美人で有能な会社の上司とヤらかすお話   作:萬屋久兵衛

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第2話

 

「あれ、前野さんおひとりとは珍しいですね」

 

 俺が喫煙所でたばこを吹かしていると、事務員の明智みちるが喫煙所の入口から顔を覗かせつつ声をかけてきた。

 

「ああ、お疲れ。別にいつも誰かとだべってるわけじゃないよ。……みっちーも吸う?」

 

「吸いません。というか、そのみっちーっていうのやめてくださいよ」

 

 吸っていたたばこを掲げて見せるがすげなく断られジトっとした目で睨まれてしまった。

 

「金柑とか言われるよりはましじゃない?」

 

「もしそんな呼び方をしたら殺します。社会的に」

 

「こわっ!」

 

 社会的に、というところに本物の殺意を感じる。

 七三に分けられた前髪の隙間から覗くおでこはみっちーのチャームポイントだと思うのだが、本人としては気にしているのかもしれない。

 

「ごめんごめん、流石にふざけ過ぎたわ。今日もみっちーは素敵で可愛いよ」

 

「みっちー呼びは止めてないし褒め言葉が安っぽいのが不満ですが、まあ良しとします」

 

 俺がぎりぎり許されて安堵していると、何故か喫煙所に入ってくるみっちー。換気はしっかりなされている喫煙所であるが、場所に染み付いた臭いは取れないようで顔をしかめている。

 

「なに、ひとり寂しくたばこ吹かしてるおじさんの相手してくれんの?」

 

「おじさんって歳でもないでしょう。まあその通りです」

 

 半ば冗談のつもりで言った言葉を肯定されて、俺は思わず目を見張った。中々なついてくれない飼い猫みたいなそっけない性格のみっちーが、自ら人に寄り付いてくるなんて!

 感動に打ち震えている俺に、みっちーが話を振る。

 

「……で、生駒さんと何かあったんですか?」

 

「ああ、そういうことね……」

 

 好奇心に目を輝かせるみっちーに対して、俺の気持ちは萎れていった。やはり猫の関心を買うには餌が必要ということか。

 

「打ち合わせだとか作戦会議だとか言っていつもふたりして喫煙所で駄弁ってるのに、理由もなくひとりでいるなんて何かあると言っているようなものじゃないですか。今日はあまり会話もされてない、というか生駒さんが前野さんを露骨に避けられているようにも見えますし。昨日直帰された時にあれこれあったに違いないって事務の中で話題になってますよ」

 

 ちょっと人が会話をしていないだけでこれである。事務のお姉様方の噂話伝達速度に戦慄を覚えつつ、俺は腕を組んで考え込んだ振りをする。

 

「何かっつってもなあ……」

 

 何かあったかと聞かれたらそりゃああった。昨日の刺激的な出来事を思い出すと表情に出てしまいそうだったので、そっちの記憶にはふたをしつつ本日朝の生駒先輩との会話を思い出す。

 

 

 

「一応言っておくけど、今回の件は誰にも言わないように」

 

 会社に行く前に家に帰って身支度をするからと慌てて衣服を身に着け飛び出そうとしていた生駒先輩が、去り際に俺に向かってそう告げた。

 

「もちろんです」

 

 酒に酔ってヤらかしちゃいました、なんてとてもじゃないが吹聴できる話ではない。そんなシモの醜聞が出まわったら生駒先輩の顔に泥を塗るようなものだし、ついでにただでさえそんなによろしくない俺の評判が地に落ちる。後、滝川さん辺りに何されるかわかったものではない。

 

「まあそこは信頼するけど、君も勘違いしないようにね。昨日のは酒のあやまちなんだから」

 

 ビシッと俺に向かって指を突き付ける生駒先輩。どうやら本筋はこちらだったらしい。俺は苦笑交じりで答える。

 

「そこのところもわきまえてますって。というか昨日の件はどちらかというと先輩が──ぐげっ」

 

 言葉の途中で先輩のローキックが脛の辺りに決まり俺はうずくまった。

 

「何か言ったかしら?」

 

「先輩が魅力的過ぎて我慢できませんでしたすみません!」

 

 悶える俺の頭上から威圧感のある声が降ってきたので、高速で手のひらを返す立場の弱い俺。

 

「じゃあ詫びとして、会社でコーヒー奢ってちょうだいね」

 

「ひでえ」

 

 ちょっと理不尽な仕打ちに思わずぼやきが口をついて出るが、まあ照れて顔を赤くする可愛い上司を拝めたことだし、良しとしよう。

 

「とにかく、会社で顔を合わせてもいつも通りに接するように気を付けること!ぼろを出したらコーヒーじゃ済まないからね!」

 

 

 

 で、そう念を押して去っていった生駒先輩と会社で顔を合わせたところ、露骨に動揺されるわ露骨に会話を避けられるわで現在に至る。

 ……あの人、あれだけ言っておいて自分が出来てないじゃん。

 

「前野さん?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 渋い顔で沈黙する俺を、みっちーが不思議そうな表情で見ている。

 仕方がない。生駒先輩と打ち合わせもしていないのでリスクはあるが、適当にそれっぽいことを言って誤魔化すことにしよう。

 

「昨日、営業が上手くいったからふたりで祝勝会やったんだけどさ。その時生駒先輩ちょっと飲みすぎてたから、顔を合わせづらいのかもな」

 

 飲みすぎたからどうした、とまでは言わない。こういうのは向こうで勝手に想像してもらう方が誤魔化しが効くのである。

 

「ああ、そういうことですか……」

 

 どういう想像をしたのかはわからないが、案の定納得した様子を見せるみっちー。後輩として遠慮もあるのか、根掘り葉掘り聞かれることもなく大変ありがたい。

 

「そういうわけでしばらくしたら元に戻ってると思うから、そっとしといてくれって皆に伝えてもらえると助かる」

 

「わかりました。……これは貸しにしておきますから、いつか返してくださいね」

 

 そう言って片眼をつむるみっちー。そんなあざといリアクションできたんだね君。

 とりあえずこれで余計な噂も落ち着くだろう。貸しというのがどの程度のものを言っているのかはわからないが、高くつかないことを祈るばかりだ。

 

「……ん?」

 

 そこで何やら気配を感じて喫煙所の外を見回すと、視界の隅──廊下の向こうに生駒先輩が立っていた。

 先輩は特に歩み寄ってくるでもなく立ち去るでもなく、何やら不満気な様子でじっとこちらを見つめているように見える。

 何か打ち合わせの予定でもあっただろうかと記憶を辿ってみるが、特にそのような話はなく。

 

「あ……」

 

 俺の意識が喫煙所の外に向いていることを察して首を傾げていたみっちーが生駒先輩の存在に気がつく。ご機嫌のよろしくなさそうな先輩の様子に、何故か笑みを浮かべるみっちー。

 

「どうやらお邪魔みたいですね。私はこれで失礼します」

 

 ぺこりと頭を下げて喫煙所から出ていくみっちー。あまり近づきたくない状態の生駒先輩の横を平然とした様子で通り抜け、あまつさえ笑顔で会釈までしている。うーん、強い。

 生駒先輩はなんというか苦虫を嚙み潰したような表情でみっちーを見送るとこちらの方に視線を戻し、そして俺とばっちり目が合った。

 生駒先輩はやっちまったと言わんばかりの顔を浮かべてから、こちらに足を向けようとして──結局躊躇してその場に留まった。

 そしてそのまま思い悩むようにその場で頭を振ったり足を前に出したり引っ込めたり急に俯いたりと奇妙な動作をし始める。

 正直面白かったのでしばらく生駒先輩の様を眺めていたかったのだが、決意したように顔を上げた先輩は何かに気がついて慌てて廊下の角に引っ込んでいった。

 なんでそうなると内心で突っ込んでいると、角から顔だけ出した生駒先輩の視線が廊下の反対側に向いていることに気がつく。

 視線の先を追うと、滝川さんがこちらに歩いてくるのが見えた。そしてその視線はこちらに向いている。

 

「げえ……」

 

 今俺が会いたくない社員ぶっちぎりナンバーワンの登場に、思わず本人には聞かせられないような声が口から漏れた。

 慌てて手元のたばこを消化し始めるが、俺がたばこを吸い終わったと同時に滝川さんが喫煙室に入ってきた。

 

「あ、お疲れ様です〜」

 

「まあ待てよ」

 

 そそくさと喫煙室から離脱しようとした俺であるが、滝川さんの脇を通り過ぎようとしたところで通せんぼするように腕が差し出され、そのままがっちりと拘束されてしまう。

 

「ちょっと休憩に付き合ってくれよ」

 

「いやあ、俺はしっかり休憩しちゃったんで……」

 

「いいじゃないか。いつも佳乃ちゃんと打ち合わせとか言ってここで駄弁ってるだろ?俺もお前と打ち合わせたいことがあるんだよ」

 

「いや、俺と滝川さんだけで打ち合わせするような案件なんてひとつも──」

 

「ほれ、火ぃ寄越せよ火」

 

「はい……」

 

 問答無用でたばこを突き出された俺は渋々そのたばこに火をつけると、懐から自分のたばこを取り出して火をつけた。

 どうせまともな打ち合わせじゃないので一服でもつけないとやってられない。

 肺に吸入されたたばこの煙を吐き出しながらちらりと廊下の向こうに視線を向けてみるが既に生駒先輩は立ち去ったらしく、影も形も見当たらなかった。

 あのままの状態ではとても会話が出来そうな感じではなかったので、まあ仕方がなかろう。俺は覚悟を決めて──いや、やっぱり覚悟は決まらないので嫌々滝川さんとサシで立ち向かうことにした。

 

「せめて課長に怒られたらフォローしてくださいよ?」

 

「分かってるよ。……で、お前佳乃ちゃんに何やらかした?」

 

 煙を吐き出しながら俺の言葉を適当に流した滝川さんは、俺に鋭い一瞥をくれた。わかっちゃいたがやはりその話題かあ……。

 

「何かってなんです?」

 

「しらばっくれるな。お前と佳乃ちゃんが……というか、佳乃ちゃんがいつもと様子が違うのはフロア内の皆が気がついている」

 

「部内ですらねえ」

 

 さっきみっちーから事務の人たちの中で噂になっていると聞いたばかりなのにもう噂がフロア内まで広がっている。この調子ならお昼休みまでに社内全体に話が波及しているかもしれない。

 事務のお姉様方、拡散早すぎませんか?

 

「まあ当然俺はそんな噂よりも先に気がついていたけどな。なんなら朝顔を合わせた時点で気がついた」

 

「すんません滝川さん、そこまでアピールされるとちょっとキモいです」

 

「何を言うか。部下の管理をするのは役職者として当然のことだろうが」

 

「いやまあそう言われりゃそうなんですがね、係長」

 

 確かに役職的にはぺーぺーの俺や主任の生駒先輩は部署の係長である滝川先輩の下にいるが、担当顧客はまったくの別だし特に面倒を見てもらった覚えもねえのである。

 ……まあそんなことはとても口には出せないが。

 

「佳乃ちゃんとお前との間に何かがあったのは明白なんだ。上長としては部下のメンタル面にも配慮せにゃいかんし、営業部の稼ぎ頭が能率を落としてもらっても困るんだよ。だから何があったか報告しろ」

 

「で、本音としては?」

 

「てめえ俺の愛しの佳乃ちゃんに何しやがった。ことと次第によっちゃ社内の男を代表してお前を物理的に殺す」

 

「こわっ!?」

 

 良い上司風のお題目からのめちゃくちゃ私情混じりな言い分にドン引きである。

 生駒先輩がいつ滝川さんのものになったのかとか皆俺のこと殺した過ぎだろうとか先輩が人気者だからといって主語がデカすぎるとか様々な突っ込みが脳裏を過ったが、それらをたばこの煙と共に飲み込み思考する。

 露骨に生駒先輩狙いな滝川さんに酔った勢いで一発ヤっちゃいましたなんて報告したらマジで殺されかねない。

 ……まあ、どちらにしろみっちーにしたのと同じ言い訳を使わないと後で誤魔化しが効かなくなるか。

 俺は先ほどと同じようにふわっとした感じで滝川さんに説明する。

 内容的に生駒先輩が一方的にやらかしたような言い訳になってしまっているが、ちゃんと普段通りに振る舞えていない生駒先輩が悪いので諦めてもらおう。

 

「ふうん」

 

 俺の説明を聞いた滝川さんは紫煙を吐き出しながら一言そう漏らした。俺を見つめる目からは何の感情も読み取れない。

 滝川さんは生駒先輩や他の女性陣の前では爽やかな好青年的な側面を見せつつ俺や他の男とだけいるときはこういう態度を取ったりするところがあるので若手の男性陣からの評価が微妙によろしくないのだが、たぶん本人も態度を変える気はないような気がする。

 信じてもらえないかな~とか根掘り葉掘りされたらめんどくさいな~とか内心でちょっとだけ心配していた俺だったが、とりあえずあれこれと追及する気はないらしく滝川さんは頷いた。

 

「……まあ信じてやろう。他にお前にあんな態度を取る理由があると思えないしな」

 

「ちなみに、滝川さんからは今日の生駒先輩がどんな風に見えました?」

 

「そうだな……。それこそ一夜の過ちを犯した後の気まずさというか、恥ずかしくて相手の顔が見れない!みたいな風にも見えたが、まさか佳乃ちゃんが酒の勢いでそこまでするわけないしな」

 

「はっはっは、嫌だなあ滝川さん!そんなこと生駒先輩に言ったらぶん殴られますヨ?」

 

 あまりの正解ド直球にちゃんと表情を取り繕えた自信はなかった。

 しかし、事情を知らない滝川さんから見てもそう感じるというのはちょっと危うい。

 生駒先輩が今みたいに俺を意識したような態度を取り続けていると、いずれ下世話な冗談(真実)が社内に蔓延しかねない。

 俺自身はどう言われようが別に気にしないが、生駒先輩のキャリアに傷が付くかもしれないと考えると早めに何とかしなければならないが……。

 

「……まあどちらにしろ、お前と教育係の佳乃ちゃんの関係が悪くなるのは上長として見過ごせん」

 

 俺が頭を悩ませていると、滝川さんが短くなったたばこを灰皿に放り込みながら言った。

 

「お前、この後の予定は?」

 

「この後ですか?ええと、残りのデスクワークをちょいちょい片付けるぐらいですけど……」

 

「さっさと片付けろ。急ぎじゃないなら明日に回せ。そんで、佳乃ちゃんと桑名まで書類届に行ってこい」

 

「はあ……あ」

 

 一瞬何のことかわからずに怪訝な声を上げてしまったが、すぐに滝川さんの言わんとすることに気がつく。

 

「車でふたりきりになりゃあ嫌でも話さざるを得ないだろ。それで最低限仕事の話を出来る程度にはしておけ」

 

「滝川さん……」

 

「言っておくが、深い仲になろうなんて間違っても思うなよ。勢いで佳乃ちゃんに手を出そうとしたら本当に殺すからな?」

 

「いえいえとんでもない!ありがとうございます!」

 

 俺は心の底から滝川さんに礼を述べた。

 ちょっと女の子に良い格好しがちな人で男には素っ気なくて後輩に陰でいけ好かないとか言われちゃったりする人ではあるが、こういう面倒見の良い部分があるからこそ上の役職に上がっていくのだろう。

 

「じゃあ、佳乃ちゃんにも話を通しておくぞ。帰りはそのまま直帰でかまわん」

 

 ひらひらと手を振って颯爽と喫煙所を出て行こうとする滝川さんに、俺はふと疑問に思ったことを投げかける。

 

「そういや桑名って三重県ですよね?俺たちは何しに行けば良いんです?」

 

 扉を開いたところで動きを止めた滝川さんは、こちらを振り返ることなく答える。

 

「……物流部門があるスーパーへ納品する商品の数をひとケース分間違えてな。先週も同じスーパーでやらかしたばかりだから、くれぐれもよろしく頼むぞ」

 

 俺がその言葉の意味を理解したときには、既に滝川さんは喫煙所の外に出て行き急ぎ足で廊下の向こうへ去って行くところだった。

 

「あ、ひでえ!」

 

 あの人、自分の担当エリアの謝罪案件を他人に押しつけて行きやがった!

 そんなんだから生駒先輩からの評価が良くならないんだぞと言ってやろうかと思ったが、そのまま黙っていて生駒先輩からの評価が爆下がりする方が仕返しになりそうだと思い直す。

 俺はスーパーまでの道行きで生駒先輩に滝川さんの悪口をしこたま吹き込んでやろうと心に誓った。

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