No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト> 作:羊毛ローブ
数日後。
玉狛第二の四人は、本部の訓練室前にいた。
「本当に全員で来る必要があったのか?」
ヒュースが言った。
「言い出したのヒュースだろ」
遊真が即座に返す。
「オレは城戸奏真について東春秋に確認したいと言っただけだ。全員で行くとは言っていない」
「でも、ぼくも聞きたいことがあるから」
修が言うと、隣の千佳も小さく頷いた。
「わたしも聞きたい」
「ほら、全員だ」
「ユウマ、お前がまとめるな」
そんな話をしながら待っていると、訓練室の扉が開いた。
「お待たせ」
姿を見せたのは東春秋だった。
「東さん」
「珍しい組み合わせだね。玉狛第二全員で俺に用事?」
「はい」
修は少し迷ってから答えた。
「城戸さんのことで」
「ああ、奏真か」
東は驚くでもなく、むしろ納得したように頷いた。
「最近また色々やってるみたいだからね」
「後方要員緊急時対処訓練のことも知ってるんですか?」
「少しだけ。本人から詳しく聞いたわけじゃないけどね」
そう答えると、東は近くの休憩スペースを指した。
「立ち話も何だし、座ろうか」
〇
五人でテーブルを囲むと、東は用意していたポットから茶を注ぎ、中央へ菓子の入った皿を置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
千佳が頭を下げ、修も礼を言ってから、ふと中央の菓子を見る。
「東さん、わざわざ準備してくれたんですか?」
「まあね」
東は自分の分の茶を注ぎながら、何でもないことのように続けた。
「君達が来るかもしれないって奏真が言ってたから、茶菓子を準備しておいて良かったよ」
「……え?」
修の手が止まった。
遊真も菓子を口へ運びかけたまま東を見る。千佳はぱちぱちと瞬きをし、ヒュースだけは数秒間、全く動かなかった。
「待て」
「うん?」
「今、何と言った」
「君達が来るかもしれないって奏真が言ってたから――」
「そこだ」
ヒュースが遮った。
「何故だ」
「何故って?」
「何故あの男は、オレ達がここへ来る可能性を考えている」
「知ってたわけじゃないよ。来るかもしれない、って言ってただけ」
「十分おかしい。どういう経緯でそんな予測をした」
「ヒュースが後方要員緊急時対処訓練の見学希望を出してたからだって」
「…………」
ヒュースの顔が固まった。
「それだけですか?」
修が聞く。
「俺が聞いたのはそれだけだね」
「それで何で東さんのところに来るって話になるんだ?」
遊真も首を傾げる。
「さあ」
「その時の会話を覚えているか」
「大体なら」
「聞かせてくれ」
東は少し記憶を辿った。
「廊下で会った時だったかな。奏真が『春秋、近いうちに玉狛第二が俺の昔のこと聞きに行くかもしれないよ』って」
「……」
「それで俺が『どうして?』って聞いたら、『ヒュース君が後方要員緊急時対処訓練の見学希望出してたから』って」
「繋がってないだろう!」
ヒュースの声が休憩スペースに響いた。
「ヒュースくん、声大きいよ」
千佳が控えめに注意する。
「……すまない、千佳」
ヒュースは声量だけ落とした。
「オレが訓練を見学したいことと、ここへあの男の過去を聞きに来ることの間に何段階あると思っている」
「でも当たったな」
遊真が言った。
「だから問題なんだ!」
修も考えてみる。
訓練への興味から、奏真本人への興味が生まれる。玉狛で過去を聞き、《擬似風刃》の話を知る。それでも信じ切れず、もっと詳しい人間に確認しようと考える。そして旧東隊で奏真と組み、同期でもある東を訪ねる。
順番に並べてしまえば、確かに筋道は通っている。
「……後からなら繋がる」
「オサム?」
「後からなら! でも見学希望を出した時点で読むのはおかしい」
「そうだろう」
「ソウマさんだしな」
遊真が菓子を食べながら言う。
「ユウマはそれで全部済ませるな」
〇
「それで」
東が茶を一口飲む。
「奏真について何が聞きたいのかな」
「全部だ」
「ヒュースくん」
千佳が小さく声をかける。
「何だ、千佳」
「全部は多いと思う」
「……ぼくもそう思うぞ」
修も同意した。
「だが、どこまでがお前達の勘違いで、どこからが事実なのか分からない」
「全部本当だって言っただろ」
遊真が言う。
「ユウマ。四方向へ撃った狙撃弾が同時に着弾したという話を、何の確認もせず信じろという方がおかしい」
「まあ、それはそうか」
「納得するなよ……」
〇
東が端末を操作すると、古い訓練記録が表示された。
二丁の狙撃銃。標的は米屋、三輪、風間、出水。
一発目、二発目。
「待て。弾道が違う」
「そうだね」
三発目、四発目。
そして、四つの着弾表示がほぼ同時に点灯した。
ヒュースが黙った。
「どうだった?」
遊真が横を見る。
「黙れ」
「本物だったろ」
「ユウマ、今は黙れ」
「はいはい」
「正確には最初の二発が曲射。後の二発は直射だね」
「それは聞いた」
「なら話が早い」
「聞いて理解出来なかったから確認しに来たんだ」
「見て理解出来た?」
「余計に理解出来なくなった」
東が笑った。
「何故少し嬉しそうなんだ」
「昔も似た反応をする人が多かったなと思って」
「このトリガーは?」
「実験用だよ。距離による減速や落下、風の影響なんかを意図的に再現してる」
「通常の狙撃銃より扱いにくい?」
「かなり」
「何故そんな物を使った」
「面白そうだったからじゃないかな」
「は?」
「奏真、そういうところあるから」
「四人同時狙撃は必要だったのか?」
「必要ではないね」
「……」
「出来るか試したかったんじゃないかな」
「理由になっていない」
千佳が小さく笑いを堪えた。
「ヒュースくん、前に修くんたちから聞いた時より困ってるね」
「千佳。話で聞くのと実際の映像を見るのは違う」
〇
「これだけの技術を、何故やめた」
ヒュースが聞く。
「本人に聞いたことがあるよ。『もう示すものは示したから』って」
「誰に何を示した」
「後輩達に、かな。狙撃は真っ直ぐ撃つだけじゃない。弾着時間を考える。複数地点を同時に狙う。当たる瞬間から逆算する。実験用トリガーだって使い方次第で戦術になる」
「それを示して、やめた?」
「結果的にはね」
「……気持ち悪いな」
「ヒュースくん」
「能力の扱い方の話だ」
「それでも、ちょっと言い方が……」
「……悪かった」
「俺も昔から勿体ないとは思ってたよ」
東が言った。
「月見さんが怒るのも……少し分かる気がします」
修が言う。
「月見は特にね」
〇
「では、オペレーターとしては?」
ヒュースが聞いた。
「奏真が本当に厄介だったのは、全部指示出来たことだよ」
「全部?」
「誰がどこへ行くか。いつ撃つか。何秒待つか。誰を囮にするか。誰が何を見るか。どのタイミングで判断を切り替えるか。必要なら、そのかなりの部分まで奏真が決めた」
「……それで勝てたのか?」
「強かったよ」
「どの程度だ」
「一人と戦っているのに、相手の隊員全員が同じ頭で動いているような感じ、と言えば近いかな」
ヒュースの顔から呆れが消えた。
「……強い、で済ませるのも違うな」
「どういう意味?」
「アフトクラトルでも、そんなオペレートをする奴はいないぞ」
「アフトクラトルでも?」
修が聞く。
「ああ。戦場全体を見る指揮官も、複数部隊を動かす者もいる。だが、一人で複数人の状況を同時に処理し、各人の視界、能力、判断速度まで考慮しながら数秒単位で行動を指定し続ける?」
ヒュースは首を振った。
「そんなものは指揮というより、他人の身体を自分の手足として動かしているのに近い。オレの知る限り、アフトクラトルにも同じことをする人間はいない」
「……そう」
東の口元がほんの少し緩んだ。
「あ」
千佳が気付く。
「東さん、ちょっと嬉しそう」
「そう見える?」
「はい。少しだけ」
「何故お前が嬉しそうなんだ」
ヒュースが聞く。
「他所の国でも、奏真みたいなのはいないんだなと思って」
「だから何故それで喜ぶ」
「同期だからかな」
「知らん」
「でも、アフトクラトルにもいないんでしょう?」
「……いない」
「そっか」
「だから何故喜ぶ!」
〇
そこで千佳がおずおずと手を上げた。
「あの」
「うん?」
「東さんから見た城戸さんって、どんな人なんですか?」
東は少し考えた。
技術でも、才能でもない。同期として長く見てきた人間をどう表すか考え、やがて一つの言葉を選ぶ。
「お人好し」
「お人好し?」
千佳が聞き返した。
「うん。それが一番近いかな」
ヒュースが怪訝そうな顔をする。
「ここまでの話のどこから、その評価になる」
「そう?」
「オレが今まで聞いたのは、異常な処理能力と、理解し難い能力の捨て方だ」
「まあ、そう見えるよね」
「なら何故お人好しになる」
東は少し笑った。
「そうだな。ちょうどいい話があるよ」
「何だ?」
「奏真がランク戦のオペレーターをやめた時の話」
修が顔を上げる。
「東さん、その理由を知ってるんですか?」
「知ってるよ」
「本人から?」
「うん。あの時は俺が隊長だったからね」
そう答えた東の視線が、少しだけ遠くなった。
〇
まだ今よりずっと若かった頃。
旧東隊の訓練が終わった後の作戦室に、奏真と東だけが残っていた。
「春秋」
「ん?」
「俺、ランク戦のオペレーターやめようと思う」
東は手を止めた。
「……急だね」
「まあ、ちょっと前から考えてたんだけど」
「理由、聞いてもいい?」
「俺が全部やった方が速いんだよね」
「うん」
否定は出来なかった。
「みんなが何処にいて、相手が何処にいて、次に何が起きそうで、誰に何言えば一番速いか。俺が考えて指示した方が、今は多分強い」
「そうだね」
「でもさ」
奏真は少しだけ笑った。
「それ続けたら、みんな俺の指示待つようになると思うんだよね」
東は黙って聞いていた。
「この前、一瞬だけあったでしょ。自分で判断出来る場面なのに、俺の指示を待った時」
「……あったね」
「別にあれが悪いって言ってるんじゃないよ。俺が答え出すの速いから、そっち使った方が楽だし、実際その方が強い時もある」
奏真はそこで一度言葉を切った。
「でも、この隊ですら俺の指示を待つようになったら、それはボーダーとして不味いと思っちゃったんだよね」
「……この隊ですら、か」
「うん」
春秋も、他の隊員達も、自分で考えて判断し、動ける。それを奏真自身が誰よりよく知っていた。
「それでも俺が正解出し続けたら、俺に聞いた方が速いって覚えるでしょ」
「……」
「で、それが当たり前になる」
奏真は軽く肩を竦めた。
「それ、強くなってるように見えて、実際は違うじゃん」
東は答えなかった。
「俺がいる時は強い。でも俺がいないと判断が遅れる。俺が答え出すまで待つ。俺が間違えた時も、みんな俺の方を見る」
口調はいつも通り軽い。それでも、奏真がその一瞬の指示待ちを思っていた以上に重く受け止めていたことは分かった。
「この隊でそうなるなら、他でも多分なる」
「……そう考えたんだ」
「うん」
奏真は頷いた。
「俺一人のところでみんなの判断が止まるようになったら、俺がどれだけ上手くオペレート出来ても、ボーダー全体で見たらマイナスじゃん」
「……そうかもね」
「それに、俺がいなくなったりしたら困るじゃん」
「いなくなるって?」
「色々あるでしょ」
奏真は指を折っていく。
「怪我して動けないかもしれない。別の任務に回されるかもしれない。通信が切れて指示出来ないかもしれない。ボーダー辞めるかもしれないし」
一瞬だけ間を置いて、最後にもう一つ付け足す。
「まあ、死ぬことだってある」
「……縁起でもないな」
「でも、あるでしょ?」
言い方は軽かった。
「俺が明日もここにいて、いつでも全部見て、いつでも答え出せる。それを前提にする方がおかしいよ」
「……そうかもね」
「でしょ?」
奏真は軽く肩を竦めた。
「別に俺じゃなくても同じだよ。誰か一人がいなくなっただけで回らなくなるなら、その人が凄いかどうかとは別に、回し方の方にも問題あるじゃん」
「だから、ランク戦のオペレーターを?」
「うん」
奏真は何でもないことのように笑った。
「ランク戦は自分から外れとこうかなって」
「自分から?」
「そう。俺がいなくてもやるのが普通になれば、それが一番でしょ」
「オペレーターそのものを辞めるわけじゃないんだ」
「辞めないよ」
そこは即答だった。
「防衛任務とか、本当にヤバそうな時は参加するよ」
「……そう」
「必要な時まで意地張ってやらないとか、それは違うでしょ」
奏真は軽く肩を竦める。
「それに、俺オペレーター好きだし」
「……そう」
東はそれ以上何も言わなかった。
辞めたいから辞めるのではない。飽きたからでもない。好きで、得意で、必要とされれば今後もやるつもりでいる。
ただ、平時から自分が正解を与え続けることで、周囲が自分なしでは動けなくなることだけは避けたかった。
だから引退するのではなく、自分が出る場所を自分で絞る。
奏真にとっては、それだけの話らしかった。
少し間が空いたところで、東が聞いた。
「なら、月見に任せる?」
「そのつもり」
「月見なら大丈夫だと思うよ」
「俺もそう思う」
奏真は頭を掻いた。
「ゴメンな、春秋。大事な時に」
「別に。奏真、ボーダーのこと考えてるんだろ?」
「まあね」
「それに月見なら大丈夫だよ」
「でも多分、月見怒るぞ?」
「それはそうだな」
「だよなー」
二人で少し笑った。
「でも、奏真がそう思うならやればいいよ。実際にそうなったら、確かに困るしな」
「ありがと」
奏真は少しだけ肩の力を抜いた。
「ミーワムーワもカコチャハーンも怒るかな? 二ノッペも」
「……その呼び方、本人達の前でやるなよ」
「やってるけど?」
「知ってる」
「で、怒るかな?」
「まあ文句は言うだろうけど、事情話せば分かってくれるんじゃない?」
「そうかー」
奏真は少し考えた後、何かを思い出したように顔を上げた。
「あ、でも月見には言わないでね」
「なんで?」
東は即座に聞き返した。
「一番言った方がいいだろ」
「いや、月見はあー見えてナイーブだから、気にしちゃうだろ?」
「何を?」
「俺が降りる理由」
奏真は少し考えてから続けた。
「俺がオペレーターやってると、みんなが俺の指示を待つようになるかもしれない。だから俺が降りる」
「うん」
「それ聞いたら月見、多分考えるよ。『自分も奏真さんに頼ってたんじゃないか』って」
東は少し黙った。
「……考えるかもね」
「でしょ?」
「でも、それは月見だけの話じゃないだろ」
「そうだよ。月見が悪いわけでもない」
奏真は即答した。
「完全に俺が勝手に決めたことだし、俺がこのまま続けるのは良くないって思っただけ」
「なら、そう説明すればいい」
「説明して、それだけで終わればね」
「終わらないと思ってる?」
「月見だよ?」
奏真は苦笑した。
「俺がオペレーター好きなの、あいつ知ってるし」
「……ああ」
「好きなのにランク戦から降りる。それが『自分達が俺に頼るようになるかもしれないから』って知ったらさ」
奏真は頭を掻いた。
「『自分達のせいで奏真さんが好きなものを一個諦めた』くらいは考えるだろ」
「……」
「そんなの背負わせる必要ないじゃん」
東は黙って奏真を見る。
「それに」
奏真は少しだけ視線を逸らした。
「俺、別に犠牲になったつもりないし」
「……」
「オペレーターが好きなのも俺。続けたら良くないって思ったのも俺。降りるって決めたのも俺」
一つずつ、自分に言い聞かせるように言葉を並べる。
「全部俺が好きに決めたことなのに、月見がそこに自分の責任混ぜるのおかしいでしょ」
「……そうだね」
「なのに理由教えたら、あいつ多分混ぜるから」
奏真は軽く笑った。
「だったら知らなくていいよ」
東は少しだけ眉を寄せた。
「奏真」
「ん?」
「お前、自分が悪く思われるのはいいの?」
「んー?」
奏真は一瞬だけ考えた。けれど、その時間は短かった。
「それで月見が自分のせいにしないなら、別に」
「……」
「俺が勝手に辞めた。俺が勝手に決めた。ムカつく」
奏真は笑う。
「それで終わるなら一番楽でしょ。月見が」
東は何も言わなかった。
楽なのは誰にとってなのか。
奏真は最初から、自分を数に入れていない。
「しかも、その後を月見に任せるんだよ?」
奏真は何事もなかったように話を戻す。
「理由まで知ってたら、オペレーターやる度に俺のこと気にするかもしれないだろ。『奏真さんならどうした』とか、『これでちゃんと自分達で判断出来てるのか』とか」
奏真は肩を竦めた。
「それ、一番やってほしくないんだよね」
「……なるほど」
「月見がオペレーターやるのに、俺がなんで降りたかなんて必要ないよ」
「でも、本当の理由を知らない方が怒ると思うよ」
「怒るのはいいよ」
即答だった。
「いいの?」
「うん」
「奏真に?」
「俺に」
奏真はあっさり言った。
「俺に腹立てるだけなら別にいいじゃん」
「……」
「俺に怒ってる分には、月見は月見の判断するだろ?」
東はしばらく奏真を見た。
「自分を責めるくらいなら、奏真に怒ってた方がいいってことか」
「そうそう」
奏真は笑う。
「怒ってる方があいつ元気だし」
「本人が聞いたらもっと怒るぞ」
「それは困るなー」
「困ってないだろ」
「バレた?」
「分かるよ」
「じゃ、そういうことで。月見には内緒ね」
東はしばらく奏真を見た。
「そういうとこだぞ」
「ええ?」
「そういうところ」
「何が?」
「分かってないならいいよ」
「いや気になるんだけど」
「自分で考えな」
「春秋が教えてくれた方が速くない?」
「それを今まで話してたんだろ」
「あ」
奏真が止まった。
数秒後。
「上手いこと言うね」
「奏真が言わせたんだよ」
〇
「――っていう話をした」
東が言った。
話を聞き終えた四人は、しばらく誰も口を開かなかった。
東は千佳を見ると、先ほどと同じ穏やかな調子で言った。
「ね?」
「……はい?」
「お人好しでしょ?」
「あ……」
千佳が少し笑った。
「はい」
「待て」
ヒュースが割って入った。
「今の話を聞いて、何故そう素直に納得出来る」
「だって」
千佳は少し考える。
「月見さんに怒られることは、城戸さんにとってそんなに嫌じゃなかったんだよね?」
「そうだろうね」
東が答える。
「でも、月見さんが自分を責めるのは嫌だった」
「うん」
「だったら……お人好しなのかなって」
ヒュースは納得していない。
「本人に事情を説明した方が合理的だ」
「そうだね」
東はあっさり認めた。
「月見本人がどう受け取るかを、本人に確認していない」
「その通り」
「結果として余計に怒らせている」
「うん」
「なら失敗ではないのか?」
「やり方としてはね」
「では――」
「でも」
東が続ける。
「奏真が気にしてたのは、月見に怒られるかどうかじゃないんだよ」
ヒュースが止まる。
「月見が自分を責めないか。それだけ」
「……」
「自分に腹を立てて元気にしてるなら、それでいい」
東は小さく笑った。
「そういう奴なんだよ」
修は月見の言葉を思い出していた。
自分の才能を大切にしているようには見えなかった。
だから余計に腹が立つ。
「じゃあ月見さんから見たら……」
「奏真が突然ランク戦から降りて、その後狙撃手になったように見えただろうね」
「そりゃ怒りますよ……」
「うん」
「城戸さんも分かってたんですよね?」
「分かってたよ」
「それでも言わなかった」
「怒ってる方が元気だから、だって」
「……」
修は何とも言えない顔になった。
千佳が小さく笑う。
「やっぱり、お人好しですね」
「でしょ?」
東も笑った。
「オレは理解出来ん」
ヒュースが言う。
「ヒュースくん」
「何だ、千佳」
「でも、優しいとは思うよ」
「優しいかどうかと、やり方が正しいかは別だ」
「うん」
「だが……」
ヒュースは少し考えた。
「そう判断した理由は理解した」
「それで十分だよ」
東はそう言って、茶を一口飲んだ。
〇
「これで一つは理解した」
ヒュースが続ける。
「後方要員緊急時対処訓練と同じだ」
奏真本人は訓練へ出ない。正解を一つにせず、原則だけを渡して本人達に選ばせる。自分がいなくても成立する形を作る。
「昔から、自分が組織の前提になることを嫌っていたんだな」
「そういうところはあったね」
「……一貫はしている」
「うん」
「一貫しているが」
ヒュースは眉間に深い皺を寄せた。
「やはりおかしい」
「そこは変わらないんだな」
遊真が言う。
「当然だ」
〇
ヒュースは改めて指を折り始めた。
「最高峰のオペレーター能力を持つ。オペレーターそのものは好きなのに、周囲が依存する可能性を考えてランク戦から自分を外す」
一つ。
「後任が自分を責めるかもしれないという理由で、本当の理由を伏せる」
二つ。
「その後、異常な狙撃技術を身につけ、それを後輩に可能性を示したからという理由でやめる」
三つ。
「現在は、それより明らかに不得手な攻撃手」
四つ。
「裏では後方要員の生存訓練を設計し、自分がいると参加しない者がいるからと姿を消す」
五つ。
「アフトクラトルにも、あんなオペレートをする人間はいない」
そして、最初に出された茶菓子を見る。
「その上、オレが訓練の見学希望を出しただけで、オレ達がここへ自分の過去を聞きに来る可能性まで読んでいる」
「あ」
修も忘れかけていた。
「そういえば、それもあったな」
「忘れるな、オサム!」
「情報が多過ぎるんだよ!」
「それはオレも同意する!」
「何なんだ、あの男は」
「だから最初に言っただろ」
遊真が笑う。
「面白い人だって」
「面白いで片付けるな」
「じゃあボーダーのメタルキング」
「その呼び名が一番意味不明だ」
「でも、なかなか会えないぞ」
「何故だ」
「色んなことを裏でやってるからじゃないか?」
ヒュースが黙った。
後方訓練、新人育成、オペレーターへの助言、戦闘員への助言。本人は表に出ず、記録だけを見て改善することさえある。
「……なるほど」
そこだけは納得したらしい。
「確かに、エンカウントしないな」
「だろ?」
東も小さく笑った。
「奏真を探すなら本部を歩き回るより、誰かに困り事がないか聞いた方が早いかもしれないね」
「どういう意味ですか?」
「本人が見つからなくても、何かしら先に手を出してることが多いから」
「……まだ増えるのか」
「何が?」
「おかしいところだ」
「別におかしくないと思うけどなあ」
「同期だから感覚が麻痺しているんじゃないのか?」
「そうかもしれないね」
「そこは否定してくれ」
〇
話を終えて席を立つ。
「今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
修と千佳が頭を下げる。
「こちらこそ。茶菓子も無駄にならなくて良かったよ」
その言葉を聞いて、ヒュースが足を止めた。
「……一ついいか」
「うん?」
「もしオレ達が来なかったら、茶菓子はどうするつもりだった」
「俺が食べるよ」
「そういうことではない」
「じゃあ?」
「奏真の予測が外れたことになる」
「別にいいんじゃないかな。奏真だって全部当てるわけじゃないよ」
「当然だ」
「外れた可能性は消して、次を考えるだけだから」
「……」
ヒュースが再び止まった。
「今、さらっと重要なことを言わなかったか?」
「そう?」
「そうだ」
数秒の沈黙の後、ヒュースは踵を返した。
「帰るぞ」
「え、もういいのか?」
遊真が追う。
「十分だ」
「ソウマさん本人に聞くんじゃなかったのか?」
「聞く」
「何聞く?」
ヒュースは歩きながら少し考えた。
「……何故、普通に一つのことを続けられないのか聞く」
「それ本人に聞いたら」
遊真が笑った。
「『飽きるじゃん?』とか言いそうだな」
ヒュースが足を止めた。
「……言いそうだ」
「だろ?」
「もし本当にそう答えたら」
「答えたら?」
「一度殴る」
「やめろヒュース!」
「ヒュースくん、駄目だよ」
修と千佳の声が、ほぼ同時に廊下へ響いた。
〇
四人が去った後。
東は残った茶を飲みながら端末を確認した。
奏真から、短いメッセージが一件届いている。
『春秋、玉狛第二来た?』
東は少し考えてから返した。
『来たよ。ヒュース、かなり引いてた』
数秒後。
『やっぱり?』
『先読みし過ぎ』
返事はすぐに来た。
『え、でも来たでしょ?』
「そこなんだよなあ」
誰もいなくなった休憩スペースで、東春秋は一人、苦笑した。