No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト> 作:羊毛ローブ
「オペレーターNo.1って凄いよなー」
酒の入ったグラスを片手に諏訪がそんなことを言い出したのは、本部から少し離れた料理屋でのことだった。
酒も出すが料理そのものの評判がよく、夕食だけを目当てに来る客も多い店だ。個室は襖で仕切られていて、今日その一室を使っているのは城戸奏真、風間蒼也、諏訪洸太郎、木崎レイジ、東春秋。年長組で食事でも、というだけの集まりだったはずなのだが、諏訪の一言で話題は自然と奏真へ向いた。
「何、急に」
「いや、奏真さんってオペレーターNo.1なんすよね」
「いやいや、別にポイントとかないからNo.1って言われても困るわ」
「でも現役のオペレーターに一番上手いの誰って聞いたら、大体奏真さんの名前出るんでしょう?」
「それはみんなが勝手に言ってるだけじゃん」
「普通それをNo.1って言うんじゃないっすか」
「違うって」
奏真は箸を置き、なぜかそこだけは妙に真面目な顔になった。
「実際にある一定の水準を超えたら、隊の相性とオペレーターの相性ってあるし」
「例えば?」
東に促され、奏真はほとんど考えず答えた。
「二宮隊。俺が氷見と代わってオペレーションしたとして、氷見より強くなりますって言われても、俺はそんな保証できないよ」
「技術だけなら、奏真さんは対応できるでしょう」
風間が淡々と言うと、奏真はあっさり頷いた。
「できるよ? 俺、上手いよ?」
「そこは認めるんすね」
「上手いもん」
「ならNo.1でいいじゃないっすか」
「だから違うって!」
奏真は諏訪へ箸を向ける。
「俺ができるのと、氷見が二宮隊のオペレーターとして積み上げてきたものは別なの。情報分析も並列処理も強いし、ずっと二宮隊の三人を見てきてる。それ無視して、俺の方が技術高いから入れ替えた方が強いです、とはならないでしょ」
「個人の技量と、隊としての完成度は別ということですね」
「そうそう。レイジ分かってるー」
「俺は?」
「スワルツネガーはもうちょっと頑張って」
「なんで俺だけ評価低いんすか」
別に低いとは一言も言っていないのだが、諏訪の扱いだけ雑なのはいつものことだった。
〇
そんな会話を、襖一枚隔てた隣室で五人のオペレーターが聞いていた。
氷見亜季、国近柚宇、宇佐美栞、細井真織、小佐野瑠衣。
もちろん盗み聞きしに来たわけではない。この店は料理が美味しいので、普通に夕食を食べに来ただけだ。隣室に誰がいるかも知らなかった。
ただし、
『例えば二宮隊』
聞き覚えのある声がして、
『俺が氷見と代わって――』
となれば、話は別だった。
自然と四人の視線が氷見へ集まる。
「なんでこっち見るんですか」
「いや」
国近が笑う。
「めちゃくちゃ褒められてるなって」
「聞こえてます」
「嬉しい?」
「…………」
「無視された」
宇佐美が口元を押さえる。
盗み聞きするつもりはない。ないのだが、襖一枚である。聞こえるものは仕方がない。
そして一度聞こえてしまえば、もう料理だけに集中するのは無理だった。
〇
『国近も凄いよ』
今度は国近の箸が止まった。
「来た」
「ちょっと静かに」
さっき氷見を弄っていた本人が一瞬で真剣になる。
『国近は機器操作がまず強い。あれは分かりやすい』
『昔のお前と比べたらどうなんだ?』
『んー……いい勝負するんじゃない?』
国近が少し目を丸くした。昔の奏真が機器操作に長けていたこと自体は、古いログを見たことがあるので知っている。ただ、その頃を直接知っているわけではないし、今なぜああなっているのかも知らない。
『随分控えめですね』
『いやいや、国近普通に上手いからね?』
『それは否定してません。昔の奏真さんも相当だったと言ってるだけです』
『風間、なんで今日そんな俺に刺してくるの?』
『事実でしょう』
『敬語なら何言ってもいいわけじゃないからね!?』
宇佐美が吹き出しかけて口を押さえたところで、木崎まで参戦した。
『昔は機械を見つけるとすぐ触ってましたからね』
『レイジまで!』
『機器操作の話でしょう』
『そうだけど!』
『今じゃ触らせない方が安全っすけどね』
『スワルツネガー?』
『いや、事実じゃないっすか』
『それは否定できないけど!』
笑いながら聞いていた国近だったが、そこで少しだけ眉を寄せた。
「……なんか変だね」
「何が?」
「みんな、昔の奏真さんが上手かったってだけじゃなくて、なんか知ってる感じする」
細井と小佐野も襖を見る。宇佐美だけが、急に料理へ集中し始めた。
そして、その疑問を補強するように東が聞いた。
『今は?』
『春秋、それ絶対分かってて聞いてるでしょ』
『一応、現在の評価も聞いておこうと思ってな』
『機器操作一! はい終わり!』
『昔十二だった人が、随分落ちましたね』
『風間!』
「十二!?」
細井が声を上げかけ、自分で口を押さえた。氷見と小佐野も目を丸くし、国近まで驚いている。
「ログで上手いのは知ってたけど……十二だったんだ」
「十二から一って何があったん?」
『改めて数字で聞くと凄い落差ですね』
『レイジまで弄るの!?』
『十二から一ですからね』
『諏訪!』
『俺は数字言っただけっすよ』
『今まで一回も機械壊してないからね!?』
『そこは問題ではないでしょう』
『分かってるよ!』
大人組は笑っている。
だが、理由だけは誰も言わない。
そこまで露骨に避けられると、逆に気になる。
「絶対何かありますよね」
「あるね。多分みんな知ってる」
そして五人の視線が宇佐美へ集まった。
「……何?」
「知ってる?」
「何を?」
「十二から一になった理由」
「さあ?」
「今の間で分かった」
「何が?」
「知ってる顔」
「どんな顔なの、それ」
宇佐美は笑って誤魔化したが、直後にさらに墓穴を掘った。
「……後で聞いてみようかな」
「やめといた方がいいと思うよ」
「…………」
「あ」
「やっぱり知ってる」
「忘れて」
「無理」
もう遅かった。
〇
向こうでは奏真が強引に自分の話を打ち切り、再び国近の評価へ戻していた。
機器操作だけではなく並列処理も強い。太刀川、出水、唯我というタイプの違う三人を同時に見ていること、ゲーム好きという本人の得意分野とオペレーターに必要な処理が上手く噛み合っていることまで挙げられると、国近は少し照れくさそうに笑った。
「……結構見てるんだ」
「嬉しい?」
「そりゃ嬉しいよ。本人いないと思ってこれだけ言ってるんだもん」
次に話題へ上がったのは小佐野だった。
『小佐野もいいよね。並列処理強いし』
『そうなんすか?』
『スワルツネガー、自分の隊のオペレーターでしょ!』
『上手いのは知ってますよ。細かい数字まで覚えてないっす』
『あー、それならそうか』
『で、何がいいんすか』
『まず諏訪隊に合ってる』
小佐野が僅かに顔を上げる。
『諏訪って全部指示されたら嫌でしょ?』
『嫌っすね』
『ほら』
『何が「ほら」なんすか』
『俺が諏訪隊で完全指示型やったら、たぶん喧嘩するよ』
『たぶんじゃなくてしますね』
『でしょ?』
小佐野がくすりと笑った。
「すわさん、自分で喧嘩するって認めてる」
「そこ?」
「だって、するんだろうなって」
「するだろうね」
宇佐美まで同意した。
奏真の評価は、技術だけではなく、長く組んできたからこそ分かる相手との呼吸まで含めてオペレーターの強さだ、というものだった。
続いて、
『細井はもう、生駒隊のオペレーターやってるだけで評価上げていいよ』
「なんでやねん」
本人が反射的に突っ込んだ。
『生駒、水上、隠岐、南沢だよ?』
『名前並べただけじゃないっすか』
『分かるでしょ!? しかも四人編成だよ?』
『見る人数が多い分、処理量も増えますからね』
『でしょ? しかも全員同じタイプじゃないし、南沢なんか勢いで前出ることあるじゃん』
「あるけど!」
『そこも見ながら四人回してるんだよ。生駒隊があの形でちゃんと一つの隊として成立してる時点で、細井はもっと評価されていいと思う』
今度は細井が黙って料理を口へ運んだ。
「嬉しい?」
「……まあ」
「まあ?」
「ちょっとくらいは嬉しいわ」
そして最後に、今この部屋にいる中では宇佐美。
『栞ちゃんは器用だよね』
「アタシ来た」
『玉狛第一と第二、全然違うじゃん。それ以前に風間隊もやってたし』
レイジ、小南、烏丸。現在は修たち玉狛第二。トリガーや機器への知識も含め、環境も戦闘員の性格も違う複数の隊へ合わせられる対応範囲を奏真は評価していた。
「嬉しそう」
「うるさいなあ」
「否定しないんだ」
「そりゃ嬉しいよ」
宇佐美は笑った。
「アタシがいないところで言ってるなら、本当にそう思ってるってことでしょ?」
〇
やがて話は、この部屋にはいないオペレーターへ移っていった。三上、仁礼、今、宇井。奏真は一人を褒めるために別の誰かを下げることもなく、それぞれ違う理由を見つけては楽しそうに話している。
「……本当に一人ずつ見てるんだね」
「奏真先輩、オペレーターの話好きだからね」
国近は少し考え、スマートフォンを取り出した。
「これ、録っといていいかな」
「え?」
「本人に聞かせたら喜びそうじゃない?」
「勝手にええん?」
「悪口じゃないし」
宇佐美が苦笑する。
「奏真先輩、後で知ったら絶対恥ずかしがるよ」
「…………それはちょっと見たい」
「そっち!?」
「冗談冗談」
「今の間は本気だったでしょ」
言いながら、国近はすでに録音を開始していた。
そして、恐ろしく都合のいいタイミングで。
『月見は?』
東の声が聞こえた。
「……すごいタイミング」
国近はスマートフォンを襖側へ少し寄せた。
〇
『月見? 上手いよ』
『それだけか?』
『いや、どこから言おうかなって』
そこからの奏真は少し長かった。
『戦術と指揮はもう文句ないでしょ。春秋にも教わってるし、旧東隊も経験してる。自分の隊だけじゃなくて、必要なら他の隊までまとめられる』
さらに、奏真が教えていた頃から、月見は単に情報を処理するだけではなく、その先の判断まで考えることを好んでいたという。
『なら、かなり長い付き合いですね』
『長いねー』
『評価も高いんですね』
『高いよ。月見なら、俺が何も言わなくても任せられる場面かなり多いもん』
国近と宇佐美が顔を見合わせる。
『むしろ最近は、俺が教えた部分がどこまで残ってるのか分かんないくらい、自分の形になってるよ』
『不満はないのか?』
『なんで?』
『自分と違う判断をすることもあるだろう』
『あるよ。普通に。それでいいじゃん』
一拍置いて、奏真は当然のことのように続けた。
『俺のコピー作りたかったわけじゃないし』
教えたことをそのまま使っているだけなら、教えた頃から成長していない。自分とは違う答えを出し、それでも成立させられるなら、その方がいい。
その言葉に木崎が、
『奏真さんらしいですね』
と返す。
『そう? でもまあ、今の月見は俺が知ってるオペレーターの中でも相当上だよ』
『それ、順位付けてないっすか?』
『付けてない!』
『相当上って言いましたよね』
『上手いものは上手いの! それとNo.1決めるのは別!』
『苦しくなってきましたね』
『風間、今日俺に厳しくない!?』
『いつも通りですよ』
『絶対嘘!』
国近は録音中の画面を見て、満足そうに頷いた。
「……これは本人に聞かせたい」
「やっぱり渡すんだ」
「うん」
「奏真先輩には?」
「…………」
「言わないんだ」
「聞かれてないし」
「絶対後で怒られるよ」
「その時はその時」
だんだん国近の目的が変わってきていた。
〇
続く草壁の評価では、奏真は十五歳でA級部隊の隊長とオペレーターを兼任していることをまず高く買った。オペレーターとして情報を処理しながら、その情報を基に隊長として方針を決め、四人へ必要なものを渡し、結果の責任まで負う。元戦闘員であることも含め、奏真が目指している役割を固定しない城戸隊にも通じるものがあるらしい。
『ただ、まだ十五だからね』
『年齢を理由に評価を下げるんですか?』
『逆だよ。十五でこれなら、まだ伸びるじゃん』
判断も分析も上手いが、ログを見切れていない時など、まだ粗さが出ることはある。
『厳しいっすね』
『期待してるからね』
『本人に言うんすか?』
『言うよ?』
『嫌われそうっすね』
『なんで!?』
国近がスマートフォンを確認した。
「これは送ろ」
「もう決定なんだ」
「うん」
そして真木。
『真木? 上手いよ。本人は俺のことあんまり好きじゃないけど』
国近が吹き出しかける。
「そこ言うんだ」
『そこ関係あるんすか』
『ないよ。嫌われてるから評価下げるとか意味分かんないじゃん』
冬島隊はトラッパーとスナイパーを軸にした特殊な編成であり、普通の隊とは盤面の見方も違う。それだけではなく、真木自身が当真を引っ張り、冬島まで現場へ引っ張り出して、今の隊を形作った側でもある。
『自分が何をしたいか。そのために誰が必要か。誰と誰なら成立するか。それ考えて実際にA級二位まで持ってってるんだから、俺は高く評価するよ』
『本人にそれ言ったことあるんすか』
『ない』
『なんで?』
『俺が言ったら多分「知ってる」って言われるから』
数秒の沈黙。
『……言いそうですね』
『でしょ!?』
『そこは意見が合いましたね』
『なんか嬉しくない!』
「これも送ろ」
「真木に?」
「うん」
「怒られない?」
「奏真さんが?」
「多分両方」
「じゃあ送ろ」
「なんでそれで決行になるの?」
「ちょっと面白そうだから」
「もう隠さなくなったね」
〇
一通りオペレーター評が続いたところで、諏訪がふとグラスを置いた。
「でも奏真さん、そこまで色んなオペレーター評価してんなら、誰か城戸隊に引き抜こうとか思わないんすか?」
「なんで?」
「なんでって。城戸隊作りたいんでしょう?」
「作りたいよ」
木崎も確認する。
「オペレーターも戦闘員もできる隊でしたよね」
「そうそう」
「なら、今名前が出た人たちに声をかけるのが一番早くないですか?」
「えー?」
奏真は本気で不思議そうだった。
「そりゃ『来たい!』って言ったら是非お願いしたい部分もあるけどさ。でも、それより俺は自分の隊は自分たちで育てたいから、C級とか新人オペとかに来て欲しいんだよねー」
諏訪が意外そうに眉を上げる。
「完成された人材を集めたいわけじゃないんすね」
「うん」
「随分遠回りですね」
風間の指摘に、奏真はあっさり頷いた。
「早く強い隊作るだけなら、そっちの方がいいと思うよ。でも俺が作りたいのって、強い人集めただけの隊じゃないし」
「最初から育てることにも意味があると?」
「あるある」
東へ向かって頷き、奏真は説明を続ける。
「だってオペレーターから戦闘員になったり、戦闘員からオペレーターになったりする隊にしたいんだよ? だったら最初から両方覚えるのが普通って環境で育った方がやりやすいじゃん」
「最初から役割を固定しないわけですね」
「そう。途中で変えると本人も周りも大変だからね」
「奏真さん自身が今、戦闘員側を色々試してるのもそのためですか?」
「そういうこと。俺がオペレーターから戦闘員になった人たちのために色々試案してるのも、それが理由だし」
なるほど、と何人かが頷く中、諏訪だけが別の問題に気付いた。
「でも新人オペはキツそうっすね」
「なんで?」
「対人威圧」
「…………」
「あー」
奏真の顔に、分かりやすく現実が戻ってきた。
「特に女性相手に強く出るんでしょう?」
東が言い、木崎も続ける。
「オペレーターは女性が多いですからね」
「レイジ、そこ綺麗に刺すね」
「事実でしょう?」
「風間みたいなこと言い始めた!」
「俺は何も言ってませんが」
「そうだけど!」
諏訪が笑う。
「オペ側からしたらかなり厳しそうっすねー」
「そうなんだよねー」
奏真も笑っているが、目は笑っていない。
「新人勧誘して、初対面で怯えさせましたとか最悪じゃん」
「かなり最悪ですね」
「風間!?」
「事実です」
「分かってるけど!」
「最初の説明だけ他の人に任せる方法もありますね」
木崎の提案に、奏真は頷いた。
「それも考えてる。最初は誰かに城戸隊の説明してもらって、興味持ってくれた人と会うとか」
「隊長なのに採用面接に出られないじゃないっすか」
「言い方!」
「間違ってはいないでしょう」
「風間まで!」
東が笑いながら聞く。
「それでも新人から育てたいのか?」
「うん」
そこだけは迷わなかった。
「何もできないところから入ってきた人がさ、オペレーター覚えて、戦闘も覚えて、自分で『今日はこっちやる』って選べるようになるんだよ? 絶対面白いでしょ」
楽しそうに話す奏真を見て、東も木崎も僅かに笑う。風間も特に否定はしなかった。
そして諏訪だけが、現実を突きつけた。
「……まあ、その前に新人オペに逃げられないようにしないとっすね」
「それ今一番考えたくない問題!」
〇
襖の向こうでは、五人が少しだけ静かになっていた。
「引き抜かないんだ」
国近が呟く。
「みたいだね」
「これだけ褒めといてなあ」
細井が不思議そうに言うと、氷見が少し考えてから口を開いた。
「だからじゃないですか?」
「ん?」
「ずっと、今いる隊に合ってるって話をしてたから」
「あー」
国近が納得した。
「そこから引き抜いたら、自分で言ってたことと逆になるのか」
「多分」
「自分のところは自分のところで作りたいんだ」
小佐野の言葉に、宇佐美が頷く。
「そういうことなんだろうね」
しばらくして国近が、
「でも新人オペかあ」
と言った瞬間、なぜか全員の視線が宇佐美へ向いた。
「何?」
「いや」
「何?」
「対人威圧あるから厳しそうだなって」
「それは……かなり大変だと思う」
「やっぱり?」
「奏真先輩、自分で分かってるから余計に気にするだろうし」
氷見も頷く。
「最初に会うところが一番難しそうですね」
「そこ越えたらだいぶ違うんだけどね」
宇佐美は少し考えてから笑った。
「でも、新人から育てたいっていうのは奏真先輩らしいかも」
「そう?」
「自分がいなくても動ける隊を作りたい人だから」
国近も笑う。
「完成品を集めるより、一緒に作りたいんだ」
「多分ね」
「問題は最初の新人が来るかやな」
「それは言わないであげて」
〇
そして帰る時間になった。
先に大人組の襖が開き、奏真、風間、諏訪、木崎、東が廊下へ出る。
ほぼ同時に、隣の襖も開いた。
「ごちそうさまでしたー」
宇佐美が出てくる。
奏真が止まった。
宇佐美も止まった。
「あ」
その後ろから国近、氷見、細井、小佐野が順番に現れる。
「…………」
奏真は五人を見た。
隣の個室を見た。
自分たちの個室を見た。
最後に、その二部屋を隔てていた襖を見た。
「……いつからいたの?」
「最初から」
「…………」
奏真がゆっくり諏訪を見る。
「スワルツネガー」
「なんすか」
「知ってた?」
「知らないっすよ」
「春秋」
「途中で気付いた」
「言ってよ!」
「別に聞かれて困る話はしてなかっただろ」
「そういう問題じゃないよ!」
「事実しか話してなかったでしょう」
風間が淡々と追撃する。
「風間はもうちょっと俺の気持ち考えて!?」
「聞かれて困る内容だったんですか?」
「困らないけど!」
「なら問題ないでしょう」
「だから敬語なら何言ってもいいわけじゃないからね!?」
木崎まで穏やかに加わる。
「でも、全部本心でしょう?」
「レイジまで!」
「違うんですか?」
「違わないよ!」
「ならいいじゃないですか」
「良くないの! 恥ずかしいの!」
そこで宇佐美が笑顔で一歩出た。
「奏真先輩」
「何?」
「アタシ、器用なんだ?」
「…………」
「色んなタイプの隊に対応できる?」
「……うん」
「へえー」
「栞ちゃん、その顔やめて」
「どんな顔?」
「面白がってる顔!」
国近も続く。
「私、昔の奏真さんと機器操作いい勝負なんだ?」
「次来るの!?」
「どうなの?」
「……すると思うよ」
「やった」
「なんでそんな嬉しそうなの!?」
「あと、十二から一になった理由って――」
「国近」
宇佐美が止めた。
奏真と宇佐美の視線が合う。
「あー……」
奏真が頭を掻いた。
「それはまた今度」
「やっぱり何かあるんだ」
「あるけど、今日する話じゃないかなー」
今度は氷見が奏真を見る。
「二宮隊には、私の方が合ってると思ってるんですか?」
「…………うん。思ってるよ」
「……ありがとうございます」
「ウチも、もっと評価されてええんですよね?」
「思ってるよ!」
「なんでちょっとヤケになっとるんですか」
「一人ずつ確認しに来るから!」
最後に小佐野と目が合った。
「…………」
「…………」
「小佐野も本当に諏訪隊に合ってると思ってるよ」
「まだ何も言ってない」
「顔が聞いてた!」
小佐野が少し笑う。
「もうやめよう!」
奏真はとうとう顔を覆った。
「別に嘘言ってないし! 今聞かれても同じこと言うけど!」
「じゃあいいじゃん」
「違うの!」
「何が?」
「本人いないと思って好き勝手褒めてたのを、本人に全部聞かれてるのが恥ずかしいの!」
一瞬の沈黙のあと、五人が揃って笑った。
「笑わないでよ!」
「奏真さん、もう諦めた方がいいっすよ」
「諏訪は黙ってて!」
「俺なんもしてないじゃないっすか」
「分かってるけど今は腹立つ!」
「理不尽っすね」
東は隠す気もなく笑い、風間はいつもの顔、木崎も僅かに口元を緩めている。
「……もうこの店でオペレーターの話しない」
「無理でしょ」
宇佐美が即答した。
「なんで?」
「奏真先輩だもん」
「どういう意味!?」
〇
数日後。
月見蓮は国近から聞かされた音声を、イヤホン越しに聞いていた。
『月見なら、俺が何も言わなくても任せられる場面かなり多いもん』
『むしろ最近は、俺が教えた部分がどこまで残ってるのか分かんないくらい、自分の形になってるよ』
そこで一度止め、少し戻す。
『俺のコピー作りたかったわけじゃないし』
『俺が教えたことをそのまま使ってるだけなら、教えた頃から成長してないってことでしょ? 月見が俺と違う答え出して、それでちゃんと成立させられるなら、その方がいいよ』
もう一度止めた。
「もう一回聞く?」
「聞きません」
「二回聞いてたよ?」
「確認です」
「何の?」
「…………」
月見は答えずにイヤホンを外した。
「これ、奏真さんは私が聞いたこと知ってるんですか?」
「まだ知らない」
「そうですか」
「言う?」
「言わなくていいです」
「絶対?」
「絶対です」
返事が妙に早い。
国近は笑いながらスマートフォンを受け取った。これ以上弄ると怒られそうなので、とりあえず黙って画面を閉じようとしたところで、月見が呼び止める。
「……国近」
「ん?」
「その音声データ、下さい」
「え?」
今度は国近が月見を見る番だった。
「欲しいの?」
「…………」
月見はほんの少しだけ視線を逸らした。
「参考にしたいので」
「参考に?」
「奏真さんが私の判断をどう見ているのか分かりますから。今後のオペレーションの参考になります」
「ふーん」
「何ですか」
「別に?」
国近は笑っている。
月見の頬にほんの僅かに赤みが差した。
「……早く送ってください」
「はいはい」
国近が音声データを送信すると、月見は受信を確認してすぐにスマートフォンをしまった。その動きが普段よりほんの少しだけ早い。
「嬉しかった?」
「参考資料です」
「そっか」
「参考資料です」
「二回言った」
「国近」
「はいはい」
国近はそれ以上追及しなかった。
ただ、その日から月見の端末には、本人には絶対に知られたくない『参考資料』が一つ増えた。
〇
草壁早紀は一度聞き終えると、すぐ国近へ言った。
「もう一回、私のところ再生して」
「やっぱり?」
「やっぱりって何?」
『情報を見る。分析する。作戦決める。四人に必要なもの渡す。それで結果の責任も自分で持つ』
『十五でそれやってA級四位だからね。普通に凄いよ』
そこまでは黙って聞いていた。
『まだ「あ、そこ抜けるんだ」ってところもあるし』
眉が動く。
『期待してるからね』
「ここ」
「うん」
「もう一回」
「そこ?」
「いいから」
再び、
『期待してるからね』
と流れる。
草壁は数秒考え込んだ。
「……今度、どのログのこと言ってるのか聞く」
「そっち!?」
「当たり前でしょ。抜けてるって分かってるなら直す」
「褒められた方は?」
「聞いた」
「それだけ?」
「何?」
「いや、何でもない」
国近は笑った。
〇
そして真木理佐。
『真木? 上手いよ。本人は俺のことあんまり好きじゃないけど』
開始早々、眉間に皺が寄った。
『嫌われてるから評価下げるとか意味分かんないじゃん』
冬島隊についての話が続き、
『自分が何をしたいか。そのために誰が必要か。誰と誰なら成立するか。それ考えて実際にA級二位まで持ってってるんだから、俺は高く評価するよ』
まで聞いても、真木は無表情だった。
『本人にそれ言ったことあるんすか』
『ない』
『なんで?』
『俺が言ったら多分「知ってる」って言われるから』
国近が吹き出す。
「どうだった?」
「別に」
「止める?」
画面へ指を伸ばした瞬間。
「まだ終わってないでしょ」
国近の手が止まる。
「…………」
「何?」
「いや。何でもない」
「なら最後まで流して」
「はい」
全部聞き終えた真木は、しばらく黙ってから一言だけ呟いた。
「……余計なところまでよく見てる」
「奏真さん?」
「他に誰がいるの」
「これ、本人に聞かせたって奏真さんに言ったらどうなるかな」
「言わなくていい」
「え?」
「面倒だから」
「本当に?」
「本当」
「じゃあ言わない」
「そうして」
〇
その数日後。
「月見、お疲れー」
「お疲れさまです」
廊下ですれ違った月見が、ほんの一瞬だけ奏真を見る。
「……?」
「何?」
「いえ」
「なんか今変じゃなかった?」
「気のせいです」
「そう?」
「はい」
その日の午後。
「奏真さん」
「ん?」
今度は草壁だった。
「今度時間ください」
「いいよ。何?」
「ログ見てもらいたいんで」
「いいけど、急だね」
「別に」
「?」
さらに真木。
「真木、お疲れー」
「どうも」
通り過ぎて数歩。
「……奏真さん」
「ん?」
「余計なところまで見すぎです」
「え?」
「それだけです」
「…………?」
奏真はその場に残された。
月見が変だった。
草壁も変だった。
真木に至っては意味が分からない。
そして少し離れたところに、こちらを見ながら笑いを堪えている国近がいた。
「…………」
「…………」
「国近」
「何?」
「なんかした?」
「何も?」
「…………」
「何もしてないよ?」
「二回言うと怪しいんだよね」
「気のせいじゃない?」
月見。
草壁。
真木。
国近。
そこまで繋がった瞬間、奏真の顔から笑みが消えた。
「……待って」
「何?」
「この前の店でさ」
「うん」
「もしかして――」
国近が逃げた。
「あっ!」
確信した。
「国近ぃ!?」
「褒めてたところだけだから大丈夫!」
「まだ何したか聞いてないよね!? 自白したよね!?」
「あ」
「待って! 何した!? 何を誰に渡した!?」
「音声!」
「録ってたの!?」
「本人に渡しただけ!」
「だけじゃない!」
廊下を逃げる国近を奏真が追う。
「何人!?」
「三人!」
「誰!?」
「月見と草壁と真木!」
「よりによって全部本人じゃん!!」
「喜んでたよー!」
「そういう問題じゃないんだってば!!」
「月見なんかデータ欲しいって言ったよー!」
「本人の端末に残ってるの!?」
奏真の足が一瞬だけ止まり、その顔に今までで一番分かりやすい絶望が浮かんだ。
「なんで!?」
「参考にしたいって!」
「何の参考にするの!?」
「オペレーション!」
「それっぽい理由なのが一番困る!!」
再び逃げ出した国近を、奏真も慌てて追いかける。
「待って国近! せめて月見のだけ消してもらって!」
「それは本人に頼んでー!」
「俺から言えるわけないでしょ!!」
その日、本部の廊下では珍しく、機器操作一の男がスマートフォンを持った機器操作十の女を全力で追いかけていた。
TIPS
城戸隊は正式名ではないが、本人は募集を常にしており新人育成もするので俺が隊長するという意味で隊長と奏真は自分を呼んでいる。
草壁に対しては自分のやりたい事に近しい事をやっているので評価が非常に高くなりがち。
他にも戦闘員には凄く分厚い奏真が作った資料があるが、見たいと言ったら当人の分は普通に渡すが同じ隊でも違う人間の物は絶対に渡さない。
オペレーター達の資料もあり、それは戦闘員より更に分厚い資料があるが、本人は「怒られそうだから」という理由で厳重に隠している