No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト>   作:羊毛ローブ

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実弾挙動型トリガーと三人同時ベイルアウト事件

 

 ボーダー本部には、開発部が送り出した様々なトリガーが存在する。

 

 広く普及したものもあれば、特定の隊員に好まれるものもある。

 

 そして、中には性能こそ優秀でありながら、なかなか使用者の増えないトリガーもあった。

 

 試作型実弾挙動型トリガー《ケストレル》。

 

 実弾の挙動を可能な限り再現し、弾道の落下や飛翔時間を利用した射撃を可能とし条件さえ合えば跳弾もトリオン弾が割れる事もある特殊な弾トリガーである。

 

 通常の弾トリガーでは難しい曲射も行えるため、使い方次第では大きく戦術の幅を広げられる。

 

 しかし。

 

「うーん……」

 

 ボーダー本部の休憩スペース。

 

 城戸奏真は、机の上に広げた資料を眺めながら唸っていた。

 

「やっぱり人気ないねー」

 

 資料に記載された試験運用の結果は、それほど悪くない。

 

 面白いトリガーだという意見も多い。

 

 しかし、継続使用を希望する狙撃手や射手、銃手となると、その数は随分と減ってしまう。

 

 理由は、分からなくもなかった。

 

 通常の弾トリガーであれば、基本的には狙った場所へ正確に弾を届けることが重要となる。

 

 一方、ケストレルの場合はそれに加えて、弾道の落下や着弾までの時間も考慮しなければならない。

 

 距離が変われば、弾道も変わる。

 

 相手が移動していれば、その移動先まで計算に入れる必要がある。

 

 そして、そこまで苦労しても、通常の弾トリガーで十分な場合が多く更に銃手の場合は中距離の撃ち合いがメインな為、実弾挙動の恩恵を受け難い。更に射手の場合は一発毎に数値を全て入力しなければならないのでパイパーの数倍は面倒なトリガーなのだ。

 

「……まあ、面倒くさいもんねー」

 

 奏真は苦笑した。

 

 面白いことと、使いやすいことは別である。

 

 実際、奏真も一番恩恵を受けやすい狙撃型の場合ですら普通の射撃でケストレルを優先して使いたいとはあまり思わなかった。

 可能性は秘めているし、実際に使えば有効な場合もあるが、普通のトリオン弾の方が使い易いのは間違いない。

 ちゃんと狙えば風も重力の影響も考えなくて良い、その長所を自ら台無しにするトリガーは人気になる要素があまりに無さ過ぎるのである。

 

 それでも。

 

「面白いんだけどなあ、ケストレル」

 

 資料を一枚めくる。

 

「どうしたら、もっと普及するかなー」

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

「お、奏真さん」

 

「ん?」

 

 顔を上げると、影浦雅人が立っていた。

 

「おっ、カゲ!」

 

 奏真は嬉しそうに手を上げる。

 

「やっほー!」

 

「どーもっす」

 

 影浦も軽く手を上げ、そのまま自然に話しかけた。

 

「奏真さん、今日暇っすか?」

 

「んー? 夕方?」

 

「はい。うちでお好み焼き食べません? 空閑もザキさんも来るんすけど」

 

「おっ、いいねー!」

 

 奏真の顔が明るくなった。

 

「お好み焼きも良いけど、そば飯も食べたい」

 

「そば飯っすか?」

 

「そうそう。あのソースが染みたご飯と、細かく刻んだ麺が一緒になってるやつ」

 

「あー、確かにそっちもありっすねー」

 

「でしょ? 両方食べようよ」

 

「ははっ、いいっすね。母ちゃんに言っときます」

 

「ありがとー!」

 

 実に和やかな会話だった。

 

 少なくとも、当人達にとっては。

 

     〇

 

「……ねえ」

 

 少し離れた席で、国近柚宇が小声を漏らした。

 

「今の、見た?」

 

「……はい」

 

 隣にいた氷見亜季が頷く。

 

「影浦さん、ですよね?」

 

「だよね?」

 

 国近はもう一度二人を見る。

 

 影浦が奏真と並んで立ち、楽しそうに何かを話している。

 

「何あれ?」

 

「……仲、良いんですね」

 

「いや、そうなんだけどさ!」

 

 国近は小声で続けた。

 

「影浦君が、自分からご飯誘ってるんだよ!?」

 

 影浦雅人。

 

 元A級隊員であり、現在はB級影浦隊の隊長。

 

 戦闘能力は高く、特に近接戦闘ではA級隊員達からも厄介な相手として認識されている。

 

 しかし、人付き合いが良い人物かと問われれば、少々事情が異なる。

 

 相手から向けられる感情を受信するサイドエフェクトもあり、人間関係には独特の難しさがあるのだ。

 

 もちろん、気を許した相手には普通に接する。

 

 それでも。

 

「奏真さん、結構食う方っすよね」

 

「まあねー。でも、今日はそば飯食べたいから配分考えないと」

 

「ははっ! そこっすか!」

 

「大事だよー!」

 

 二人で笑っている。

 

「……何か、本当に普通に仲良いんだね」

 

 国近が呟く。

 

「そうですね」

 

 氷見も頷いた。

 

 そこへ三上歌歩が近づいてきた。

 

「二人とも、どうかしたの?」

 

「あ、みかみか!」

 

 国近が振り返る。

 

「あれ見てよ」

 

「……?」

 

 三上が視線を向けた。

 

 奏真と影浦。

 

 二人は今度は、そば飯の量について話していた。

 

「……ああ」

 

 三上は小さく微笑んだ。

 

「仲が良さそうだね」

 

「でしょ?」

 

「うん。でも、影浦君も親しい人とは普通に話すでしょう?」

 

「……それはそうなんだけどさー」

 

 三上は少し考えた。

 

「奏真さんと一緒だと、気を遣わなくていいのかもしれないね」

 

「……なるほどねー」

 

 その時、近くで資料を確認していた真木理佐が口を開いた。

 

「あなた達、さっきから何を騒いでるの?」

 

「あ、真木ちゃん」

 

 国近が笑う。

 

「影浦君と奏真さん、すっごく仲良いんだなーって」

 

「……そう」

 

 真木はちらりと二人を見た。

 

「別に不思議でもないんじゃない?」

 

「え?」

 

「奏真さん、相手の態度を変に気にしないでしょう。影浦も話しやすいんじゃないの」

 

 三上が穏やかに頷いた。

 

「私もそう思うな」

 

「……そうよね」

 

 真木も素直に同意する。

 

 それを見た国近が、にやりと笑った。

 

「……真木ちゃん」

 

「何?」

 

「みかみかの言うことには素直だねー」

 

「…………」

 

 真木が国近を見る。

 

「何か問題ある?」

 

「ないない!」

 

 国近が笑いながら手を振った。

 

 その時。

 

「お、来た来た!」

 

 奏真の声が響いた。

 

     〇

 

「そうま先輩」

 

「おっ、遊真!」

 

 休憩スペースへ姿を現したのは空閑遊真。

 

 その隣には柿崎国治もいた。

 

「お待たせしました、城戸さん」

 

「いやいや、全然!」

 

 奏真は笑った。

 

「柿崎も今日はよろしくねー」

 

「こちらこそ」

 

 柿崎も笑う。

 

「カゲの実家、久しぶりなんですよ」

 

「おっ、そうなんだ?」

 

「はい。あそこのお好み焼き、美味しいですからね」

 

「だよねー!」

 

 影浦は遊真へ顔を向けた。

 

「おう、空閑」

 

「おっす、カゲ先輩」

 

「今日は腹減らして来いよ」

 

「もちろんだ」

 

 遊真は頷いた。

 

 そして、少し考える。

 

「そういえば、そば飯って何だ?」

 

「お?」

 

 奏真が顔を向けた。

 

「遊真、食べたことない?」

 

「ないと思うぞ」

 

「じゃあ今日食べよう! 美味しいよー」

 

「おお、それは楽しみだ」

 

 柿崎が時計を確認した。

 

「……ただ、夕食にはまだ少し早いですね」

 

「あー、そうだねー」

 

 奏真も頷く。

 

「ちょっと早く集まりすぎたかな?」

 

「俺は別に構わないっすけどね」

 

 影浦が答えた。

 

 そして、何かを思いついたように顔を上げる。

 

「……あ、そうだ」

 

「ん?」

 

「奏真さん、せっかく時間あるし、ポイント移動なしで戦いません?」

 

「お?」

 

 奏真が目を瞬いた。

 

 遊真も興味深そうに顔を上げる。

 

「模擬戦か?」

 

「おう。軽く遊ぶにはちょうどいいだろ」

 

「お、いいな」

 

 遊真がすぐに頷いた。

 

「おれもやりたいぞ」

 

「……あはは!」

 

 奏真が笑う。

 

「二人とも元気だねー!」

 

 しかし、断る理由もなかった。

 

「まあ、いいよー! 久しぶりに遊ぼっか」

 

「じゃ、三つ巴っすね」

 

 影浦が笑う。

 

 奏真は柿崎へ顔を向けた。

 

「柿崎もやる?」

 

「……俺ですか?」

 

「うん」

 

 柿崎は少し考えた。

 

 そして、笑って首を振る。

 

「俺は三人で戦うところを観戦してみたいですね」

 

「お、観戦?」

 

「はい。空閑とカゲが戦うところも興味ありますし、城戸さんが今どう戦っているのかも見てみたいです」

 

「なるほどねー!」

 

 奏真は頷いた。

 

「じゃ、三人でやろっか!」

 

     〇

 

 訓練室へ向かう途中。

 

「……あら?」

 

 廊下の向こうから声がした。

 

 小南桐絵だった。

 

「奏真さん?」

 

「おっ、小南!」

 

 奏真が嬉しそうに手を上げる。

 

「やっほー!」

 

「何してるの?」

 

「んー? 今からちょっと模擬戦!」

 

「模擬戦?」

 

 小南が目を瞬いた。

 

 そして、隣にいる遊真と影浦を見る。

 

「……あんた達三人で?」

 

「そうそう!」

 

「……へえ」

 

 小南が少し考えた。

 

 そして、にやりと笑う。

 

「何それ、面白そうじゃない!」

 

「お?」

 

「私も見る!」

 

「あはは! いいよー!」

 

 奏真はあっさり頷いた。

 

「柿崎が観戦するから、一緒に見れば?」

 

「そうする!」

 

 そこへ。

 

「何をしている?」

 

 落ち着いた声が響いた。

 

 風間蒼也だった。

 

「あ、風間さん」

 

 柿崎が軽く会釈する。

 

「これから三人の模擬戦を観戦するところです」

 

「……三人?」

 

 風間が顔を向ける。

 

 奏真。

 

 遊真。

 

 影浦。

 

「……なるほど」

 

 僅かに目を細めた。

 

「ポイント戦か?」

 

「いえ。ポイント移動なしです」

 

 柿崎が答える。

 

「夕食まで時間があるので、軽く戦うことになりまして」

 

「……そうか」

 

 風間はもう一度三人を見た。

 

 遊真と影浦は、共に近接戦闘能力が非常に高い。

 

 その二人に対して、現在はB級攻撃手である奏真がどう戦うのか。

 

 少々興味がある。

 

「……面白い組み合わせだな」

 

「でしょ?」

 

 小南が笑う。

 

「だから私も見ようと思って」

 

 風間は少し考えた。

 

 そして柿崎へ顔を向ける。

 

「俺も観戦していいか?」

 

「もちろんです」

 

 柿崎が頷いた。

 

「観戦席は空いてますから」

 

「……分かった」

 

 風間も頷く。

 

「少し見せてもらおう」

 

「おっ、風間も?」

 

 奏真が嬉しそうに笑った。

 

「観客増えたねー!」

 

 風間は奏真へ視線を向けた。

 

「奏真さん。面白い試合を期待してますよ」

 

「いやー、そんな大層なものじゃないって!」

 

「相手が空閑と影浦ですからね。普通の試合になるとは思えませんが」

 

「……あはは!」

 

 奏真は笑った。

 

「それはそうかもねー!」

 

 なお、小南と風間にはそれぞれ別の予定があるため、模擬戦後の夕食には参加しない。

 

 あくまで、三人の戦いを少し見物するだけである。

 

 この時点では、そのつもりだった。

 

     〇

 

 訓練室。

 

「ポイント移動なし。三つ巴。ベイルアウトで脱落、最後まで残った人の勝ちでいいですね?」

 

 柿崎が端末を操作しながら確認した。

 

「おう」

 

 影浦が頷く。

 

「それでお願いします、ザキさん」

 

「おれもいいぞ」

 

 遊真も頷いた。

 

「俺もオッケー!」

 

 奏真が笑う。

 

 柿崎が設定を進めていると、小南が奏真へ尋ねた。

 

「で、奏真さんは何使うの?」

 

「んー?」

 

 奏真は少し考えた。

 

 そして。

 

「ケストレルかなー」

 

「……ケストレル?」

 

 小南が目を瞬いた。

 

 風間も視線を向ける。

 

「試作型の狙撃トリガーか」

 

「そうそう!」

 

 奏真は嬉しそうに頷いた。

 

「さっきまで、どうしたらもっと普及するかなーって考えてたんだよね」

 

「……なるほど」

 

 風間が頷いた。

 

 そして、奏真へ尋ねる。

 

「実戦での運用例を見せるつもりですか?」

 

「うん!」

 

 奏真は笑った。

 

「実際に使ってるところを見たら、興味持ってくれる人もいるかなーって!」

 

「……そうですか」

 

 風間は短く答えた。

 

 一方、小南は不思議そうに首を傾げる。

 

「でも、奏真さんって今はスコーピオン使ってるんでしょ?」

 

「そうだねー」

 

「何でわざわざ狙撃?」

 

「いやー、たまには昔の得意分野も使いたいじゃん?」

 

「……ふーん」

 

 小南は少し考えた。

 

 そして、楽しそうに笑った。

 

「まあ、面白そうだからいいけど!」

 

 その時、柿崎が設定画面を確認した。

 

「……城戸さん」

 

「ん?」

 

「ケストレル、二丁になってますけど」

 

「うん。二丁でお願い!」

 

「……二丁ですか」

 

 柿崎は少し考えた。

 

 狙撃用トリガーを二丁装備する。

 

 もちろん、トリガーの設定上は可能だ。

 

 ただ、実弾に近い弾道特性を持つケストレルの場合、単純に二丁持てば射撃が楽になるというものでもない。

 

「……分かりました」

 

 柿崎は頷いた。

 

「その設定にしておきますね」

 

「ありがとー!」

 

 風間が、僅かに眉を動かした。

 

「……二丁か」

 

 小南が顔を向ける。

 

「何?」

 

「……いや、気になっただけだ」

 

 風間は奏真を見る。

 

 本人は、実に楽しそうだった。

 

「……よーし!」

 

 奏真が手を上げる。

 

「じゃ、やろっか!」

 

 遊真も頷く。

 

「楽しみだぞ、そうま先輩」

 

「俺もっすよ」

 

 影浦が笑う。

 

「奏真さんの狙撃、ちゃんと相手するの初めてですからね」

 

「……あはは!」

 

 奏真が笑った。

 

「できれば相手にしない方がいいと思うけどねー!」

 

「いや、戦うんだから相手にしますって」

 

 影浦が突っ込む。

 

 そんな三人を見て、小南は楽しそうに笑った。

 

「本当に、奏真さんは何する気なのかしら」

 

 風間は答えなかった。

 

 ただ、二丁のケストレルという装備が、妙に気になっていた。

 

     〇

 

 観戦室。

 

 柿崎は設定を終え、モニターへ視線を向けた。

 

 隣には小南。

 

 少し離れた位置には風間が立っている。

 

 画面には、市街地を模した仮想戦闘フィールドが表示されていた。

 

 奏真、遊真、影浦。

 

 三人の初期配置は、それぞれ離れている。

 

 互いの位置情報は公開されていない。

 

「……さて」

 

 柿崎が小さく呟いた。

 

「どう動きますかね」

 

「遊真と影浦なら、普通に接近戦を狙うんじゃない?」

 

 小南が答える。

 

「そうですね」

 

 柿崎も頷いた。

 

 一方、奏真は狙撃用トリガーを装備している。

 

 普通なら、距離を保ちながら索敵を行い、有利な位置から狙撃を仕掛けるはずだ。

 

「……ただ」

 

 風間が口を開いた。

 

「奏真さんが二丁装備している理由は気になるな」

 

「……ああ」

 

 柿崎が頷く。

 

「確かに、そこは気になりますね」

 

 小南は少し考えた。

 

「でも、奏真さんって昔から変なこと思いつくじゃない」

 

「……そうだな」

 

 風間も頷く。

 

「だからこそ、確認しておきたい」

 

 その直後。

 

『戦闘開始』

 

 モニターに表示が現れた。

 

     〇

 

 開始と同時に、奏真が動いた。

 

 二丁のケストレルを構える。

 

『よーし!』

 

 楽しそうな声が響いた。

 

『ケストレルの面白いところ、見せてあげよう!』

 

「……相変わらず軽いわね」

 

 小南が笑う。

 

 しかし。

 

 次の瞬間。

 

 奏真は、銃口を大きく上へ向けた。

 

 一発。

 

 続けて、もう一丁から一発。

 

 さらに角度を変え、立て続けに射撃する。

 

「……え?」

 

 柿崎が目を瞬いた。

 

 狙っている方向が違う。

 

 それだけではない。

 

 弾が飛んでいく軌道も、まるで違っていた。

 

 大きく弧を描くもの。

 

 比較的低い軌道を飛ぶもの。

 

 建物の向こうへ向かうもの。

 

 発射間隔も一定ではない。

 

「……ちょっと待って」

 

 小南が顔を上げた。

 

「何してるの、あれ?」

 

 奏真は構わず撃ち続けた。

 

 三発目。

 

 四発目。

 

 五発目。

 

 六発目。

 

 そして。

 

 七発目。

 

 八発目。

 

 八発の射撃を終えた奏真は、ほんの僅かに肩の力を抜いた。

 

『……よし!』

 

「…………」

 

 柿崎は画面を見つめた。

 

 八発。

 

 相手の位置すら分かっていないのに、八発も撃っている。

 

「……何だ、これ」

 

 思わず呟いた。

 

 その隣で、風間が眉を寄せる。

 

「……弾道が違う」

 

「……え?」

 

「八発とも、同じ場所を狙っていない」

 

「…………」

 

 小南が目を瞬いた。

 

「……どういうこと?」

 

 しかし。

 

 その疑問が口にされた直後だった。

 

『……あ』

 

 奏真が、何かに気づいたような声を上げた。

 

『……これ、やり過ぎたかなー』

 

 その瞬間。

 

 戦場の三か所で。

 

 光が、上がった。

 

 屋上で一つ。

 

 市街地の路地で一つ。

 

 そして、別の建物の陰で一つ。

 

 三つのベイルアウトの光が、まったく同じ瞬間に輝いた。

 

「…………」

 

 柿崎の動きが止まった。

 

 小南が目を見開く。

 

 風間も、僅かに眉を動かした。

 

 そして、モニターに結果が表示される。

 

『空閑遊真 ベイルアウト』

 

『影浦雅人 ベイルアウト』

 

『城戸奏真 ベイルアウト』

 

 三つの表示が、一斉に現れた。

 

 上から順番に消えたわけではない。

 

 誰かが倒れ、その後に別の誰かが倒れたわけでもない。

 

 三人が、同時にベイルアウトしたのである。

 

 試合開始から、ほんの僅かな時間で三つ巴の戦闘は、一度もまともな接近戦が発生しないまま終了した。

 

「…………」

 

 観戦室が静まり返った。

 

 数秒後。

 

「……は?」

 

 小南が口を開いた。

 

「……え?」

 

 柿崎も、ようやく声を漏らした。

 

 そして、もう一度結果表示を見る。

 

 三名。

 

 全員。

 

 ベイルアウト。

 

 しかも同時。

 

「…………」

 

 柿崎は、ゆっくりと風間を見た。

 

「……風間さん」

 

「……何だ」

 

「……今、何が起きたんですか?」

 

「…………」

 

 風間は画面を見つめていた。

 

 そして、静かに答えた。

 

「……俺も詳しく確認したい」

 

 その言葉を聞いた小南が、勢いよく立ち上がった。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 誰にともなく叫ぶ。

 

「何よ今の!?」

 

 三人同時にベイルアウト。

 

 どう考えても、普通の試合結果ではなかった。

 

     〇

 

「……柿崎」

 

 風間が静かに口を開いた。

 

「今の記録、もう一度見せてくれ」

 

「……はい!」

 

 柿崎が慌てて端末を操作する。

 

 まずは、試合開始直後まで巻き戻した。

 

 三人の初期配置。

 

 奏真は屋上。

 

 遊真と影浦は、それぞれ離れた地点にいる。

 

 そして、奏真の八発。

 

「……ここだな」

 

 風間が画面を指した。

 

「八発の着弾予定地点を表示してくれ」

 

「分かりました」

 

 柿崎が操作する。

 

 画面に八本の弾道が重ねて表示された。

 

「…………」

 

 小南が目を瞬いた。

 

「……あれ?」

 

 八本。

 

 その全てが異なる方向へ伸びている。

 

「……全部、違うところじゃない」

 

「……そうですね」

 

 柿崎も頷いた。

 

 そして、風間が別の情報を指す。

 

「着弾時刻も見せてくれ」

 

「……はい」

 

 今度は発射時刻と着弾時刻が表示された。

 

「…………」

 

 柿崎の動きが止まった。

 

 発射時刻は異なっている。

 

 軌道も異なる。

 

 飛翔距離も違う。

 

 しかし。

 

「……これ」

 

 柿崎が呟いた。

 

「着弾時刻が、ほとんど同じですね」

 

「……ああ」

 

 風間が頷いた。

 

「偶然ではないだろうな」

 

 小南が顔を上げる。

 

「……つまり?」

 

「奏真さんは、最初から着弾時刻を揃えるつもりで撃っています」

 

「…………」

 

 小南が画面を見る。

 

 八本の弾道。

 

 八つの着弾地点。

 

 そして、ほぼ一致した着弾時刻。

 

「……何よ、それ」

 

 小南は、少し呆れたように呟いた。

 

「……何でそんなことしてるの?」

 

 その質問に答えたのは、柿崎だった。

 

「……相手が、どこにいるか分からなかったからでしょうか」

 

「……え?」

 

「相手の位置は分かりません。でも、初期配置と地形から、行きそうな場所はある程度予測できる」

 

 柿崎は八つの地点を指した。

 

「だから、その候補地点へ先に撃ったんだと思います」

 

「……なるほど」

 

 風間も頷いた。

 

「狙撃というより、相手の行動を予測した先回りだな」

 

「……そうですね」

 

 柿崎が頷く。

 

 そこで小南が、ふと首を傾げた。

 

「……でも、八発撃ってるのに相手は二人よね?」

 

「……はい」

 

「じゃあ、残りの六発は?」

 

「……外れていますね」

 

「…………」

 

 小南は少し考えた。

 

 そして。

 

「……つまり、八か所に撃って、そのうち二か所に遊真と影浦がいたってこと?」

 

「そういうことだと思います」

 

「…………」

 

 小南は画面を見つめた。

 

 そして、呆れたように笑った。

 

「……何よ、それ」

 

 実に単純な話だった。

 

 相手がいる可能性の高い場所を予測する。

 

 そこへ八発撃つ。

 

 実際に相手がいた二か所に命中する。

 

 ただし。

 

 その単純な説明を実行するために必要な能力が、全く単純ではない。

 

「……でも」

 

 小南が顔を上げた。

 

「それで二人がベイルアウトしたのは分かったけど、何で奏真さんまで同時に落ちてるのよ?」

 

「…………」

 

 柿崎も顔を上げた。

 

 確かに、そこが分からない。

 

 奏真は相手から攻撃されていない。

 

 ならば、自分でベイルアウトしたはずだ。

 

 しかし、問題はそのタイミングである。

 

 遊真と影浦が被弾したのと、全く同じ瞬間だった。

 

「……そこも確認しましょう」

 

 柿崎が答えた。

 

     〇

 

 映像は、三つの視点へ切り替わった。

 

 まずは空閑遊真。

 

 試合開始直後、周囲を確認しながら移動していた。

 

 しかし、不意に顔を上げる。

 

『……ん?』

 

 何かに気づいたらしい。

 

『……あ』

 

 遊真の目が細くなった。

 

『噂のやつか』

 

 そして、上空を確認する。

 

『……なるほど』

 

 ほんの僅かに体を動かそうとした。

 

 しかし。

 

『……これは避けられないな』

 

 上方から飛来した一発が、遊真を直撃した。

 

 映像が停止する。

 

「…………」

 

 小南が目を瞬いた。

 

「……遊真が、避けられないって?」

 

「……そうですね」

 

 柿崎が答える。

 

 風間は画面を見つめた。

 

「弾丸の存在に気づいた時には、既に回避できる位置ではなかったのだろうな」

 

「……なるほど」

 

 柿崎が頷く。

 

 次に、影浦の視点。

 

『……あ?』

 

 影浦は、試合開始直後から周囲を警戒していた。

 

 しかし、不意に眉を寄せる。

 

『……何だ、これ』

 

 周囲を確認する。

 

『……狙われてる感じがしねえ……?』

 

「…………」

 

 風間が僅かに目を細めた。

 

「……なるほど」

 

「……何?」

 

 小南が尋ねる。

 

「影浦のサイドエフェクトだ」

 

「……ああ」

 

 小南が頷く。

 

「相手から向けられる感情を受信するやつね」

 

「そうだ」

 

 風間は画面を見る。

 

「だが、奏真さんは最初から影浦本人を狙って撃ったわけではない」

 

「……あ」

 

 柿崎が顔を上げた。

 

「……着弾地点を狙ったんですね」

 

「……ああ」

 

 風間が頷く。

 

「影浦がそこにいるかどうかとは関係なく、予定した場所へ撃っている」

 

 映像が進む。

 

『……っ、奏真さんの威圧かよ!』

 

 影浦が一瞬、動きを鈍らせた。

 

 そして、次の瞬間。

 

『……弾!?』

 

 上方から飛来する弾丸へ顔を向ける。

 

『……おい、待――』

 

 直撃。

 

 映像が停止した。

 

「…………」

 

 柿崎は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……なるほど」

 

 相手から向けられる感情を受信するサイドエフェクト。

 

 それを持つ影浦が、弾丸の存在を十分に察知できなかった。

 

 そして、奏真の対人威圧による影響が重なったことで、回避の機会を失っている。

 

「……かなり厄介ですね」

 

 柿崎が呟いた。

 

「……そうだな」

 

 風間も頷く。

 

「奏真さんらしい組み合わせです」

 

 小南は少しだけ考えた。

 

 そして。

 

「……何か、影浦が可哀想になってきたわね」

 

 ぽつりと呟いた。

 

 もっとも、同情するほど深刻そうな表情ではなかった。

 

 むしろ、どこか面白がっている。

 

 そして最後。

 

 奏真の視点が表示された。

 

 八発の射撃を終えた奏真は、弾道を確認していた。

 

『……よし!』

 

 しかし、少しして。

 

『……あ』

 

 何かに気づいたような声を上げる。

 

『……これ、やり過ぎたかなー』

 

 その直後。

 

 奏真は、まだ二人のベイルアウト表示が出ていない段階で、自分自身のベイルアウトを開始していた。

 

 そして、その完了時刻が。

 

 遊真と影浦への着弾時刻と、ぴったり重なっている。

 

「…………」

 

 小南の動きが止まった。

 

「……え?」

 

 柿崎も目を瞬いた。

 

「……これ」

 

 ゆっくりと画面を見る。

 

「……城戸さん、自分でタイミングを合わせたんですか?」

 

「……そのようだな」

 

 風間が答えた。

 

 つまり。

 

 奏真は二人がベイルアウトする前から、二人への着弾を予測していた。

 

 そして、それに合わせて自分自身もベイルアウトしたのである。

 

 だから。

 

 三つの光は、同時に輝いた。

 

「…………」

 

 小南は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……何でよ!?」

 

 思わず声を上げた。

 

「何でそこまでやって、自分まで落ちるのよ!」

 

 その疑問は、実にもっともだった。

 

     〇

 

 試合後の待機室。

 

「そうま先輩」

 

「ん?」

 

 遊真が奏真を見た。

 

「今のはなしだぞ」

 

「……だよねー」

 

 奏真は苦笑した。

 

「今のぜってぇなしでしょ」

 

 影浦も腕を組んでいた。

 

「開始直後に何なんすか、あれ」

 

「いやー、ケストレルの性能見せようと思ってさー」

 

「見せるにしたって限度あるでしょ」

 

「ごめんごめん!」

 

 奏真は笑いながら謝った。

 

 そこへ、待機室の扉が開く。

 

「奏真さん!」

 

 小南だった。

 

「お?」

 

 奏真が顔を上げる。

 

「小南?」

 

「何なのよ、さっきの!」

 

「……あはは!」

 

 奏真が笑った。

 

「いやー、ちょっとやり過ぎたねー」

 

「ちょっとじゃないわよ!」

 

 小南が突っ込む。

 

「始まったと思ったら三人ともベイルアウトしてるじゃない!」

 

「……だよねー」

 

「だよねー、じゃない!」

 

 その横で柿崎が、小さく笑っていた。

 

 しかし、確認したいことはまだある。

 

「城戸さん」

 

「ん?」

 

「……さっき、二人が落ちるタイミングに合わせて、自分もベイルアウトしましたよね?」

 

「うん」

 

 奏真はあっさり頷いた。

 

「……何でですか?」

 

「あー」

 

 奏真は少し考えた。

 

 そして、当然のように答えた。

 

「だって、二人とも落ちちゃったら試合にならないじゃん?」

 

「…………」

 

 柿崎が目を瞬いた。

 

「……え?」

 

「だから、もう一回最初からやった方がいいかなーって」

 

「…………」

 

 柿崎は黙った。

 

 少し考える。

 

 そして。

 

「……だったら、二人がベイルアウトしてからでよかったんじゃないですか?」

 

「……あ」

 

 奏真が目を瞬いた。

 

「……確かに!」

 

「…………」

 

 柿崎が固まった。

 

「……え?」

 

 奏真は笑った。

 

「いやー、せっかくだから同時に落ちた方が面白いかなーって思っちゃって!」

 

「…………」

 

 小南が、ゆっくりと奏真を見た。

 

「……奏真さん」

 

「ん?」

 

「……あんた、本当に何考えてるのよ!」

 

「あはは!」

 

 奏真は笑った。

 

 その横で影浦も笑い始める。

 

「……ははっ!」

 

「……何?」

 

 奏真が顔を向ける。

 

「いや、奏真さんらしいなと思って」

 

「……そう?」

 

「三人同時にベイルアウトなんて、普通考えないっすよ」

 

「……確かに!」

 

 奏真は楽しそうに笑った。

 

 遊真も頷く。

 

「おれは面白かったぞ」

 

「お?」

 

「次は避けてみたいな」

 

「……あはは!」

 

 奏真が笑った。

 

「遊真、やる気だねー!」

 

「おう」

 

 影浦が鼻を鳴らした。

 

「次は同じ手、食らいませんよ」

 

「おっ、頼もしい!」

 

「次は普通にやりましょうよ、奏真さん」

 

「そうだねー」

 

 奏真も頷いた。

 

「じゃ、次はスコーピオンで!」

 

 そんな三人を見ていた風間が、小さく息を吐いた。

 

「……なるほど」

 

「……何がです?」

 

 柿崎が尋ねる。

 

「奏真さんが、何を面白いと思っているのか少し分かった気がしただけだ」

 

「……なるほど」

 

 柿崎も頷いた。

 

 小南は腕を組んだ。

 

「まあ、私は面白かったけどね!」

 

「おお!」

 

 奏真が嬉しそうに笑う。

 

「ありがと、小南!」

 

「ただし!」

 

「ん?」

 

「次は、もうちょっと長い試合にしなさいよ!」

 

「……あはは!」

 

 奏真は笑った。

 

「了解!」

 

     〇

 

 その後の模擬戦は、至ってまともだった。

 

 少なくとも、開始直後に三人同時にベイルアウトするようなことはなかった。

 

 奏真はスコーピオンを使用し、遊真と影浦を相手に接近戦を行う。

 

 遊真の機動力。

 

 影浦の攻撃的な立ち回りとサイドエフェクト。

 

 そして、奏真の読みと状況判断。

 

 三人それぞれの特徴が表れた戦闘になった。

 

「……なるほど」

 

 観戦していた風間が、小さく頷いた。

 

「……何?」

 

 小南が顔を向ける。

 

「……奏真さんの現在の攻撃手としての技量は、やはりB級相当だな」

 

「……そうね」

 

 小南も頷いた。

 

「遊真と影浦の方が、近接戦闘は上手いもの」

 

「ああ」

 

 風間は答えた。

 

「ただ、立ち回りは悪くない」

 

 その言葉に、柿崎も頷く。

 

「そうですね」

 

 奏真は、遊真や影浦と真正面から技量を競おうとはしない。

 

 自分が有利になる位置を探し、相手がどう動くかを予測して戦っている。

 

 もっとも、それでも二人の実力差を覆すのは難しかった。

 

「……面白いな」

 

 風間が呟いた。

 

「……何がです?」

 

 柿崎が尋ねる。

 

「同じ人物でも、使うトリガーと役割によって評価が随分変わる」

 

「……ああ」

 

 柿崎は頷いた。

 

 確かに、先ほどのケストレルと今のスコーピオンでは、まるで違う人物を見ているようだった。

 

「……城戸さんらしいですね」

 

 柿崎が小さく笑う。

 

「……そうだな」

 

 風間も頷いた。

 

 その横で、小南は楽しそうにモニターを眺めていた。

 

「あっ、遊真!」

 

 画面の向こうで、遊真が奏真の背後へ回り込む。

 

「そっちじゃなくて――」

 

 しかし、奏真が体を捻り、辛うじて攻撃をかわした。

 

「……おっ!」

 

 小南の顔が明るくなる。

 

「今のは上手いじゃない!」

 

 その直後。

 

 別方向から影浦が斬り込んできた。

 

「あっ」

 

 小南が声を上げる。

 

 奏真は慌てて防御しようとする。

 

 しかし、間に合わない。

 

『……あちゃー!』

 

 ベイルアウト。

 

「……あー!」

 

 小南が笑った。

 

「惜しかったわね!」

 

 柿崎も小さく笑う。

 

「でも、良い動きでしたね」

 

「……ああ」

 

 風間も頷いた。

 

 その表情はいつも通り冷静だったが、視線は最後までモニターから離れなかった。

 

     〇

 

 何試合か終えた頃。

 

「……そろそろ時間ですね」

 

 柿崎が時計を確認した。

 

「お店に行かないと」

 

「おっ!」

 

 奏真が顔を上げる。

 

「もうそんな時間?」

 

「はい」

 

 柿崎は頷いた。

 

「ちょうどいい頃合いです」

 

「じゃ、行こっか!」

 

 奏真が笑う。

 

「お好み焼きとそば飯!」

 

「……ははっ」

 

 影浦も笑った。

 

「奏真さん、ほんとそば飯楽しみにしてますね」

 

「そりゃねー!」

 

 遊真も頷く。

 

「おれも楽しみだぞ」

 

 そんな三人を見て、小南が呆れたように笑った。

 

「あんた達、さっきまであんなに戦ってたのに、もうご飯の話なの?」

 

「だって腹減ったしねー」

 

 奏真は当然のように答えた。

 

「小南も来る?」

 

「行かないわよ。玉狛に戻るんだから」

 

「あはは! だよねー!」

 

 風間も時計を確認した。

 

「……俺もここまでだな」

 

「おっ、風間もありがとねー!」

 

 風間は奏真へ向き直った。

 

「奏真さん」

 

「ん?」

 

「興味深いものを見せてもらいました」

 

「……そう?」

 

「特に、ケストレルの運用は参考になりましたよ」

 

「……おお!」

 

 奏真が嬉しそうに笑う。

 

「じゃあ、普及の役には立ったかな?」

 

「…………」

 

 風間は少しだけ考えた。

 

 そして、容赦なく答えた。

 

「運用の研究には役立ちます。ただ、普及という目的なら、奏真さんは完全にやり方を間違えていますね」

 

「……あれ?」

 

 奏真が首を傾げる。

 

「そこまで言う?」

 

「言いますよ。あの八発を見て、自分にも使えると思う狙撃手が何人いると思ってるんですか?」

 

「…………」

 

 奏真が固まった。

 

 小南が吹き出す。

 

「あははは!」

 

「……いやー!」

 

 奏真は笑いながら頭を掻いた。

 

「やっぱ、普通の使い方を見せた方が良かったかなー!」

 

「そうね!」

 

 小南が即答した。

 

 柿崎も苦笑する。

 

「俺もそう思います、城戸さん」

 

「……あはは!」

 

 奏真は笑った。

 

「勉強になったなー!」

 

 影浦も肩を揺らす。

 

「奏真さん、次はちゃんと考えてくださいよ」

 

「了解了解!」

 

 こうして、六人は訓練室を後にした。

 

 小南は玉狛支部へ。

 

 風間は自分の予定へ。

 

 そして、奏真、遊真、影浦、柿崎の四人は、お好み焼き屋へ向かった。

 

     〇

 

 夕方。

 

 お好み焼き屋『かげうら』。

 

 鉄板の上では、お好み焼きが香ばしい音を立てて焼かれていた。

 

 ソースの匂い。

 

 鰹節の香り。

 

 焼けた生地の香ばしさ。

 

「……いやー!」

 

 奏真は嬉しそうに笑った。

 

「やっぱここ、いいねー!」

 

「どうもっす」

 

 影浦も笑う。

 

「今日はゆっくり食ってってくださいよ」

 

「もちろん!」

 

 柿崎も楽しそうに頷いた。

 

「ここのお好み焼き、久しぶりです」

 

「ザキさん、追加したかったら言ってくださいね」

 

「ああ、ありがとう」

 

 遊真は鉄板を興味深そうに眺めていた。

 

「……おお」

 

 焼きたてのお好み焼きの上で、鰹節がゆらゆらと揺れている。

 

「……生きてるみたいだな」

 

「あはは!」

 

 奏真が笑った。

 

「熱で動いてるんだよー」

 

「……ほう」

 

 遊真は感心したように頷いた。

 

 影浦が笑う。

 

「空閑、冷めないうちに食えよ」

 

「おう」

 

 遊真は一口食べた。

 

 そして、少しだけ目を丸くした。

 

「……うまいな」

 

「だろ?」

 

 影浦が満足そうに笑った。

 

 その横では、奏真が運ばれてきた別の皿へ目を輝かせていた。

 

「……おお!」

 

 そば飯である。

 

 細かく刻まれた麺とご飯が、ソースと一緒に炒められている。

 

 湯気と共に、食欲をそそる匂いが立ち上っていた。

 

「待ってました!」

 

 奏真が嬉しそうに笑った。

 

「いやー、これこれ!」

 

 影浦もそば飯を口へ運ぶ。

 

「……あー、やっぱうまいっすね」

 

「でしょー?」

 

 柿崎も頷いた。

 

「城戸さんが言い出さなかったら、今日は頼まなかったかもしれませんね」

 

「たまにはいいでしょー?」

 

「はい。美味しいです」

 

 遊真もそば飯を一口食べた。

 

「……おお」

 

 少し考える。

 

「これもうまいな」

 

「あはは!」

 

 奏真が笑った。

 

「気に入った?」

 

「おう」

 

 遊真は頷いた。

 

「また食べたいぞ」

 

「じゃあ、また来ようよ!」

 

「もちろんっすよ」

 

 影浦が笑った。

 

 四人は、そのまま食事を楽しみ始めた。

 

 模擬戦の話。

 

 遊真が次に試したい動き。

 

 影浦が、先ほどの八発をどう避けるかという話。

 

 柿崎が観戦中に気づいたこと。

 

 そして、奏真のケストレル普及計画。

 

 話題は次々と変わっていった。

 

 やがて。

 

「……そういえばさー」

 

 奏真がそば飯を食べながら口を開いた。

 

「ケストレル、どうしたらもっと普及すると思う?」

 

「…………」

 

 影浦の箸が止まった。

 

「……まだ考えてたんすか?」

 

「そりゃねー!」

 

 奏真は当然のように頷いた。

 

「せっかく面白いトリガーなんだし!」

 

 柿崎が小さく笑った。

 

「城戸さん」

 

「ん?」

 

「まずは、今日の八発を使わない実演から始めたらどうですか?」

 

「…………」

 

 奏真は一瞬、黙った。

 

 そして。

 

「あははは!」

 

 思い切り笑い始めた。

 

「だよねー!」

 

「そうっすよ!」

 

 影浦も笑う。

 

「最初からあれ見せられたら、使う前に諦める奴もいるでしょ!」

 

「いやー、確かに!」

 

 遊真も頷いた。

 

「おれは面白かったけどな」

 

「あはは!」

 

 奏真は嬉しそうに笑った。

 

「ありがと、遊真!」

 

 柿崎は、そんな三人を見ながら小さく息を吐いた。

 

 今日の目的は、お好み焼きを食べることだった。

 

 その前に、少しだけ模擬戦をすることになった。

 

 ただ、それだけ。

 

 しかし、その「少しだけ」の内容は、思いのほか凄まじかった。

 

 八発の射撃。

 

 異なる八つの着弾地点。

 

 ほぼ同時に到達する弾道。

 

 そして。

 

 戦場の三か所で、まったく同じ瞬間に輝いた、三つのベイルアウトの光。

 

「…………」

 

 柿崎は少しだけ考えた。

 

 そして、苦笑した。

 

 あの光景は、きっとしばらく忘れられないだろう。

 

 ただし。

 

「……あ、柿崎!」

 

「はい?」

 

 奏真が嬉しそうに声をかける。

 

「そば飯、もうちょっと頼もうよ!」

 

「……あはは!」

 

 柿崎も笑った。

 

「いいですね。俺も食べたいです」

 

 結局、その日の一番の話題は、再び食事の話へ戻っていった。

 

 試作型トリガーの普及計画。

 

 実戦での運用例。

 

 通常の狙撃とは異なる戦術。

 

 それらは確かに重要だった。

 

 しかし、奏真にとっては。

 

「……いやー、そば飯美味しかったなー!」

 

 何よりも、それが一番の収穫だったらしい。

 

 なお。

 

 ケストレルの普及率については、依然として大きな変化は見られない。

 

 ――ケストレル普及計画、実演は大成功。

 

 ただし、普及への貢献度は不明。

 

 そして。

 

 三人同時ベイルアウトという、何とも珍しい記録だけが、ボーダー本部の訓練記録に残されることになった。

 




TIPS
試作型の実弾挙動型トリガーの全ての名称をケストレルと言う。 

狙撃弾と射手弾、銃手弾の現在、三種類があり
出水ですらケストレルを編成には入れない位には扱い難い弾である。
射手弾の場合の実弾挙動は込めるトリオンの量が実弾の弾の直径と重さとなり、発射速度を決める入力があり、撃った角度等も反映されるので非常にややこしい弾である。

そしてケストレルに対して出水曰く
「いや射手用の実弾挙動ってそういう事じゃなくね?」
との事であるが、奏真と二人で射手用のケストレルを使って開発部に協力してる姿がチラホラ見受けられる。
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