No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト>   作:羊毛ローブ

22 / 22
二万字超えてしまった……


迅悠一は愚痴りたい

 

 本部の正面玄関を出たところで、奏真はようやく足を止めた。

 

「……悠一」

 

「はい?」

 

「お前、いつまで笑ってんだ?」

 

 隣を歩いていた迅は、口元を押さえたまま首を振った。

 

「いや、すみません。奏真さんが口調を直そうとしてるのが、何だか面白くて」

 

「お前なあ……」

 

「だって、さっきから何回も直そうとして、そのたびに戻ってるじゃないですか」

 

「うっせぇ。意識すりゃ直るんだよ」

 

「今も戻ってますよ」

 

「…………」

 

 迅が堪えきれず吹き出した。

 

「……っふふ!」

 

「お前、今日マジでうるせぇな」

 

「機嫌が良いんで」

 

「ならしゃーねえけどよ」

 

 奏真は呆れたように息を吐き、歩き出そうとした。

 

 その時、少し離れたところから声がかかった。

 

「奏真さん」

 

「お?」

 

 振り返ると、風間蒼也が本部の出口から歩いてきていた。

 

「風間。お前も帰りか?」

 

「はい。奏真さん達は?」

 

「春秋と諏訪とレイジ誘って飲みに行くところ。お前も来ねえ?」

 

 風間は僅かに目を瞬いた。

 

「……俺もですか?」

 

「おう。予定あんなら別だけど」

 

「いえ、特にはありません」

 

「なら来いよ。人数多い方が面白えし」

 

「分かりました」

 

 あっさりと同行が決まった。

 

 その横で、迅だけが妙な顔をしていた。

 

「……あー」

 

「何だよ、悠一」

 

「いや、また変わったなあって」

 

「何が?」

 

「未来です」

 

「お前、さっきからそればっかだな」

 

 奏真は大して気にした様子もなく歩き出した。

 

 迅には、先ほどまで風間がそのまま帰宅する未来が濃く見えていた。

 

 もちろん、奏真達についていく未来がなかったわけではない。ただ、そちらはそれほど有力ではなかったのだ。

 

 それが、今の一言で入れ替わった。

 

 未来が変わること自体は珍しくない。新しい情報を知れば、人の選択は変わる。迅自身が何かを口にしただけでも、いくつもの分岐が生まれる。

 

 ただ、奏真が絡んだ時は、その変化が妙に早い。

 

「……本当に、この人は」

 

「あ? 何か言ったか?」

 

「いえ。今夜、ちょっと愚痴らせてもらおうかなって」

 

「俺の?」

 

「はい」

 

「何でだよ!」

 

 迅が笑う。

 

 風間は二人を見比べ、静かに尋ねた。

 

「……随分楽しそうですね」

 

「風間」

 

「はい」

 

「こいつ今日、ちょっと調子乗ってるから気をつけろ」

 

「奏真さんも十分楽しそうですが」

 

「お前まで!?」

 

 迅の笑い声が夜道に響いた。

 

〇

 

 店に着く頃には、奏真も一応いつもの口調へ戻していた。

 

 少なくとも本人は、そのつもりだった。

 

「お待たせー」

 

 先に着いていた東春秋が顔を上げ、その隣で諏訪洸太郎が煙草を灰皿へ押しつけた。

 

 少し遅れて来ると言っていた木崎レイジも、すでに席についている。

 

「珍しいな。奏真から急に飲みに誘うの」

 

「まあ、たまにはね」

 

「迅まで一緒か」

 

「俺は酒飲めませんけどね」

 

 迅がそう言うと、諏訪が笑った。

 

「分かってるよ。お前に飲ませたら奏真さんが一番うるせえだろ」

 

「当たり前でしょ。未成年に酒飲ませるほど馬鹿じゃないよ」

 

「そこはちゃんとしてるんですね」

 

 レイジが静かに言った。

 

「レイジング、俺を何だと思ってるの?」

 

「奏真さんです」

 

「答えになってねーよ」

 

 言った瞬間だった。

 

 東が僅かに口元を緩め、諏訪もすぐに反応した。

 

「ん?」

 

「……何?」

 

「いや?」

 

「何だよ」

 

「奏真、今日ちょっと懐かしいな」

 

 東に言われ、奏真が止まった。

 

 迅は隣で笑いを堪えている。

 

「迅、お前喋んなよ」

 

「まだ何も言ってませんよ」

 

「顔が喋ってんだよ」

 

「それですよ、それ」

 

「うっせぇ」

 

 諏訪が完全に面白がった顔になった。

 

「奏真さん、昔の口調戻ってません?」

 

「戻ってねーよ」

 

「戻ってるじゃないですか」

 

「諏訪まで乗っかんな」

 

「スワルツネガーじゃないんすか?」

 

「今そこ訂正すんの?」

 

 レイジまで少し笑っている。

 

 奏真は席へ座るなり、店員へ酒を注文した。

 

「もういい。飲むぞ」

 

「それが目的ですからね」

 

「迅はジュースな」

 

「分かってます」

 

「何頼む?」

 

「烏龍茶でお願いします」

 

「最初からそう言えって」

 

「ちゃんと言いましたよ」

 

「……お前な」

 

 迅が吹き出した。

 

「また出た」

 

「……今日はもう諦めるわ」

 

 その様子を見ていた風間が、静かに声をかけた。

 

「奏真さん」

 

「ん?」

 

「昔の口調でも、俺達は気にしませんよ」

 

「……そう?」

 

「はい」

 

 東も頷いた。

 

「むしろ久しぶりで面白いな」

 

「春秋、お前は明らかに面白がってるだろ」

 

「少しな」

 

「認めんな!」

 

 六人分の飲み物が揃い、軽くグラスを合わせる。

 

 最初は東の近況やレイジの玉狛での話、諏訪が最近面倒を見ている若手の話など、取り留めのない会話が続いた。

 

 風間も時折言葉を挟み、奏真は昔の口調のまま軽口を叩く。

 

 迅は烏龍茶を飲みながら、その様子を楽しそうに眺めていた。

 

 ところが三十分ほど経った頃、諏訪がふと思い出したように口を開いた。

 

「で、何で急に迅まで連れて飲みに来たんすか?」

 

「別に。ちょっと話してただけ」

 

「その顔で?」

 

「どの顔だよ」

 

「何か説教した後みたいな顔してますよ」

 

 奏真が眉を寄せる。

 

「俺そんな顔してる?」

 

 東が頷いた。

 

「してるな」

 

「春秋まで?」

 

「迅も少しすっきりした顔してる」

 

 視線が迅へ集まった。

 

 迅は一度奏真を見る。奏真は酒を飲みながら、止める様子もない。

 

「大規模侵攻の時の話をしてたんですよ」

 

 その一言で、東達の表情が僅かに変わった。

 

「奏真さんがいなかった件です」

 

 レイジが静かに尋ねる。

 

「話したんですか?」

 

「まあね」

 

 奏真が答えた。

 

「今まで聞いてなかったけど、ちょっと気になってさ」

 

「随分今さらですね」

 

「俺もそう思う」

 

 諏訪が迅を見る。

 

「で、未来視絡み?」

 

「はい」

 

「やっぱりか」

 

 東は驚かなかった。

 

 当時から、何らかの事情があったのではないかと考えていたのだろう。

 

「で、ちゃんと納得したのか?」

 

 東の問いに、奏真は頷いた。

 

「おう。俺でも同じ判断したと思うぞ」

 

「それなら良かったです」

 

 迅が答える。

 

 ただ、その顔にはまだ少し複雑なものが残っていた。

 

 奏真がそれに気づくより早く、迅が口を開いた。

 

「……でも、俺としてはやっぱり少し愚痴りたいんですよね」

 

「あ?」

 

「だって奏真さん、一回ボーダー辞めたじゃないですか」

 

 その場が一瞬静かになった。

 

 東も、諏訪も、レイジも、風間も、その一件は知っている。

 

 月見花緒の事件の後、奏真が記憶封印措置を受け、一度ボーダーを離れたこと。

 

 そして、後に戻ってきたことも。

 

 古くから奏真を知る彼らにとって、今さら説明が必要な出来事ではなかった。

 

「あー……」

 

 奏真がグラスを持ったまま迅を見る。

 

「それがどうした?」

 

「俺、あの時、一瞬サイドエフェクトがおかしくなったのかと思いましたからね」

 

「……は?」

 

 奏真が目を丸くした。

 

「いやいや、お前それは盛ってるだろ」

 

「盛ってません」

 

 迅は即答した。

 

「奏真さんがボーダーを辞めてしまっている未来なんて、それまではかなり薄かったんですよ」

 

 東がグラスを置く。

 

「ほう」

 

「見えてなかったわけじゃないんです。でも俺自身、そんな結果になるとはほとんど思ってませんでした」

 

 迅は一度言葉を止めた。

 

「それが、急に強くなった時には、もう奏真さんがボーダーを離れている先の光景が見えていて」

 

 その声から、先ほどまでの軽さが少し消える。

 

「最初は、何かの間違いだと思いました」

 

 奏真も黙って聞いていた。

 

「一時的に休んでるだけかもしれないし、別の任務に就いてるのかもしれない。でも、見えてる結果を確かめたら、そうじゃなかったんです」

 

「……ああ」

 

「本当に辞めてたんですよ」

 

 迅は苦笑した。

 

「しかも、そういう未来が有力になった頃には、もう俺が手を打っても変えられなかった」

 

 諏訪が眉を寄せる。

 

「……未来が見えてたのにか?」

 

「はい」

 

 迅は頷いた。

 

「俺がもっと早く気づいていれば、何かできたのかもしれません。でも、見えてる未来が変わった時には、もうその結果に繋がる状況ができていて」

 

 東が静かに尋ねる。

 

「花緒の件か」

 

「……はい」

 

 迅は短く答えた。

 

「あの時の奏真さんが、どういう気持ちでいたかは俺も分かってるつもりです。だからこそ、後から何か言ったところで変えられるようなものでもなくて」

 

 そこで言葉を切り、小さく息を吐いた。

 

「結局、現実でも辞めちゃいましたからね」

 

 奏真はしばらく黙っていた。

 

 だが、やがて少し困ったように笑った。

 

「いや、悪かったって」

 

「軽いなあ!」

 

「だって、今さらどうしろってんだよ。もう復帰してるだろ」

 

「そういう問題じゃないんですよ!」

 

 諏訪が笑いを堪えながら迅を見る。

 

「相当根に持ってんな」

 

「持ちますよ!」

 

「何で俺が怒られてんの?」

 

 奏真が納得いかない顔をする。

 

 風間が静かに口を開いた。

 

「迅にとっては、未来が見えていても防げなかった出来事なんでしょう」

 

「……そうなんですよ」

 

 迅が頷く。

 

「風間さん、分かってくれます?」

 

「気持ちは分かる。ただ、見えた未来を必ず変えられるわけではないだろう」

 

「……ええ」

 

 東も頷いた。

 

「それに、奏真が辞めるなんて、俺も当時は考えてなかったからな」

 

「春秋も?」

 

「ああ。何だかんだ言って、こいつはボーダーで仕事を続けると思ってた」

 

 東は奏真を見る。

 

「まさか自分から離れるとはな」

 

 奏真は小さく肩を竦めた。

 

「人間、たまには予想外のことくらいするだろ」

 

「その予想外がボーダー退職だったから言ってるんですよ!」

 

「まだ言う?」

 

「今日は愚痴る日なんで」

 

「いつ決まったんだよ」

 

「店に来てからです」

 

「勝手に決めんな」

 

 迅が楽しそうに笑い、諏訪もそれにつられて吹き出した。

 

 少し重くなっていた空気が、ようやく緩む。

 

 だが、迅はもう一つ言いたいことがあった。

 

「だから、大規模侵攻の時も嫌だったんですよ」

 

 奏真の表情が僅かに変わった。

 

「……またかよ」

 

「またです」

 

「一回辞めたからって、二回目も確定じゃねーだろ」

 

「分かってます。でも一回実績あるじゃないですか」

 

「実績って言うな」

 

 諏訪が酒を飲みながら笑う。

 

「退職実績一回」

 

「スワルツネガー、黙ろうか」

 

「はいはい」

 

 迅も笑ったが、話そのものは真剣だった。

 

「一度目は止められなかったから、二度目も同じようになったら嫌だったんです」

 

「……ああ」

 

「特に、また奏真さん自身が責任を感じて辞めてしまう未来だったんで」

 

 東が静かに頷いた。

 

「前のことを考えれば、そうなる可能性はあるな」

 

「だから今回は、手遅れになる前に何とかしようと思ったんですよ」

 

 奏真は酒を一口飲み、少し考えてから頷いた。

 

「なるほどな」

 

「……で、九州です」

 

「聞いたよ」

 

「だから俺、結構悩んだんですって」

 

「分かったって」

 

 奏真は呆れたように笑った。

 

「お前が考えて選んだんだろ? ならそれでいいじゃねーか」

 

「でも、奏真さんがいたら助かった人も見えてましたから」

 

「それもさっき聞いた」

 

「見えたものは消えないんですよ」

 

「知ってる」

 

 奏真はグラスを置いた。

 

「だから、今日はちょっとくらい愚痴ってろって言ってんだろ」

 

 迅が黙る。

 

 奏真はそのまま続けた。

 

「お前が未来見てんの、何年前から知ってると思ってんだよ。選ばなかった未来まで知ってて、しんどいのは分かるっての」

 

「……はい」

 

「ただな、全部一人で背負う必要はねえだろ」

 

 諏訪が笑った。

 

「また説教始まった」

 

「うるせぇな。お前も聞いてやれよ」

 

「聞いてますって」

 

 東が穏やかに口を開いた。

 

「まあ、迅が話したい時は俺も聞くぞ」

 

「俺も構いません」

 

 レイジが頷く。

 

 風間も短く答えた。

 

「必要なら声をかけてくれ」

 

 迅は少しだけ驚いたように五人を見た。

 

 東が続ける。

 

「未来を見るのはお前にしかできない。でも、そこで何を選ぶかを一人で抱えなきゃいけないわけでもないだろう」

 

 迅はしばらく黙っていた。

 

 やがて、少し照れ臭そうに笑う。

 

「……ありがとうございます」

 

 奏真は満足そうに頷いた。

 

「よし。じゃあその話は終わり!」

 

「え、終わりなんですか?」

 

「飲みに来たんだぞ。いつまで俺に説教させんだよ」

 

「奏真さんが勝手に始めたんじゃないですか」

 

「お前が愚痴るって言ったんだろ」

 

「そうでしたね」

 

 諏訪が笑った。

 

「いや、奏真さん、完全に保護者っすね」

 

「何でだよ」

 

「未成年に酒は飲ませねえ、息抜きに連れてくる、愚痴も聞く」

 

「普通だろ」

 

「その普通の話、今日何回目っすか?」

 

「だから何だよ!」

 

 レイジまで少し笑った。

 

「奏真さんは昔から、年下には少し甘いですから」

 

「レイジング?」

 

「事実です」

 

「お前ら急に結託すんな!」

 

 迅はすっかり楽しそうだった。

 

「こういうところも昔から変わってないですよね」

 

「何が?」

 

「口ではうるせえとかバカタレとか言うのに、結局面倒見るところ」

 

「……」

 

「昔の口調の方が分かりやすいです」

 

「悠一、お前明日覚えとけよ」

 

「怖いなあ」

 

「全然怖がってねーじゃねーか!」

 

 また笑い声が広がった。

 

〇

 

 話が一段落したところで、東がグラスを置いた。

 

「そういえば迅」

 

「はい?」

 

「お前の未来視って、見えたものが急に変わることもあるんだよな?」

 

「ありますよ」

 

「その辺、もう少し詳しく聞いてみたいな」

 

 東の言葉に、諏訪も興味を示した。

 

「確かにな。未来が枝分かれしてるってのは聞くけど、実際どんな感じなんだ?」

 

 迅は少し考えてから、テーブルを囲む面々を見回した。

 

「そうですね……例えば」

 

 そこで目の前のレイジを見る。

 

「レイジさん」

 

「はい」

 

「次、ビール頼もうとしてません?」

 

 レイジが僅かに目を見開いた。

 

 テーブルを見ると、確かにジョッキはほとんど空になっている。

 

「……そのつもりでした」

 

 諏訪が笑う。

 

「まあ、普通に頼みそうだな」

 

「でも、今俺がそれを言ったじゃないですか」

 

「はい」

 

「そうすると、別のものを頼む未来が強くなることもあるんですよ」

 

 レイジはメニューへ視線を落とした。

 

「……確かに、少し考えました」

 

「ほら」

 

 迅は頷いた。

 

「俺が何も言わなければ、そのままビールを頼む可能性が高かった。でも俺が未来を口にしたことで、レイジさんが別の選択を考えるようになる」

 

 東が頷く。

 

「未来を口にすること自体が、その後の行動へ影響するわけだな」

 

「そうです。俺自身も未来の中にいる人間ですからね」

 

 奏真が酒を飲みながら口を挟む。

 

「未来見てる奴だけ、盤面の外にいるわけじゃねーってことだな」

 

「そういうことです」

 

 迅は再びレイジを見る。

 

「ちなみに、今もビールの未来が一番濃いですよ」

 

 レイジは少し考えた。

 

「ではハイボールにします」

 

「ほら変わった!」

 

 迅が笑った。

 

 諏訪も吹き出す。

 

「分かりやすいな!」

 

「ただし、今のはレイジさんが俺の説明に合わせて、わざと変えた可能性もありますよね?」

 

「ありますね」

 

 レイジが平然と答えた。

 

「そういうのも含めて未来は動くんです」

 

 風間が少し考えてから口を開いた。

 

「つまり、未来を見ることと、その未来が確定していることは別なんだな」

 

「はい。確定に近い未来ほど遠くまで見えますけど、変わる可能性の高い未来はそこまで遠くまで追えません」

 

「……なるほど」

 

「見えたから必ず起きるってわけじゃないんですよ」

 

 諏訪が身を乗り出した。

 

「じゃあ未来視対策したかったら、迅に読まれた後で全部逆張りすりゃいいのか?」

 

「それをやるって分かったら、その未来も見ますけどね」

 

「駄目じゃねえか」

 

「あと、全部逆張りする人って、それはそれで行動パターンですから」

 

「めんどくせえサイドエフェクトだな」

 

「使ってる俺が一番そう思ってますよ」

 

 奏真が鼻で笑った。

 

「だからお前、いちいち考え過ぎなんだよ」

 

「またそこ戻ります?」

 

「戻るだろ。今の説明聞いたら余計にな」

 

 奏真はグラスを置いた。

 

「一番濃い未来見えても、そこからお前が何かすりゃ別の枝が濃くなる。そんでまたその先見るんだろ?」

 

「まあ」

 

「面倒くせぇ」

 

「奏真さんに言われると腹立つなあ」

 

「何でだよ」

 

「奏真さん、サイドエフェクトもないのに似たようなこと頭の中でやってるじゃないですか」

 

 東が小さく笑った。

 

「それは否定しづらいな」

 

「春秋?」

 

「奏真の場合は見えてるわけじゃないけどな。相手がこう動くなら次はこう、それを警戒すればこっち、という候補を大量に作ってる」

 

「そうそう。それで俺より先に人の動き当てることがあるんですよ」

 

 迅が不満そうに言う。

 

 奏真は眉を寄せた。

 

「だから知らねーっての」

 

「前にも俺が行こうとした場所に先回りしてたことあったでしょう」

 

「お前が行きそうだったからだろ」

 

「それが腹立つんですよ」

 

「理不尽過ぎんだろ!」

 

 諏訪が笑いながら口を挟む。

 

「未来視持ちが予測で負けたって愚痴ってんの、面白えな」

 

「負けてないです」

 

「今の言い方だと負けてますよね?」

 

 レイジにまで言われ、迅が少しだけむっとする。

 

「違いますよ。俺は未来を見てるんです。奏真さんは予測してるだけです」

 

「結果当たってんなら一緒じゃねーか」

 

「違います」

 

「何が違うんだよ」

 

「こっちはサイドエフェクトです」

 

「知らねーよ!」

 

 店内に笑い声が広がった。

 

 東は笑いながらも、少し興味深そうに迅を見ていた。

 

「でも、奏真の場合は何がそんなに違うんだ?」

 

「変化の仕方ですね」

 

 迅は少し考え、言葉を選んだ。

 

「普通は一つの情報が入ったら、それに対応した行動が変わることが多いんです。でも奏真さんの場合、そこから先のことまでまとめて考えて行動を変えるんですよ」

 

 奏真が露骨に嫌そうな顔をする。

 

「お前、俺の頭ん中見てるみたいに言うなよ」

 

「未来で行動見てれば、ある程度傾向は分かりますよ」

 

「傾向と中身は違ぇだろ」

 

「例えば奏真さんがAへ行く未来が一番濃かったとしますよね。普通なら、Aへ行けない理由ができたらBへ変わるとか、そういう感じなんです」

 

 迅は指先でテーブルを軽く叩いた。

 

「でも奏真さんの場合、Aへ行けないって分かった瞬間に、Bなら誰かとぶつかる、Cなら別の仕事に影響する、Dなら先に連絡した方がいいってところまで一気に考えて、その後の予定ごと組み直すんです」

 

 東が納得したように頷いた。

 

「オペレーター時代と同じだな」

 

「そう、それです」

 

 迅がすぐに反応する。

 

「何か予定外のことが起きた時、奏真さんって元の計画を少し直すだけじゃないでしょう? 必要なら全部作り直すじゃないですか」

 

「まあ、必要ならな」

 

「俺からすると、そのたびに関係する人達の未来まで一斉に動くんですよ」

 

 風間が短く口を開いた。

 

「五部隊を統合していた時の判断も、同じですね」

 

「ええ」

 

 迅が頷いた。

 

「一部隊の動きが変わっただけでも、奏真さんは必要なら全体を再配置するでしょう? そうすると関係する隊員全員の未来が動くんです」

 

 レイジが少し考えてから言った。

 

「未来視が効かないのではなく、奏真さんの判断によって、どの未来が有力になるかが急激に変化するわけですね」

 

「はい。しかも、その変化が速いんですよ」

 

 迅は苦笑した。

 

「さっきまでこっちが一番濃かったのに、もうそっちなのか、ってなることが本当に多くて」

 

 諏訪が吹き出した。

 

「そりゃ気持ち悪いな」

 

「スワルツネガー、どっちの味方?」

 

「迅」

 

「即答すんな!」

 

 迅は笑いながらも続けた。

 

「しかも奏真さん、自分では大したことだと思ってないんですよ」

 

「いや、普通だろ。条件変わったら考え直すじゃん」

 

「ほらこれです」

 

「何がだよ」

 

「こっちは未来が何本も一気に動いてるのに、本人は条件変わったからで終わるんですよ」

 

 東が笑う。

 

「奏真らしいな」

 

「春秋まで笑うなって」

 

「でも実際、そういうところが奏真の強みだからな」

 

「それはそうなんですけど」

 

 迅は少しだけ口を尖らせた。

 

「俺としては、もう少し大人しくしててくれると助かるんですよ」

 

「知らねーよ!」

 

 風間が僅かに笑った。

 

「つまり、迅にとって奏真さんは未来視が効かない相手ではなく、未来視で追いかけるのが一番忙しい相手ということか」

 

 迅は一瞬考えてから、大きく頷いた。

 

「それです。かなり近いですね」

 

「おい」

 

「少なくとも俺が会ったことある中では、一番ですね」

 

「……何が?」

 

「未来を変える速度と幅です」

 

「…………」

 

「No.1ですよ、マジで」

 

「そんな称号いらねーよ、バカタレ!」

 

 諏訪が腹を抱えて笑い始めた。

 

 レイジも届いたハイボールへ手を伸ばしながら、少しだけ笑っている。

 

「未来視を持っている迅がそこまで言うなら、相当珍しいんでしょうね」

 

「珍しいですよ。俺からすると結構面白いです」

 

「さっき腹立つって言ってなかった?」

 

「腹立つし面白いんです」

 

「最悪だな、お前」

 

 奏真は諦めたように酒を飲んだ。

 

〇

 

「じゃあ最近だと、それが一番面白かったのか?」

 

 少しして、東が迅へ視線を戻した。

 

「最近ですか?」

 

「未来が急に変わって、お前自身が驚いたやつだ」

 

 迅はすぐには答えなかった。

 

 最近の出来事を順に思い返していたが、途中で妙な顔になる。

 

「いや……でも、これ言うのもなんなんですけど」

 

「何だよ」

 

「炒飯大会で未来、結構変わりましたよ?」

 

 奏真がグラスを口元まで運んだところで止まった。

 

「炒飯大会?」

 

「はい」

 

 諏訪が思わず笑う。

 

「大規模侵攻と奏真さんの退職の次が炒飯大会かよ」

 

「俺だって並べて話すのどうかと思いますよ。でも変わったものは変わったんです」

 

 迅は少し困ったように笑った。

 

 もちろん、変化の意味はそれまでの話とはまるで違う。

 

 誰かが死ぬ未来でも、ボーダーの存続に関わる未来でもない。ただ、人間の行動が思った以上に一斉に動いたという意味だった。

 

「第一回の時ですよ。大会があるって話が広がるまでは、みんな普通にその日の予定で動いてたんです」

 

「そりゃそうだろ」

 

「それが大会のことを知った人から、ちょっとずつ変わり始めたんですよ。食堂に行く予定じゃなかった人が行くようになったり、別の時間に休憩取るつもりだった人が少しずらしたり」

 

 東が頷く。

 

「見物に行くためか」

 

「そうです。しかも、一人が行動変えると、その人と一緒に動くはずだった人も変わるじゃないですか」

 

「なるほどな」

 

「最初は小さいんですよ。本当に昼飯どうするかとか、その程度です。でも人数が増えると、俺からすると結構見た目が変わるんです」

 

 迅はテーブルの上で指を動かしながら説明する。

 

「この人は本来こっちにいる未来が濃かったのに、食堂に行く。じゃあ、その人と話すはずだった人の行動も少し変わる。その先で別の人と会う。そこで炒飯大会の話を聞いた人が、また次に誰かへ話す」

 

 レイジが少し納得したように言った。

 

「大きな出来事が起きたわけではなくても、人間関係を通じて細かな変化が広がっていくわけですね」

 

「はい。だから途中から、何で今日こんなに食堂方面の未来が増えてるんだ、ってなりました」

 

 諏訪が吹き出した。

 

「未来視で本部の異変かと思ったら、原因が炒飯だったのか」

 

「そこまで大袈裟には思ってませんよ」

 

 迅も笑う。

 

「でも普段より人の動きが偏ったのは本当です。しかも食べた後も、あの炒飯がどうだったとか、次やるならどうなるとか、それでまた話す相手が変わったりして」

 

 風間が少し考えた。

 

「……言われてみれば、第一回の後もしばらくその話をしていた隊員はいましたね」

 

「いたでしょう?」

 

「ええ。あれだけ人数が集まれば、影響はあると思います」

 

 迅は頷いた。

 

「そうなんですよ。小さな変化でも、集まると結構な違いになるんです」

 

 奏真が面白そうに聞いていたが、そこで首を傾げた。

 

「でもよ、第一回だけでそこまで変わんのか?」

 

「変わりますよ。食べ物って割とみんな反応しますからね」

 

「へえ、そういうもんか」

 

「だから俺、ちょっと思ったんですよ」

 

「何だよ?」

 

 迅は笑いながら奏真を見る。

 

「これ、城戸司令が炒飯大会に出たら、また大分変わりますよ」

 

 奏真はその言葉に、何でもないことのように答えた。

 

「いや、来週の第二回、叔父さん出るぞ?」

 

 迅の表情が止まった。

 

「……え?」

 

「あ?」

 

「今、何て言いました?」

 

「だから来週の第二回。叔父さんが食堂に入れるよう予定組んでるから、炒飯出すってよ」

 

 数秒、誰も喋らなかった。

 

 迅だけが、どこか遠くを見るように目を細める。

 

「……あー」

 

 奏真が怪訝そうに見る。

 

「何だよ?」

 

「変わった」

 

「何が?」

 

「今、結構変わりました」

 

 諏訪が堪えきれず笑い出す。

 

「マジかよ」

 

「だって俺、それ知らなかったですもん」

 

 迅は額へ手を当てた。

 

「城戸司令が来週の大会に出るなんて情報、今初めて入りましたからね?」

 

「あれ、言ってなかったか?」

 

「聞いてません!」

 

「そうか?」

 

「そうですよ!」

 

 迅は少しだけ黙ったまま、見えてきた未来を確認するように視線を動かした。

 

「……何人か、昼の行動変わりましたね」

 

「もうかよ」

 

 東が笑う。

 

「まだ本人達は知らないんだろ?」

 

「今は知らないですよ。でも、この話が広がる未来が出てきました」

 

「誰が広げるんだよ」

 

 奏真が聞くと、迅の視線がゆっくりと奏真へ向いた。

 

「一番怪しいの奏真さんです」

 

「何で俺!?」

 

「だって今も何の秘密でもないみたいに喋ったじゃないですか」

 

「秘密じゃねーし」

 

「ほら!」

 

 諏訪が笑いながら頷く。

 

「それは広がるわ」

 

「いや、叔父さんが炒飯作るだけだぞ?」

 

 今度は迅だけでなく、東とレイジまで奏真を見る。

 

「……何だよ、その目」

 

 迅は深く息を吐いた。

 

「奏真さん」

 

「あ?」

 

「たぶん、その『だけ』で未来結構変わりますよ」

 

「そこまでか?」

 

「第一回の炒飯大会ですら変わったって、今説明したばっかりでしょう」

 

「ああ、そうだったな」

 

「しかも今度は城戸司令本人でしょう?」

 

「まあな」

 

「なら絶対増えますよ。食べに行く人」

 

 奏真は少し考えたあと、何となく納得したように頷いた。

 

「まあ、叔父さんの炒飯は普通にうめえからな」

 

「そういう情報をさらっと追加するのやめてもらえません?」

 

「何でだよ」

 

「また未来変わるからです!」

 

 店内に笑いが起こった。

 

 東は笑いながら迅を見る。

 

「未来視持ちが、一週間後の昼飯に振り回されるのも珍しいな」

 

「俺だってこんな使い方想定してませんよ」

 

「じゃあ来週は忙しいな」

 

「未来視的には全然重要じゃないのに、見える人の動きだけは多そうですね」

 

 レイジも僅かに笑った。

 

「平和でいいんじゃないですか」

 

「それは本当にそうですね」

 

 迅は素直に頷いた。

 

 風間も小さく笑っていた。

 

「城戸司令が参加されるとなると、確かに人は集まりそうですね」

 

「風間、お前食ったことねえの?」

 

 奏真が尋ねる。

 

「ありません」

 

「だったら来週食ってみろよ。結構うめえぞ」

 

「……機会があれば」

 

 風間がそう答えた瞬間、迅が僅かに目を細める。

 

 奏真はすぐに気づいた。

 

「……おい」

 

「はい?」

 

「今また何か見ただろ」

 

「……いやあ」

 

 迅が笑う。

 

「風間さんが食堂に行く未来、少し濃くなりましたね」

 

「……そうですか」

 

 風間は特に驚きもしなかった。

 

「予定が合えば行こうと思っただけですが」

 

「ほら、そういうことなんですよ」

 

 迅は笑っている。

 

 奏真は呆れたように首を振った。

 

「お前、炒飯大会の未来なんか追っかけてんじゃねーよ」

 

「勝手に見えてくるんですって!」

 

 大規模侵攻のように、どの未来を選ぶべきか苦しむ必要はない。

 

 誰が昼休みに食堂へ行くのか。何人が予定を変えるのか。誰から噂を聞いて、誰が少し早めに席を確保しようとするのか。

 

 その程度の未来なら、いくら変わっても構わない。

 

「おい、悠一。お前も来週食いに来るか?」

 

 奏真が聞く。

 

「行きますよ」

 

「ほら、お前も未来変わってんじゃねーか」

 

 迅が一瞬黙る。

 

 奏真は嬉しそうに笑った。

 

「ほらな。俺だって当てられるじゃねえか」

 

「……そういうところですよ」

 

「何が?」

 

「本当にNo.1ですよ、マジで」

 

「だから何のNo.1だよ、バカタレ」

 

 諏訪が笑いながらグラスを置いた。

 

「未来視で見なくても分かることってあるんすねえ」

 

「ありますよ。そりゃ」

 

 迅が頷く。

 

 東は少しだけ笑った。

 

「相手のことをよく知っていれば、行動の予測くらいはできるからな」

 

「そりゃそうだろ」

 

 奏真が得意げに頷く。

 

 しかし、迅はそれを見逃さなかった。

 

「でも奏真さんの場合、そこからさらに考えすぎなんです」

 

「お前にだけは言われたくねーよ!」

 

 再び笑いが広がった。

 

〇

 

 しばらくして、迅はまた未来の変化を追っていた。

 

 城戸司令が炒飯大会へ参加すると知った隊員達が、来週の予定を調整する。その話が別の人間へ伝わり、食堂へ向かう人数が少しずつ増える。

 

 どれも取るに足らない変化だったが、普段とは違う人の流れが見えてくるのは、なかなか興味深かった。

 

 そんな中、ふと妙な光景が混ざった。

 

「……ん?」

 

 迅が首を傾げる。

 

 東が気づいた。

 

「どうした?」

 

 迅は少し妙な顔をしたまま、奏真を見る。

 

「奏真さん」

 

「何だよ?」

 

「司令のラーメンって美味しいんですか?」

 

「……は?」

 

 奏真は完全に不意を突かれた顔をした。

 

「おい、何で炒飯大会の話してんのに、お前がラーメンのこと知ってんだよ」

 

 諏訪も同じ疑問を持ったらしく、迅を見る。

 

「確かに。今ラーメンの話なんか一回もしてねえぞ」

 

「奏真さんが言うからですよ」

 

「俺がか?」

 

「はい」

 

 迅は当然のように答えた。

 

 奏真はしばらく黙ったあと、自分を指差した。

 

「……これからか?」

 

「これからです」

 

「俺まだ言ってねーじゃん」

 

「だから未来で言うんですって」

 

「お前、未来視そんな使い方すんなよ。ズルいだろ」

 

「俺だって好きで見てるわけじゃないですよ」

 

 迅はそう言いながらも、どこか楽しそうだった。

 

「来週、城戸司令が炒飯作るって今聞いたでしょう?」

 

「おう」

 

「それで人の動きが結構変わったんですけど、その先見てたら奏真さんが誰かと話してる未来が出てきて」

 

「俺、何喋ってんだよ」

 

「城戸司令の料理の話ですね」

 

「ああ……」

 

 奏真の顔に、なんとなく心当たりが出る。

 

「で、その流れでラーメンの話してます」

 

「俺が?」

 

「奏真さんが」

 

「何でだよ」

 

「俺に聞かれても」

 

「未来見えてんのお前だろ」

 

「行動理由まで全部分かるわけじゃないですからね」

 

 東が笑いながら口を挟む。

 

「でも奏真なら言いそうではあるな」

 

「春秋、お前までか」

 

「城戸司令の炒飯が美味いって話から、ほかに何作れるんだって聞かれて、そのまま喋るとか」

 

 奏真は少し考えた。

 

「……まあ、それなら俺も言いそうだな」

 

「ほら」

 

「未来視なくても当ててんじゃねーか」

 

「奏真のことなら、ある程度はな」

 

「何で俺だけそんな予測されやすいんだよ」

 

 迅が笑う。

 

「いや、今それ言います?」

 

「何がだよ」

 

「俺がさっきから散々、奏真さんは未来が読みにくいって言ってるじゃないですか」

 

「ああ、そうだったな」

 

「……もう!」

 

 東が笑い、諏訪もつられて吹き出した。

 

 風間は二人のやり取りを見ながら、少し考えた。

 

「ところで迅。その未来を今、奏真さんに話したことで、ラーメンの話をする流れも変わったんじゃないのか?」

 

「変わりますね」

 

「なら、さっき見た未来がそのまま起きるとは限らない」

 

「そうです」

 

 迅は頷いた。

 

「ただ、せっかく美味しそうな話だったんで、気になっちゃいまして」

 

「……お前な」

 

 奏真が呆れる。

 

「もう完全に興味本位じゃねーか」

 

「たまにはいいじゃないですか」

 

「未来視の無駄遣いだなあ」

 

「奏真さんに言われたくないですね」

 

 迅は笑いながら話を戻した。

 

「で、ラーメンは?」

 

「うめえぞ」

 

「どのくらい?」

 

「どのくらいって言われてもなあ」

 

 奏真は少し考えてから、何でもないことのように答えた。

 

「昔、叔父さんが作った豚骨醤油を食ったことあんだけど、店で出しても通用するくらいにはうめえぞ」

 

 迅の目が僅かに遠くを見る。

 

「あ」

 

「何だよ?」

 

「今また変わった」

 

「今のでか?」

 

「今ので」

 

 諏訪が笑う。

 

「お前、もう奏真さんに喋らせない方がいいんじゃねえの?」

 

「いや、今回は……」

 

 迅は少し黙った。

 

 それから、見えている未来を確かめるように目を細める。

 

「……あぁー」

 

「何だよ」

 

「あぁー、未来が良くなっていく……」

 

 奏真が吹き出した。

 

「何だそれ!」

 

「いや、本当に」

 

 迅は妙に幸せそうな顔をしていた。

 

「ラーメンの話が広がって、食べたいって言う人が増えてます」

 

「へえ、マジか」

 

「何人か、めちゃくちゃ楽しみにしてますね」

 

「まだ作るって決まってねーだろ」

 

 諏訪が突っ込む。

 

「そうなんですけど、その食べたいって話が城戸司令まで届く未来が増えてきて」

 

 東が察した。

 

「それで城戸司令が作る未来が出てきた?」

 

「あります」

 

「叔父さん、作んのか」

 

「今のところ、結構濃くなってきました」

 

「じゃあいいじゃねーか」

 

 奏真はあっさり言った。

 

 迅が振り向く。

 

「いいんですか?」

 

「未来、良くなってんだろ?」

 

「まあ……」

 

「なら別にいいじゃねーか」

 

「基準軽くないです?」

 

「誰か困んのか?」

 

「今見えてる範囲では、むしろみんな喜んでます」

 

「だったら問題ねえだろ」

 

 奏真は何の問題もないように酒を飲んだ。

 

 風間がそこで口を開いた。

 

「ただ、実際に作るかどうかは城戸司令の判断でしょう」

 

「もちろんです」

 

 迅が頷く。

 

「未来が見えたからって、勝手に決定したことにはできませんからね」

 

「……それは良かった」

 

 風間が小さく息を吐いた。

 

「司令の仕事を増やすようなものですから」

 

 レイジも頷く。

 

「食堂の予定や材料の準備も必要でしょうし」

 

「まあ、叔父さんも暇じゃねえからな」

 

 奏真が頷いた。

 

「話くらいはしてやるけど、無理だっつわれたら諦めろよ」

 

 迅はそれを聞くと、また少し遠くを見るように目を細めた。

 

「……あぁー」

 

「まだ何かあんのかよ」

 

「今、城戸司令のラーメン食べた人の未来が増えました」

 

「だから良くなってんだろ」

 

「めちゃくちゃ機嫌良さそうなんですよ」

 

「良いことだろ」

 

「勤務中なのに昼から幸せそうです」

 

「最高じゃねえか」

 

 諏訪が笑いながら迅を見る。

 

「お前の未来視、完全に飯テロ食らってんじゃねえか」

 

「俺まだ食べてもないんですよ?」

 

「なのに幸せになってんのか」

 

「未来の人達が幸せそうなんで」

 

 レイジも少し笑った。

 

「平和な未来なら、それに越したことはないでしょう」

 

「そうなんですよね」

 

 迅は素直に頷いた。

 

 つい先ほどまで、未来を見ることの重さについて愚痴っていた人間とは思えないほど、表情が軽い。

 

 東はそんな迅を眺め、グラスをゆっくり傾けた。

 

 何かを守るために何かを諦めなければならない未来もある。選ばなかった先に何があったかを知りながら、選択しなければならないこともある。

 

 だが、今、迅が見ているのはそんな未来ではなかった。

 

 城戸正宗がラーメンを作る。

 

 それを聞いた人間が、少し楽しみにする。

 

 当日、食堂へ行く。

 

 そして食べて、喜ぶ。

 

 それだけで、いくつもの未来が少しずつ明るい方向へ動いていく。

 

 奏真はそんな迅を見て、少しだけ笑った。

 

「良かったじゃねえか」

 

「何がです?」

 

「たまには未来視で美味い飯の予定でも見とけよ」

 

「それ、かなり贅沢な使い方ですよ」

 

「人が死ぬ未来ばっか見てるよりマシだろ」

 

 迅が一瞬だけ黙った。

 

 それから、ゆっくり笑った。

 

「……そうですね」

 

「だろ?」

 

「でも一個問題があります」

 

「何だよ?」

 

「俺も食べたくなってきました」

 

「知らねーよ」

 

「だって未来でみんな美味そうに食べてるんですよ?」

 

「叔父さんに言えよ」

 

「奏真さんから言ってくださいよ」

 

「何で俺が言わなきゃなんねえんだよ」

 

「未来が良くなります」

 

 奏真が止まった。

 

 東と諏訪が同時に笑う。

 

「それ言われたら弱いな」

 

「未来視の悪用じゃねーか!」

 

「でも良くなるんですよ?」

 

「その言い方はズルいだろ!」

 

 迅は烏龍茶を飲みながら、楽しそうに笑った。

 

 レイジが小さく咳払いする。

 

「迅、奏真さんが城戸司令へ話すことと、実際に作っていただけるかは別問題だぞ」

 

「分かってますって」

 

「……本当ですか?」

 

 風間が静かに尋ねる。

 

「分かってますよ!」

 

 迅は笑って答えた。

 

「ただ、もし食べられるなら俺も食べたいなって」

 

「だったら最初からそう言えっての」

 

 奏真が呆れたように返す。

 

「何で未来が良くなるとか言い出すんだよ」

 

「その方が奏真さん、動いてくれそうじゃないですか」

 

「お前なあ……」

 

 東が笑った。

 

「奏真、読まれてるぞ」

 

「未来視でか?」

 

「いや、性格を」

 

「最悪じゃねーか!」

 

 今度は風間も口元を緩めた。

 

〇

 

 追加の料理もなくなり、店員が空いた皿を下げていく頃には、迅の愚痴もすっかり笑い話になっていた。

 

 諏訪はまだ笑いを引きずっているらしく、時折迅を見るたびに肩を震わせている。

 

「……いやあ」

 

 諏訪がグラスを置いた。

 

「未来視で一番驚いた話が奏真さんの退職で、今一番幸せそうに見てるのが城戸司令のラーメンって、すげえ振れ幅だな」

 

「俺だってそう思いますよ」

 

 迅が答えた。

 

「でも、こういう未来って悪くないですね」

 

 東が頷いた。

 

「そうだな。平和なものだ」

 

 風間はそこで、迅を見た。

 

「……迅」

 

「はい?」

 

「今日は、少しは息抜きになったか?」

 

 迅は一瞬だけ目を瞬いた。

 

 それから、笑う。

 

「はい。かなり」

 

「なら良かった」

 

 風間は短く答えた。

 

 レイジも頷く。

 

「また何かあれば、声をかけてくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 東が続けた。

 

「俺も構わないぞ」

 

「……東さんまで」

 

「最初からそのつもりで来たんだろう?」

 

「まあ、そうですね」

 

 迅は少しだけ照れ臭そうに笑った。

 

 奏真はそんな迅を横目に見ながら、最後の一口を飲み干す。

 

「……ったく」

 

「何です?」

 

「俺の文句言うとか言って、結局お前が一番楽しんでんじゃねーか」

 

「奏真さんが誘ってくれたんでしょう?」

 

「そうだけど」

 

「だから感謝してますよ」

 

「……本当に?」

 

「本当です」

 

 迅は笑った。

 

「奏真さんの未来って、見てると忙しいんですけど」

 

「またそれかよ」

 

「たまに、こういう楽しい方向へ一気に変わるから面白いんですよね」

 

 奏真は少しだけ考えてから、肩を竦めた。

 

「……まあ、そりゃ良かったな」

 

「はい」

 

 迅が頷く。

 

 東は二人を見ながら、穏やかに笑っていた。

 

 この二人の付き合いも、随分長い。

 

 迅が未来を見て選ぶことの重さを、奏真は昔から知っている。奏真が予想外の選択をする厄介さを、迅も身をもって知っている。

 

 だからこそ、互いに遠慮のない言葉が出てくるのだろう。

 

「……さて」

 

 東が時計を見る。

 

「そろそろ帰るか」

 

「そうだな」

 

 奏真が頷く。

 

 六人は会計を済ませ、席を立った。

 

 店の外に出ると、夜の空気は少し冷えていた。

 

「……で、奏真さん」

 

 諏訪がにやにやしながら口を開いた。

 

「何だよ」

 

「結局、最後までその口調だったっすね」

 

「…………」

 

 奏真が止まった。

 

「……あ」

 

 迅が吹き出す。

 

「……っふふ!」

 

 東も笑った。

 

 奏真は深く息を吐いた。

 

「……もういいだろ、今日は」

 

「いやー、懐かしかったっすよ」

 

「お前、絶対面白がってただろ」

 

「そりゃまあ」

 

「認めんな!」

 

 風間が静かに口を開いた。

 

「俺も、昔の奏真さんと話せて良かったと思います」

 

「……お?」

 

 奏真が顔を上げる。

 

 レイジも頷いた。

 

「俺もです」

 

 東が笑った。

 

「たまにはいいんじゃないか」

 

 奏真は少しだけ困ったような顔をした。

 

「……お前らなあ」

 

 そして、諦めたように笑う。

 

「……まあ、たまにはな」

 

 迅はそんな奏真を見て、小さく笑った。

 

 東達と別れた後、奏真と迅は並んで夜道を歩き始める。

 

「……奏真さん」

 

「何だよ」

 

「今日はありがとうございました」

 

「おう」

 

「本当に楽しかったです」

 

「そりゃ良かったな」

 

 少しだけ沈黙が流れる。

 

 やがて奏真が、ふと思い出したように口を開いた。

 

「……あー、そうだ」

 

「はい?」

 

「明日、ちょっとケストレルの調整しようと思ってたんだけど、お前も来るか?」

 

「……ケストレル?」

 

 迅が聞き慣れない名前に首を傾げる。

 

「ああ、そうか。お前にはその名前で話したことなかったっけ」

 

「何の名前です?」

 

「前に研究用の試作トリガーの話したろ? 実弾みたいに重力や風の影響を受けたり、飛んでる間に減速したりするやつ」

 

「ああ、実弾の弾道をトリオン弾で再現するっていう」

 

「そう、それ」

 

 奏真は頷いた。

 

「あの手の実弾挙動を再現する試作トリガーをまとめて、ケストレルって呼んでんの。狙撃手用だけじゃなくて、射手用と銃手用もあるからな」

 

「……へえ。全部まとめてケストレルなんですね」

 

「おう。基本的な仕組みは同じでも、使い方が結構違うんだよ」

 

 奏真は少し楽しそうに続けた。

 

「狙撃手用なら弾道を計算して撃てばいいけど、射手用だと弾の分割や威力配分まで考えなきゃならねえしな」

 

「それ、普通の射手用トリガーより面倒じゃないですか?」

 

「面倒だぞ?」

 

「……そこは否定しないんですね」

 

「実際そうだし。ただ、その分できることも増えるんだよ。普通のトリオン弾じゃ再現しにくい撃ち方もできるからな」

 

「なるほど」

 

「で、今度ちょっと新しい撃ち方を試してみようと思ってんだけど、相手の動きを読む奴がいた方が面白いかなって」

 

「……それで俺ですか」

 

「おう。未来が見えてても避けにくい弾道を作れるか、試してみたくてさ」

 

「俺を実験台にする気満々じゃないですか」

 

「トリオン体なんだからいいだろ。嫌なら別の奴呼ぶけど?」

 

 迅は少し考えた。

 

 その間にも、明日の未来が動き始めている。

 

 奏真が一人で試作トリガーを調整する未来。自分が玉狛で別の用事を済ませる未来。そこへ、二人で訓練を行う新しい分岐が加わった。

 

「……いや、行きますよ」

 

「お、いいのか?」

 

「面白そうですし。でも、未来視があるからって何でも避けられるわけじゃないですからね?」

 

「知ってるよ。だから試すんだろ」

 

 奏真は当然のように答えた。

 

 迅はその顔を見て、少しだけ苦笑する。

 

「……奏真さん」

 

「何だ?」

 

「今、また明日の未来が変わりました」

 

「…………」

 

 奏真が黙った。

 

 数秒後。

 

「……いや、そりゃ予定聞いて誘ってんだから変わるだろうが!」

 

 迅が笑い始めた。

 

「……あははは!」

 

「何がそんなに面白いんだよ!」

 

「いや、すみません!」

 

「お前、本当に今日うるせぇな!」

 

「機嫌が良いんですよ」

 

「……あー、そうかよ」

 

 奏真は深く息を吐いた。

 

 そして、少しだけ笑った。

 

「まあ、そりゃ良かったな」

 

 迅は笑いながら、その横顔を見た。

 

 今日、何度も未来が変わった。

 

 人を救うために何かを諦めるようなものではない。ただ、誰かが誘われ、予定を変え、明日を少し楽しみにする。

 

 そんな未来を追いかけるのも、悪くなかった。

 

〇

 

 しばらく歩いたところで、迅がふと思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、奏真さん」

 

「あ?」

 

「九州の任務はどうだったんですか?」

 

 奏真は隣を歩く迅を見た。

 

「……お前、知ってて言ってんだろ?」

 

「変わる可能性もあるって言いましたよね?」

 

「……それもそうか」

 

 奏真は少し考え込んだ。

 

 未来が見えているからといって、すべての結果が決まっているわけではない。

 

 先ほどまで散々聞かされた話を思い出し、小さく頷く。

 

「まあ、任務自体は問題なく終わったぞ。それと、ちょっと収穫もあった」

 

「収穫、ですか?」

 

「おう」

 

 奏真はどこか楽しそうに笑った。

 

「城戸隊、来年位には出来そうだ」

 

 その言葉に、迅は嬉しそうに頷いた。

 

「そこはサイドエフェクト通りで良かったです」

 

「お、見えてたのか?」

 

「はい。もちろん、まだ変わる可能性はありますけどね」

 

「まあな。オペレーターも戦闘員も、両方に興味ある奴なんて中々いねえからな」

 

 奏真は頭を掻いた。

 

「片方だけでも大変だってのに、両方やりたいなんて物好き、そうそう見つからねえよ」

 

「でも、奏真さんはそういう人を探してるんでしょう?」

 

「おう。別に全員が両方できる必要はねえけど、そういう選択肢があってもいいだろ?」

 

 迅は少し笑った。

 

「奏真さんらしいですね」

 

「何がだよ」

 

「普通は役割を決めてから人を探すのに、奏真さんは役割の幅を広げようとしてますから」

 

「別に増やしたいわけじゃねえよ。やりたい奴がいるなら、やれるようにしてやりてえだけだ」

 

 奏真は何でもないことのように続けた。

 

「戦闘員だからオペレーターはできねえとか、オペレーターだから戦えねえとか、最初から決めつける必要もねえだろ」

 

「……なるほど」

 

「それに、両方分かる奴がいりゃ、いざって時に色々助かるだろうしな」

 

 迅は頷いた。

 

 奏真が自分の隊を作りたがっていることは、今に始まった話ではない。

 

 本人は以前から城戸隊隊長を名乗っているが、正式な部隊として認められているわけではなかった。専属のオペレーターがいないが、奏真はそれを特に気にしていなかった。

 

 むしろ部隊が存在しない今の方が、自由にあちこちへ顔を出し、人を教え、訓練に参加させることができる。

 

 そこに不満があるようには見えなかった。

 

「……でも、少し意外ですね」

 

 迅が言った。

 

「あ?」

 

「奏真さん、今のままでも楽しそうじゃないですか」

 

「楽しいぞ?」

 

「即答ですね」

 

「当たり前だろ。やりてえことやってんだから」

 

「それでも正式な部隊を作るんですね」

 

「そりゃな」

 

 奏真は少し考えてから答えた。

 

「自分の部隊があれば、それはそれで出来ることが増えるだろ」

 

「……なるほど」

 

「まあ、俺が全部やるつもりはねえけどな」

 

「でしょうね」

 

 迅が笑う。

 

 奏真が自分で何でもこなせる部隊を作ろうとしているわけではないことは、十分に理解していた。

 

 むしろ、本人がいなくても成立する部隊を作りたがっている節すらある。

 

「……じゃあ、来年が楽しみですね」

 

「おう。まだ決まったわけじゃねえけどな」

 

「それでも前よりは進んだんでしょう?」

 

「ああ。九州まで行った甲斐はあったな」

 

 奏真は満足そうに笑った。

 

 迅はその横顔を見ながら、少しだけ未来を確かめる。

 

 城戸隊が正式な部隊として動いている未来。

 

 まだ準備を続けている未来。

 

 いくつかの分岐が見える。

 

 だが、今の話を聞いたことで、すでに見えていた有力な未来の意味が少しだけはっきりした。

 

 奏真が九州から戻ってきた後、城戸隊の結成へ向けて動き出す。

 

 そこまでは、迅が見ていた流れと大きく違わなかった。

 

「……良かったです」

 

 迅が小さく呟いた。

 

「何がだ?」

 

「いえ。こっちの話です」

 

「またそれかよ」

 

 奏真は呆れたように笑った。

 

 そのまま数歩進んだところで、迅がふと口元を緩める。

 

「……じゃあ、今見える範囲で凄い情報を教えてあげましょう」

 

「あ? 何だよ急に」

 

「城戸隊にも関係する話ですよ」

 

「ほう?」

 

 奏真が興味深そうに迅を見る。

 

「聞きたいですか?」

 

「それで未来変わらねえなら良いぞ」

 

「そこは保証できませんよ?」

 

「……おい」

 

「でも、今見えてる範囲では悪い方へ変わる感じはしませんね」

 

「なら聞いてやるよ」

 

 迅は少しだけ笑みを深めた。

 

「奏真案件の子が近々ボーダーに来ます」

 

「…………」

 

 奏真が足を止めた。

 

 しばらく迅を見つめ、それからゆっくりと口元を吊り上げる。

 

「……良いねぇ。それは楽しみだ」

 

「でしょうね」

 

 迅も満足そうに笑った。

 

 奏真は少しだけ考え、ますます楽しそうな顔になる。

 

「へえ……そりゃまた、面白くなりそうじゃねえか」

 

「奏真さんなら、絶対そう言うと思いましたよ」

 

「そりゃ言うだろ。そんな話聞かされて、楽しみにしねえ方がおかしいっての」

 

 迅は笑いながら頷いた。

 

 わざわざ何かを付け加える必要もなかった。

 

「……で、悠一」

 

「はい?」

 

「いつ来んだ?」

 

「近々、とだけ」

 

「ちぇっ、そこは教えねえのかよ」

 

「会ってからのお楽しみですよ」

 

「お前なあ……」

 

 奏真は呆れたように息を吐いた。

 

 だが、その表情から楽しげな色は消えていない。

 

「まあいいさ。楽しみが一つ増えた」

 

「それは何よりです」

 

「で、今ので未来は変わったか?」

 

 迅は少しだけ目を細めた。

 

 奏真が情報を知ったことで、いくつかの分岐が動いていた。

 

 しかし、少なくとも今見えている範囲では、肝心な部分に大きな変化はない。

 

「……今のところ、大きくは変わってませんね」

 

「ほう」

 

「その子がボーダーに来る未来も、奏真さんが興味を持つ未来も、まだ濃いままです」

 

「そりゃ良かった」

 

 奏真は満足そうに笑った。

 

「じゃあ、楽しみにしとくか」

 

「……それだけですか?」

 

「あ?」

 

「もっと色々聞かれると思ってたんですけど」

 

「聞いても教えねえんだろ?」

 

「まあ、そうですね」

 

「だったら会ってからのお楽しみでいいじゃねえか」

 

 迅は一瞬だけ黙った。

 

 そして、苦笑する。

 

「……本当に、そういうところですよ」

 

「何がだよ」

 

「普通、未来視持ちからそんな話聞いたら、もう少し食いつくと思うんですけど」

 

「十分食いついただろ。面白そうな奴が来るって分かったんだからよ」

 

 奏真は肩を竦めた。

 

「それに、どんな奴かは会ってみなきゃ分かんねえだろ。お前がどう見てようが、俺がそいつを気に入るかどうかは別の話だ」

 

「……そうですね」

 

「ま、期待はしとくけどな」

 

 そう言って奏真は再び歩き出した。

 

 迅はその背中を見ながら、少しだけ未来を確かめる。

 

 やはり、大きな変化はない。

 

 ただ、先ほどまでよりも、奏真がその人物と出会う未来の先に、僅かな広がりが生まれていた。

 

「……あー」

 

「今度は何だよ」

 

「いや、何でもありません」

 

「お前、今日それ何回目だ?」

 

「数えてませんね」

 

「ったく……」

 

 迅は笑いながら、その隣へ並んだ。

 

 しばらく歩いていると、奏真がふと思い出したように口を開いた。

 

「……あ、そうだ」

 

「はい?」

 

「城戸隊が正式に出来たら、お前も一回相手してくれよ」

 

「……俺がですか?」

 

「おう。未来視持ち相手にどこまでやれるか、試してみてえし」

 

「…………」

 

 迅はゆっくり目を細めた。

 

「……あー」

 

「何だよ」

 

「また未来が増えました」

 

「まだ結成もしてねえだろうが!」

 

「だから、そういう未来が増えたんですって!」

 

 迅の笑い声が夜道に響いた。

 

 奏真は深く息を吐く。

 

「……お前、今日ずっとそれ言ってんな」

 

「だって本当なんですもん」

 

「はいはい。分かったよ」

 

 奏真は呆れたように笑った。

 

「まあ、その時になったらよろしくな」

 

「はい。楽しみにしてますよ」

 

 迅は素直に頷いた。

 

 そして、もう一度だけ未来を見る。

 

 まだ不確かな、いくつもの分岐。

 

 その中には確かに、城戸隊という名前を持つ正式な部隊が動いている未来もあった。

 

 どんな隊員が集まり、どんな戦い方をして、どんな未来へ進んでいくのか。

 

 まだ、そのすべてが決まっているわけではない。

 

 だからこそ、迅はその先を無理に追おうとはしなかった。

 

「……いやー」

 

 迅が小さく笑った。

 

「本当に、奏真さんの未来は面倒だなあ」

 

「……あ?」

 

「いえ、何でもありません」

 

「お前、まだ言うか!」

 

 迅の笑い声が、夜道に響いた。

 

 未来を見るということは、何かを失う可能性を知ることでもある。

 

 だが、何かが始まる可能性を知ることでもあるのだ。

 

 今日の迅には、その違いがいつもより少しだけ心地よかった。

 

 城戸隊が結成される未来。

 

 まだ見ぬ誰かがボーダーへやって来る未来。

 

 そして、明日、奏真と一緒に試作トリガーの調整をする未来。

 

 そのどれもが、これから変わるかもしれない。

 

 けれど今夜は、それを惜しいとは思わなかった。

 

 むしろ、どんな未来に変わるのかが少し楽しみだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

最硬の男 伊地過堅護(作者:ちゃがまくら)(原作:ワールドトリガー)

B級だが部隊に入らずに活動している少年「伊地過堅護(いじすけんご)」小学6年生▼性格は真面目だが、ノリはいい。▼しかし、年齢が違うため話も合わず、各部隊の助っ人を行う日々を過ごしていた。▼戦い方が他隊員に比べ異質で、年齢の近い陽太郎の存在から玉狛所属


総合評価:108/評価:-.--/短編:5話/更新日時:2026年09月02日(水) 12:51 小説情報

万年B級詐欺師隊員劇場(作者:暁桃源郷)(原作:ワールドトリガー)

彼は嫌われていた。▼彼は目付きと口が悪かった。▼そんな彼にも仲間や友達はいる。▼この物語はそんな彼と彼の仲間達の日常を描く物語である。▼【挿絵表示】▼


総合評価:1220/評価:7.19/連載:49話/更新日時:2026年09月24日(木) 14:57 小説情報

モブ剣聖(作者:いとういっしんさい)(原作:ワールドトリガー)

金の為。人に聞かれれば、良い反応が返ってこないであろう理由を胸にボーダー入隊を決めた少年は、そこで自身の才能を発掘していく。▼サイドエフェクトに頼らない天才が欲しかったのでぶち込みました。


総合評価:910/評価:8.63/連載:2話/更新日時:2026年09月18日(金) 19:00 小説情報

帰還者、玄界の生活を満喫するってよ(作者:ユンケ)(原作:ワールドトリガー)

8年前、近界に拉致された1人の男が帰ってきた。▼帰ってきた男は、元の世界で幼馴染と遊んだり、戦闘狂と戦り合ったり、セレブが作る料理を食べたり、セクハラエリートと風俗に行こうとしたり、ゲーマーおっさんと変なトリガーを開発したりと自由気ままに生きていくのだった。▼彼が織り成す物語が始まっていく。


総合評価:1395/評価:7.91/連載:24話/更新日時:2026年08月16日(日) 00:00 小説情報

「縁」を視る近界民、ボーダー隊員になる(作者:白豆男爵)(原作:ワールドトリガー)

人と人との「縁」が見えるサイドエフェクトを持つ近界民、リーヴ。▼玄界を偵察しに来た彼は、ひょんなことからボーダーと協力関係を築くことになる。▼これは、彼が玄界で居場所を見つける物語。


総合評価:245/評価:6.43/連載:23話/更新日時:2026年07月18日(土) 16:41 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>