No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト> 作:羊毛ローブ
「え? 実況と解説付きで、前シーズンのログ見たいの、修君?」
「はい。やっぱり解説と実況が入っている方が、何が起こってるのか理解しやすい気がして」
三雲修の言いたいことは、宇佐美栞にもよく分かった。
ボーダーに保存されているランク戦の戦闘ログは、基本的に映像記録だ。試合中の隊員同士の通信など、一部を除いて後から確認出来ない音声も多い。ランク戦そのものにまだ慣れていない修からすれば、実況や解説がついている方が、各隊が何を考えて動いていたのか理解しやすいのは間違いなかった。
「どのログ見たの?」
「ええと……去年のB級ランク戦、第七ラウンド昼の部です。一人の人が開始直後にベイルアウトしたと思ったら、そのあと一気に戦況が変わって……最後、ほとんど一方的に終わったやつです」
「……あー」
実況担当だった武富桜子から以前もらった音声ファイルを探していた宇佐美の手が止まった。
「あれかあ……」
頭を押さえ、そのままゆっくり首を横へ振る。
「あー、修君」
「はい?」
「あの記録、多分誰が見ても参考にならないと思うけど、それでも見たい?」
「そんなにですか?」
「そんなに」
宇佐美の顔は、初心者の一年生にプロスポーツの超人プレー集を教材として渡すべきか迷っているマネージャーそのものだった。
「でも、やるべきことは全部やっておきたいので」
「修君ならそう言うと思ったよ」
宇佐美は諦めたように息を吐き、目的の音声ファイルを映像ログへ同期させた。
「じゃあ、その前に一個だけ」
「何ですか?」
「修君は修君なりのやり方で強くなれるからね」
「……はい?」
「これは参考にするものじゃなくて、こういう人もいるんだなー、くらいに思って見て」
「どういう意味ですか?」
「例えばさ。攻撃手ナンバーワンって聞いたら、誰を思い浮かべる?」
「太刀川さんですよね?」
「そう。ボーダーにいるなら、ほとんど全員知ってるくらいの話だよね」
「はい」
「じゃあ」
宇佐美が一度、画面から修へ視線を移した。
「オペレーターナンバーワンは?」
「え?」
修は少し考えた。
宇佐美がこういう質問をすること自体が意外だった。本人だって間違いなく優秀なオペレーターで、修にとっては非常に頼れる先輩だ。
「……宇佐美先輩ですか?」
「いやー、修君もお世辞上手くなったねー」
「いや、普通にそう思ってるんですけど……」
「あはは、ありがと」
いつもの宇佐美だった。
ただ、どこか少しだけ複雑そうにも見えた。
「でもね」
再生ボタンへ指を置く。
「現役のオペレーターに同じ質問したら、多分ほとんど全員、同じ名前を出すと思う」
「誰ですか?」
「今から見る人」
「え?」
「月見先輩なんか、本人のこと嫌ってるのに普通に名前出すと思うよ」
「嫌ってるのにですか?」
「嫌いなのと、技術評価は別だからね」
宇佐美が苦笑した。
「だから修君」
「はい」
「途中で圧倒的に理不尽だと思っても、そこは受け止めてね」
映像が始まった。
◯
『おおーっと城戸隊長! なんと試合開始十五秒で自発的にベイルアウトだぁ! しかもカメラ目線で謝っている! これは早くも試合を諦めたということなのかー!?』
「……え?」
修は思わず画面を見直した。
開始十五秒。
一人の男が周囲を確認し、味方の位置を一度見たあと、何の攻撃も受けていないのに自発的にベイルアウトしている。
「城戸隊?」
「今落ちた人」
宇佐美が説明する。
「城戸奏真さん。自称・城戸隊隊長」
「自称?」
「オペレーターがいないから、正式な部隊として登録されてないんだよね。本人が勝手に城戸隊って呼んでるだけ」
「じゃあ今回どうしてランク戦に?」
「松代隊の臨時助っ人」
「なるほど……」
そこまでは分かった。
問題は。
「何でベイルアウトしたんですか?」
「さあ」
「さあ!?」
「私もこの十五秒だけ見たら、味方の位置と周囲を確認したくらいにしか見えないもん」
敵と接触したわけではない。
狙撃される位置でもない。
攻撃手が接近しているわけでもない。
開始十五秒で、自分から戦闘権を捨てた。
修にはどう考えても意味が分からなかった。
「だから参考にならないって言ったでしょ」
宇佐美は小さく笑う。
ただ、その笑顔には少しだけ寂しそうなものが混じっていた。
修はそれを不思議に思いながら、続きを見る。
『いや』
解説席。
東春秋の声が入った。
『これは他のチームにとって、かなりまずい展開になりましたね』
『東隊員、それはいったいどういうことなのでしょうか?』
『今落ちた城戸奏真隊員なんですが、元々はオペレーター畑出身なんです』
『現在は攻撃手ですよね?』
『そうですね。オペレーターから戦闘員、それも攻撃手へ転向した珍しい経歴です』
『城戸隊がランク戦に出てこないのは、オペレーターがいないからということですね』
『そういうことです』
『ランク戦解説にはよく来てくれて好評なんですが、私、武富が実況の時にしか来てくれないことでも有名ですね!』
『あー……』
東が少し言葉を濁した。
『武富さんの時しか来ないというより、武富さんの時なら比較的来やすい、と言った方が近いですが』
『どういう意味ですか?』
『そこは今は置いておきましょう』
「何でです?」
修が訊く。
「今は置いておこうか」
宇佐美まで同じことを言った。
「何なんですか……」
映像は進む。
『それと、城戸隊長と東隊員は同期だというお話を聞いたことがあるんですが、意外と接点がないように見えますね』
『ああ、今でもたまに一緒に飲みに行きますよ』
『そうなんですか!?』
『昔話になって申し訳ないんですが、彼、短い期間だけ自分の隊のオペレーターをしていたこともありまして』
『ええ!?』
武富の声が一段高くなった。
『旧東隊ですよね!? てっきり月見オペレーターが最初から担当していたものだと思っていました!』
『最初期だけ城戸がやっていました。その後が月見です』
『では月見オペレーターが入ったことで城戸隊長がクビに――』
『逆です』
『逆?』
『城戸が先にランク戦のオペレーターをやめたんです』
『どうしてですか?』
『あいつがオペレーターをやるのはずるい、反則じゃないか、って声があちこちから出始めましてね』
『出禁になったと?』
『いや、正式な出禁ではないです』
東の声に少しだけ呆れが混じった。
『本部としては、そのまま続けても問題ないという判断でした』
『では、なぜ?』
『本人が』
一拍。
『「じゃあ俺、出禁の方がよくない?」って勝手に自粛しました』
『自分で!?』
『ええ』
「……そんな辞め方あるんですか?」
「普通はないね」
宇佐美が即答した。
『ちょうどその頃、月見が本格的にオペレーターとして腕を磨きたいと言ってきたので、結果的に交代する形になりました』
『なるほど……』
『もちろん、今の月見も非常に優秀です。情報の取捨選択も的確ですし、隊員へ何を伝えて何を伝えないかの判断も上手い』
『では旧東隊には、オペレーターの系譜があったわけですね!』
『まあ』
東が笑った。
『月見本人は、そう言われるの嫌がるでしょうけどね』
その時。
『おおっと! ここで箱田隊員、スイッチボックスを起動! しかし随分狭い路地だ! この位置で使用する意味があるのでしょうか!?』
『恐らく』
東の声が変わった。
『ここへ誰かを誘導するつもりですね』
『誘導?』
『ただ、まだどうやって誘導するかまでは――』
『ここで土崎隊員、ダミービーコン起動!』
マップ上に複数の反応が生まれる。
『なるほど! この位置を嫌った他部隊が移動開始! まさかこれが誘導ですか!?』
『……なるほど』
東が呟く。
『後で解説します。今は、この状況をよく見ておいてください』
「東さんがこう言うの、珍しいですね」
「説明してる間に次が来るからね」
宇佐美はもう驚いていなかった。
映像の中。
松代隊長が移動する。
敵部隊も移動する。
ダミービーコンを避けた結果、進路が少しずつ絞られていく。
そして。
『松代隊長、メテオラ発動!』
建物の一部が崩れた。
『道路が封鎖された! 他部隊は迂回する!』
その迂回先。
『ああーっ! スイッチボックス!』
連続する爆発。
『五人が同時にベイルアウト!』
さらに。
『そこへ土崎隊員!』
建物内で待機していた土崎が飛び出す。
『旋空弧月! 一人! 二人! 残った隊員をまとめて撃破ーっ!』
一気に得点表示が変わった。
『九点! 松代隊、今シーズン初白星!』
『いや』
東が息を吐く。
『お見事です』
『見事な連携でした! 今までの松代隊ではほとんど見られなかった戦法ですが、この新戦術が鮮やかに刺さりましたね!』
『新戦術というより』
『はい?』
『今の一連の流れ、最初から全部デザインされていた可能性が高いですね』
『全部?』
『ダミービーコンを出すタイミング、スイッチボックスの位置、松代隊長のメテオラの角度と着弾時間、それによって出来る迂回路まで』
東が映像を巻き戻す。
『見てください』
メテオラ。
建物が崩れる。
逃げ道が潰れる。
他部隊が残った道路へ移動する。
その先には、既に設置済みのスイッチボックス。
さらに生き残った者が避けようとする方向には土崎。
『コンマ数秒単位まで完全に同じだったかは分かりません。ただ、少なくともこの結果になるよう、複数の動きを組み合わせていた』
『でも』
武富が素朴に訊いた。
『城戸隊長、十五秒で勝手にリタイアしてましたよね?』
『ええ』
『何してたんですか、あの人?』
『恐らく』
東が少し笑った。
『十五秒で、自分が戦場に残るより落ちた方が勝率が高いと判断したんでしょうね』
「……」
修は画面から目を離せなかった。
『ちなみに城戸が最初にカメラへ謝っていたでしょう?』
『はい』
『あいつ、あのポーズした時は大体』
一拍。
『「これ圧勝になるから、先に謝っとくわ」って意味ですよ』
『謝罪が軽い!』
◯
「……なんですか、これ」
映像が止まった後。
修が最初に出した感想は、それだった。
「でしょ?」
「いや、でも……」
あの自発的ベイルアウト。
最初は全く意味がないように見えた。
だが結果だけを見れば。
奏真は戦闘員として残るより、盤面全体を見られる場所へ移る方を選んだ。
そして。
「これだけだと何やってたのか分かりにくいでしょ?」
宇佐美が別の音声ファイルを開く。
「城戸さん本人がね。『別にいいよー』って言って、自分の通信ログも資料用に残す許可出してるんだ」
「通信ログ?」
「ベイルアウトした後」
再生。
◯
『松代』
先ほどまでとは違う。
軽い声。
ただし、指示だけは異様なほど具体的だった。
『今から羽鳥がマーク付ける位置に向かって。五十七秒後、射角七十一度でメテオラ』
『了解』
『箱田。現地点から東北東六十八メートル。そこでスイッチボックス起動』
『六十八!?』
『羽鳥、出して』
『もう出してます』
『ありがと』
『土崎はダミービーコン起動。そのあと目の前の赤いマンション入って待機』
『中で?』
『うん。メテオラの爆発見えたら弧月で出て。爆発地点へ前進』
『了解』
『羽鳥』
『はい』
『土崎用、二地点マーク』
『出しました』
『ありがと。土崎、その二ヶ所で旋空一回ずつ。二回目のあと接敵するから、後は各個撃破』
『……了解』
数秒。
誰も喋らない。
『以上』
さらに一拍。
『これで勝敗決したり、ってな』
声が一気にいつもの調子へ戻った。
『あー、トーリック』
『何ですか』
『暇になったし、お茶飲もうぜい』
『自分は結構です』
『冷たい』
『あと自分の名前は羽鳥です。そんなハットトリックみたいな呼び方やめてください』
『似てるじゃん』
『どこがですか』
そこで音声は終わった。
◯
「……」
修は何も言えなかった。
「ここで終わり」
宇佐美が再生を止める。
「つまり……」
修は頭の中で整理する。
「十五秒で必要な情報が揃ったから、自分が戦闘員として残る必要がないって判断した?」
「多分ね」
「それで、落ちてから全体を見て……」
「勝つために必要な情報だけ出した」
「……」
「だからさ」
宇佐美が苦笑する。
「初心者に見せたくないんだよね、このログ」
「真似出来ないです」
「でしょ?」
「絶対出来ないです」
「でしょー?」
そこだけは妙に嬉しそうだった。
「城戸さんってね」
宇佐美が画面に映る奏真を見る。
「シミュレーション能力がすごく高いらしいんだ」
「シミュレーション?」
「同じ試合を頭の中で何百回、何千回って組み直すんだって」
「何千……?」
「もちろん未来が見えてるわけじゃないよ」
宇佐美は指を立てる。
「敵がこっちへ動いたらこれ。向こうならこれ。誰かが予定より早く動いたらこっち。遅れたらそっち、って可能性をいっぱい作る」
「それで現実と違ったものを捨てる?」
「そうそう」
「じゃああの十五秒で」
「全部分かった、じゃないと思う」
宇佐美が言う。
「勝てる条件がかなり重なった、って感じなんじゃないかな」
初期配置。
味方の位置。
地形。
松代隊の持っているトリガー。
各部隊のこれまでの傾向。
そこまで揃った瞬間。
奏真の中では、他の勝ち筋が消えていった。
「……経験ですか」
「経験も知識も、観察も」
宇佐美は笑う。
「だから経験値の暴力」
「ああ……」
ようやく最初の言葉が繋がった。
確かに理不尽だった。
圧倒的なトリオンで押し切ったわけではない。
戦闘員として一人で全員倒したわけでもない。
むしろ本人は開始十五秒で消えている。
それなのに、その十五秒で得た情報と、それまでに積み上げた経験だけで試合そのものを終わらせている。
「メタルキングみたいな人なんだよね」
「メタルキング?」
「経験値の塊みたいな見た目してるのに」
「はい」
「倒しても経験値くれない」
「意味ないじゃないですか」
「そうなの」
宇佐美が笑った。
「自分だけめちゃくちゃ経験値持ってるのに、こっちには全然分けてくれないタイプ」
「かなり嫌なメタルキングですね……」
「でしょう?」
修は画面を見た。
既にベイルアウト済みの奏真が、オペレーター室で何か飲んでいる。
「でも」
「うん?」
「これだけオペレーターとして凄いなら、何で今は自分の隊を作らないんですか?」
「……」
極めて普通の疑問だった。
あれだけの能力があるなら。
オペレーターを一人入れて、正式な城戸隊としてランク戦へ出ればいい。
宇佐美が目を逸らした。
「あー……」
「何ですか?」
「あの人ね」
「はい」
「オペレーターに嫌われてる隊員ナンバーワンでもあるんだよ」
「え?」
「多分」
少し考える。
「『同じ隊になりたくない人』みたいな聞き方なら、かなり上位」
「そんなに!?」
「女性オペレーター限定なら、ほぼ優勝候補」
「な、何をしたんですか!?」
「色々あるんだけど……」
宇佐美は曖昧に笑った。
「悪い人ではないんだよ?」
「その言い方、悪い人を説明する時のやつですよ!」
「いや、本当に!」
「じゃあ何で!」
「それは追々!」
「追々!?」
修はもう一度画面を見た。
十五秒で試合から消え。
その後、三人の隊員だけで九点を取らせ。
オペレーターとしては、現役の同業者達からほぼ満場一致で最高と認められている。
なのに。
自分の隊には、オペレーターがいない。
「……」
修の視線が変わった。
さっきまでの。
凄い人を見る目ではない。
「修君?」
「……可哀想ですね」
「そっち!?」
「だって……」
修は本気だった。
「あれだけオペレーターとして凄いのに、誰もオペレーターになってくれないんですよね?」
「まあ、間違ってはいないけど!」
「城戸隊長……」
「修君、泣かないで!?」
「泣いてません!」
「目ぇ潤んでるよ!」
最高のオペレーターと呼ばれた男が。
最高のオペレーターを見つける。
これは、そんな話。
――になると良いのにね。
なお。
この時の三雲修はまだ知らない。
その最高のオペレーター本人が。
機材操作だけなら、自分のトリオン量より低い評価をつけられかねない男であることを。
人物像
城戸 奏真 25歳
城戸司令の甥っ子であるという事実は彼の態度が軽いのであまり知られていない。
実は一度記録封印処置をされた事も、離隊した事もある。
オペレーターの殆どに嫌われている為、武富さんが実況する時にしか解説できないので、そういう意味でもメタルキング扱いされている。
嫌われている理由はサイドエフェクト
対人威圧のせいであり、女性が苦手だと潜在的に思っているせいで威圧してしまい嫌われている。あと普通に城戸司令より顔が怖い。
何故か武富オペレーターは大丈夫らしい。
武富本人はそれを聞いて激おこぷんぷん丸らしい。
宇佐美さんが暗い顔をしている理由はこんなに凄い人なのに嫌われてるからチーム組めないって修君に言うのもチームに誘われても宇佐美も嫌であるし、まぁ本人は城戸派扱いなので玉狛支部には来れないし…と思っている。
月見はワシが育てた!と言っているのだが、月見本人は「いえ東さんが育ててくれたので、そんな人知りません」と言っている。サイドエフェクトは月見には効いていないのも涙を誘う理由の一つ。
この会話の後に風間と諏訪、木崎、東、沢村と一緒にお酒を飲んでカラオケに行ったとかいないとか。
因みにオペレーターとして腕は誰もが認める位に凄いのは事実であるが器材操作だけはめちゃくちゃ苦手で1しかないので本職の松代隊のオペレーターである羽鳥にマークをしてもらったりするという理由があったり、因みに松代隊は実際に原作にもいるB級下位のチームであり、トリガー構成もこんな感じである。
参考として宇佐美が器材操作10であり、オッサムのトリオンが2である。
オペレーターで無双も面白そうだと思い書いた短編。
しかし続かないので城戸隊員もこれ以上酷い扱いされないのでニッコリである
2026年9月18日に修正してます