No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト>   作:羊毛ローブ

21 / 31
未来とか関係なしに

「大規模侵攻の時にいなかった理由?」

 

 ヒュースの問いに、宇佐美が僅かに目を瞬いた。

 

 修も、言われて初めてそこへ意識が向いたようだった。

 

「……そういえば」

 

 先ほどまで見ていたログを考えれば、確かに妙だった。

 

 普通のC級隊員四人を使い、A級三輪隊から二点を奪う。

 

 現在では五部隊十七名を、各隊のオペレーターを活かしたまま上から統合し、想定外の事態が起きても戦線そのものを組み直す。

 

 昔と今では運用の形こそ違う。

 

 それでも一つだけ、はっきりしている。

 

「大きな戦闘になればなるほど、この男を使わない理由がない」

 

 ヒュースは画面を見たまま続けた。

 

「前線に出す必要すらない。本部に置いて情報を与えるだけでもいい。戦場が広くなり、同時に動く部隊が増えるほど、城戸奏真の処理能力は有効になる」

 

 遊真も頷く。

 

「確かに、そうま先輩向きっぽいな」

 

「ああ。だから不自然だ」

 

 ヒュースは腕を組んだ。

 

 自分はあの侵攻について、ボーダー側とは違う方向からも知っている。

 

 どれほどの戦力が投入され、戦場がどこまで広がったのかも分かっている。

 

 だからこそ余計に、奏真の不在だけが浮いて見えた。

 

「偶然、別の場所にいた可能性はある」

 

「任務とか?」

 

 千佳が尋ねる。

 

「それ自体はあり得る。だが――」

 

 ヒュースは少し考え、

 

「迅悠一か」

 

「迅さん?」

 

 修が聞き返した。

 

「あの男には未来視がある」

 

 大規模侵攻で迅が未来視を使っていたことを、ヒュースは身をもって知っている。

 

「仮に城戸奏真が三門市を離れる予定だったとしても、戻した方が明確に有利な未来が見えていたなら、迅は何らかの手を打ったはずだ」

 

「でも城戸さんは戻ってこなかった」

 

「ああ」

 

「じゃあ迅さんは、城戸さんがいない方を選んだ……?」

 

「少なくとも、そうするだけの理由があったと考える方が自然だ」

 

 宇佐美は何も言わなかった。

 

 ヒュースはそのまま考え続ける。

 

「問題は、その理由だ」

 

 戦力として不要だった可能性は、今見たログでほぼ消えた。

 

 ならば奏真がいることで、戦力として得られる利益とは別の問題が発生する必要がある。

 

「サイドエフェクト……とかかな?」

 

 修が呟く。

 

 ヒュースがそちらを見る。

 

「《対人威圧》か」

 

「うん」

 

「だが、それなら尚更戦力になるだろう」

 

「あ……」

 

「敵の動きを止められる。女性に強く作用するという問題はあるが、それだけで侵攻そのものから外す理由にはならない」

 

 そこで宇佐美だけが、ほんの僅かに表情を変えた。

 

 ヒュースは気づかなかった。

 

 宇佐美は知っている。

 

 奏真自身がまだ本気で怒ってすらいない段階でも、《対人威圧》が意図しない女性へ漏れる未来があり得ることを。

 

 だが、それが大規模侵攻とどう繋がるのかまでは知らない。

 

「城戸奏真自身も、自分の能力の危険性は理解している」

 

 ヒュースは続ける。

 

「危険が分かっていれば、あの男は他人を巻き込まないように動く。それでも危険なら、迅が事前に警告すればいい」

 

 しばらく考える。

 

 それでも答えは出ない。

 

「……駄目だな。情報が足りない」

 

 遊真が少し笑った。

 

「迅さんに聞けばいいんじゃないか?」

 

「答えると思うか?」

 

「さあな。でも嘘はつかないと思うぞ」

 

「それはお前のサイドエフェクト込みか?」

 

「まあね」

 

 ヒュースはもう一度、試合終了後の画面へ目を戻した。

 

 伝説と呼ばれるログを最後まで見て、一つの疑問がようやく形になった。

 

 これほど大規模戦闘に向いた男が、なぜボーダー史上でも最大級の侵攻の時だけ、そこにいなかったのか。

 

 そして、その不在に迅悠一が関わっていたのなら――。

 

 いったい、何を見たのか。

 

〇

 

 その日の夕方。

 

 当の奏真は、本部で迅と取り留めのない話をしていた。

 

 最初から大規模侵攻の話をしていたわけではない。

 

 雑談が一度途切れたところで、奏真が飲み物を片手に、ふと思い出したように迅を見る。

 

「そういやさ」

 

「はい?」

 

「今までずっと聞かなかったけど、やっぱり気になっちゃってね」

 

 迅の視線が奏真へ向く。

 

「大規模侵攻の時のことなんだけど」

 

 その一言で、迅の表情がほんの僅かに変わった。

 

 奏真はそれに気づいたが、特に触れなかった。

 

「あの時、俺が三門にいなかったのって迅でしょ?」

 

 迅は数秒黙った。

 

「……分かってたんですか?」

 

「何となくね」

 

 奏真は軽く笑う。

 

「別任務自体はちゃんと必要な仕事だったし、変なところはなかったよ。でも後から考えると、あの時期に俺が三門から離れて九州にいたの、ちょっと出来すぎてたからさ」

 

「それだけで?」

 

「未来見える奴が近くにいるんだから、そりゃ考えるでしょ」

 

「信用ないなあ」

 

「逆だっての」

 

 奏真は笑ったまま続けた。

 

「迅が何か見て、俺がいない方を選んだんだろうなって思ってたから、今まで聞かなかったんだよ」

 

 その言葉には、迅の方が少し驚いた。

 

「じゃあ、なんで今?」

 

「だから言ったじゃん。やっぱり気になっちゃってね」

 

 問い詰めるつもりはなかった。

 

 長いこと知らないままだったことを、今になって少し聞いてみたくなった。

 

 それだけだった。

 

「聞いてもいい?」

 

 迅は少し考えてから頷く。

 

「いいですよ」

 

「俺がいる未来、何かまずかった?」

 

「……まず、奏真さんがいた方が良くなる未来も結構ありました」

 

「へえ」

 

「特に戦線が広がってからは。本部で全体を見てもらえれば情報整理も早くなったし、実際に被害が減る未来もありました」

 

「なら働けてるじゃん、俺」

 

「そこは疑ってないですよ」

 

「じゃあ、そっち選ばなかった理由は?」

 

 迅はそこで一度、言葉を止めた。

 

「奏真さんが、本気で怒る未来があったからです」

 

 奏真の笑みが少しだけ薄くなる。

 

「俺が?」

 

「はい」

 

「で?」

 

「《対人威圧》が漏れました」

 

 奏真は黙った。

 

「敵だけじゃなくて?」

 

「関係なく」

 

「……範囲は?」

 

「かなり広く」

 

「女の子達は?」

 

 迅はすぐには答えなかった。

 

 その沈黙だけで十分だった。

 

「あー……」

 

 奏真が小さく息を吐く。

 

「そりゃ駄目だわ」

 

「女性隊員だけじゃないです。オペレーターや管制側にも影響が出る未来がありました。業務を続けられない人間が一気に増えて、本部機能そのものに穴が開くくらい」

 

「俺一人増やした結果、本部のオペレーター止めるのか」

 

「そうなる枝がありました」

 

「最悪じゃん」

 

 奏真は苦笑した。

 

 ただ、自分の能力が原因なら笑って終わらせられる話ではないことも分かっている。

 

「本気で怒ったきっかけは?」

 

「そこは言わなくてもいいかなと思ってます」

 

「ならいいや」

 

 奏真はあっさり引いた。

 

 原因そのものより、何が起きたのかの方が重要だった。

 

 少し考えてから、もう一つ尋ねる。

 

「でもさ。俺に先に言って、気をつけさせる未来はなかったの?」

 

「見ましたよ」

 

「やっぱり?」

 

「でも、消えなかったんです」

 

 迅は小さく息を吐く。

 

「奏真さんも気をつけようとはする。でも《対人威圧》って、そもそも自分でオンオフ出来ないでしょう?」

 

「まあね」

 

「しかも、あの時見えたのは『ちょっと苛立つ』とかじゃない。本気で怒るところまで行く未来です。奏真さんを三門に残したまま注意させるより、最初からその場にいない方が、悪い枝がかなり減った」

 

「なるほどね」

 

「だから外しました」

 

 奏真はしばらく考え、それから頷いた。

 

「そりゃ俺でも外すかもね」

 

「自分で言います?」

 

「だって本部止める方が困るでしょ」

 

 そう答えてから、奏真はふと首を傾げた。

 

「……あれ? でも俺、九州からでもオペ出来たと思うけど」

 

 迅が少しだけ苦笑する。

 

「やっぱりそこ気づきますよね」

 

「そりゃ気づくよ。向こうに設備さえあれば全部とは言わなくても情報整理くらいは出来るでしょ? 通信繋いでもらって――」

 

 そこまで言ったところで、奏真が止まった。

 

 ほんの数秒考えたあと、納得したように「ああ」と声を漏らす。

 

「……いや、《対人威圧》か」

 

「はい」

 

「そっか。距離じゃないもんね、あれ」

 

 奏真は少し嫌そうな顔で背もたれへ身体を預けた。

 

《対人威圧》が作用する条件は、単純に相手が近くにいることではない。

 

 意思疎通が可能な相手。

 

 そこに敵味方の区別はないし距離の影響も少ない。

 

「俺が九州からオペするなら、当然こっちと通信する」

 

「しますね」

 

「現場から情報もらって、こっちから指示も出す」

 

「はい」

 

「その時点で普通に意思疎通してるから、九州にいても意味ないんだ」

 

「そういうことです」

 

 迅は頷いた。

 

「奏真さんが本気で怒った時に漏れる《対人威圧》は、同じ部屋にいなければ安全ってものじゃないですから。九州にいても、オペレーションで本部や現場と繋がっていたら巻き込む可能性がありました」

 

「うわぁ……それは嫌だね」

 

「だから、三門市から離れてもらうだけじゃ足りなかったんです」

 

「なるほどねぇ」

 

 奏真は少し考え、そこで別のことに気づいた。

 

「ってことはさ、迅」

 

「はい?」

 

「俺に大規模侵攻が来るって教える訳にもいかなかった?」

 

 迅が頷く。

 

「教えられなかったです」

 

「やっぱり?」

 

「だって奏真さん、知ったらどうします?」

 

「……九州から何か出来ないか考えるかな」

 

「でしょう?」

 

 奏真は少し笑った。

 

「まあ、そうだよね。通信だけでも繋いでとか、情報だけ送ってとかは言うと思う」

 

「言いますね」

 

「向こうに使えそうな設備あったら借りるかも」

 

「その未来もありました」

 

「そこまで?」

 

「ありました」

 

「俺、働くねぇ」

 

「そういう問題じゃないですって」

 

「冗談だよ」

 

 奏真は笑いながら手を振った。

 

 けれど、迅の説明そのものには納得していた。

 

 侵攻を事前に知れば、自分だけ遠くで何もしないという選択はまずしない。

 

 戻れないなら戻れないなりに、出来ることを探す。

 

 通信を繋ぐ。

 

 情報を見る。

 

 必要なら指示を出す。

 

 そしてその瞬間、味方との間に意思疎通が成立する。

 

「じゃあ、俺を九州に置いとくのが目的だったんじゃなくて、侵攻中の人達と繋がせないようにしたかったんだ」

 

「はい」

 

「だから何も教えなかった」

 

「そうです」

 

「うーん……」

 

 奏真は少しだけ唸った。

 

「それなら確かに、どうしようもないね」

 

「分かってもらえます?」

 

「分かる分かる。俺でも同じことすると思うよ」

 

 そう言ってから、奏真は苦笑する。

 

「意思疎通出来る相手なら敵味方関係ないって、こういう時は本当に面倒だねぇ」

 

「便利なだけのサイドエフェクトじゃないですからね」

 

「迅に言われるとちょっと腹立つけど」

 

「何でです?」

 

「そっちの方が普通に便利そうだから」

 

「その代わり面倒ですよ?」

 

「知ってるよ」

 

 奏真は軽く笑った。

 

 この時点では、まだいつもの奏真だった。

 

 迅がなぜ自分を外したのか。

 

 なぜ侵攻について何も教えなかったのか。

 

 そこに納得しただけで、会話そのものもまだ普段の延長にある。

 

 少しして、奏真が続きを尋ねた。

 

「で、その後の俺は?」

 

「……」

 

「あ、その顔する?」

 

 奏真が少し笑う。

 

「俺、ボーダー辞めてた?」

 

 迅は答えなかった。

 

「なるほどね」

 

 今度も奏真は追及しなかった。

 

 味方を巻き込んだ。

 

 そのせいで本部機能にまで影響を出した。

 

 もし、その結果として誰かが傷ついていたのなら。

 

 自分がどうなるのかは、自分自身が一番よく分かっている。

 

「だから俺がいない未来選んだんだ」

 

「はい」

 

「俺がいた方が助かる人もいたんでしょ?」

 

「いました」

 

「それも見た上で?」

 

「……はい」

 

 迅の返事が少しだけ重くなる。

 

 奏真は、その変化を聞き逃さなかった。

 

「迅?」

 

「後方要員の緊急時対処訓練とかもさ」

 

 迅は視線を少し落とした。

 

「あれ、奏真さんがいないと、あれだけの内容の訓練作れなかったしさ」

 

 奏真は何も言わず、続きを待つ。

 

「他にも色々あるんだけど」

 

「うん」

 

「でも、それ全部抜きにしても」

 

 迅が奏真を見る。

 

「俺は未来とか関係なしに、奏真さんにボーダーいてほしいんだよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、奏真の表情が変わった。

 

 冗談を返すでもなく、いつものように軽く流すでもない。

 

 少しだけ眉を寄せ、目の前の迅を見た。

 

「悠一」

 

 久しぶりに名前で呼ばれた。

 

「はい」

 

「お前、一々考え過ぎだぞ」

 

 迅が目を瞬く。

 

 奏真の口調が変わっていた。

 

 普段の柔らかな言葉遣いではない。

 

「そりゃあ俺が辞める可能性は、それならあるだろうけど」

 

「奏真さん?」

 

「お前の未来視のしんどさ、俺が分からないとでも思ってんのか?」

 

 迅が黙る。

 

「だから、お前が考えて俺をその時にその場所にいないようにしたのも分かってた」

 

「……理由まで?」

 

「理由は知らねーよ。だから今聞いたんだろ」

 

 奏真は呆れたように息を吐いた。

 

「でも、それで辛そうにしてるのが俺に分からないと思ってたのか?」

 

 今度こそ迅は何も言えなかった。

 

「んな訳ねーだろ」

 

 奏真は、長い付き合いの相手を見るように真正面から迅を見る。

 

「お前が未来見てんの、何年前から見てると思ってんだよ。選んだ未来だけじゃなく、選ばなかった方まで知ってんだろ」

 

 迅が何も返さないことが、それを肯定していた。

 

 奏真が大規模侵攻にいた未来。

 

 そこで救えた人間。

 

 逆に増えた被害。

 

 自分が残った未来。

 

 去った未来。

 

 現実にならなかったとしても、迅は一度それを見ている。

 

「気にし過ぎだ」

 

 奏真の声が少しだけ穏やかになる。

 

「俺も後悔がないとは言わない」

 

 そこだけは軽くしなかった。

 

「皆が戦ってる時に俺がいなかったのは嫌だし、後から記録見て、ここなら俺が何か出来たかもなって思うところもある」

 

「……」

 

「でも、お前の判断を疑ったことは今まで一度もねーよ」

 

 迅が顔を上げる。

 

「お前がそうしたなら、その時のお前にはそうする理由があった。それで十分だ」

 

 少しだけ間を置く。

 

「お前が楽して決めたんじゃねーことくらい、分かってるっての」

 

 迅はしばらく奏真を見ていた。

 

 やがて奏真の方が、その空気を嫌がったように口元を緩める。

 

「なーんてね」

 

「…………久しぶりですね、奏真さんのその口調」

 

「あ?」

 

「女性隊員に怖がられるのが嫌で直してたのに」

 

 奏真の眉間に皺が寄る。

 

「うっせぇ。今はお前しかいねーよ」

 

 迅が吹き出した。

 

「やっぱり懐かしいなあ」

 

「話の内容よりそっち気にすんな」

 

「だって昔、もっとそんな感じだったじゃないですか」

 

「そういうの覚えてんなよ」

 

「覚えてますよ」

 

 迅が楽しそうに笑う。

 

 奏真は面倒そうな顔をしたが、口調を戻そうとはしなかった。

 

「まあ、とにかくだ」

 

「はい」

 

「自分だけで勝手に抱え込むな。未来見えるからって、お前が全部責任取る必要なんかねーんだよ」

 

「でも、選ぶのは俺ですから」

 

「だから一々考え過ぎだっつってんだろ」

 

「それ、解決してます?」

 

「してなくても言うんだよ。バカタレ」

 

 迅がまた笑った。

 

「……バカタレも久しぶりですね」

 

「本当にうっせぇな」

 

 けれど、迅の表情は先ほどより明らかに軽くなっていた。

 

 それを見た奏真も、それ以上は何も言わない。

 

 少しして、椅子から立ち上がった。

 

「今から飲みに行くから、お前も来い」

 

「俺まだ未成年ですよ?」

 

「うっせぇ。酒飲まなくても良いっての。息抜きしに行くぞってんだ、言わせんなバカタレが」

 

 迅は一瞬きょとんとしたあと、また笑った。

 

「本当に久しぶりですね、バカタレも」

 

「マジでうっせぇな」

 

「二回目ですよ?」

 

「お前が二回言わせてんだよ」

 

 奏真は端末を取り出した。

 

「春秋とレイジと諏訪も誘うか」

 

「いいですね」

 

「んじゃあ行くか」

 

 そこまで言って歩き出しかけたところで、奏真は急に足を止める。

 

「……いや」

 

「どうしました?」

 

「口調直さねーと、またアイツ等に弄られんなコレ」

 

 迅が堪えきれないように笑う。

 

「ふふふ、それも楽しいんじゃないですか?」

 

「お前は良いかも知れんけど、俺が嫌だっての」

 

「東さんはすぐ気づきそうですね」

 

「春秋は絶対気づく。諏訪は面白がる。レイジは何も言わねー顔して覚えてる」

 

「よく分かってるじゃないですか」

 

「付き合い長ぇんだから分かるわ」

 

 そこで自分の言葉に気づいた奏真が、嫌そうに顔をしかめた。

 

「……駄目だ。全然戻らねぇ」

 

「別にそのままでいいと思いますけど」

 

「良くねーよ」

 

 奏真は一度咳払いしてから、無理やり声を柔らかくした。

 

「迅君、そろそろ行こうか」

 

「急に気持ち悪いですね」

 

「お前やっぱ来なくていいよ」

 

「行きますよ」

 

「どっちだよ」

 

「息抜きなんでしょう?」

 

 迅がそう言うと、奏真は僅かに黙った。

 

 その後、仕方なさそうに笑う。

 

「……まあな」

 

「じゃあ行きましょう」

 

「酒は飲まないでね」

 

「分かってますって」

 

「店で酔ったふりとかもしないでよ?」

 

「しませんよ」

 

「お前たまにノリで変なことするからな」

 

「あ、また戻った」

 

「うっせぇ!」

 

 迅の笑い声が廊下に響いた。

 

 奏真は本気で鬱陶しそうな顔をしながら、そのまま隣を歩いていく。

 

 大規模侵攻の日に自分がいなかったことを、奏真は後悔していないわけではない。

 

 自分がいれば救えたかもしれない人間がいたことも、もう知っている。

 

 それでも、迅の判断を疑ったことはなかった。

 

 未来を見るということは、正しい答えを知ることではない。

 

 いくつもある未来の中から一つを選び、選ばなかった先まで知ったまま進まなければならない。

 

 そのしんどさを、奏真は昔から知っていた。

 

 だから今まで聞かなかった。

 

 そして、ようやく聞いた今も、迅を責める理由にはならなかった。

 

「奏真さん」

 

「何だよ」

 

「今日は聞いてくれて、良かったです」

 

 奏真は少しだけ迅を見る。

 

「そりゃ良かったな」

 

「はい」

 

「なら今度から、もうちょい早く言え」

 

「奏真さんもですよ」

 

「何が」

 

「気になったこと」

 

「俺はいいんだよ」

 

「何でですか?」

 

「年上だからな」

 

「全然理由になってないですね」

 

「細けぇな、お前は」

 

 迅がまた笑う。

 

 奏真も今度は止めなかった。

 

「ほら行くぞ。春秋達待たせんぞ」

 

「その口調のまま会うんですか?」

 

「……悠一」

 

「はい?」

 

「今日お前、本当にうるせぇな」

 

「機嫌が良いんで」

 

「ならしゃーねーか」

 

 一度そう答えてから、奏真はまた顔をしかめた。

 

「……いや、やっぱ口調戻さねーと駄目だわ」

 

「ふふふ」

 

「笑うなっての」

 

 二人はそのまま、本部の出口へ向かって歩いていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。