No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト> 作:羊毛ローブ
後方要員緊急時対処訓練の話を聞いてから、ヒュースには一つ気になっていることがあった。
「オサム」
「ん?」
玉狛支部のリビング。テーブルで訓練記録を眺めていた修が顔を上げると、向かいに座っていたヒュースが腕を組んだままこちらを見ていた。
「城戸奏真について聞きたい」
「城戸さん?」
「ああ」
修は少し意外に思った。
昨日、ヒュースが興味を示していたのは後方要員緊急時対処訓練そのものだった。オペレーターやエンジニアに敵を倒す技術ではなく、戦闘員が到着するまで生存し、情報を繋ぐ技術を身につけさせる。その思想については随分と食いついていたが、考案者本人にまで興味が向いたとは思っていなかった。
「珍しいな。ヒュースが城戸さんのことを聞くなんて」
「昨日の訓練の話で少し興味を持っただけだ」
「なるほど」
「お前は以前から知っていたんだろう。どういう人間だ?」
「…………」
どういう人間。
改めて聞かれると、非常に説明しづらい。
元オペレーターで、元狙撃手で、今は攻撃手。城戸司令の甥で、サイドエフェクト持ち。ランク戦には妙な逸話がいくつも残っていて、先日の防衛任務では五部隊十七人をまとめていた。
この時点ですでに一文へ収めることを諦めた修が黙っていると、ヒュースの視線が隣へ移った。
「ユーマ」
「ん?」
「お前も知っているんだろう」
「知ってるぞ」
「なら二人で話せ」
遊真は素直に頷いた。
「どこから?」
「最初からだ」
「最初から?」
「ああ。お前たちがあの男を知ってから、今までだ」
修と遊真が顔を見合わせる。
「結構長くなるぞ」
「構わん」
「じゃあ……」
修は少し考えてから記憶を遡った。
「僕が最初に城戸さんを知ったのは、本人に会った時じゃない。ランク戦のログだな」
「ログ?」
「宇佐美先輩に見せてもらったんだ」
ヒュースが僅かに身を乗り出す。
「何のログだ」
「ランク戦」
「城戸奏真は攻撃手だろう」
「今はね」
遊真が横から口を挟んだ。
「その時も最初は戦闘員として参加してたぞ」
「最初は?」
「開始十五秒くらいで自主ベイルアウトしたんだ」
「…………」
早くもヒュースの眉間に皺が寄った。
「何故だ」
「その後、オペレーターをやるため」
「待て」
開始一分も経たずに事情聴取が止まった。
「ランク戦の途中でか?」
「うん」
「戦闘員として参加していた人間が、自主ベイルアウトしてオペレーターになった?」
「そう」
「何故そんなことになった」
「そこは……」
修も困った。
「そういうログだったんだ」
「説明になっていない」
「僕も見た時そう思ったよ」
むしろ当時の自分は、今のヒュースより何も知らない状態であのログを見せられたのだ。多少は同情してほしい。
しかも、そこで終わらない。
奏真はそのまま松代隊のオペレーションへ入り、試合を圧勝へ導いた。
ヒュースの眉間の皺が一本増えた。
「戦闘員として参加していた人間が途中でベイルアウトし、別の部隊をオペレーションして勝たせた?」
「そう」
「何だそれは」
「だから僕もそう思ったって」
修としては、ようやく当時の自分と同じ地点に立ってくれる人間が現れたようで、少しだけ嬉しかった。
そこで初めて知ったのが、奏真が元オペレーターであることだった。それも旧東隊の最初期を担当していたオペレーターで、現在はランク戦でオペレーターとして出ることを自分からやめている。
「何故だ」
「やり過ぎるから、らしい」
「やり過ぎる?」
「試合が始まる前から色々予測するんだ。初期位置とか、誰がどこへ動くとか、どこで戦闘が始まるとか」
「その程度ならオペレーターは誰でも考えるだろう」
「そうなんだけど、その先まで考えてる」
「その先?」
「そこから誰がどう動くか、誰が誰を狙うか、どのトリガーを使うか。予想と違った場合は別の展開に切り替えて……っていうのを、かなり先まで」
ヒュースが目を細めた。
「未来視か?」
「違う」
修は即答した。
「サイドエフェクトじゃない。経験とか知識とか観察とか、そういうもので考えてるらしい」
「…………」
「僕も最初はサイドエフェクトだと思った」
「人力か」
「人力」
「…………」
ヒュースは黙った。
人力。
本来なら異常性を下げるために使われるはずの言葉が、今回に限っては異常性を一段上げていた。
「次だ」
「もう?」
「今の時点で分からんことが多い。先を聞いた方が早い」
ヒュースなりに合理的な判断をしたらしい。
残念ながら、その判断が正しかったかどうかは、もう少し後で分かる。
「次に見たのが、ランク戦の実況解説」
「城戸奏真が解説を?」
「ああ。武富先輩と一緒に」
その時の奏真が最初にやったのは、まだ始まってもいない試合の予想だった。
「MAPが発表されたら、地形と各隊の構成を見て――」
「いや」
遊真が横から口を挟んだ。
「その前じゃなかったか?」
「え?」
「MAPが出る前に、そうま先輩がどのMAPになるか予想してたってオサム言ってたぞ」
「あ」
修も思い出した。
「そうだった」
「…………」
ヒュースが二人を見る。
「待て」
声が少し低くなった。
「今、何と言った」
「MAPが発表される前に、城戸さんが今回使われるMAPを予想してた」
「それで?」
「当たった」
「…………」
ヒュースが黙った。
まだ二つ目の話に入ったばかりなのに、早くも雲行きが怪しい。
「まあ、MAPは選択する側の部隊に傾向があるなら理解出来なくはない」
「そうなのか?」
「情報が十分にあるなら候補は絞れる。確実に当てるのは難しいが、不可能とは言わん」
どうやらヒュースは、まだ奏真を常識の範囲内へ連れ戻そうとしているらしい。
修としても出来れば協力したかった。
「あと天候も当てた」
「…………」
常識の範囲から片足が出た。
「天候?」
「うん」
「発表前に?」
「そう」
「…………」
ヒュースが少し考える。
「選択した部隊の戦術から、使用する天候を推測したと考えれば……まだ分かる」
戻した。
かなり強引だったが、戻した。
「時間帯も」
「…………」
また出た。
「それも発表前か?」
「うん」
「当たった?」
「当たった」
「…………」
ヒュースは腕を組み直した。
「MAP」
「当たった」
「天候」
「当たった」
「時間帯」
「当たった」
「全て発表前」
「そう」
「…………」
長い沈黙のあと、ヒュースは一つ息を吐いた。
「まあいい」
「いいのか?」
「よくはない。だが、選択する側の過去の傾向を十分に分析していたと考えれば、まだ理屈は通る」
ヒュースは頑張っていた。
何とかして、奏真を人間の分析能力という枠の中へ押し込もうとしている。
修は少し申し訳なくなった。
「それで、そのMAPと天候と時間帯を前提に、試合展開も予想した」
「……続けろ」
声から少し元気がなくなっていた。
奏真は予想した条件を土台に、各隊のトリガー構成や過去の試合、各隊員の動きを重ねて試合の流れを組み立てていた。
誰がどこへ向かうか。
どこで最初の戦闘が始まるか。
どの部隊同士が接触するか。
誰が誰を狙うか。
どこで戦況が動くか。
そして。
「最終得点も予想してた」
「…………」
ヒュースが修を見る。
「何を?」
「最終得点」
「各隊の?」
「うん」
「試合開始前に?」
「うん」
「MAPすら発表される前から?」
「……うん」
「当たったのか?」
「当たった」
「…………」
今度こそヒュースが完全に止まった。
遊真が顔を覗き込む。
「ヒュース?」
「黙れ。今、考えている」
「何を?」
「どこまでなら人間の分析能力として処理出来るかをだ」
「出来そう?」
「邪魔をするな」
出来ていないらしい。
しばらくして、ヒュースが修を見る。
「確認する」
「うん」
「MAP発表前にMAPを当てた」
「うん」
「天候と時間帯も当てた」
「うん」
「そこから試合展開を予測した」
「ああ」
「最終得点まで予測した」
「うん」
「そして当たった」
「そう」
「サイドエフェクトか?」
「違う」
修は即答した。
「未来視じゃない」
「では何だ」
「本人が考えてる」
「人力か?」
「人力」
「…………」
ヒュースは目を閉じた。
未来視だと言われた方が、よほど納得しやすかったらしい。
「おかしいだろう」
「僕も見た時そう思ったよ」
「MAPを見て展開を当てるなら分かる。MAPを当ててから展開まで当てるな」
「そんな事言われても……」
「しかも点数まで当てる必要がどこにある」
「そうま先輩に聞いた方がいいんじゃないか?」
「本人が捕まるなら最初からそうしている」
「まだ探してないぞ」
「…………」
ヒュースは遊真を睨んだ。
「ユーマ」
「ん?」
「今は黙っていろ」
「分かった」
素直に黙った。
もっとも、奏真がやっているのは未来を一本だけ言い当てることではない。考えていた展開から現実が外れれば、その時点で成立しなくなった予想を捨て、新しく入った情報から別の可能性へ切り替える。
その説明を聞いて、ヒュースはようやく僅かに納得した。
「……未来そのものを見ているわけではなく、事前情報から起こり得る展開を組み立てているのか」
「多分そんな感じ」
「理屈は分かった」
修は少し安心した。
「ただ」
ヒュースが続ける。
「MAPが発表される前からそこまでやる必要はないだろう」
「それは本当にそう思う」
そこだけは、修も全面的に同意した。
「それと、その時に城戸さんのサイドエフェクトについても知った」
「《対人威圧》か」
「知ってるのか?」
「昨日聞いた」
「ああ」
意思疎通出来る相手へ威圧感を与えるサイドエフェクト。敵として強く認識した相手なら、数秒身体を止めるほど強く作用することもある。
特に女性には強く出やすいらしい。
「ただ、武富先輩にはほとんど効かないみたいなんだ」
「何故だ」
「分からない」
「本人は?」
「本人も分からないらしい」
「…………」
ヒュースは少し考え込んだあと、妙なところで納得したように頷いた。
「本人にも分からないことがあるんだな」
「あるよ」
「そりゃあるだろ」
修と遊真の声が綺麗に重なった。
今度はヒュースが二人を見る。
「何故二人ともそこだけ強く否定する」
「いや……」
「そうま先輩、変なところ結構あるからな」
「そういう意味ではない」
「じゃあ次いくか」
「勝手に進めるな、ユーマ」
そう言いながらも止めない辺り、ヒュース自身も続きを聞きたくなっているらしい。
「この辺りから、おれも一緒だな」
遊真が言った。
「城戸さん本人を探し始めたんだ」
「何故だ」
「オサムが気になってたから」
「空閑も付き合ってくれたんだ」
「面白そうだったしな」
「それで本人には会えたのか」
「会えなかった」
「…………」
ヒュースの顔に「何故だ」が浮かんだが、口に出す前に修が続けた。
「代わりに加古さんに会った」
そこで二人は、奏真が過去に一度ボーダーを離れていたことを知った。
「退隊?」
「ああ」
「月見花緒さんとのことがきっかけだったらしい」
「その後、記憶封印も受けてる」
ヒュースの目が細くなる。
「何を封じた」
「そこまでは知らないよ」
「知らない?」
「加古さんも、詳しいところまでは話さなかったから」
「本人には?」
「聞いてない」
「…………」
ヒュースは数秒考えた。
だが、今度は追及しなかった。
「なら、それ以上は考えても仕方がない。次だ」
「切り替えが早いな」
「情報がないのに推測しても意味がない」
「ヒュースらしいな」
「それで、次は?」
「東さんと奈良坂さんに会った。そこで城戸さんの狙撃手時代の話を聞いた」
「元オペレーターの次は狙撃手か」
「ああ」
「そして今は攻撃手」
「そう」
「何故だ」
「それは俺たちもよく分かってない」
「…………」
さっき消えかけたヒュースの眉間の皺が帰ってきた。
最近、この辺りを住処にしているのかもしれない。
「ただ、狙撃手時代に変なことをやってる」
「変なこと?」
「《擬似風刃》」
その一言で、ヒュースの表情が変わった。
「今、何と言った」
「擬似風刃」
「風刃?」
「ああ」
「迅悠一が使っていたブラックトリガーか?」
「そう」
先ほどまでの困惑が消え、ヒュースの目が鋭くなる。
「ブラックトリガーか?」
「いや」
「では何だ」
「試作型の狙撃トリガー」
「…………」
沈黙が落ちた。
「通常トリガーなのか?」
「そう聞いた」
「おかしい」
即答だった。
「え?」
「ブラックトリガーの名を冠するものが、何故通常トリガーの試作品として存在する」
「いや、違うんだ」
修が慌てて訂正する。
「風刃を再現したトリガーじゃない。《擬似風刃》っていうのは、その試作トリガーを使って城戸さんがやった狙撃の呼び名」
「…………」
説明した。
正しく説明したはずなのに、ヒュースの顔は説明する前より分からなくなっていた。
「説明しろ」
「僕たちもその後、詳しく聞いたんだ」
東と奈良坂から狙撃手時代の話を聞き、その後、三輪隊と月見も合流した。そこで修と遊真は、《擬似風刃》と呼ばれる狙撃の詳細を知った。
「研究用の狙撃トリガーだったんだ。普通のトリオン弾と違って、現実の弾みたいに重力とか風とか、飛んでる間の減速とかを再現するらしい」
「…………何故そんなものを作った」
「研究用だったから」
「正式採用は?」
「されなかった」
「当然だ」
そこだけは一切迷わなかった。
「通常のトリオン弾なら必要のない要素を、わざわざ射手に計算させている」
「奈良坂さんも、普通に使うなら面倒だって」
「だろうな」
ここまではヒュースにも理解出来た。
扱いづらい研究用試作品。
正式採用されなかった。
実に合理的な話である。
ここで終わっていれば。
「でも城戸さんは、それを二丁使った」
「二丁?」
「ああ。最初に二発撃った」
「二丁同時に?」
「そう」
「それで?」
「曲射」
「…………待て」
ヒュースが止めた。
まだ二発しか撃っていない。
「今、何と言った」
「曲射」
「狙撃銃で?」
「うん」
「直接狙うのではなく、弾道を曲げて撃ったという意味か?」
「ああ」
「その二発は?」
「当たった」
「…………」
ヒュースが黙った。
遊真が首を傾げる。
「そこ、そんなに変なのか?」
「変だ」
即答だった。
「曲射は撃てば終わりではない。距離、重力、風、弾速、飛翔中の減速。今の説明通りの弾なら、それらを加味して着弾地点を出す必要がある」
「そうだな」
「普通なら実際の着弾を確認し、ずれを修正して次を撃つ」
ヒュースの声が段々低くなっていく。
「それを最初の一発で当てた?」
「ああ」
「しかも二発?」
「そう」
「別々の目標へ?」
「うん」
「…………」
ヒュースは額へ指を当てた。
「その時点でおかしい」
「まだ二発だぞ」
「ユーマ、それは安心材料ではない」
「そうか」
「むしろこの先があることを示すな」
ヒュースは既に嫌な予感がしていた。
「それで?」
「その二発がまだ飛んでる間に、直射へ切り替えてもう二発」
「…………」
予感は当たった。
「待て。最初の曲射二発はまだ着弾していない?」
「ああ」
「その状態で別の二人を狙った?」
「そう」
「標的は誰だ」
「米屋先輩、三輪さん、風間さん、出水先輩」
「…………何?」
ヒュースの表情が変わった。
四人とも、名前を聞いて説明を求めるような相手ではない。
米屋陽介。
三輪秀次。
風間蒼也。
出水公平。
誰一人として、ただ立って撃たれるだけの標的ではなかった。
「その四人を?」
「ああ」
「同じ場所にいたのか?」
「いや。東西南北に分かれてたらしい」
「東西南北?」
「それで別名が《東西南北四箇所同時弾着狙撃》だったかな」
「……同時弾着?」
そこだけ、ヒュースの反応が変わった。
「知ってるのか?」
「概念はな」
複数の火力を、異なる位置や異なる発射時刻から放ち、目標への到達時刻を揃える。
ヒュースにとって、その発想自体は奇抜でも何でもなかった。
軍事において、複数の砲撃を同時に叩き込む考え方は理解出来る。
だからこそ。
「なら、そこは普通なのか?」
「違う」
ヒュースは即座に否定した。
「普通は複数でやる」
「複数?」
「砲なら別々の砲だ。それぞれが自分の射撃を担当し、距離や飛翔時間に合わせて発射時刻をずらす。それで着弾を合わせる」
ヒュースは修を見る。
「城戸奏真は一人なんだな?」
「一人」
「狙撃銃は二丁?」
「ああ」
「それで四発?」
「そう」
「東西南北、四つの目標へ?」
「うん」
「最初の二発は曲射」
「ああ」
「後の二発は直射」
「そう」
「距離は違う?」
「違う」
「方向も?」
「違う」
「軌道も?」
「違う」
「発射時刻も?」
「違う」
「着弾だけ同時?」
「うん」
「…………」
ヒュースが黙った。
今度は分からないからではない。
何をしているのか、分かってしまったからだった。
「おかしいだろう」
「やっぱり?」
「同時弾着という考え方がおかしいんじゃない。一人でやっているのがおかしい」
ヒュースは指を折りながら、一つずつ確認していく。
「最初の二発は曲射だ。それを初弾で当てる」
「うん」
「その二発がまだ空中にある間に、別方向の二人へ直射する」
「ああ」
「四発それぞれについて、距離、方向、軌道、飛翔時間が違う」
「そう」
「その発射時刻を一人で調整する」
「そうなるな」
「それで着弾だけを同時にする」
「うん」
「一人でやるな」
とうとう命令になった。
「確かにそうだよな」
「本人に言え」
「会ったらね」
「まだ本人を探す話まで行ってないぞ」
「ユーマは黙っていろ」
「分かった」
遊真が素直に引き下がったところで、修は思い出した。
「あと、三輪さんは建物の向こうにいたらしい」
「…………」
ヒュースがゆっくり修を見る。
「今度は何だ」
「城戸さんからは直接見えてなかった」
「それでどうやって撃った」
「移動先を予測した」
「…………」
ヒュースは目を閉じた。
曲射を初弾で当てる。
それも二発。
その二発が飛んでいる間に、別の二人へ直射。
四人は東西南北に分散。
その一人は発射時点で直接見えてすらいない。
四発全てを異なる条件で撃ち、着弾だけを揃える。
「まだあるのか?」
「ある」
「……言え」
今度の声には、先ほどまでの勢いがなかった。
「着弾する直前に、《対人威圧》を最大級に使った」
ヒュースが目を開けた。
「四人を止めるためか?」
「そう」
「…………なるほど」
意外にも、そこで初めてヒュースが頷いた。
「そこは理解出来る」
「ここまで聞いて?」
「ああ。むしろ、そこだけは合理的だ」
ヒュースは冷静に説明する。
「相手は米屋、三輪、風間、出水だ。いくら正確に着弾地点を予測しても、弾が届くまでに動かれれば外れる。着弾直前に《対人威圧》で動きを止められるなら、その問題を潰せる」
「なるほど」
「サイドエフェクトの使い方としては理に適っている」
ようやく一つ、ヒュースの中で軍事的に納得出来る要素が見つかった。
修も少し安心した。
「…………」
数秒後。
ヒュースの眉間に皺が戻った。
「いや」
「どうした?」
「何も解決していない」
「え?」
「《対人威圧》で説明出来るのは最後の一瞬だけだ」
「ああ……」
「曲射を初弾で当てることには関係ない」
「ないな」
「四発の弾道計算にも関係ない」
「ない」
「三輪の移動先を予測することにも関係ない」
「うん」
「同時弾着の計算にも関係ない」
「そう」
「…………」
ヒュースは額へ手を当てた。
「やはりおかしい」
「一回納得したのに」
「《対人威圧》の使い方には納得した。城戸奏真には納得していない」
そこは明確に別問題らしい。
「同時弾着も曲射も、何をしているのかは分かる」
だからこそ。
「分かるから余計におかしいんだ」
修は、妙に納得した。
知らないから驚いているのではない。
ヒュースは知っている。
曲射がどういうものか。
異なる距離へ同時に火力を到達させるという考え方がどういうものか。
それを成立させるため、本来どれだけの計算と分担が必要なのか。
分かるからこそ、一人でやったという事実がおかしい。
「奈良坂さんは、自分や当真さんと同じ基準で比べるものじゃないって言ってた」
「東さんも、何をしてるかも理屈も分かるけど、その上で真似出来ないって」
「……それはそうだろう」
「納得した?」
「評価にはな」
一拍。
「本人には納得していない」
「難しいな」
「難しくしているのは城戸奏真だ」
本人は現在ここにいない。
それなのに怒られている。
しかも今回に限っては、修もあまり庇う気になれなかった。
「何が難しいの?」
声がして三人が振り返ると、任務から戻ってきたらしい小南、レイジ、烏丸、宇佐美がリビングへ入ってきたところだった。
「城戸さんの話です」
修が答える。
「奏真さん?」
小南が荷物を置きながら首を傾げる。
「何で?」
「ヒュースが気になってる」
遊真が答えた。
「ユーマ」
「何だ?」
「余計なことを言うな」
「本当だろ?」
「能力に興味を持っただけだ」
「ああ」
レイジが納得したように頷く。
「昨日の訓練か」
「そうだ」
「それで修たちに聞いてたのか。どこまで?」
「《擬似風刃》だ」
「ああ」
レイジは普通に頷いた。
その反応がヒュースには気に入らなかったらしい。
ヒュースにとっては今しがた、曲射と同時弾着に関する常識を一つずつ丁寧に踏み荒らされたところなのに、レイジの「ああ」は今日の夕飯を聞いた時くらいの軽さだった。
「レイジ」
「何だ?」
「お前も知っているのか」
「知ってる」
「今聞いた話は本当なのか」
「どの部分だ?」
「全部だ」
「大体合ってる」
「…………」
ヒュースの顔が、明らかに「何故お前はそんな普通にしている」と言っていた。
「大体?」
「細かい部分なら補足はあるが」
「しろ」
「ヒュース、食いつくわね」
小南が呆れたように言う。
「当然だ。おかしい」
「奏真さんだし」
「それで済ませるな」
「だって奏真さんだし」
「二回言うな」
この支部では、城戸奏真という名前そのものが説明として成立している節がある。
ヒュースはそれを認めなかった。
「まず、あの試作トリガーは城戸奏真にしか使えないのか」
「いや。専用というわけじゃない」
「なら他の狙撃手でも使える」
「使おうと思えばな」
「同じことをした人間は?」
「いない」
「何故だ」
「普通はやる必要がないからだ」
「…………」
「通常の狙撃トリガーの方が扱いやすい」
「なら何故あの男は使った」
「試作品とか好きだからな、あの人」
烏丸がさらっと答えた。
「…………」
「何だ?」
「今の説明で疑問が一つ増えた」
「そうか」
「何故お前は平然としている」
「慣れたからじゃないですか」
「慣れるのか?」
「一応」
「…………」
ヒュースには、《擬似風刃》そのものよりも、周囲の人間がこれに慣れていることの方が不気味に思えてきた。
「あと」
宇佐美が口を挟む。
「奏真さんの場合、《擬似風刃》だけ見てもあんまり意味ないと思うよ」
「何故だ」
「元々オペレーターだから」
「それは聞いた。かなり優秀だったとも」
「かなり、かあ」
宇佐美が何とも言えない顔をした。
「少なくとも私は、オペレーターとして奏真さんをすごく尊敬してるよ」
ヒュースが宇佐美を見る。
宇佐美も笑顔で見返した。
「それほどか」
「それほど」
どうやら謙遜ではないらしい。
ヒュースは情報を整理するように指を折り始めた。
「元オペレーター」
「うん」
「その後、狙撃手」
「うん」
「そして今は攻撃手」
「そう」
「意味が分からん」
「そこは私に言われても」
宇佐美も困る。
「何故オペレーターを辞めた」
「辞めてないよ」
「何?」
「ランク戦にオペレーターとして出なくなっただけ」
ヒュースの指が止まった。
「では今もオペレーターなのか?」
「必要ならやるよ」
「狙撃手は?」
「それもやってた」
「攻撃手は?」
「今はそれ」
「…………」
「ヒュース?」
「情報を整理している」
「出来そう?」
「邪魔をするな」
出来ていないらしい。
指を折れば整理出来る量ではなかった。
「それで、その後がこの前の防衛任務だな」
修が話を戻した。
「僕たちが実際に城戸さん本人に会った時」
「ようやく本人が出てきたか」
「探し始めてから結構かかったな」
「本部にいる人間を探すだけだろう」
「僕たちもそう思ってた」
修は遠い目をした。
今なら分かる。
本部にいることと、本部で会えることは別問題なのだ。
その時に出動していたのは五部隊、十七人。
玉狛第一、玉狛第二、三輪隊、鈴鳴第一、柿崎隊。
当然、それぞれに普段から組んでいるオペレーターがいる。
奏真はその誰かを押し退けて席へ入ったわけではなかった。
各隊の通常支援はそのまま残し、自分はさらにその上から敵位置、避難経路、各隊の移動、ゲートの出現履歴といった戦場全体に関わる情報だけを拾い上げ、五部隊を一つの戦場として統合した。
「五部隊を同時に?」
「ああ」
「十七人?」
「うん」
「既存のオペレーターも動いている状態で?」
「そう」
「…………」
ヒュースは一瞬だけ考えた。
「それは先ほどまでの話を考えれば、まだ分かる」
「分かるんだ」
「元々オペレーターなんだろう。むしろ狙撃手として曲射を初弾で当てている話よりは、よほど本職に近い」
「比較対象がおかしくなってきてないか?」
「俺に言うな」
もっともだった。
「ただし、規模はおかしい」
「やっぱりおかしいんだな」
「五部隊十七人を一人で直接処理するならな」
「直接全部やったわけじゃないよ」
修は説明する。
「各隊のオペレーターはそのまま。城戸さんは部隊を跨ぐ情報をまとめてた」
「……なるほど」
ヒュースが頷いた。
「なら合理的だ。各部隊の処理を奪わず、その上に統合役を置いたのか」
「ああ」
「それなら一人に全処理を集中させるより負荷も減る。各部隊の判断も残せる」
今度こそ、素直に納得した。
ようやく城戸奏真の話から、何の留保もなく理解出来るものが出てきたらしい。
「でも途中で、想定してなかった第四ゲートが開いた」
「その時は?」
「二秒くらい止まった」
「止まった?」
「それまで考えてた展開の一部が使えなくなったから」
「その後は」
「作り直した」
「何を」
「その後の展開を」
「…………」
ヒュースは黙った。
「何だ?」
「いや」
一度首を振る。
「今度は驚いているわけではない」
「じゃあ?」
「やっと最初の話と繋がった」
予測を当て続けることが奏真の本質ではない。
外れないのではない。
外れた瞬間、それまでの予測に固執せず、成立しなくなったものを捨てて別の可能性へ移る。
「予測そのものより、修正が速いのか」
「多分、そっちの方が城戸さんの本当にすごいところなんだと思う」
「なるほど」
ヒュースは静かに頷いた。
最後の九十秒。
奏真は十七人全員へ上位指示を優先させた。
『一人も落とさないから』
その宣言通り、第四ゲートは閉鎖。
敵性トリオン兵は全て処理され、避難も完了。
十七名全員生存。
ベイルアウトなし。
「それで忍田本部長から、本部専属のオペレーターに戻らないかって言われたんだけど」
「断った」
「即答で」
「理由は?」
「毎回答えを出してたら、みんなが城戸さんの指示を待つようになるから」
そこで初めて、ヒュースの表情から困惑が消えた。
「……昨日の訓練と同じか」
「多分」
後方要員緊急時対処訓練では、敵を倒せるようにするのではなく、戦闘員が来るまで生き残れるようにする。
奏真自身は訓練に出ない。
直接指示もしない。
自分がいなければ成立しない形にしない。
「そこは一貫しているな」
ヒュースが言った。
「自分がいないと成立しない状態を嫌う」
「そういうことだと思う」
「なるほど」
ようやく一つ、城戸奏真という人間の中心らしきものが見えた。
ヒュースの顔にも、ほんの少しだけ納得の色が浮かぶ。
ただし、理解出来たのは思想であって、本人ではない。
「整理する」
ヒュースが言った。
修たちは黙って聞くことにした。
ここまで来たら、ヒュースが何をどう整理するのか少し興味がある。
「元オペレーター」
「うん」
「ランク戦では自主的にオペレーターをしなくなった」
「うん」
「その後、狙撃手」
「ああ」
「研究用の扱いづらい試作トリガーを二丁持ち、曲射を初弾で二発当てる」
「そう」
「その二発が飛んでいる間に直射を二発追加する」
「うん」
「東西南北にいる米屋、三輪、風間、出水へ、距離も方向も軌道も発射時刻も違う四発を同時着弾させる」
「そうだな」
「三輪は直接見えていない」
「うん」
「最後だけ《対人威圧》で四人を止める」
「そう」
「その後、狙撃手を続けず現在は攻撃手」
「ああ」
「だが必要になれば五部隊十七人を統合してオペレーション出来る」
「うん」
「後方要員の訓練まで作っている」
「そう」
「…………」
全部合っている。
合っているのに、一人の人間について説明しているように聞こえない。
ヒュースはしばらく天井を見上げた。
情報を整理しているのかもしれない。
整理することを諦めるための心の準備をしているのかもしれない。
やがて、深く息を吐いた。
「何なんだ、あの男は」
「城戸奏真」
遊真が答えた。
「名前を聞いているんじゃない」
「でも、それ以外に言いようあるか?」
「…………」
ない。
それが余計に腹立たしい。
「本人に聞く」
ついにヒュースが立ち上がった。
「今から?」
「ああ」
「どこにいるか分かるのか?」
「本部だろう」
「多分いると思うけど」
「なら行けばいい」
「会えるかな」
遊真が何気なく言った。
「何?」
「そうま先輩、ボーダーのメタルキングだから」
「メタルキング?」
「ああ」
「何だそれは」
「エンカウントが難しい」
「…………」
ヒュースが遊真を見る。
「この前も探すの結構大変だっただろ?」
「そうだったな……」
修も思い出した。
本部にいる。
それは間違いない。
なのに、会おうとすると会えない。
「何故だ」
「色んなところに顔を出してるからじゃないか?」
「連絡すればいい」
「連絡先知らないぞ」
「おれも」
「…………」
ヒュースは二人を順番に見た。
一人。
二人。
どちらも知らない。
「お前たちは一度本人を探しているんだろう」
「うん」
「その後、本人にも会ったんだろう」
「うん」
「それで何故、二人とも連絡先を知らない」
「聞かなかったから」
「必要なかったしな」
「…………」
ヒュースは額を押さえた。
今日何度目か分からない。
「大丈夫か?」
遊真が聞く。
「ユーマ」
「ん?」
「お前と話していると時々頭が痛くなる」
「サイドエフェクトか?」
「城戸奏真のせいだ」
「そうか」
「納得するな」
少し考えて、修が口を開いた。
「東さんに聞けばいいんじゃないか?」
「東春秋?」
「ああ。城戸さんとは昔から知り合いだし」
「旧東隊の時からだな」
遊真も頷く。
「俺たちが城戸さんを探してた時も、東さんから色々聞いたし」
「居場所も知っているのか?」
「そこまでは分からないけど……少なくとも僕たちよりは、城戸さんの捕まえ方を知ってそう」
「捕まらないわよ」
横から小南が即座に否定した。
「あの人を私用で捕まえるの、結構大変なんだから」
「東さんでもですか?」
「東さんなら確率は上がるんじゃない?」
「確率」
ヒュースが嫌そうに繰り返した。
「人間一人に会う話だろう」
「奏真さんだし」
「またそれで済ませるのか」
小南は悪びれもしない。
「だって本当にそうなんだからしょうがないでしょ」
「ボーダーのメタルキングっていうのは、そういう意味もあるのか?」
「神出鬼没って意味なら合ってるわね」
高経験値とか、希少性とか、倒しても同じことを再現出来ないとか、元々はもう少し色々な意味があったはずなのだが、いつの間にか「会おうとすると会えない人」という意味まで追加されていた。
ヒュースは小南の話を聞き終えると、今度はレイジを見る。
「東春秋は、城戸奏真を昔から知っているんだな」
「ああ」
レイジが頷いた。
「かなり古い付き合いだ」
「詳しい?」
「詳しいと思うぞ」
「本人を探す方法も?」
「……まあ、俺たちよりは知ってるだろうな」
ヒュースは数秒考えた。
本人に聞きたい。
しかし本人は捕まらない。
ならば、本人をよく知っていて、本人を捕まえる方法も知っていそうな人間へ聞けばいい。
今日初めてと言っていいほど、単純で分かりやすい論理が完成した。
「なら行くか」
「東さんのところへ?」
「ああ」
ヒュースは立ち上がる。
昨日までは、後方要員の訓練を作った人間。
それだけだった。
少し興味を持って話を聞いてみた。
元オペレーターだった。
ランク戦のMAPも天候も時間帯も、発表前に当てていた。
試合展開どころか最終得点まで当てていた。
未来視ではなかった。
一度ボーダーを離れていた。
記憶封印まで受けていた。
その後は狙撃手になっていた。
曲射を初弾で当てていた。
それも二発。
さらに直射二発を足して、一人で同時弾着までやっていた。
標的は米屋、三輪、風間、出水。
そのうち一人は見えていなかった。
最後に《対人威圧》で動きを止めていた。
そこだけは合理的だった。
今は攻撃手だった。
なのに必要になれば五部隊十七人を統合してオペレーションする。
後方要員の訓練まで作る。
そして、いざ本人に聞こうとすると捕まらない。
知れば知るほど理解が深まる。
普通なら、そうなるはずだった。
城戸奏真の場合。
知れば知るほど、何をしているのかは分かるようになった。
そして、何をしているのか分かるたびに。
何故それを一人で出来るのかが、分からなくなった。
「オサム」
「何?」
「東春秋なら、もう少しまともな説明をするんだろうな」
「……多分」
「何故今、一瞬迷った」
「いや」
修は目を逸らした。
東なら間違いなく、奏真について詳しい。
それだけは確かだ。
ただし。
詳しい人間に詳しく聞けば、疑問が減る。
その当たり前の法則が城戸奏真にも適用されるのかどうかについては。
修は、黙っておくことにした。
TIPS
小南「ボーダーのメタルキングって誰が言い出しんだっけ?」
宇佐美「誰だっけ?覚えてないかも」
レイジ「確か、諏訪だったか?」
烏丸「いえ、東さんですよ。あの人同期には普通に口悪くなる事ありますから」