No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト> 作:羊毛ローブ
ボーダー本部では、時折、妙な訓練が行われることがある。
もっとも、正式な訓練として採用される以上は、それ相応の理由が存在する。想定外の事態を一つでも減らすことが、隊員の生存率に繋がるからだ。
今回も、そのはずだった。
「……というわけで、今日は音声によるなりすましへの対処を確認する」
会議室の前方で、風間蒼也が淡々と告げた。
集められたのは東、諏訪、迅、月見、宇佐美、菊地原。そして玉狛第二から修、遊真、ヒュースの三名。訓練内容に興味を持った小南も見学に来ている。
その中で、一人だけ異様に楽しそうな男がいた。
城戸奏真である。
「いやー、遂に俺の特技が正式採用かー」
「採用されたのは対策の方です」
「風間、言い方!」
「事実です」
風間は表情一つ変えなかった。
そもそもの発端は、先日行われたランク戦の解説ログ鑑賞会だった。そこでのログで奏真は、隊員達の声や話し方を真似しながら、それぞれの思考の違いを説明してみせたのである。
その完成度を見たヒュースが、戦闘中の通信撹乱に応用できないかと提案した。
奏真自身もその発想を気に入り、忍田へ相談したところ、何故か奏真の物真似に騙されないための訓練が開催されることになった。
「いや、俺が考えたのは敵を騙す方法なんだけど?」
「敵に同様の能力を持つ人間がいる可能性もあります」
「まあ、それはそうだけどさー」
「対策を検討するのは合理的です」
「正論なんだけど納得いかない!」
そのやり取りを聞いていた東が、小さく笑った。
「まあ、お前の特技が役に立つんだからいいだろう」
「春秋、何か他人事じゃない?」
「実際、他人事だからな」
「ひどい!」
月見が資料を揃えながらため息をついた。
「そもそも、奏真さんの物真似がどの程度通用するのかも問題ですね」
「お、月見。試してみる?」
「結構です」
「即答!?」
風間は二人を横目に、訓練室の配置を説明した。
今回は奏真と、物真似される本人を別々の防音室に配置する。会議室には同一条件の通信回線を通して音声だけを送り、参加者が正誤を判定する方式だ。
どちらの音声を流すかは外部の通信担当者が管理し、判定する側には事前に知らせない。奏真自身が機材に触れる必要もないため、余計な事故の心配もなかった。
「それから、菊地原」
「……はい」
「お前には最終判定を頼む」
風間の言葉に、菊地原士郎が面倒そうな顔をした。
「……ぼくですか?」
「お前の耳なら、他の隊員には分からない違いも拾えるだろう」
「まあ、分かりますけど」
菊地原は小さく息を吐いた。
「……正直、そんなに似てるとは思えませんけどね」
「おっ、いいねー」
奏真が嬉しそうに笑った。
「その余裕、崩したくなるねー」
「……そういうところが面倒くさいんですよ」
「まだ何もしてないんだけど!?」
そんなやり取りを残し、奏真は別室へ移動した。
〇
最初の課題は風間の声だった。
本人と奏真が同じ台詞を読み上げ、どちらが本物かを判断する。
『菊地原。現在の状況を報告しろ』
「……ん?」
最初の音声が流れた瞬間、菊地原がわずかに眉を動かした。
ほんの一瞬、聞き慣れた声に反応する。しかし、すぐに嫌そうな顔になる。
二つ目の音声が流れ、参加者全員が回答を終えたところで、菊地原へ最終判定が求められた。
「……最初が城戸さんで、後が風間さんですね」
『ピンポンピンポーン!』
通信越しに奏真の声が響いた。
『いやー、流石だね菊地原君!』
「……分かりますよ。ただ」
『ただ?』
「……気持ち悪いくらい似てますね」
『褒め方!』
「褒めてません」
菊地原は心底嫌そうだった。
「最初の一瞬だけ、本当に風間さんかと思いました。声の細かい癖が違うので分かりましたけど」
「……菊地原でも一瞬迷うのか」
会議室へ戻った風間が興味深そうに頷く。
「普通の人なら、声だけで聞き分けるのは難しいと思いますよ」
『いやー、最高の褒め言葉だねー!』
「だから褒めてませんって」
続いて諏訪の声でも試験が行われたが、結果は同様だった。菊地原は正解を言い当てたものの、他の隊員には判別できない者が多かった。
そして、判定が終わった直後のことだった。
『あー、もしもし。諏訪だけどよ』
「……おい」
諏訪がスピーカーを睨む。
『今日の訓練終わったら、東さんと風間と奏真さんと飲みに行くから適当に切り上げといてくんね?』
「ふざけんな!!」
諏訪が机を叩いた。
『は?飲みに行きたくねーのかよ』
「そういう事じゃねーよ!!」
奏真が元の声へ戻る。
『いやー、何か言いそうじゃん?』
「言わないっすよ!!……多分」
「……言わないか?」
東が小さく呟いた。
「東さん!?」
「いや、誘われたら俺も行くと思うけどな」
「じゃあ終わったら行きますか?」
迅が吹き出し、修も笑いを堪えている。
菊地原はそんな光景を眺めながら、呆れたように口を開いた。
「……城戸さんって、何で物真似するたびに相手が困ること言うんですか?」
『え? 別にそんなつもりないよ?』
「……無自覚なんですね」
『何その残念な人を見る目!?』
会議室に笑いが広がった。
そんな中、風間だけは真面目に結果を記録していた。
「……声の再現度は十分に高い。次は認証手順を試そう」
そこで導入されたのが、事前に共有した認証コードである。
どれほど本物に似ていても、認証情報を提示できなければ指示には従わない。声ではなく、手続きによって本人を確認する仕組みだった。
修を相手に風間の声で指示を出した奏真だったが、何を言っても同じ言葉が返ってきた。
「認証コードをお願いします」
『……三雲。緊急事態だ』
「認証コードをお願いします」
『……状況が逼迫している』
「認証コードをお願いします」
『…………』
数秒後、奏真は元の声に戻った。
『……オッサー、強いなー』
「ありがとうございます」
『何か俺が悪いことしてる気分になる』
「今はなりすまし役ですからね」
『それもそうか!』
風間は満足そうに頷いた。
「今の対応で問題ない。相手が誰であっても、手順を省略しないことが重要だ」
その時だった。
会議室の内線が鳴った。
宇佐美が通話を繋ぐ。
『こちら忍田だ。風間、今少しいいか?』
「忍田本部長」
風間は即座に応じた。
「本人確認をお願いします」
『…………何?』
「現在、なりすまし対策訓練の最中です。音声だけでは本人確認ができませんので」
『……なるほど』
忍田は少し考えたようだった。
『確かに、その通りだな。では別の手段で連絡しよう。訓練を続けてくれ、ではまた後で』
「承知しました」
通話が切れると、風間は別経路で確認を取り、今の電話が忍田本人からのものだったことを確かめた。
『いやー、風間、凄いね』
奏真の声が通信から響く。
『忍田さん本人にも認証要求するんだ』
「当然です」
『偉い偉い。いやー、俺だったら普通に信じちゃいそう』
「……それを防ぐための訓練でしょう」
『ごもっとも!』
奏真は笑いながら答えた。
『あ、ちょっと飲み物取ってくるねー』
通信が切れる。
風間はそこで菊地原へ顔を向けた。
「菊地原。ここからは他の隊員が自力で判断できるかも確認したい」
「……はい」
「今回は口出ししなくていい。正解が分かっても、聞かれるまでは黙っていてくれ」
「……分かりました」
菊地原は少し不思議そうにしたものの、頷いた。
そして数分後。
会議室の内線が、再び鳴った。
〇
『お疲れさまです。沢村です。風間隊長はいらっしゃいますか?』
「あ、沢村さん。お疲れさまです」
宇佐美が自然に応じた。
『先ほど忍田本部長からお電話したそうですが、少し確認したいことがあるとのことで』
「こちら風間です」
『あ、風間隊長。少々お待ちください』
受話器を遠ざけるような音がした。
『忍田本部長、風間隊長に繋がりました』
『ああ、ありがとう、沢村くん』
続いて聞こえてきたのは、忍田真史の声だった。
先ほど本人から聞いたものと変わらない、落ち着いた声である。
『風間。先ほどは悪かったな』
「いえ、問題ありません」
『沢村くんとも話したのだが、今回の訓練はなかなか興味深い内容だな』
「ありがとうございます」
そのやり取りは、至って自然だった。
沢村が仕事を進め、忍田が判断する。まるで本部長室をそのまま覗いているかのような会話に、参加者達は特に疑問を抱かなかった。
ただ一人を除いて。
「…………ん?」
菊地原が、わずかに眉を動かした。
沢村の声。
確かによく似ている。
だが、何かが違った。
続く忍田の声を聞いたところで、その違和感はほぼ確信に変わった。
……まさか。
菊地原は思わず口を開きかけたが、風間の指示を思い出して閉じた。
今は黙っていろと言われている。
仕方なく周囲を見回した。
風間は普通に話している。
月見も東も、特に疑問を抱いた様子はない。
迅に至っては、二人の仕事の早さに感心していた。
……いや、誰か気づこうよ。
そんなことを思っているうちにも、会話は続いていた。
『忍田本部長、報告書の件ですが、本日中に確認されますか?』
『そうだな。できれば早めに目を通しておきたい』
『でしたら、訓練終了後に提出していただくようお願いしましょうか』
『ああ、頼む』
再び沢村の声が近づいた。
『では皆さん、今日の訓練記録をまとめて提出していただけますか?』
「分かりました」
月見が自然に答えた。
「栞さん、資料を整理しておきましょう」
「うん、了解!」
宇佐美も頷く。
『ありがとうございます。それから東隊長、今回の訓練について所感を一言いただけると助かります』
「ああ、構わないよ」
東も自然に応じた。
修も資料をまとめ始めている。
菊地原はますます嫌そうな顔になった。
……これ、どこまで続くんだろう。
『それと、諏訪』
「あ? はい」
突然名前を呼ばれ、諏訪が顔を上げた。
『悪いが、報告書がまとまったら本部長室まで持ってきてくれ、少し確認しておきたいことがある』
「……えー」
諏訪は面倒そうに頭を掻いた。
「……まあ、仕方ないっすね。分かりました」
『そうか、助かる』
『忍田本部長、後はこちらで対応します』
『ああ、沢村くん。頼んだ』
再び女性の声が近づく。
『では皆さん、よろしくお願いします』
「はい」
月見が頷き、風間も報告書へ視線を戻しかけた。
その時だった。
『……ところで皆さん』
沢村の声が、少しだけ楽しそうな響きを帯びた。
『今回の訓練って、何のためにやっていたんでしたっけ?』
「……え?」
宇佐美が顔を上げる。
『声だけで本人かどうか判断しないため、ですよね?』
「……はい」
風間が答えた。
『なのに、どうして誰も認証コードを確認しないまま、私達が本物だと思ってお話を進めてしまったんですか?』
「…………」
会議室が静まり返った。
東が顔を上げ、月見の手が止まる。
風間も何かに気づいたように目を細め、迅が口元を押さえた。
そんな中、菊地原だけが小さくため息をついていた。
『……それでは』
沢村の声が、妙に弾んだ。
『菊地原君、正解をどうぞ』
「…………」
全員の視線が菊地原へ集まった。
菊地原は心底面倒そうな顔で答えた。
「……城戸さんでしょ。さっきからずっと」
『ピンポンピンポーン!!』
「…………」
『正解でーす!!』
それは、もう沢村響子の声ではなかった。
聞き慣れた、城戸奏真の声だった。
『いやー、流石だね菊地原君! やっぱり分かった?』
「分かりましたよ。最初の一瞬は戸惑いましたけど」
『おお! 嬉しいねー!』
「……褒めてません」
その横で、宇佐美が恐る恐る口を開く。
「……ちょっと待って。今の沢村さんも?」
『俺!!』
「……忍田本部長も?」
『俺!!』
「……二人で会話してたのも?」
『全部俺!!』
「…………」
会議室に、何とも言えない沈黙が流れた。
「……一人で二人分の会話をしていたんですか?」
修の問いに、奏真は得意げに答えた。
『そうだよー! 声を交互に変えてただけ!』
「……いや、奏真」
東が思わず声を上げる。
「お前、女性の声まであんなに似せられるのか?」
『春秋まで!? そこに驚くの!?』
迅がとうとう吹き出した。
「あっはははは!! 奏真さん、何やってるんですか!!」
『いや迅!! 笑い事じゃないって!!』
「自分で仕掛けたんじゃないですか!!」
『そうだけど!!』
奏真は大きく息を吸った。
『菊地原君以外、全員アウトーーーーーッ!!』
「うおっ!?」
諏訪が肩を跳ねさせた。
『何でみんな信じちゃうの!? さっき忍田さん本人にも認証要求してたじゃん!!』
「…………」
風間が無言で目を閉じる。
『しかもスワルツネガー!!』
「ああ!?」
『何で報告書持っていく約束までしちゃうの!?』
「本部長に頼まれたからっすよ!!」
『俺だよ!!』
「もう分かってますって!!」
諏訪が机を叩いた。
「大体、アンタが勝手にやったんでしょうが!」
『いや、俺だってこんなに簡単に通ると思わなかったもん!!』
「じゃあやるなよ!!」
『だって訓練じゃん!!』
「それ言われると何も言えねぇっすよ!!」
東がとうとう吹き出した。
その横で、菊地原がぼそりと呟く。
「……いや、本当に何で気づかないんですか」
「菊地原」
風間が静かに呼びかける。
「はい?」
「お前、いつから分かっていた?」
「沢村さんの声を聞いた時に違和感を感じましたね。忍田本部長の声になった時には、確信しました」
「……そうか」
「でも、風間さんが黙ってろって言ったんで」
「……確かにな」
風間は数秒黙った後、報告書へ一文を書き加えた。
――『複数人の会話を装った音声模倣により、菊地原を除く参加者全員が本人確認を省略』
その下に、もう一行。
――『菊地原は早期に偽物と判別。ただし、初動で僅かな判断遅延が発生』
そして最後に。
――『訓練協力者、城戸奏真』
「……風間先輩」
修が恐る恐る尋ねた。
「これ、正式な報告書に載せるんですか?」
「ああ」
風間は当然のように頷いた。
「事実だからな」
迅の笑い声が、再び会議室に響いた。
〇
そんな中、諏訪が腕を組み、改めてスピーカーへ視線を向けた。
「……つーか、前から思ってたんすけど」
『ん? 何、スワルツネガー?』
「奏真さんの思考速度といい、この物真似といい、何かサイドエフェクトっぽいのに全部違うって、おかしくないっすか?」
『……え?』
「いや、だってそうでしょ。菊地原が一瞬迷うほどの物真似なんて、もう声を変える専用トリガー使ってるようなもんじゃないっすか」
「……ぼくが一瞬迷ったこと、そんなに何回も言わなくてよくないですか?」
「いや菊地原のサイドエフェクトって音に関しては何より信頼できるだろ」
菊地原が不満そうに口を挟んだが、諏訪は気にせず続けた。
「しかも、それだけじゃねぇっすよね。ランク戦の予測とか、オペレーターやってた頃の話とか。普通、どれか一つできるだけでも大したもんでしょ」
「……まあ、言いたいことは分かるな」
東も苦笑しながら頷いた。
「奏真の場合、サイドエフェクトじゃない部分の方が、よほどサイドエフェクトらしいからな」
『春秋まで!?』
「いや、実際そうだろう」
『……』
奏真は少し考えた。
『いや、でも俺のサイドエフェクトは《対人威圧》だよ? 他のは普通にやってるだけだって』
「その『普通』がおかしいって話をしてるんすよ!」
『えー!?』
もっともな指摘に、迅が笑い始める。
「あはは、確かに。奏真さんの場合、何がサイドエフェクトで何が本人の能力なのか、初めて見る人には分からないでしょうね」
「……ちょっと気になったんですけど」
修が手を挙げた。
「そもそも、サイドエフェクトを複数持つってあり得るんでしょうか?」
「……どうなんだろうね」
迅が首を傾げる。
「少なくとも、俺はそういう人に会ったことはないかな」
「俺も、ボーダーでは聞いたことがないな」
東が答えたところで、それまで黙っていたヒュースが口を開いた。
「俺が知る限りでも、複数持っている人間の話は聞いたことがない」
「……やっぱりそうなのか」
修が頷きかけると、ヒュースは続けた。
「だが、存在しないとは断言できない。未知のサイドエフェクトは当然あるだろうし、サイドエフェクトを吸収して使用者に与えるような黒トリガーが、どこかに存在しないとも限らん」
「……なるほど」
修が考え込む。
「黒トリガーなら、そういう可能性も考えられるんですね」
「可能性の話だ。実際に存在するかは知らん」
ヒュースはあくまで冷静だった。
すると、遊真がふと思い出したように口を開いた。
「そういや、おれのサイドエフェクトも親父から受け継いだやつだしな」
「……ああ、そうか」
修が頷く。
少なくとも、サイドエフェクトの獲得には、彼らがまだ知らない例外が存在するということだ。
「……じゃあ」
諏訪が再びスピーカーへ目を向ける。
「奏真さんも、実は何か変な黒トリガー持ってたりしないんすか?」
『持ってないよ!?』
「……本当に?」
『何で疑うの!?』
「いや、アンタなら持っててもおかしくねぇ気がしてきたんすよ」
『俺に対する信用どうなってんの!?』
諏訪の疑いに迅が笑う中、修は別の可能性に思い至ったらしい。
「……あの、ヒュース」
「何だ?」
「それなら、奏真さんの《対人威圧》に隠された能力があるってことは考えられないのか?」
「いや、それは考えづらいな」
ヒュースは即座に答えた。
「《対人威圧》と声の模倣では、能力の繋がりが薄い。思考速度についても同じだ。少なくとも、今分かっている《対人威圧》の性質からは説明できん」
「……なるほど」
修が頷く。
通信越しに奏真の声が響いた。
『いやー、そりゃそうでしょ。俺も自分のサイドエフェクトくらい分かってるつもりだし』
「だが、ないとは言い切れん」
『……え?』
予想外の言葉に、奏真が聞き返す。
『いや、今考えづらいって言ったじゃん?』
「考えづらいことと、あり得ないことは別だ」
『……ほう?』
ヒュースは少し考えてから続けた。
「そもそも、お前が《対人威圧》と呼んでいる能力が、サイドエフェクトの全てだと証明されたわけではないだろう」
『……』
「《対人威圧》は、お前のサイドエフェクトの一部にすぎない可能性もあるからな」
その言葉に、会議室の空気が少し変わった。
「……一部?」
修が聞き返す。
「ああ。仮にもっと広い性質を持つ能力が存在し、その中で確認できているものが《対人威圧》だけだったとしても、今の情報では否定できん」
「……なるほどな」
東が腕を組んだ。
「能力そのものを見誤っている可能性がある、ということか」
「そういうことだ。ただし、根拠はない。あくまで可能性の話だ」
『…………』
奏真が黙った。
いつもならすぐに冗談を返してくる男が、珍しく何かを考えているらしい。
「……奏真?」
東が呼びかける。
『……いやー』
少し間を置いて、奏真が答えた。
『仮にそうだったら、俺のサイドエフェクトって何なんだろうねー』
「それは分からない」
ヒュースは即答した。
『即答!?』
「分からないものは分からない。今ある情報だけでは判断できないのが現状だ」
『……まあ、そりゃそうか』
奏真は少し納得したようだった。
そこへ諏訪が口を挟む。
「……つーか、それが本当だったらヤバくないっすか?」
『ん? 何が?』
「だって奏真さん、今でも十分おかしいのに、まだ隠し能力あるかもしれないってことでしょ?」
『スワルツネガー!?』
「いや、そもそも菊地原が一瞬迷うくらい声を真似できて、頭の中で何試合分も先読みして、それでサイドエフェクトまで別にあるって、どう考えても盛りすぎでしょう、二郎系サイドエフェクトっすか?」
『二郎系サイドエフェクトって何!? 俺、別に自分で能力選んだわけじゃないよ!?』
迅が笑いながら口を開いた。
「まあまあ。今のところ、新しい能力があるって決まったわけじゃないですから」
『そうだよ! 迅、もっと言って!』
「ただ、奏真さんの場合、サイドエフェクトが一つしかないって確定した方が、逆に怖いですよね」
『……え?』
「だって、今の話が全部普通の技術ってことになるでしょう?」
『……うん』
「……普通って何なんでしょうね」
『迅!?』
東がとうとう吹き出した。
「……まあ、奏真だからな」
『春秋!! その一言で片づけないで!?』
ヒュースはそんなやり取りを聞きながら、少し考えた後に付け加えた。
「いずれにせよ、調べる価値はあるかもしれんな。もし未知の能力があるなら、本人が把握していないのは危険だ」
『……あー』
奏真が少しだけ真面目な声になる。
『それはそうだね。自分で分かってない力があるってのは、結構困るかな』
しかし、その空気は長く続かなかった。
「……でしたら」
月見が静かに口を開いた。
「その件は改めて検査で確認していただくとして、まず今回の訓練結果を整理しましょう」
『お、月見。流石だねー』
「女性の声まで再現できることが確認されましたので、御本人にも評価していただく必要がありますね」
『……ん?』
「栞さん、録音は残っていますよね?」
「あ、うん。全部あるよ」
「ありがとうございます」
月見がにっこりと笑った。
「では、忍田本部長と沢村さんにも聞いていただきましょう」
『…………』
数秒の沈黙。
『……月見?』
「何ですか?」
『……俺のサイドエフェクトの話、もうちょっと続けない?』
「後で結構です」
『即答!?』
〇
しばらくして、忍田真史と沢村響子が会議室へやってきた。
二人は説明を受けた後、録音された音声を興味深そうに聞いていた。
「……なるほど」
忍田が頷く。
「確かによく似ているな」
「私の声も、かなり再現されていますね」
沢村も感心したようだった。
「奏真さん、どうやっているんですか?」
「いやー、普段から聞いてる声を思い出してる感じかなー」
音声収録室から戻った奏真は、少し照れくさそうに笑った。
「声の高さだけじゃなくて、話し方の癖とかも覚えてるからね」
「……なるほど」
忍田は少し考えた。
「ならば、本人を前にしても再現できるのか?」
「ん? できるよー」
「一度見せてもらえるか?」
「いいよー」
奏真は軽く咳払いをすると、沢村の声で喋り始めた。
「忍田本部長、本日の訓練についてご報告があります」
沢村が目を瞬いた。
続いて、忍田の声。
「……ああ、沢村くん。聞こう」
「参加者のほとんどが、音声によるなりすましを見破れませんでした」
「……そうか。今後の対策が必要だな」
二人の会話が、奏真一人の口から再現されていく。
沢村は思わず口元を押さえ、忍田も感心したように頷いていた。
「……見事なものだな、奏真」
「いやー、ありがとうございます!」
奏真は嬉しそうに笑った。
そして、何かを思いついたらしい。
「あ、そうだ。ついでに叔父さんの声もできるよ?」
「……城戸司令のか?」
忍田が尋ねる。
「うん。昔から聞いてるからねー」
その言葉を聞いた東が、何故か嫌な予感を覚えた。
「……奏真」
「ん?」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫!」
奏真は軽く手を振り、背筋を伸ばした。
そして。
「……忍田くん」
「…………」
会議室が静かになった。
それは、紛れもなく城戸正宗の声だった。
「今回の訓練については報告を受けている」
忍田が思わず目を見開く。
奏真はさらに続けた。
「……まったく。ボーダーはいつから物真似の大会を開く組織になったのだ?」
「……っ!」
迅が吹き出した。
東も笑いを堪えている。
月見が額に手を当て、風間は何とも言えない顔になった。
しかし、奏真は止まらない。
「……忍田くん」
さらに声を低くする。
「今度の炒飯大会では私のマイ中華鍋を使用するが問題はないだろうな?」
「……っ、あはははは!!」
迅がとうとう声を上げた。
「奏真さん!! それ!! あっははは!!」
「似てるでしょー?」
奏真が元の声へ戻った。
その時、東が会議室の入口へ視線を向けた。
いつの間にか、そこに一人の男が立っていた。
奏真はまだ気づいていない。
「いやー、叔父さんの声って結構特徴あるからね。もう一回やろうか?」
「……奏真」
低い声が響いた。
「ん?」
奏真が振り返る。
そこには、城戸正宗が立っていた。
「…………」
奏真の笑顔が止まった。
「……あ」
城戸は腕を組み、無表情のまま奏真を見ている。
「……叔父さん?」
「…………」
「……いつからいたの?」
「……マイ中華鍋のところからだな」
「…………」
奏真がゆっくりと東を見る。
東は目を逸らした。
迅は机に突っ伏している。
月見は小さくため息をつき、菊地原はぼそりと呟いた。
「……今度は誰でも本物って分かりますね」
「なぬ!?」
そして。
「……奏真」
城戸が静かに口を開いた。
「……はい」
「今すぐ司令室に来い」