は、表情こそ変わらずに言葉を述べる
ノアールが、幾ばくか高揚しているように見えた。
戦うことしか知らない、
戦いに意味を見出すことのなかった、
あのノアールが、である……
そんな彼の無自覚な変化に、
トレヴァーは“一切興味はなかった”。
「早速だがノアール、
今日お前を呼んだのは少しばかり
由々しき事態が発生したからだ……」
そう言ってトレヴァーは副官に視線を向けると、
それを受けた副官がノアールの前に立ち、
持っていた一枚の資料を手渡す。
『拝見します……』
ノアールはその資料を受け取りつつ、
トレヴァーの言う由々しき事態が何なのかを
推測する。
だがその推測は、資料の一番上に載っていた
写真によって中断させられた。
『……これはっ!?』
「……私の言葉の意味が解っただろう?」
『……噂には聞いていましたが、
今度はガリアで…ですか……』
写真の下に書かれていた説明文を読み終わり、
資料を副官に返却するノアール。
『して、この件に関して
自分に課される指令とは?』
「簡単なことだ、この目標を発見し次第、
殲滅する。これまでお前がしてきたことと
変わらん」
さも当然のように言ってのけるトレヴァーに、
ノアールは静かに頷く。
『確かに。それにコイツが現れたということは、
501のウィッチの方々にも危険が迫っている
ということでもある……』
「……」
『拝命しましたマロニー大将。この目標は、
必ずや自分が撃ち落して見せましょう』
「……よろしい、下がって構わん」
トレヴァーに敬礼し、ノアールは退出した。
「………ずいぶんとヤツも
口が回るようになったな……」
ノアールが退出してしばらくし、
トレヴァーはふと呟く。
「それにどうやら、ヤツは私がこの命令を下した
意図が、“あの小娘たちを守るため”と
勝手に解釈しているらしい……」
「よろしいのですか?その意図を
はき違えたままで、ヤツにあの目標を殲滅する
命令を出しても……」
「構わん。理由はどうあれ、ヤツがあの目標を
殲滅するのに積極的になっているのなら好都合……
“ウィッチと接触する”前に
殲滅してくれればよいのだ……」
トレヴァーの机の上に置かれた資料……
その写真に写っていた黒一色の影の形は……
“ストライカーを履き、
使い魔の耳を出現させたウィッチ”に
酷似していた……
◇◇◇
「悪いが、中身は勝手に見させてもらった……」
同じ頃、501基地のミーナの執務室にて、
朝方に届いたネウロイの情報を整理していた
ミーナと坂本、クリスの見舞いを終えて
帰ってきて早々、先の二人に呼ばれた
バルクホルンとエーリカの姿があった。
その中で、バルクホルンは一通の
封が切られた手紙をミーナたちの前に突き出した。
この手紙は病院の近くに停めていた、
バルクホルン達が乗っていた車の
ワイパー部分に挟まっていたもので、
差出人の名はなく、ミーナ宛とだけ
書かれていたのだ。
「“深入りは禁物、これ以上知りすぎるな”
……これはどういうことだ?」
「…興味あるねぇ」
軍関係者に宛てた手紙を、正式な手続きを経ずに
直接…それも手紙を残した車がその人物に届くと
見越したうえで置かれていたのだ。
良からぬことが書かれていると見越したうえで
バルクホルン達は内容を見た。
そこに書かれていた文面の意味を問いただすため、
バルクホルンとエーリカはミーナと坂本に
詰め寄る。
「疚しいことなど何もしていない…
だろうミーナ?」
「えっ……ええそうよ。私たちはただ
ネウロイのことを調べていただけで…」
「それでどうしてこんなものが届く!?」
後ろ暗いことは何もしていないと
二人を諭すミーナと坂本だが、
それではこの文面に説明がつかないと
バルクホルンは声を荒げる。
「差出人に心当たりは?」
「ありすぎて困るくらいだ……」
「そうね。私たちを疎ましく思う連中は、
軍の中にいくらでもいるはずだから…」
「が、こんな品の無いことをする奴の
見当はつく……」
坂本のその一言で、一同が彼女に目を向ける。
「恐らく“あの男”は、この戦いの核心に触れる
何かをすでに握っている。
私たちはそれに触れたんだろう…」
「あの男って……?」
「トレヴァー・マロニー空軍大将……
ノアールの直接的な上官さ」
その名を聞いた瞬間、
バルクホルンとエーリカは互いを見合わせる。
「そういえば、ノアール君は?
貴女たちと一緒に行ったはずよね?」
ミーナはふと思ったことを口にしたのだが、
バルクホルンとエーリカの表情は
険しさを増していく。
「あのタイミングなら、私たちが乗ってきた車に
この手紙を残すことも可能だな……」
「それに、ノアールもあの方って言ってたしね……
来た人だって副官って言ってたし……」
「二人とも、何の話だ?」
二人だけで納得している様子を見た坂本は
説明を求める。
そこからバルクホルンとエーリカは、
クリスの見舞いに行った際、
ノアールをクリスと会わせてしばらくした後、
突然ブリタニア空軍の大尉官の男が現れ、
ノアールを半ば強引に連れて行ったことを
説明した。
「なるほどな……確実な証拠はないとはいえ、
タイミングとしては申し分ない……」
「ええ。それにもしかしたら、
ノアール君を呼び出した理由も、その核心に
関係していることかもしれないわね……」
説明を聞いた坂本とミーナの考察に、
バルクホルンとエーリカは怪訝な表情を浮かべる。
「坂本少佐、ミーナ……
まさか、ノアールまでこの件に関わっている、
とでも言いたいのか?」
これまで様々な戦況を乗り越えてきた仲間であり、
家族であり、なにより義理とはいえ弟でもある
ノアールが疑われているのかと
バルクホルンは少しばかり語気を強めて問い質す。
「勘違いするなバルクホルン」
「私達も別に、ノアール君を疑っているから
こう言っているわけじゃ無いのよ?」
「じゃあどういう意図で言ってるのさ?」
「忘れているかもしれないが、
ノアールはもともと“あのマロニー大将”からの
派遣によって我々の元に来たんだ。
その段階で二人も疑問を抱かなかったわけじゃ
無いだろう?」
坂本の指摘に、バルクホルンとエーリカも
少しばかり押し黙る。
ウィッチを毛嫌いしているはずの人物から、
そのウィッチ達への恩情ともとれる
派遣が送られる。
なるほど確かに裏があると疑うのは当然の帰結だ。
「私もミーナも、最初は内部分裂を促す刺客か……
スパイかと疑って見ていたんだ……がな……」
「あの子のこの部隊に来て当初の態度……
とてもそんな風には見えなかったでしょ?」
思い出せば、確かに今と比べて、
明らかに分厚い壁で覆われている要塞のような
気難しい性格をしていたことを思い出す二人。
内部分裂を促す輩か、はたまたスキャンダルな
情報を手に入れるような輩なら、
自分からこちら側と距離を置こうとはしない。
「今でこそヤツは我々にとっても大切な仲間だ。
だが、ヤツが失くしている記憶の中に、
あの男が関わっているとしたら……」
「そう考えれば、疑うのも無理はないのよ……」
しかし、あえてそういった態度をとることで、
逆にこちら側から歩み寄るような体勢を取らせて
内側に入り込む――――
といった戦略とも考えられるのも事実……
そういった懸念も無きにしも非ず……なのだが……
「でも二人は、なんだかんだ言って
ノアールを信じたい……でしょ?」
言い淀んでいる様子の二人を見越して、
エーリカがあっけらかんと言ってのける。
「ああ。お前たちもそう思うか……」
「当然っ!」
「もちろんだ!」
「そうね。それに……」
「どうしたミーナ?」
「っ……いえ、なんでもないわ…」
全員が全員、これまで彼が見せてきた
数々の姿を思い浮かべて笑みを浮かべる中、
ミーナがふと思い出したのは…
昨夜、自分に向けて宣言されたノアールによる
決意表明だった……
その時である、
ネウロイ出現の警報が鳴り響いたのは……
◇◇◇
『……ッ!停めてください!』
「は、はい!」
同じ頃、ロンドンから501基地を目指していた
軍用車にノアールは乗車していた。
運転手を任された青年軍人は、
道中全く会話の無かったノアールから
突然停止を告げられて慌ててブレーキを踏む。
ウゥゥゥ~~~ッッ!!
軍用車から降りたノアールの耳に、
エンジン音とタイヤが地面を踏み鳴らす音で
掻き消えていたであろう警報音が
鳴り響いてくるのが聞こえた。
『501のネウロイ襲撃時の警報音……』
そう呟いたノアールは軍用車に乗る青年軍人に
用件を伝える。
『ご苦労様です。自分はここから出撃しますので、
貴方は戻ってくださって結構です』
「えっ!?しかし……」
青年軍人の戸惑った声を流しつつ、
ノアールは501基地に向かう道を走りながら、
ビームカプセルを取り出し、点火した。
『こちらノアール!
501基地、応答してください!』
SUAを装備し、飛び立ったノアールは
501基地に向かって飛びながら通信を試みていた。
<ノアール君!こちらミーナ!>
『ミーナ中佐!状況は!?』
<グリッド東、23地区に単機でネウロイが出現。
ロンドンに向かうコースを進んでいるわ!>
『出撃は!?』
<バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、
シャーリーさん、ルッキーニさん、
リーネさん……それから、坂本少佐よ……>
『っ!?』
出撃メンバーの名が告げられ、
坂本の名を告げた時のミーナの声音は
明らかに苦悶の様相だった。
ノアールもまた、その意図を察して目を見開く。
<それから、予定に無い訓練で飛行中だった
ペリーヌさんと宮藤さんの内、
宮藤さんが独断で先行してしまったらしいの!>
『なんですって!?』
さらに齎された情報にノアールの表情が
焦りを帯びる。
『自分も少佐たちに合流します!』
<頼んだわよ。ノアール君、どうか……>
『っ……了解ッ!』
ミーナの最後まで告げなかった言葉の意図を察し、
ノアールは決意を込めた声で応じ、
報告のあった方向に向けて飛び立った。
◇◇◇
ネウロイの出現時、
宮藤が何故ペリーヌと共に飛行訓練を……
それも予定外の訓練を行っていたかの経緯を語ろう――――
今日の午前中に行われた
宮藤&ペリーヌ 対 シャーリー&ルッキーニ
によるロッテ同士の摸擬戦において、
ルッキーニに背後を取られた宮藤が、
坂本の得意とする空戦軌道“左捻り込み”で
背後を取り返し、ペイント弾によって
二人を撃墜判定にしたのである。
それを間近で見ていたペリーヌは、
坂本から独自に教えを受けていたのかと
嫉妬交じりに宮藤に問い掛けるが、
宮藤はあくまで見様見真似でやってみただけと
弁解した。
坂本に対して盲目的に心酔しているペリーヌは
納得できないと尚も抗議し、
その場で宮藤に決闘を申し込んだのである。
一対一、且つ安全装置を施した
実銃を使っての摸擬戦。
10秒間相手の背後を取った方が勝利
というルールに基づいて決闘は始まった。
が、その直後ネウロイ出現の警報が鳴り響き、
ミーナからは出撃メンバーが来るまで
待機を命じられたものの、
宮藤は空から見えた農園にいる一般市民たちが、
警報によってネウロイに怯える様相を見て、
足止め程度ならできると
独断先行してしまったのだ。
それから宮藤は報告のあった方角に向けて
飛んでいると、
弓矢の矢じりに小さな羽が生えたような形の
小型ネウロイを発見した。
すぐさま射撃に移ろうとしたが、
機関銃の安全装置がかかったままだったため、
それを解除してネウロイに目を向けると――――
“ウィッチを模した人型”に
変化したネウロイが目の前にいた……
それを見た宮藤は困惑したが、
無意識に機関銃の引き金から指を離し、
さらには構えていた機関銃すらも
降ろしてしまったのだ。
それを警戒が解かれたと判断したのか、
人型ネウロイは攻撃――――
することはなく、宮藤の周りを
自由自在に飛び回り始める。
さらには突然近づいてきたと思えば
宮藤の制止の声で止まったり、
逆に宮藤から触れようとしたところで
離れようとする。
宮藤は、どこか人間じみた行動をする
人型ネウロイにいつのまにか敵意すら
感じなくなってしまい、笑ってしまう。
が、そんな自分に驚いて、改めて……
言葉が通じているのか定かではないが、
ネウロイに問い掛ける。
「ねぇ……あなた達は、本当に私たちの敵なの?」
人型ネウロイは、言葉を発しない。
が、その代わりに自身の内部……
人間で言うところの心臓部分を広げて見せた。
そこにあったのは本来なら激しい攻撃の末に
見つけられるネウロイのコアだった……
そんなコアをここまであからさまに、
自分に攻撃すらもせずに見せてくる……
どういう意図をもっているのかは
知る由もない宮藤だったが、
彼女は無意識にネウロイのコアに向けて
手を伸ばそうとする――――
<何をしている!宮藤!!>
直後、インカムに聞き慣れた上官の声が聞こえた。
◇◇◇
ペリーヌと合流した出撃メンバーのウィッチ達は
焦っていた。
宮藤がネウロイと接触したところまでは
把握できたが、そこから先が不明瞭なまま
だったのだ。
サーニャの探知魔法でも詳しい所まではわからず、
通信を試みてもジャミングがかけられており
離脱を促すこともできない。
さらにはロンドンに向けて飛行していた
ネウロイが、宮藤と接触したタイミングで
ガリア方向へと引き返し始めたという。
これは罠に違いないと、
坂本は無意識に一団の先頭を飛んでいた。
そして、魔眼による遠視で宮藤を見つけると、
もう一人ウィッチがいることに気づく。
が、その謎のウィッチにはネウロイのコアがあり、
即座にそれがネウロイだと判断した坂本は
一人先行した。
「撃て!撃つんだ宮藤!!」
「っ……待ってください、このネウロイは!!」
ネウロイの至近距離にいて構えもしない宮藤に
叱咤する坂本。
だが、宮藤は逆にネウロイを
庇うような体勢をとってしまう。
「惑わされるな!!ソイツは人じゃないッ!!」
「違うんです!そういうことじゃ……っ!」
「撃たぬならどけっ!!」
尚も命令を聞かない宮藤にしびれを切らした坂本は
機関銃を向ける。
「あっ!!」
それを敵対行為と判断したのか、
宮藤の後ろにいた人型ネウロイは
露出していたコアを収納し
坂本の放った銃弾を躱すと、
人間で言うところの両腕を前に突き出し、
そこからビームを撃ち放った。
「くっ!!」
それを見た坂本はすぐさまシールドを展開する――――が……
「うぁぁぁああッッ!!」
ネウロイのビームはシールドに
阻まれることなく貫通……
機関銃の弾倉に直撃し……
その爆発によって坂本は撃墜されてしまった……
「坂本さぁぁぁんッッ!!」
「少佐ぁぁぁッッ!!」
墜落していった坂本を追いかけて
宮藤とペリーヌが飛んでいく。
<どうしたの!?何が起きたの!?>
通信室からでは状況のわからないミーナから
報告を促す通信が入る。
「坂本少佐が、ネウロイに撃たれて!!」
<ッ!!>
「シールドは張ったのに……っ…まさか!?」
バルクホルンは先の状況から、
坂本のシールドが機能しなかった原因に気づいた。
が、その直後――――
『ヴォォォァア゛ァァァァァァァァッッッ!!!』
鬼か悪魔か……
そんな姿が連想できるような叫び声が響き渡った。
◇◇◇
坂本がネウロイのビームによって
撃ち落された瞬間を、彼は確かに見ていた……
『坂本……少佐……』
黒煙の中を重力に逆らうことなく
落ちていく坂本……
『そんな……間に合わなかった……』
唇を震わせながら、
その光景を見ることしかできなかった
自分の不甲斐なさに絶望する。
自分はウィッチを守るために在る者……
ミーナにそう約束したのに……
これからはより一層ウィッチ達に
寄り添って戦おうと決めたのに……
その矢先にこれほどの大失態……
『………ッ!?』
その時、彼は自分の行き先に浮かんでいる
ソレを見た――――
黒一色で統一された身体と、
赤い発光機関を供えた人型のネウロイを……
ドクンッ!
それを視界に収めた瞬間、
彼の中で鼓動の脈打つ音が響く。
彼の心臓……とも違うそれは、
段々と脈打つ間隔が早くなっていく。
ドクンッ!ドクンッ!
『はぁ……はぁ……』
ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!
『はぁ……はぁっ……』
その鼓動が早鐘を撃つたびに、
彼の息遣いが荒くなっていく。
『ハァッ!……ハァァッ!』
そしてその息遣いは苦しんでいるという様子から、
“怒りを滾らせている”物へと変わっていく……
震えていた両手は拳が握られ、装備している
SUAの腕部アーマーが軋む音を響かせる。
『ッ……グゥッ……ンヴゥッ………ア゛ァッ……』
もはや彼の口から発せられているのは、
言葉とは言い難く、その表情も、
これまでウィッチ達に見せてきた
どの表情とも違う――――
怒り、憎しみが込められた形相をしていた……
『ヴォォォァア゛ァァァァァァァァッッッ!!!』
鬼とも悪魔ともとれるその咆哮……
彼――――ノアールの中にある感情は――――
『(大切ナ人ヲ傷ツケタッ…………
キサマヲコロスッッ!!)』
その一心だけだった……
◇◇◇
憤怒、憎悪、怨恨……
そういった負の感情しか感じることのできない
咆哮が聞こえた瞬間、ウィッチ達は
その出所を見る前に驚愕の光景を目にする。
坂本を撃ち墜とした人型ネウロイに
赤い閃光が突撃していく様子を……
「な、なんだっ!?」
突然の事態に困惑しているバルクホルン達の前で、
赤い閃光は人型ネウロイを押し出しながら
海へと突進していく。
が、人型ネウロイは
赤い閃光の拘束を解いて上昇を始める。
それを逃がすまいと、
赤い閃光が人型ネウロイを追いかける。
その瞬間、
人型ネウロイを追いかける閃光が収まり、
その全貌がウィッチ達の前に晒された。
「あれってノアールじゃん!?」
エーリカの指摘通り、
人型ネウロイと戦っているのはノアールだ。
だがその戦い方は、
これまで彼が見せてきた戦い方の
どれにも当て嵌まらないものだった。
人型ネウロイの足元に追いついた瞬間、
左手でその片方の足を掴むと引きずり下ろし、
人間で言うところの首を右手で掴み、
圧し折らんばかりに握りしめる。
と思えば、空いた左手を拳にして振りかぶり、
顔部分を何度も殴りつける。
だが人型ネウロイも反撃の意志を見せたのか、
ノアールと自身の間にネウロイのビームを
球状にしたものを発生させて爆発させ、
互いの距離を取る。
だがノアールは離れた瞬間、
すぐさま人型ネウロイに肉薄し、
今度は左手でウィッチの使い魔の耳に
あたる部分を掴み、拳にした右手で
顔部分を何度も殴りつける。
<どうしたの!?ノアール君に何があったの!?>
坂本が墜とされた悲しみに暮れていたミーナから
涙交じりに報告を促す通信が入る。
「ミーナ中佐、ノアールくんが戦ってるん
……ですけど……」
「いつもと様子が違うんだ!!」
リーネは怯え気味に、
シャーリーは困惑しながら報告する。
ウィッチ達が見ている前で、ノアールの
人型ネウロイへの攻撃はその激しさを増していく。
人型ネウロイの、ウィッチで言うところの
ストライカーのウィング部分を、普段の戦闘の中で
使うことのない脚で蹴りつけて圧し折り…
もう片方は空いていた手で掴んで引き千切る。
挙句には、人型ネウロイの胴体に
両足を絡ませてホールドし、
両の拳でひたすら殴り続けていた。
『ア゛ァァッ!!ア゛ァァァッッ!!』
ノアールの口から発せられている声は、
もはや人のものとは思えない
獣の声も同然のものになっていた……
坂本を墜とした敵のネウロイを倒す……
その気持ちはこの場に居る、
どのウィッチの中にもあった……
この場に居ないミーナもまた、
すぐにその場所に行けない悔しさから
バルクホルン達にその指示を送ろうとしていた……
が、ノアールの齎す残虐非道な光景に、
誰一人言葉を発することも、
指一つ動かすこともできなかった……
なまじ敵のネウロイが人型……それも自分たちと
同じウィッチの姿を模しているために、
まるで――――
ノアールが怒りに任せて
自分たちと同じウィッチを残酷なまでに
蹂躙しているように見えたのだ……
そんな様子を呆然と見ていた彼女たちの中に
気づいた者がいるのか定かではないが……
ノアールの纏うSUAの、普段なら青白い光を放つ
魔力供給パイプの色が――――
血のように“紅い光”を放っていた……
◇◇◇
『ハァッ……ハァッ……ハァッ……!』
今の今まで人型ネウロイの顔面部分や
目につくところを手あたり次第
殴りつけていた手を休めたノアールは
肩で息をしていた。
だがその顔は、いまだ怒り冷めやらぬ
といった様相だった。
そしてノアールは見た。
ヒビ割れ、変形し、はたまた欠損して、
最初の時よりも見るに堪えないほど
痛々しい姿になった人型ネウロイの
胸部分から発せられる光を……
目ざとくそれを見つけたノアールは、
両手をその隙間に捻じ込んで押し広げる。
現れたのは当然、宮藤と接触した時に
無防備に晒されたネウロイのコアだった……
それを確認したノアールは今一度、
左手で人型ネウロイの首部分を掴み、
右手を貫手の形にして構える。
完膚なきまでにコアを粉砕する腹積もりなのか、
構えている右手に紅い光が収束していく。
『コレデェェ!!オワリダァァァァァッッ!!!』
ウィッチ達が援護に加わる気も起こせないほど
一方的な蹂躙でもって人型ネウロイを
圧倒したノアール。
過程はどうあれ、これでノアールの勝利だと、
その場にいる誰もが確信した――――
が……
ズブンッ!
『ナ……ニ……ッ!?』
ノアールの貫手にした右手は確かに
人型ネウロイのコアに打ち込まれた。
だが彼の目の前で起こっている事態は、
この場の誰も予想だにしていないことだった――――
ノアールの右手が、ネウロイのコアに
“飲み込まれた”のだ……
◇◇◇
『(どういうことだ!?どうして壊せない!?)』
これで終わりだと確信していた……
ネウロイに痛覚があるか定かではないが、
坂本を墜とした罪と罰を、この人型ネウロイに
“コア以外”を徹底的に粉砕することで叩き込み、
最後の最後でコアを破壊すると決めていた……
だが事態は予想だにしていなかった
展開になった……
ノアールはすぐさま右手に力を籠めるが、
どうやっても引き抜くことができない。
まるでセメントに手を突っ込んだまま
固まってしまい、いくら引っ張っても
抜けないようなイメージだ……
『クッ!!貴様、何のつもりだ!!?』
右手をどうにかして引き抜こうと試みつつ、
ノアールは――視覚があるのか定かではないが――
人型ネウロイのヒビ割れた顔部分を見て問い質す。
相変わらず人型ネウロイは言葉を発しない――――
が、その代わりに齎されたのは――――
“…………I……た………ィ”
彼の脳内に響いてきた
“奇怪な
『(っ!?……今のは……!?)』
“……ィ………多………ゐ……”
『まさか……ネウロイの声!?』
ノアールは“声”と表現したが、
実際に人型ネウロイが声を発しているわけでも、
脳内に声が響いているわけでもない……
正確に言うならば、
彼の脳内に浮かんでいるのは“文字”だった……
その文字が音声を伴って脳内で流れているため、
ノアールは声と表現したのだ。
『今更会話だと!?
どの面下げてそんな真似を!?』
“………い………タ………ィ”
ノアールはそこでようやく、
人型ネウロイの繰り返し発している
『“痛い”だと!?動物や人間ならいざ知らず、
貴様らネウロイが痛いだと!?
ふざけるのも大概に――――』
「ノアールくん……誰と話してるの?」
その時、後ろで事の次第を見守っていた
ウィッチ達の内、リーネが率先して
ノアールに尋ねる。
『えっ……?皆さん……聞こえないんですか?』
「聞こえない?…………ってノアール!
ネウロイのコアに手がッ!!」
ノアールの質問返しに応じようとしたエーリカが、
彼の身体の陰に隠れていたネウロイのコアに
その手が飲み込まれているのに気づく。
“………同………”
その時、再びノアールの脳内に
彼が振り返ると人型ネウロイはノアールに
顔部分を近づけていた。
『な、なにを……!?』
“………某………my………同……”
人型ネウロイは両腕部を広げて、
まるでノアールを受け入れるような体勢になり、
尚も迫る。
『違う!!……これはお前のコアに
触れているからであって……!!』
“my……Word……解………同……”
先までの様相とは一変し、人型ネウロイが
ノアールを追い詰めている構図になっていた。
『違うッ!!自分は………自分はッ――――!!』
そこでノアールの言葉と思考に空白が生じた――――
『(いや………そもそも、
“本当の自分”って………?)』
ダンッ!!
ズボォッ!
その瞬間、大きな衝撃音が響いた。
それと同時に、人型ネウロイのコアに埋まっていた
ノアールの右手も引き抜けた。
「しっかりしろノアール!!……ッ!?」
その呼びかけに、ノアールはハッとなり
声の主に目を向ける。
『トゥルーデ……姉さん……』
ノアールのその身を支えているのは
バルクホルンだった。
彼女の怪力魔法を伴った突撃によって
人型ネウロイを引き離したようだ。
引き離された人型ネウロイは
そのままガリア方向へと引き返し始め、
シャーリー、ルッキーニ、エーリカが
それを追撃する。その中でも――――
「ノアールに妙なことしようとした、
お前だけは許さないからぁぁぁッッ!!」
ルッキーニが勇猛果敢に人型ネウロイを攻撃する。
姉として、弟に危害を加えようとした
今度の敵に怒り心頭だった。
「どうしたんだ?さっきまでの…………っ……
あれほどネウロイを追い詰めていた勢いは
どうしたんだ?」
バルクホルンは少しばかり言葉を濁しつつ、
ノアールに尋ねる。
『……すいません……坂本少佐が墜とされたのを
目にして……頭に血が上って………
はっ!坂本少佐はッ!!?』
「落ち着けノアール!アレを見ろ!」
ノアールを宥めつつ、バルクホルンは
坂本が墜ちていった場所にその眼を向けさせる。
その場所には、見覚えのある
魔法力の光が灯っていた。
『アレは……宮藤さんの……』
「ペリーヌと、さっきリーネも降りていった。
ミーナも医療班を向かわせてくれている。
それまでは宮藤がなんとかしてくれるはずだ……」
『そうですか……よかっ……ッ!!』
ノアールの言葉が、そこで途切れる。
「ノアール?」
『……良く……ありませんッ……!』
魔法力の光が見えるその場所に眼を向けていた
ノアールが震え始める。
『約束したのに……っ……
トゥルーデ姉さんにも……
エーリカさんにも…………
それにミーナさんにも……皆さんを守るって
………約束……したのにっ!!』
振り返ったノアールの表情は悲しみに歪み、
涙が溢れていた。
そんな彼にバルクホルンは諭すように語り掛ける。
「心配するなノアール。宮藤を信じろ…」
『でもっ……』
「それに…あの坂本少佐が、
これしきの事で死ぬような人じゃないことは、
お前だって解っているはずだ。
尤も、ウィッチとしてのアガリを迎えていて、
シールドが役に立たなくなっていたのは、
私とて予想外だったがな……」
バルクホルンは少しばかり目を伏せる。
「だが、少なくともまだ死んではいない!
お前の約束は、まだ破られたわけじゃ無い!」
『トゥルーデ姉さん……』
「だから、いつまでもそうやって泣くのは
止めろ……男はそう簡単に
涙を見せるものじゃない……」
『ッ……くっ!!』
ノアールはバルクホルンの胸に顔を埋める。
泣くなと言われたものの、
すでに流れている涙を止めることなど出来ず、
彼女の胸の中でしゃくりあげていた。
両手にMG42を抱えているため、
抱きしめることのできないバルクホルンは
ノアールが泣き止むまで、
何も言わずにその身を委ねた。
「(そういえば……さっきのは一体……?)」
その最中、バルクホルンは人型ネウロイから
ノアールを引き離した直後に見た、
ある光景を思い出す……
引き離したノアールの顔を覗き見た際、
彼の唯一露出している右眼が――――
眼帯によって隠された左眼と同じ、
紅くなっていたのだ……
◇◇◇
「閣下、緊急の連絡が入りました……」
「何事だ?」
ブリタニア本国軍上層部の
トレヴァーの執務室にて、副官から
トレヴァーに報告が入った。
「501部隊がネウロイと交戦。
それも、人型のネウロイだったとのことです…」
その報告に渋面を露にするトレヴァー。
「よりにもよってこのタイミングとはな……
アレを出すにはまだ時期尚早だというのに……
ウィッチとの接触は?」
「はっ!扶桑皇国の宮藤芳佳軍曹が
人型ネウロイから過剰なまでの接触を
受けたとのことです!」
「ヤツはどうした?」
「人型ネウロイと交戦したものの、
取り逃がしたと。それから……」
「なんだ?」
そこで副官は周囲を見渡し、
人が聞き耳を立てていないことを確認した後、
声を潜めて報告する。
「交戦の直前、坂本美緒少佐が
人型ネウロイによって撃墜され、
ヤツがそれに逆上したのか、
異常なまでの凶暴性を発揮した攻勢でもって
人型ネウロイを追い詰めていたと……」
副官の報告に瞠目したトレヴァーは、
しばし思考する仕草を見せる。そして……
「かつて自ら拒絶し、封印して失敗作のレッテルを
自ら被ったにも関わらず…
この土壇場で引っ張りだしてくるとは……
さらにはソレを衆目の前に晒して、
我々に追及の手が伸びる火種をばら撒くなど…
送り出した当初のヤツならば、
自らの命も厭わずに特攻し、
そのまま名誉の戦死………
という美談で終わらせる計算だったのだが……。
大方、あの小娘たちに感化された影響
ということか……
もはや、ヤツを野ざらしに
しておくわけにはいかんな……」
と、明らかに不服といった表情のトレヴァーは、
副官に命令を告げる。
「至急ヤツを呼び戻せ!
身内が負傷して部隊は浮足立っているはずだ!
妙な追及がヤツにかかる前に引き離すんだ!」
「はっ!!」
501部隊に、不穏な影が迫りつつあった……
ネウ子、フルボッコにされるの巻き……
彼女(?)のファンの方々には申し訳ありません。
でも暴走したノアールの残虐非道な描写を
描くにあたってはやむを得ませんでした…
イメージとしては“黒き王の祝福”における
あの人の戦い方ですね…
インスピレーションを働かせるために
Amaプラで何度も見返しました…
空中戦ですので、廃墟に叩き付けるとか
瓦礫を投げつけるとかはできませんので、
光線は一切使わずひたすら殴る蹴る引き千切る
といった人間相手なら完全に流血沙汰になるであろう
戦闘スタイルにしました。
そしてチラッと描写しましたノアールの秘密……
というかここまでしちゃったら
読者の方々は察している方々も
多いのではないでしょうか?
とはいえ、そこはどうか
各々の胸の中に隠していただいて
これからの展開を楽しみにしていただけると幸いです
それでは