No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト>   作:羊毛ローブ

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番外編2 当たりの日

 

第一回炒飯大会から数日。

 

 ボーダー本部では、大会そのものとは別に、一つの話題が地味に尾を引いていた。

 

 原因は、大会中に城戸奏真が何気なく口にした一言である。

 

『俺は叔父さんの炒飯が一番好きだからさ』

 

 加古望の炒飯を実際に食べ、その腕前を知っている奏真が、それでも一番は叔父の炒飯だと言った。

 

 それだけなら、身内びいきという可能性もあっただろう。だが、あの場には忍田本部長と林藤支部長もいた。そして二人とも、城戸正宗が中華料理を作れるという事実そのものには、まるで驚いていなかった。

 

 ボーダー最高司令官、城戸正宗。

 

 普段の姿から料理、ましてや中華鍋を振る姿を想像するのは難しい。だからこそ、一度気になり始めれば、隊員達の興味が消えるはずもなかった。

 

「一回食べてみたいですよね!」

 

 本部食堂で昼食を取っていた武富桜子が、炒飯大会の話題になった途端、勢いよく身を乗り出した。

 

「気にはなるよねー」

 

 向かいで炒飯を食べていた国近柚宇も、あっさり同意する。

 

「でも、機会ないでしょう」

 

 氷見亜季は苦笑した。

 

「城戸司令に『炒飯作ってください』なんて頼めないですよ」

 

「次の炒飯大会に出てもらいましょう!」

 

「出るって言ってないけどね」

 

「そこは奏真さんに頑張ってもらって!」

 

「本人に頼むんじゃないんだ」

 

 氷見のもっともな指摘にも、武富はめげない。

 

 次回大会を本当に開催出来るのか。その時、城戸司令が参加してくれるのか。そもそも最高司令官を炒飯大会へ引っ張り出すという発想自体がどうなのか。

 

 そんな取り留めのない話をしながら、国近が何気なく自分の炒飯を口へ運んだ。

 

「…………」

 

 その手が止まった。

 

 武富はすぐに気付いた。

 

「国近先輩?」

 

 返事はない。

 

 国近は炒飯を見下ろし、もう一口食べる。今度は少し時間をかけて味わってから、確信したように顔を上げた。

 

「……今日だ」

 

「え?」

 

「今日、当たりの日」

 

 その一言に、氷見もすぐ反応した。

 

「あ、本当ですか?」

 

「うん。当たり」

 

「当たりの日?」

 

 話についていけない武富だけが、二人を交互に見る。

 

「何ですか、それ」

 

「知らない?」

 

「知りません!」

 

「食堂の炒飯、たまにすっごく美味しい日があるの」

 

「普段も美味しいですよね?」

 

「美味しいよ。でも、違うんだって」

 

 国近の言い方だけでは、いまいち要領を得ない。

 

 武富は席を立つと、食堂入口近くに並ぶ食券機へ向かった。画面から炒飯を選び、発券された食券を持って受取口へ行く。

 

 食券を渡して少し待つと、普段と何ら変わらない皿に盛られた炒飯が出てきた。

 

 見た目だけなら、いつもの炒飯と大差はない。

 

 米、卵、長葱、焼豚。

 

 特別な食材が入っているようにも見えなかった。

 

 それを持って席へ戻り、半信半疑のまま一口食べる。

 

「…………」

 

 そのまま二口目。

 

「……何ですか、これ」

 

「ね?」

 

 国近が楽しそうに笑う。

 

 使われているもの自体は、ごく普通だった。

 

 米は一粒ずつ綺麗にほどけている。それなのに水分を飛ばしすぎた乾いた食感ではなく、噛めば米そのものの甘みがきちんと残っていた。油も表面へ薄く回っているだけで、炒飯を食べているはずなのに重さがない。

 

 卵は細かく米へ絡んだ部分と、柔らかな食感を残して少し大きく固まった部分が混在している。長葱は火が通って甘みを出しながら、それでも香りを失っていない。焼豚も味を主張しすぎず、表面の僅かな香ばしさと、噛んだ時に出る肉の脂と甘みが米によく合っている。

 

 どれか一つが飛び抜けて強いわけではない。むしろ逆だった。米、卵、長葱、焼豚。その全てを一緒に口へ入れた時が、一番美味しい。

 

 しかも味付けが強すぎないため、一口目で美味いと思った感覚が、五口目でも変わらない。半分ほど食べても飽きず、最後まで箸が止まらない。

 

 そして食べ終える頃には、十分満足しているはずなのに。

 

「……大盛りの食券にすればよかった」

 

「当たりの日、みんなそれ言うんだよね」

 

 国近が笑う。

 

 武富は空になりかけた皿を見つめた。

 

「誰が作ってるんですか?」

 

「知らない」

 

「え?」

 

「だから《当たりの日》」

 

「調べてないんですか!?」

 

「美味しいから別に」

 

「気になりますよ!」

 

     〇

 

 気になった武富は、本当に調べ始めた。

 

 すると《炒飯の当たりの日》という話は、武富が思っていた以上に昔から存在していた。

 

「当たりの日? あるぞ」

 

 出水公平は普通に知っていた。

 

「何回か食ったことある」

 

 米屋陽介も知っている。

 

「作ってる奴? 知らねえ」

 

 諏訪洸太郎も味自体は知っていたし、村上鋼も何度か遭遇したことがあるらしい。

 

 国近に至っては、自分が入隊した頃には既に《当たりの日》という言葉を聞いていたという。

 

 そして。

 

「加古先輩なら何か知ってるかも!」

 

 武富は当然のように、加古望のところへも向かった。

 

 炒飯大会で圧倒的な腕前を見せた本人である。食堂の炒飯についても、何か気付いている可能性は高い。

 

「加古先輩!」

 

「何?」

 

「食堂の《炒飯の当たりの日》って知ってますか?」

 

「当たりの日?」

 

 加古は僅かに首を傾げた。

 

「何それ」

 

「えっ」

 

 武富の方が驚いた。

 

「知らないんですか!?」

 

「知らないわ」

 

「食堂の炒飯が、たまにものすごく美味しい日があるらしいんです!」

 

「へえ」

 

 反応が薄い。

 

「加古先輩、食べたことないんですか?」

 

「ないと思うけど」

 

「加古先輩なのに!?」

 

「どういう意味?」

 

「だって炒飯ですよ!?」

 

「だからよ」

 

「え?」

 

 加古はごく当然のように言った。

 

「わざわざ食堂で炒飯食べないわよ」

 

「…………」

 

 武富は止まった。

 

「……なるほど?」

 

「食べたくなったら自分で作るし」

 

「強い」

 

 あまりにも単純な理由だった。

 

 加古望は炒飯が上手い。

 

 かなり上手い。

 

 だからこそ、わざわざ本部食堂で炒飯を選ぶ理由がない。

 

「でも加古先輩!」

 

「何?」

 

「今日、当たりの日なんです!」

 

「そう」

 

「食べてみません!?」

 

「別にいいわ」

 

「興味ないんですか!?」

 

「今は炒飯の気分じゃないもの」

 

「炒飯大会を開いた人の台詞とは思えない!」

 

「食べたい炒飯と、食堂で炒飯を選ぶかは別でしょう?」

 

「そうですけど!」

 

 武富としては、この謎の炒飯を加古に食べてもらい、専門家として分析してほしかった。

 

 だが本人にその気がないのなら仕方がない。

 

「……食べたら何か分かりそうなのに」

 

「そんなに気になるなら自分で調べれば?」

 

「調べます!」

 

「頑張って」

 

 結局、加古は食べなかった。

 

 この時の武富は知らない。

 

 もしここで加古が食堂へ行き、今日の炒飯を一口でも食べていたなら。

 

 《当たりの日》の謎は、もう少し早く答えへ近付いていたかもしれない。

 

     〇

 

「そんな昔からあるんですか……」

 

「あるねー」

 

「曜日とか決まってないんです?」

 

「ないと思う」

 

「じゃあ、月に何回とか」

 

「バラバラじゃない?」

 

「何かのイベントの日とか!」

 

「それも関係ないと思うよ」

 

 聞けば聞くほど、法則性が見えてこない。

 

 予告があるわけでもない。曜日も一定ではなく、特定の行事と重なるわけでもない。

 

 食券機に表示されるのも、いつも通りの《炒飯》である。値段が変わるわけでも、《本日特製》などと書かれるわけでもない。

 

 いつも通り食券を買い、いつも通り受取口で料理を受け取り、一口食べて初めて気付く。

 

 今日、当たりだ。

 

 それだけだった。

 

「……担当者ですよね」

 

「多分?」

 

「絶対、炒飯がめちゃくちゃ上手い職員さんがいるんですよ!」

 

「まあ、それが普通の結論だよね」

 

「厨房行ってきます!」

 

「行くんだ……」

 

 止める間もなく、武富は立ち上がった。

 

     〇

 

「炒飯が美味しい日?」

 

 厨房の職員は、武富の質問を聞いた瞬間、ほんの少しだけ妙な間を置いた。

 

「はい!」

 

「普段もちゃんと美味しいでしょう?」

 

「もちろんです! でも、そういう話じゃなくてですね!」

 

 武富は今日食べた炒飯について、覚えている限り説明した。

 

 米はほどけているのに乾いていない。油が軽い。卵の入り方も普段と少し違う。焼豚には僅かに香ばしさがあり、長葱の香りも残っている。そして何より、最後まで食べても重くならない。

 

 一通り聞き終えた職員は、

 

「ああ……」

 

 と、明らかに心当たりのある声を漏らした。

 

 武富は聞き逃さなかった。

 

「心当たりありますよね!?」

 

「まあ」

 

「誰が作ってるんですか!?」

 

「日によるよ」

 

「日による?」

 

「厨房も忙しいからね。人が足りなければ、手伝ってもらうこともあるし」

 

「手伝い?」

 

「うん」

 

「誰に!?」

 

「色々」

 

「怪しい!」

 

「何が?」

 

「今、明らかに濁しました!」

 

「気のせいじゃない?」

 

「絶対何か知ってますよね!?」

 

「ほら、昼休み終わるよ」

 

「あっ」

 

 時間を確認した武富は、本当に昼休みが終わりかけていることに気付いた。

 

 結局、それ以上は何も聞き出せないまま厨房を追い出された。

 

     〇

 

「分かりませんでした!」

 

 戻ってきた武富の報告に、氷見は驚かなかった。

 

「でしょうね」

 

「でも、厨房には職員さん以外の手伝いが入ることもあるらしいです!」

 

「じゃあ、いつもの職員さんが作ってるとは限らないんだ」

 

「そうなんですよ!」

 

 それなら候補は一気に広がる。

 

 誰か料理の得意な隊員が手伝っているのかもしれない。あるいは食堂勤務ではない職員かもしれない。

 

 武富が新しい可能性を考えていると、国近が何気なく口を開いた。

 

「そういえばさ」

 

「はい?」

 

「今日、城戸司令見なかった?」

 

「え?」

 

「さっき廊下歩いてたよ」

 

「…………」

 

「どうしたの?」

 

 武富の頭の中で、いくつかの情報が繋がった。

 

 第一回炒飯大会。

 

『俺は叔父さんの炒飯が一番好きだからさ』

 

 今日食べた、異様に美味しい炒飯。

 

 厨房には、職員以外の手伝いが入ることがある。

 

 そして今日、城戸司令は本部にいる。

 

「…………まさか」

 

「何?」

 

「いやいやいや」

 

 自分で浮かんだ考えを、武富はすぐに打ち消した。

 

「ないです」

 

「何が?」

 

「何でもありません!」

 

 ボーダー最高司令官が、昼時の食堂へ入り、食券機から次々送られてくる炒飯の注文に合わせて、厨房で中華鍋を振っている。

 

 頭の中にその光景を思い浮かべてみたが、あまりにも普段の城戸正宗と結びつかない。

 

 いくら何でも発想が飛躍しすぎている。

 

     〇

 

 それでも完全には引っかかりが消えなかった武富は、その日の午後、ちょうど本部にいた奏真を捕まえた。

 

「奏真さん!」

 

「ん?」

 

「城戸司令の炒飯って、本当にそんなに美味しいんですか?」

 

「美味しいよ」

 

 即答だった。

 

「どんな感じです?」

 

「どんなって?」

 

「例えば、米がパラパラなのに乾いてないとか」

 

「うん」

 

「油っぽくないとか」

 

「うん」

 

「卵が細かく絡んでるところと、ちょっと大きく残ってるところがあるとか」

 

「あるね」

 

「焼豚の表面だけ、ちょっと香ばしいとか」

 

「そうだね」

 

「長葱の香りがちゃんと残ってるとか」

 

「うん」

 

「…………」

 

「何?」

 

 武富は黙った。

 

 一つなら偶然で済む。

 

 二つ、三つでも、炒飯という料理を突き詰めれば似ることはあるかもしれない。

 

 だが、ここまで重なるとさすがに気になる。

 

 今日、自分が食べた《当たりの日》の炒飯と、奏真が知っている城戸司令の炒飯が、あまりにも似ている。

 

「奏真さん」

 

「何?」

 

「今日、食堂で炒飯食べました?」

 

「今日は食べてないよ」

 

「じゃあ分からないか……」

 

「何が?」

 

「今日、当たりの日だったんですよ」

 

「ああ」

 

 奏真は軽く頷いた。

 

「そうなんだ」

 

「…………」

 

 武富はじっと奏真を見る。

 

「何?」

 

「いえ……」

 

 何か引っかかる。

 

 だが、奏真の反応に探りを入れている様子はない。本当に何の話か分かっていないように見える。

 

「ちなみに城戸司令、今日のお昼どこにいたか知ってます?」

 

「叔父さん?」

 

「はい」

 

「さあ?」

 

「知らないですか」

 

「一日中見張ってるわけじゃないからね」

 

「ですよね」

 

 それはそうだ。

 

 武富はそれ以上追及せず、その場を離れた。

 

 その背中を見送ってから、奏真は少しだけ首を傾げる。

 

「……当たりの日?」

 

 初めて聞いた言葉だった。

 

 何のことだろう。

 

 少し気にはなったものの、わざわざ追いかけて聞くほどでもない。奏真はすぐに別のことへ意識を移した。

 

     〇

 

 結局、その日も《炒飯の当たり日》の正体は分からなかった。

 

 武富が調べて分かったのは、その噂がかなり昔から存在していること。当たりの日は不定期で、曜日や行事との分かりやすい関連はないこと。厨房には時折、食堂の職員以外の手伝いが入ること。そして偶然なのか、その日に出てくる炒飯の特徴が、奏真の語る叔父の炒飯と妙によく似ていること。

 

 それだけだった。

 

「城戸司令が食堂で炒飯作ってるっていうのは、さすがにないですよね」

 

「ないんじゃない?」

 

「ですよね」

 

 武富自身、口に出してみればやはり現実味がないと思う。

 

 そこで話はいったん終わった。

 

 それからも時折、《当たりの日》はやってきた。

 

 食券機には、いつもと同じ《炒飯》の文字が並んでいる。

 

 値段も同じ。

 

 受取口から出てくる皿も同じ。

 

 だから、その日が《当たり》かどうかは、食券を買った時点では誰にも分からない。

 

 一口食べて、初めて分かる。

 

「……今日だ」

 

「当たり?」

 

「当たり」

 

「大盛りにすればよかった」

 

 そして、その言葉を聞いた隊員が慌てて食券機へ向かう。

 

「まだ大盛り買える!?」

 

「知らない、見てきて!」

 

「炒飯売り切れてない!?」

 

 当たりだと分かってから、炒飯の食券だけ妙に早く売り切れる日もあった。

 

 それでも、誰が作っているのかは分からない。厨房へ聞いても、はっきりした答えは返ってこなかった。

 

 加古望ですら、その味を知らない。

 

 理由は単純だった。

 

「わざわざ食堂で炒飯食べないわよ」

 

 自分で美味い炒飯を作れる人間には、そもそも食券機で《炒飯》を選ぶ習慣がなかったのである。

 

 だからこそ、答えに最も近付きそうな人間まで、長年その正体に気付かなかった。

 

 たまに、本部食堂の炒飯が異様に美味しい日がある。

 

 食券を買った時には分からない。

 

 受け取って、一口食べて初めて当たりを引いたと気付く。

 

 そして普通盛りを選んだ者は、決まって少しだけ後悔する。

 

 昔から続く、ただそれだけの話だった。

 

 その答え合わせが行われるのは、もう少し後。

 

 第二回炒飯大会。

 

 城戸正宗本人が、隊員達の前で中華鍋を握った時のことである。

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