No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト> 作:羊毛ローブ
ボーダー本部、オペレータールーム。
任務の合間。
国近が椅子の背にもたれながら、何気なく口を開いた。
「ねえ」
「なんですか?」
武富が振り返る。
「昔の城戸さんと今の城戸さんって、オペレーターとしてどっちが凄いんだろうね」
「……いきなりですね」
「だって気にならない?」
国近は指を一本立てる。
「昔の城戸さん、機器操作十二だったんでしょ?」
「そうらしいですね」
「今、一」
「一ですね」
「落差凄くない?」
「十一落ちてますね」
「そこだけ見ると完全に昔なんだけどさ」
国近が続ける。
「この前、五隊まとめてたじゃん」
五隊。
戦闘員十七名。
各隊にはそれぞれ本来のオペレーターがついたまま。
そのさらに上で、敵位置、避難経路、各隊の移動、ゲート発生履歴。
それらをまとめて見ながら、奏真は戦場全体を統括していた。
「昔の城戸さんって、あれより凄かったのかな」
「どうなんでしょう」
武富も少し考える。
「機器操作十二なら、少なくとも端末操作は今より圧倒的に上ですよね」
「だよね」
「でも今の城戸さんは、機器操作一であれをやってるんですよね」
「そうなんだよ」
「比較できます?」
「できないから話してる」
「なるほど」
「何の話?」
宇佐美が会話に入ってきた。
「昔の城戸さんと今の城戸さん、どっちがオペレーターとして凄いか」
「あー」
宇佐美はすぐに意味を理解した。
「難しいところだね」
「しおりちゃんでも?」
「だって昔の城戸さん、今とやってること違うもん」
「やっぱり?」
「今はそもそも、普通のオペレーターとして使おうとすると機器操作一が重すぎるからね」
「じゃあ昔?」
「でも五隊十七人をまとめろって言われて、普通に成立させる今の城戸さんもおかしい」
「でしょ?」
「結局分かんないね」
「だから昔を知ってる人が欲しいんだよねー」
「呼んだか?」
「うわっ」
背後から突然聞こえた声に、何人かが振り返った。
諏訪洸太郎が立っていた。
その横には東春秋。
「スワルツネガー」
「本人いねえのにその呼び方すんな」
国近が吹き出した。
「城戸さんのせいで完全に定着しかけてる」
「定着させんな」
諏訪が空いている椅子を引いた。
東もその隣に腰を下ろす。
「それで?」
東が穏やかに尋ねる。
「奏真の昔の話をしてたのか?」
「ちょうどいいところに」
宇佐美が笑う。
「昔の城戸さんと今の城戸さん、オペレーターとしてどっちが凄いのかなって」
「あー」
諏訪が納得したように声を漏らした。
東は少し考えた。
「難しい質問だな」
「東さんでも?」
「そもそも同じ基準で比べにくい」
「やっぱり?」
宇佐美が身を乗り出した。
「何が違うんです?」
「昔の奏真は速かった」
東は簡潔に答えた。
「とにかく速い」
「機器操作十二ですもんね」
「それだけじゃない」
東は首を横に振る。
「見て、考えて、判断して、操作する。そこまでが全部速かった」
「……全部?」
「ああ」
敵を見つける。
情報を整理する。
優先順位を決める。
必要な情報を隊員へ渡す。
端末を操作して盤面へ反映する。
普通なら、それぞれが一つの工程になる。
「奏真の場合、その境目がほとんどなかった」
東が指先で机を軽く叩いた。
「こっちが何か言う頃には、必要な情報がもう出てることも多かったな」
「気持ち悪ぃくらい速かったぞ」
諏訪が補足する。
「『そこ出せ』って言おうとしたら、もう出てるからな」
「そんなに?」
「下手すりゃ言う前だ」
「怖っ」
武富が思わず呟いた。
「本人は?」
「普通」
諏訪が即答した。
「むしろ奏真さん、『遅かった?』みてえな顔してるんだよ」
「うわぁ……」
「悪気がねえから余計に困る」
呆れたような言い方ではある。
けれど、その声音に奏真の実力を軽んじる響きはなかった。
むしろ、当時を知っているからこその実感が滲んでいた。
東が小さく笑った。
「一隊を担当させるなら、昔の奏真の方が上だろうな」
その答えに、国近が反応する。
「やっぱり昔なんだ」
「通常のオペレーター業務ならな」
「通常の?」
武富が聞き返す。
東が頷いた。
「今の奏真に同じことをやらせても、できない」
明確な断言だった。
「頭では分かっていても、それを端末へ反映できない。機器操作一というのは、それだけ大きな欠点だ」
「じゃあ昔の方が凄いんじゃ?」
「だから、話はそこまで単純じゃねえんだよ」
諏訪が口を挟んだ。
「昔の奏真さんに、この前みてえな五隊統括やらせても、今とはやり方が違っただろうな」
「やり方?」
「ああ」
東が引き継ぐ。
「昔の奏真は、自分で処理できる範囲が広かった」
処理できる。
操作できる。
判断できる。
伝達できる。
だから、自分でやった方が速い場面が多かった。
「今の奏真は、それができない」
「機器操作一だから?」
「それもある」
東は頷く。
「その代わり、自分がやる必要のない仕事を他へ任せることに、昔より迷いがない」
月見が端末を操作する。
各隊のオペレーターは、それぞれ自分の隊を支援する。
各隊長は現場の判断を続ける。
奏真は、それらを奪わない。
必要な情報だけを拾い上げ、そのさらに上から全体を見る。
「昔は自分の能力を使うのが上手かった」
東が言う。
「今は、自分以外の能力まで含めて使うのが上手くなった。俺はそう見てる」
「なるほど……」
宇佐美が頷く。
「だから比べにくいんだ」
「ああ」
「どっちも凄いけど、凄さのベクトルが違う?」
国近が言った。
東が少し笑った。
「多分、それが一番近い」
〇
「何の話?」
「…………」
「…………」
全員が入口を見る。
奏真が立っていた。
「なんで黙るの?」
「奏真さん」
東が呼ぶ。
「昔のお前と今のお前、オペレーターとしてどっちが上かって話だ」
「ああ」
奏真は一秒も悩まなかった。
「昔」
「即答ですね」
武富が言う。
「そりゃそうでしょ」
「でも今の城戸さんの方が、大人数を扱うのは上手くなってるんじゃないかって話ですよ」
「それは経験積んだからね」
「じゃあ今の方が凄い部分もあるんじゃ?」
「あるよ」
「じゃあ、なんで昔なんです?」
奏真は不思議そうな顔をした。
「だって昔は機械触れたもん」
「…………」
「…………」
「パソコンもスマホも触れたし、モニター見ても平気だったし」
「そこなんですね」
「そこだよ!」
予想以上に強い返事だった。
「十二から一だよ!? 分かる!? 十二から一!」
「めっちゃ引きずってる」
国近が笑う。
「引きずるよ! 機械好きなんだよ俺!」
「知ってる」
「なのに触れないんだよ!」
「知ってる」
「昔の俺ならこの話してる間に――」
奏真が近くの端末へ手を伸ばしかける。
ぴたりと止まった。
「…………」
「…………」
全員が見守る。
奏真は静かに手を引っ込めた。
「……誰か操作して」
「今の方が弱いですね」
武富が言った。
「タケミッフィー!?」
「少なくとも今この瞬間は」
「さっきまで俺の話褒めてなかった!?」
「褒めてましたよ」
「過去形!」
国近が笑い出し、宇佐美も堪えきれずに吹き出す。
東はそんな奏真を見ながら、小さく笑った。
「まあ、そういうことだな」
「何が!?」
「どっちも凄い」
東が答える。
「ただ、ベクトルが違う」
奏真は少し考えた。
「…………」
そして。
「じゃあ昔の俺に今の俺の頭くっつけたら最強?」
「いや奏真さん、そういう話じゃねえっす」
諏訪の即答が飛んだ。
「えー」
「つーか、それ出来るなら機器操作十二に戻せば終わりでしょうが」
「スワルツネガー……!」
「その顔で呼ばないでくださいよ!」
「今初めてお前のこと心の友だと思った!」
「思わなくていいっす!」
また笑い声が広がった。
〇
その日の夕方。
玉狛支部のリビングで、宇佐美が昼間に本部であった話を何気なく口にした。
「――っていう話になったんだよね」
「昔のそうま先輩と、今のそうま先輩のどっちがすごいか?」
遊真が首を傾げる。
「そうそう」
「それで、結論は?」
修が尋ねる。
「どっちも凄いけど、凄さのベクトルが違う、かな」
宇佐美の答えに、小南が頷いた。
「あー、それは分かるかも」
リビングにはレイジと烏丸もいる。
玉狛第一と玉狛第二が揃って休憩しているところだった。
「昔の奏真さんは、今とは全然違ったらしいものね」
小南が言う。
「機器操作十二ですからね」
烏丸も話に加わる。
「今が一だと考えると、かなり極端です」
「待て」
それまで黙って聞いていたヒュースが口を開いた。
「おかしくないか?」
「何が?」
「今の説明だ」
ヒュースは眉を寄せる。
「昔の城戸奏真は機器操作が十二だった」
「うん」
「今は一だ」
「そうだね」
「一つの能力をほぼ完全に失っている」
「まあ……そうなるね」
「それなのに現在の方が、以前より大規模な戦闘を扱えるという」
「この前の防衛任務を見る限りはね」
「なら、機器操作以外の能力がそれ以上に伸びたということか?」
「経験もあるんじゃないか?」
修が答える。
「それだけか?」
「え?」
「機器操作が出来なくなったから他人に任せるようになった。それだけなら、単なる欠点への対処だ」
「なるほどね」
宇佐美が少し考えた。
「じゃあさ。昔の城戸さんって、自分自身がものすごく性能のいい端末みたいな感じだったんだよ」
「端末?」
「情報を渡せば、自分で処理して、自分で操作して、自分で必要な形にして返せる」
「それが機器操作十二か」
「それだけじゃないけどね。情報分析とか並列処理とか、そういう部分も含めて」
「では今は?」
「端末としては使い物にならない」
「しおり、それ本人の前で言ったら怒られるわよ」
「本人が一番分かってるから大丈夫だよ」
「そういう問題?」
小南が呆れる。
「でもね」
宇佐美が続ける。
「今の城戸さんは、自分以外の人が何を出来るかを見るのが、昔より上手いと思う」
「なら、機器操作を失ったことが現在の強さに繋がったということか」
「結果的にはね」
宇佐美が頷く。
「でも、もし機器操作が昔みたいに戻ったらどうなるんだろうね」
「戻るって、どうやってですか?」
修が聞く。
「そこは分かんないけど。仮に、だよ」
「今の経験を持ったまま機器操作十二に戻る、ということか?」
ヒュースが確認する。
「そうそう」
「それなら単純に、現在より能力が上がるだけだろう」
「まあ、そうなるよね」
「でも無理でしょ」
小南が言った。
「奏真さんの機器操作が一になった原因って――」
そこで、小南の言葉が止まった。
「…………」
宇佐美が小南を見る。
「あ」
「え?」
修が反応した。
遊真も小南を見る。
「今の、どういう意味だ?」
ヒュースが聞いた。
「…………」
「…………」
玉狛第一の面々だけが黙った。
「小南」
レイジが低い声で呼ぶ。
「……ごめん」
小南が目を逸らす。
「いや、待ってください」
修が困惑したように口を挟む。
「城戸さんの機器操作が一なのって、何か原因があるんですか?」
沈黙。
宇佐美がレイジを見る。
レイジは少し考えてから口を開いた。
「そこまで出たなら、関係があること自体を隠しても仕方ないな」
「関係?」
「ああ」
レイジが頷く。
「奏真さんの機器操作が一まで落ちた原因には、《対人威圧》が関係してる」
「サイドエフェクトが?」
「そうだ」
修が目を見開いた。
「そんなことがあるんですか?」
「実際に起きた」
「どうやって?」
「それは言えない」
即答だった。
「え?」
「そこから先は奏真さん自身の話だ。俺たちから話すことじゃない」
修は一瞬迷ってから頷いた。
「……分かりました」
「おれも聞かない方がいいか?」
遊真が尋ねる。
「そうしてくれると助かる」
「わかった」
遊真はあっさり引いた。
ヒュースも、それ以上理由を追及しなかった。
「本人が話す気のないことなら聞く必要はない」
そう言ってから、少し考える。
「だが、《対人威圧》が原因だということは分かった」
「ああ」
「なら――」
ヒュースが続けた。
「《対人威圧》を封じれば、機器操作も元に戻るのか?」
「……どうだろう」
宇佐美が首を傾げる。
「試したことないから分かんないよ」
「そもそも、どうやって封じるのよ」
小南が言う。
「トリガーとかですか?」
修が考える。
「そういう機能があるなら、とっくに試してそうですけど」
「じゃあ」
宇佐美がふと思いついたように言った。
「サイドエフェクトでサイドエフェクトを消す、とか?」
「そんなサイドエフェクトあるの?」
小南が聞く。
「知らない」
「おれも聞いたことないな」
遊真が言った。
自然と視線がヒュースへ向く。
「…………なんだ」
「ヒュースは?」
「俺も聞いたことはない」
「じゃあ、いない?」
「そうは言っていない」
ヒュースは即座に否定した。
「近界にどれだけの人間がいると思っている。俺が知らないサイドエフェクトなど、いくらでもある」
「じゃあ、いるかもしれないんだ」
「可能性の話ならな」
「もし本当にいたら……」
宇佐美が少し考える。
「その人、城戸さんの隣に置いたら凄くない?」
「《対人威圧》を消しながら?」
「うん。もしそれで機器操作まで戻るなら――」
「今の奏真さんに、昔の機器操作まで戻る」
小南が言った。
「それ、かなり強くない?」
「かなりどころではない」
ヒュースが答える。
「現在の経験や判断能力を維持したまま、失った機器操作まで戻るなら、単純に欠点が一つ消える」
「しかも《対人威圧》が周りに漏れる心配もなくなるよね」
「二つ消えるな」
「……相性良すぎない?」
「だから、その人を城戸奏真の近くに置けばいい」
「でもそんな人、いるかどうかも分かんないよ?」
「だから仮定の話だ」
「じゃあ妄想しよう」
宇佐美が言った。
「何を?」
「その人」
「もう人物まで作るのか?」
「だってその方が話しやすいじゃん」
「地球側の人にする?」
小南が乗ってくる。
「近界民でもいいよね」
「じゃあ近界民にする?」
「どこの国?」
「まあ妄想だからどこでもいいけど……」
宇佐美がヒュースを見る。
「アフトクラトルにしとく?」
「なぜ俺を見る」
「分かりやすいから」
「勝手にしろ」
「じゃあ名前は?」
「名前まで決めるのか?」
「ここまで来たら必要でしょ」
しばらく沈黙が落ちる。
「…………」
「…………」
「アフト・クラトール」
「なんだそれ」
ヒュースが即座に反応した。
「アフトクラトル出身、アフト・クラトール」
「国名じゃないか」
「違うよ。間に『・』が入ってる」
「そういう問題ではない」
「でも覚えやすいよ?」
「アフトクラトルにそんな名前の人間はいない」
「ヒュースが知らないだけかもしれないじゃん」
「いない」
「さっき『俺が知らないサイドエフェクトはいくらでもある』って」
「サイドエフェクトの話だ。名前の話ではない」
「じゃあ、これから生まれるかもしれない」
「国名を人名にするな」
「じゃあヒュース・クラトール」
「俺を巻き込むな」
「でも、分かりやすくていいんじゃないか?」
遊真まで乗る。
「ユウマまで乗るな」
「じゃあ仮にクラトールって呼ぼうか」
宇佐美がまとめた。
「なぜそこを採用する」
「仮名だし」
「じゃあ話を戻すね」
宇佐美が指を立てる。
「アフト・クラトールさん。サイドエフェクトは、他人のサイドエフェクトを無効化できます」
「設定が確定したように言うな」
「奏真さんの《対人威圧》も無効化できます」
「仮定の話ならな」
「奏真さんの近くにいれば、機器操作十二に戻るかもしれません」
「そこも仮定だ」
「ヒュースくん細かい!」
「お前たちが雑すぎるんだ」
「なら」
ヒュースが言った。
「アフト・クラトールはオペレーター志望にしろ」
「なんで!?」
修が思わず聞き返す。
「城戸奏真の隣に配置するのが最も効率的だからだ」
「設定を最適化し始めた!」
「それなら奏真さんに懐いてる方がいいんじゃない?」
小南まで乗る。
「ふむふむ」
宇佐美が頷く。
「『奏真さんマジリスペクトっす!』みたいな?」
「急に軽くなりましたね」
烏丸が言った。
「待って」
小南が何かを思いついた顔になる。
「女にしない?」
「なぜだ」
「その方が面白いから」
「理由になっていない」
「しかも奏真さんに惚れてる」
「さらに意味が分からない」
「分かってないわね、ヒュース」
小南が得意げに腕を組む。
「本来なら奏真さんの《対人威圧》って、女の方が強く受けるのよ?」
「ああ」
「でもアフトちゃんだけは――」
宇佐美が引き継ぐ。
「自分のサイドエフェクトで無効化しちゃいます!」
「…………」
「だから普通に奏真さんの隣にいられる!」
「しかもオペレーター志望!」
「奏真さん大好き!」
「サイドエフェクトで恋愛の障害まで無効化してどうする」
レイジが呆れたように言った。
「でも、好きな人の隣にいるだけで、その人の弱点を二つ消せるのよ?」
小南が続ける。
「機器操作と《対人威圧》か」
「そう!」
「『奏真さんの隣は私が一番役に立ちます!』って堂々と言えるの」
「強いな」
遊真が頷いた。
「恋敵が出ても強いよ」
宇佐美が乗る。
「『あなた、奏真さんの《対人威圧》無効化できます?』」
「能力でマウント取るな」
レイジが止める。
「『私はできます!』」
「嫌なヒロインになってきたぞ」
「しかもアフトちゃんが近くにいれば、奏真さん機械触れるかもしれないのよ?」
「好きな女の子が近くにいるだけで機器操作十二に戻る男」
宇佐美が言った。
「言い方」
烏丸が苦笑する。
「離れたら一」
「遠距離恋愛できないね」
「そういう問題か?」
レイジが眉を寄せる。
「喧嘩して実家に帰られたら機器操作一に戻るんですね」
烏丸が淡々と言う。
「そもそも実家はアフトクラトルだぞ」
ヒュースが付け加えた。
「規模がでかい」
遊真が頷く。
「アフトちゃんが里帰りするたびに城戸さん弱体化するんだ」
「ゲームの装備品みたいに言わないでください!」
修のツッコミが響いた。
しばらくして。
ヒュースが額を押さえた。
「……何なんだ、この話は」
誰も答えられなかった。
そもそも。
サイドエフェクトを無効化するサイドエフェクトが存在するのかすら分からない。
アフト・クラトールという人間も当然存在しない。
性別すら途中で変わった。
なのに現在。
アフトクラトル出身。
女性。
オペレーター志望。
城戸奏真を尊敬している。
ついでに惚れている。
そしてサイドエフェクトを無効化できる。
そこまで設定が出来上がっていた。
〇
後日。
玉狛支部のリビング。
修と遊真、ヒュースがテーブルを囲み、その近くでは小南と宇佐美が話をしていた。
そこへ奏真が顔を出す。
「あ、奏真さん」
「ん?」
小南が呼び止めた。
「奏真さん、アフト・クラトールちゃんって知ってる?」
「…………なにそれ?」
「アフトクラトル出身の女の子」
宇佐美が答える。
「アフトクラトル出身のアフト・クラトールちゃん?」
「そう」
「実在する?」
「しない」
「妄想?」
「妄想」
「なるほどね」
奏真は頷いた。
「じゃあ詳しく聞こう」
「乗るの早っ!」
横で聞いていた修が思わず顔を上げた。
「そこ、詳しく聞くんですか?」
「聞くでしょ」
「妄想ですよ?」
「三雲君、妄想だから聞くんだよ」
「そういうものですか……?」
「こういうのは全力でやらないと失礼でしょ」
「誰に対してよ」
小南が聞く。
「アフトちゃんに」
「存在しないけどね」
「それは今言わなくていい」
ヒュースが眉間に皺を寄せる。
「まだその話を続けるのか」
「ヒュース君知ってるの?」
「知っているという言い方をするな。お前たちが勝手に作った架空のアフトクラトル人だ」
「なるほど」
「納得するな」
「でね」
宇佐美が説明を始める。
「アフトちゃんはオペレーター志望」
「ほう」
「奏真さんマジリスペクト」
「見る目あるね」
「自分で言うんだ」
「設定なんでしょ?」
「さらに奏真さんに惚れてる」
「いいね」
「即答!?」
「俺に惚れてる設定なんでしょ? 否定する理由なくない?」
「全力で乗ってるわね……」
「それでアフトちゃんのサイドエフェクトは、他人のサイドエフェクトを無効化できるの」
「…………」
「奏真さんの《対人威圧》も無効化できる」
「…………ほう」
「だから奏真さんの隣に普通にいられる」
「素晴らしい」
「しかも、もしかしたら」
宇佐美が少し溜める。
「アフトちゃんが近くにいる間、奏真さんの機器操作も戻るかもしれない」
「…………」
奏真の表情が変わった。
「十二?」
「そこまで戻るかは分かんないけど」
「十二?」
「だから分かんないって」
「十二にしよう」
「妄想だからって都合よく設定変えないで!」
「いいじゃん! 俺の妄想でもあるんでしょ、もう!」
「参加した瞬間に権利主張し始めた!」
「で?」
奏真が身を乗り出す。
「アフトちゃん何歳?」
「そこ決めてなかった」
「じゃあ歳上が良いかも!」
「そこから!?」
「大事でしょ」
「奏真さん二十五だから、二十六以上?」
「そうだね。二十七くらいもいいね」
「細かい!」
宇佐美が笑いながら指を折る。
「じゃあ、奏真さんより歳上でー、アフトクラトル出身でー、オペレーター志望でー」
「俺のことマジリスペクト」
「自分で言うんだ」
「あと奏真さんに惚れてる」
「そこ重要」
「もちろん美人!」
「いや」
奏真がそこで止めた。
「そこは別にいいかな」
「え?」
「美人じゃなくても良いよ」
小南と宇佐美が顔を見合わせる。
「そうなの?」
「うん」
奏真は少し考えてから続けた。
「それより素直な子がいいな」
「素直?」
「そう。変に駆け引きとかしない子」
「あー」
「好きなら好きって言ってくれる感じ」
「なるほどねえ」
「俺、そういうの察するの得意じゃないし」
「それはなんとなく分かる」
「でしょ?」
奏真は頷く。
「だから美人とかより、素直で一緒にいて楽な子がいい」
「急にちゃんとした好み出てきたわね」
「そっちが聞いたんじゃん!」
「じゃあアフトちゃんは、歳上で素直」
「うん」
「奏真さんマジリスペクト」
「うん」
「奏真さんのこと大好き」
「いいね」
「オペレーター志望」
「素晴らしい」
「《対人威圧》無効化できます」
「最高」
「隣にいると機械触れるかもしれません」
「結婚しよ」
「そこだけ判断早すぎるのよ!」
「いやキリタンポ、考えてみ?」
奏真が真顔で指を立てる。
「歳上で、素直で、俺のこと好きで、オペレーター志望で、俺のサイドエフェクト平気で、しかも機械触れるようになるかもしれないんだよ?」
「そういう設定ね」
「逆に何が不満なの?」
「存在しないことよ!」
「…………」
奏真が固まった。
「…………」
「…………」
「それだけが致命的だね」
「最初からずっとそう言ってる!」
そのやり取りを横で聞いていた修が、何とも言えない顔になる。
「あの、奏真さん」
「ん?」
「一ついいですか?」
「どうぞ」
「奏真さん、城戸派ですよね?」
「うん」
「それでアフトちゃんって、アフトクラトルの近界民なんですよね?」
「うん」
修は少しだけ言葉を選んだ。
「……近界民と結婚って、城戸司令が許してくれるんですか?」
「…………」
一瞬。
部屋が静かになった。
「あ」
宇佐美が声を漏らす。
「確かに」
「しかもよりによってアフトクラトルなのよね」
小南が言う。
「敵国の人間だからな」
ヒュースが冷静に付け加えた。
「実在するなら、少なくとも簡単な話ではない」
「ヒュースまで真面目に考え始めた……」
修が呟く。
「オサムが言い出したんだろう」
「そうだけど……」
奏真は腕を組んだ。
「…………」
しばらく真剣に考える。
そして、重々しく頷いた。
「恋愛に障害は付きものだよ」
「いや妄想ですよ」
修の即答だった。
「…………」
奏真が止まる。
「三雲君」
「はい」
「もうちょっと夢見ようよ」
「存在しない人との結婚を城戸司令に反対されるところまで想定する方が夢見すぎです!」
「でも燃えるじゃん。叔父さんに『認めん』って言われるんだよ?」
「そこまで設定増やさなくていいです!」
「じゃあ俺、『それでも俺はアフトちゃんと――』」
「だから妄想ですよ!」
「最後まで言わせて!」
「何の最後ですか!?」
小南が腹を抱えて笑い始める。
「もう駄目、アフトちゃんの設定がどんどん増えてく……!」
「次は城戸司令との対立編だね」
宇佐美まで乗った。
「やめてください! 存在しない人の恋愛編を始めないでください!」
奏真がヒュースを見る。
「ヒュース君」
「なんだ」
「アフトクラトル側の説得よろしく」
「なぜ俺がやる」
「同郷じゃん」
「存在しない人間に同郷も何もない」
「そこを何とか」
「断る」
「冷たい!」
「そもそもアフトクラトルを巻き込むな」
「お前の国だろ、何とかしてよヒュロット」
「それはやめろ」
宇佐美が笑いながら、架空の設定を指折り確認する。
「じゃあ最終的に――アフト・クラトールちゃん。二十七歳。オペレーター志望。素直。奏真さんマジリスペクト。奏真さんのことが好き。サイドエフェクト無効化持ち」
「いいね」
「容姿は?」
「普通でいいよ」
「そこ本当にこだわらないのね」
「だって素直な方が大事じゃない?」
奏真は当然のように答えた。
そして少し考える。
「…………アフトちゃん、どっかにいないかな」
「妄想から帰ってきて!」
「近界広いんでしょ!?」
「探す気になってる!」
「ヒュース君」
「断る」
「まだ何も言ってない!」
「探さないぞ」
「先読みされた!」
〇
数日後。
ボーダー本部、オペレータールーム。
「ねえ、知ってる?」
国近が何気なく口を開いた。
「何をですか?」
近くにいた武富が振り返る。
「城戸さんの好きなタイプ」
「……城戸さんの?」
「うん」
その一言で、何人かの視線が集まった。
「歳上で、素直な人が好きなんだって」
「へえ」
「意外と普通ですね」
「でしょ?」
「どこ情報ですか?」
「しおりちゃん」
「ああ、それなら本人から聞いてそうですね」
妙なところで情報の信頼度が上がった。
「美人じゃなくてもいいらしいよ」
「そこまで聞いたんですか?」
「見た目より、素直で一緒にいて楽な人の方がいいって」
「へえー」
そして。
こういう話は広がる。
とても広がる。
〇
「城戸さんって歳上が好きらしいよ」
「そうなの?」
「しかも素直な人」
「へえ」
〇
「奏真さん、年上好きなんですか?」
「そうらしい」
「誰から聞いたんです?」
「オペレーターの子」
「じゃあ結構確かな話か」
〇
「見た目はあんまり気にしないんだって」
「意外」
「素直な人がいいらしいよ」
「具体的だな」
〇
そして、その噂が十分に広まった頃。
「でも、ちょっと安心したよね」
オペレータールームで、国近がぽつりと言った。
「何がですか?」
武富が聞き返す。
「城戸さんの好きなタイプ」
「ああ」
何人かが反応した。
「歳上で、素直な人なんですよね」
「そうそう」
国近が頷く。
「私たち、ほとんど城戸さんより歳下じゃん?」
「そうですね」
「じゃあ対象外なんだなーって」
「あー」
妙な納得が広がる。
「確かに」
「今まで城戸さんのサイドエフェクトって女性に強く効くって聞いてたから、ちょっと変に意識するところあったけど」
「恋愛的な意味では見られてないって分かると、ちょっと安心しますね」
「ね」
「普通に接しやすくなったかも」
「分かる」
誰も悪意はなかった。
本当に、ただの雑談だった。
そして。
「…………」
たまたま。
本当にたまたま。
その会話を聞いてしまった男が一人いた。
「…………俺」
声に気づき、全員が振り返る。
「城戸さん?」
奏真が入口に立っていた。
「そんなに警戒されてたの?」
「…………」
「…………」
「あ」
国近が目を逸らした。
「いや、違うよ?」
「今『安心した』って言ったよね?」
「言ったけど」
「『対象外で安心した』って」
「それは……」
「俺、対象外って分かって安心されるタイプの男だったの……?」
目に見えてショックを受けていた。
「いやいやいや!」
国近が慌てて手を振る。
「そういう意味じゃないから!」
「どういう意味なら傷つかない?」
「えーっと……」
「間が一番傷つく!」
「城戸さん」
武富が声をかける。
「何?」
「私は最初から城戸さんを恋愛対象として見ていないので、特に変わりませんよ」
「タケミッフィー!?」
「安心してください」
「何に!?」
「以前から対象外です」
「追撃やめて!?」
周囲から笑いが漏れる。
「なんで俺、何もしてないのに振られてるの!?」
「告白もしてませんけど」
「だから理不尽なんだよ!」
奏真は胸を押さえた。
「おかしい……俺今日ただ廊下歩いてただけなのに……」
「大袈裟だって」
国近が笑う。
「カントリーロードまで俺を対象外だと思ってたの?」
「そこはノーコメントで」
「一番怖いやつ!」
奏真はしばらく本気で落ち込んでいた。
「…………」
しかし。
ふと、何かに気づく。
「……待って」
「何?」
「よく考えたら」
奏真がオペレーターたちを見る。
「俺もみんなのこと恋愛対象として見てないわ」
「…………」
「…………」
「じゃあいいじゃん」
国近が言った。
「うん」
奏真が頷く。
「別にいいね」
「立ち直り早っ」
「お互い対象外なら何の問題もないじゃん」
「さっきまでめちゃくちゃショック受けてたのに」
「だって『男として対象外』って言われた気がしたから!」
「似たようなものでしょ」
「全然違うよ!」
奏真が力説する。
「俺がみんなを恋愛対象として見てないのと、俺が男として魅力ないのは別問題だから!」
「あー」
「分かるような、分からないような」
「大事だよ!?」
「じゃあ城戸さん」
武富が尋ねる。
「はい」
「私たちが城戸さんを恋愛対象として見ていなくても?」
「別にいい」
「安心しても?」
「……ちょっと引っかかるけど、まあいい」
「良かったです」
「ただし!」
奏真が指を立てる。
「『城戸奏真には男としての魅力がないから安心』ではないんだよね?」
「…………」
「なんで黙るの!?」
笑い声が一斉に上がった。
「そこ答えて! 重要だから!」
「奏真さん」
国近が笑いながら言う。
「歳上で素直な人探しなよ」
「そうする!」
「開き直った!」
「もういい! 俺は歳上のお姉さんに希望を託す!」
「噂が補強されてる!」
こうして。
アフトクラトル出身の、存在すらしていない女性。
アフト・クラトールちゃんから始まった妄想は。
最終的に――
『城戸奏真は歳上で素直な女性が好みらしい』
という部分だけが、妙に信憑性の高い情報としてボーダー本部に残った。
なお。
その噂が、サイドエフェクトを無効化する架空のアフトクラトル人を想定した雑談から生まれたことを知る者は、ほとんどいない。
そして本人は。
否定するどころか最後に自分で補強してしまった。