No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト> 作:羊毛ローブ
感想や評価して頂けると執筆意欲が湧くので、お暇な時にでもよろしくお願いします
「そういえば」
それまで話を聞いていたヒュースが、ふと口を開いた。
「昔の城戸奏真が、実際にオペレーターをしている記録はないのか?」
「記録?」
宇佐美が聞き返す。
「さっきから話を聞いているだけだ。機器操作十二だった、処理が速かった、今とはやり方が違った――それは分かった」
ヒュースが知りたいのは、数字でも周囲の評価でもないらしい。
「だが、実際にどう戦闘員を動かしていたのかは見ていない」
「あー」
ようやく意図を理解した宇佐美が、納得したように頷いた。
「ログなら本部に残ってるよ」
「なら見ればいい」
「んー……」
即答するヒュースとは対照的に、宇佐美は少し考え込んだ。
その場には修と遊真、千佳もいる。三人ともヒュースの言葉を聞いていたらしく、自然と宇佐美へ視線を向けた。
「あるにはあるんだけど……あれは三輪隊に確認取ってからの方がいいかなー」
「なぜだ?」
「奏真さんがC級四人の即席編成をオペして、三輪隊とやった試合があるの」
「C級四人?」
真っ先に反応したのは修だった。
「即席編成ですか?」
「うん。その時だけ組んだ四人」
「相手は三輪隊なんだな?」
「そうだよ」
ヒュースは少し考えた。
「……それで善戦したのか」
「したよ」
「なら、見る価値はありそうだな」
反応はまだ、その程度だった。
修も似たような想像をしたらしい。
「C級四人を城戸さんがオペして、三輪隊相手にある程度粘ったってことですか?」
「まあ、粘ってはいるね」
宇佐美のどこか含みのある答えには気づかず、ヒュースは別のことを確認した。
「その四人は誰だ?」
「ん?」
「現在はどの隊に所属している?」
宇佐美が一瞬、きょとんとする。
「どういうこと?」
「当時C級だったというだけだろう」
ヒュースにとっては当然の推測だった。
「現在はB級以上に上がっている戦闘員の、C級時代の記録じゃないのか?」
「ああ!」
そこで宇佐美も、ようやく質問の意味を理解した。
「違う違う。そういう四人じゃないよ」
「何?」
「ヒュースくんが思ってるような、『当時はC級だったけど実はかなり強かった四人』とかじゃないの」
「では?」
「普通のC級」
「…………」
ヒュースの眉がわずかに動いた。
「確認するが、後に主力級になるような人間を四人集めたわけではないんだな?」
「違うよ」
「昇格間近の上位C級を意図的に揃えたわけでもない?」
「それも違う」
「本当に普通のC級を?」
「そう」
どうにも納得しきれないヒュースに、修が横から補足するように尋ねた。
「じゃあ、ぼくたちがC級にいた頃、周りにいたような普通の訓練生くらいってことですか?」
「そうそう。そういう意味」
「あー」
遊真もそこで納得したらしい。
「おれやヒュースみたいなのじゃなくて、あの頃まわりにいた普通のC級の人たちくらいってことか」
「そういうこと」
千佳もようやく条件の異常さを理解したらしく、少し驚いた顔になる。
「その人たちを四人集めて、三輪隊と戦ったんですか?」
「うん」
「それは……」
千佳は言葉を濁した。
三輪隊の実力は知っている。
修、遊真、ヒュース、千佳。
四人ともC級に所属していた時期こそあるが、それをそのまま一般的なC級の基準にはできない。
遊真とヒュースは、C級だった当時から一般隊員とは戦闘能力がまるで違う。千佳もまた、膨大なトリオン量という明確な規格外を抱えている。
だからこそ宇佐美の言う「普通のC級」が、自分たち自身を指していないことは全員に理解できた。
あの頃、訓練室や個人ランク戦、合同訓練で何人も見てきた、ごく一般的なC級隊員。
そこから四人。
しかも、その日限りの即席編成。
相手は正規のA級部隊である三輪隊。
「……それで善戦したのか」
先ほどよりも僅かに重い声で、ヒュースが改めて尋ねる。
「したよ」
「なら、それだけでも城戸奏真のオペレーターとしての能力を見るには十分な記録だな」
「そうですね」
修も頷いた。
「普通なら、試合として成立させるだけでもかなり難しそうです」
「三輪隊が相手なら、だいぶ厳しいな」
遊真も同意する。
だがヒュースは、その評価すら甘いとばかりに即座に訂正した。
「だいぶどころではない。その条件なら、普通は勝負にならない」
「まあ……そうですよね」
修も否定できない。
「でしょ?」
宇佐美が笑う。
「だから結構すごいログなんだよ」
「なるほど」
ヒュースが頷く。
「C級四人を即席でまとめて、三輪隊相手に善戦させた。それが――」
「ちなみに」
その言葉を、宇佐美が何でもない調子で遮った。
「点も取ってるよ」
空気が止まった。
「え?」
最初に声を出したのは修だった。
「三輪隊から?」
「うん」
「C級の四人が?」
「うん」
「何点ですか?」
「二点」
「二点!?」
修が思わず声を上げた。
千佳も目を見開く。
「二人……落としたんですか?」
「そうだよ」
「普通のC級の人たち四人で……?」
「うん」
「すごい……」
遊真の表情も、先ほどまでとは明らかに変わっていた。
「二人落としたのか?」
「落としたよ」
「三輪隊の隊員を?」
「そう」
「……それはすごいな」
声の重さが、完全に変わっている。
「待て」
そこへヒュースが割って入った。
「もう一度確認する」
「どうぞ」
「戦闘員は、その当時の一般的なC級四人」
「うん」
「即席編成」
「うん」
「城戸奏真自身は戦闘員として参加していない」
「オペレーターだけだよ」
「相手は三輪隊」
「そう」
「それで二点?」
「二点」
「…………」
ヒュースは数秒、黙り込んだ。
おそらく今まで聞いた条件を、一つずつ頭の中で組み直している。
「最終スコアは?」
「四対二。三輪隊の勝ち」
「…………」
修も改めて、その数字を頭の中で確認しているようだった。
「四対二……」
「善戦したでしょ?」
宇佐美が笑う。
だがヒュースは真顔だった。
「善戦という言葉で済ませる内容か?」
「おれも、もう少し一方的な試合を想像してたな」
遊真も同意する。
「私もです」
千佳が小さく頷いた。
「かなり粘った試合なのかなって……」
「ですよね」
修も続く。
「まさか二点取ってるとは思いませんでした」
「でしょ?」
宇佐美は楽しそうに笑った。
そこでヒュースが、当然とも言える疑問を口にする。
「三輪隊が手を抜いていた?」
「あー」
宇佐美は少し考えた。
「そりゃ最初は多少抜いてたんじゃない?」
「なら――」
「でも、奏真さんを舐めてたわけじゃないよ」
「何?」
「三輪君も月見ちゃんも、奏真さんがどれくらいオペできるかは知ってたから」
宇佐美はそこで少し言葉を区切った。
「特に月見ちゃんはね」
「なら、なぜ手を抜く?」
「だって」
宇佐美が指を四本立てる。
「普通のC級四人だよ?」
「…………」
「奏真さんがどれだけ凄くても、動かすのは普通のC級四人。それも即席」
「ああ……」
修が先に納得した。
「オペレーターがどれだけ凄くても、戦闘員本人の技量が急に上がるわけじゃないですもんね」
「そういうこと」
「なるほどな」
ヒュースも理解したらしい。
「城戸奏真の能力を低く見積もったのではなく、使える戦力に限界がある以上、三輪隊の相手にはならないと判断していた」
「そういうことだね」
「まあ、普通はそう思うな」
遊真も頷く。
「で」
宇佐美が続けた。
「一人落とされた」
ヒュースの目が僅かに細くなる。
「……どうやって?」
「それはログ見てから」
「……そうか」
「でね」
宇佐美が少し笑った。
「面白いのはそこから」
「一人落とされてから?」
「そう」
そこで三輪隊の認識が変わったのだと、宇佐美は言う。
「そこからは三輪隊もちゃんとやってるよ」
「月見も?」
「もちろん」
「つまり、一点目を取られた時点で――」
「『奏真さんが凄くてもC級四人じゃ無理でしょ』って認識を捨てた」
宇佐美はあっさり答えた。
「ここからは、普通に奏真さん込みの相手として見てる」
「…………」
その意味に最初に気づいたのは修だった。
「じゃあ……二点目は」
「うん」
「三輪隊が警戒した後に取ったんですか?」
「そうだよ」
千佳がまた目を見開く。
遊真も少し考えたあと、ぽつりと言った。
「一回、普通のC級四人でも点を取れるって見せた後なんだな」
「そう」
「じゃあ二点目は、一点目と意味が違うな」
その言葉に、ヒュースが遊真を見る。
「その通りだ」
一点目までは、まだ説明がつく。
相手は普通のC級四人。奏真の能力を知っていたとしても、まさかその戦力で三輪隊から点を取れるとは考えていなかった。
その想定の外を突いた。
だが、一度実際に点を取った後は違う。
三輪隊はもう知っている。
城戸奏真なら、この四人でも自分たちから点を取れる。
月見もそれを理解した状態でオペレーションする。
そのうえで――もう一点。
「……それで四対二か」
ヒュースが低く呟いた。
「うん」
「その二点目をどう作ったのかを見る必要がある」
「ぼくも見たいです」
修もすぐに続いた。
「今ので余計に気になりました」
「私も見たいです」
千佳も頷く。
「おれも」
遊真も同意した。
「一人やられた後の三輪隊から、どうやってもう一人取ったのかは気になるな」
「はいはい」
宇佐美は四人の反応がおかしいのか、楽しそうに笑った。
「でもね」
「まだ何かあるのか?」
「このログ」
宇佐美は何でもないことのように続ける。
「オペレーター界隈じゃ伝説って言われてるからねー」
「伝説?」
修が聞き返した。
「この試合がですか?」
「そうそう。この試合のログ」
「そんなに有名なんですか?」
千佳も尋ねる。
「有名だよー」
宇佐美は頷いた。
「オペ同士で昔のログ見たり、勉強したりしてると、一回は話に出るくらい」
「なぜそこまで評価されている?」
「そりゃあ――」
宇佐美が再び指を四本立てた。
「当時の一般的なC級隊員が四人」
一本折る。
「即席編成」
もう一本。
「相手は三輪隊」
さらに一本。
「一人落とした後は三輪隊もちゃんと警戒して、月見ちゃんも本気」
最後の一本を折る。
「それで二点」
「…………」
「オペやってる人からするとね」
宇佐美が笑う。
「『戦闘員の実力差をオペレーターがどこまで埋められるか』って話になると、大体このログが出てくるの」
「なるほど……」
修が納得したように頷いた。
「正式な教材なのか?」
「そこまでじゃないよ」
宇佐美は首を振る。
「ただ、オペレーター同士で研究したり、昔のログを見たりしてると名前が出る感じ」
「だから伝説」
「そういうこと」
ヒュースは少し考えたあと、迷うことなく結論を出した。
「なら、なおさら見る」
「だから三輪隊に確認してからだって」
「早く確認しろ」
「ヒュースくん、さっきからそればっかりだね」
宇佐美が苦笑した。
〇
「あんまり見せたいものじゃないけど、まあ別に構わないよ」
事情を聞いた月見は、少し考えたあとでそう答えた。
「ほんと?」
「ええ」
「修くんと遊真くんと千佳ちゃん、それからヒュースくんが見たいって」
「…………」
月見が一瞬、黙る。
「遊真君とヒュース君も?」
「うん」
「……まあ、いいけど」
「けど?」
「三輪君には内緒ね」
「あー、やっぱり?」
「修君と千佳ちゃんが見る分には、別にいいの」
月見は小さく息を吐いた。
「問題は遊真君とヒュース君」
「だよねー」
「ただでさえ、C級の即席編成に二点取られた試合よ。それをあの二人が見たって知ったら、三輪君は絶対いい顔しないから」
「怒る?」
「怒るでしょうね」
三輪が昔と比べれば丸くなっていることは、二人とも知っている。
だからといって、近界民に対する感情まで綺麗さっぱり消えたわけではない。
ましてや、自分たちが勝った試合とはいえ、普通のC級四人による即席編成に二点を奪われ、その記録が今ではオペレーターの間で伝説扱いされている。
それを遊真とヒュースに見られたと知って、三輪の機嫌が良くなる理由はなかった。
「じゃあ、そこは内緒ってことで」
「そうして」
話はまとまった。
だが宇佐美は、そのまま帰ろうとはしなかった。
「でも意外だね」
「何が?」
「月見ちゃん、もっと嫌がるかと思った」
「どうして?」
「だって、このログって――」
「有名なのは知ってる」
月見が途中で遮った。
「オペレーター界隈で伝説扱いされてるのもね」
「やっぱり?」
「何年前の試合だと思ってるの」
「でも、消せとは言わないんだ?」
「言うわけないでしょう」
月見は即答した。
「参考になるログなのは事実なんだから」
それだけなら、単なる技術的な評価だった。
けれど月見は、少しだけ間を置いてから続けた。
「それに」
「ん?」
「あの人のオペは、今でも尊敬してるからね」
今度は宇佐美が少し目を丸くする。
「月見ちゃんから自分でそれ言うの、珍しいね」
「何?」
「何でもない」
「技術の評価は別でしょう」
月見の声音は淡々としていた。
「奏真さん本人に対して思うところがあるのと、オペレーターとしての実力をどう評価するかは別」
「うん」
「この試合だって」
月見の目が、僅かに細くなる。
「最初は、正直そこまで警戒してなかった」
「奏真さんがオペなのに?」
「だから何?」
「いや」
「奏真さんが優秀なのは知ってた」
月見は、そんなことは前提だと言わんばかりだった。
「でも、オペレーターがどれだけ優秀でも限界はあるでしょう」
「戦闘員がC級だから?」
「それも即席の四人」
「まあね」
「三輪隊を相手にどうにかできるとは思ってなかった」
「で」
宇佐美が少し笑う。
「一人持ってかれた」
「…………」
月見が黙った。
「どうだった?」
「腹が立った」
「そっち?」
「当然でしょう」
眉がわずかに動く。
「奏真さんが何をしてくる人か知ってたのに、やられたんだから」
「そこから本気?」
「最初から仕事はちゃんとしてる」
そこだけは月見も即座に訂正した。
「ただ――」
少し考える。
「一点取られてからは、『C級四人を相手にする』って考えは捨てた」
「じゃあ?」
「奏真さんを相手にする」
短い答えだった。
「四人のC級がどう動くかじゃない」
月見の視線が鋭くなる。
「奏真さんが、その四人をどう動かそうとしてるかを見る」
それこそが、一点を奪われた後に月見が切り替えた認識だった。
「それで二点目は?」
「…………」
再び月見が黙った。
「取られたね」
「…………」
「月見ちゃん?」
「何?」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「でも――」
「宇佐美」
「はい」
「ログ見るんでしょ。早く行けば?」
「はーい」
明らかに追い出されている。
宇佐美は笑いながらその場を離れていった。
その背中へ。
「……だから、尊敬してるって言ってるの」
月見が小さく付け足した。
〇
「許可取れたよー」
戻ってきた宇佐美の声に、待っていた四人が一斉に顔を上げた。
「見ていいのか?」
「いいって」
「じゃあ早く――」
「ただし」
宇佐美が遊真とヒュースを見る。
「遊真くんとヒュースくん」
「ん?」
「何だ?」
「三輪君には内緒ね」
「なんでだ?」
遊真が首を傾げる。
「そこ聞く?」
「おれたちが見ると何かまずいのか?」
「まずいっていうか……」
宇佐美が言葉を選んでいるうちに、修が察したように苦笑した。
「三輪先輩、嫌がるんじゃないか?」
「何をだ?」
ヒュースが尋ねる。
「自分たちがC級の即席部隊に二点取られたログを、遊真とヒュースが見ることを、だと思う」
「勝った試合だろう」
「そうなんだけど」
「それに」
宇佐美が補足する。
「三輪君、昔よりはだいぶ丸くなったけど、二人が近界民なのは変わらないからね」
「ああ」
そこでようやく、ヒュースも納得した。
「そういうことか」
「だから、わざわざ言わない」
「俺は構わない」
「おれも言わないぞ」
「ありがとう」
その横で、千佳が少し心配そうに尋ねた。
「私と修君は大丈夫なんですか?」
「二人は別にいいって」
「よかった……」
宇佐美は全員の了承を確認すると、端末を操作した。
「じゃあ、再生するよ」
モニターに古い戦闘ログが表示される。
片方には、正規の三輪隊。
対するのは――その日初めて組まされた四人のC級隊員。
隊員名と装備が順番に表示されていく。
誰もが、当時としてごく一般的なC級隊員。
そして、その四人を後方から支えるオペレーターとして、一人の名前が表示された。
城戸奏真。
「これが……」
修が画面を見つめる。
「オペレーターの間で伝説になってる試合……」
「そう」
宇佐美が笑った。
千佳もモニターをじっと見つめている。
遊真はいつもより少しだけ真剣な目になっていた。
ヒュースは腕を組んだまま、最後の確認を始める。
「普通のC級四人」
「あってる」
「即席編成」
「あってる」
「相手は三輪隊」
「あってる」
「最終スコア、四対二」
「そう」
「……分かった」
それだけ言って、ヒュースは画面へ視線を戻した。
「見る」
「じゃあ――」
宇佐美が再生ボタンへ指を置く。
「昔の奏真さんが、どうやって普通のC級四人で三輪隊から二点取ったのか」
一拍。
「見てみよっか」
指がボタンに触れた。
停止していた映像が動き出す。
数年前。
まだ画面を自在に扱えた頃の城戸奏真が、四人のC級隊員と共に戦った試合。
後にオペレーターたちの間で『伝説』と呼ばれることになる戦闘ログが、静かに再生を始めた。