No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト> 作:羊毛ローブ
狙撃手の腕前を測る方法は、いくつもある。
一定時間内にどれだけ多くの標的を撃ち抜けるか。遠距離の標的へどれほど正確に命中させられるか。移動する相手を、どこまで追いかけられるか。
もちろん、実戦における狙撃手の価値は命中率だけでは決まらない。位置取り、隠密、索敵、味方との連携。そうした能力も含めて評価する必要がある。
だが、それでも。
優れた狙撃手は、基本的によく当てる。
当真勇も、奈良坂透も、その点について疑いようのない技術を持っていた。
では、純粋な射撃精度がB級狙撃手として標準的な水準に収まっている人物が、彼らにも真似できない狙撃を行ったとしたら。
それは、いったい何を意味するのだろうか。
この日、奈良坂透はその答えを知ることになる。
そして、知ったことを少しばかり後悔することにもなる。
〇
「……何度見ても、意味が分からないっすね」
荒船哲次の呟きに、当真勇が笑った。
「そうか? やってることは分かるだろ」
「理屈の話じゃないっすよ」
「じゃあ、何の話だ?」
「何でわざわざこんなことしてるのかって話です」
荒船が指さした先では、四人の隊員がほぼ同時にベイルアウトしていた。
ボーダー本部の訓練室。その一角に設けられた観戦用モニターを、東春秋、当真勇、奈良坂透、荒船哲次、佐鳥賢、絵馬ユズルの六人が囲んでいる。
画面に映されているのは、城戸奏真が狙撃手として活動していた頃の模擬戦記録だった。
使用トリガーは、実弾挙動型の試作狙撃トリガー。
現在は《ケストレル》と呼ばれている、少々変わった代物だ。
「普通の狙撃トリガーって、重力とか風を考えなくていいじゃないですか」
佐鳥が言った。
「まあな」
「なのに、これってわざわざ重力の影響を受けるようにしたんですよね? 何でそんな面倒なことを?」
「曲射ができるからだろ」
当真の返答に、佐鳥は頷いた。
「それは分かりますけど、普通の狙撃が難しくなるじゃないですか」
「その通りだな」
東が苦笑する。
トリオン弾の大きな利点は、現実の銃弾とは異なる挙動にある。弾道が重力や風に左右されないため、狙撃手は飛翔中の落下や風による流され方を考える必要がない。
ケストレルは、その利点を自ら手放したトリガーだった。
ただし、代わりに得られるものもある。弾が放物線を描くなら、通常の狙撃では射線を通せない場所へ攻撃を届かせられる。
理屈としては、十分理解できる。
実際に使おうと思うかは、また別の話だった。
「それで、この記録ですよね」
奈良坂が画面を見た。
奏真は二丁の試作ライフルから、まず曲射で二発を放つ。続いて銃口の向きを変え、比較的直線に近い軌道で二発を追加した。
合計四発。
飛距離も方向も発射時刻も異なる弾が、四人の標的へほぼ同時に到達する。
しかも、対象の一人である三輪秀次は、建物の陰にいた。
「……四か所同時って、発想からしておかしいですよね」
絵馬が小さく呟いた。
「ただ、四人の位置は事前に知らされていたからな」
東が補足する。
「四人がどこにいるか分からない状態から当てたわけじゃない。奏真は、分かっている位置へどう弾を届けるかを考えたんだ」
「それでも難しいですけどね」
奈良坂が言った。
標的の位置が分かっているからこそ、弾道を計算できる。
だが、四つの異なる弾道を成立させ、到達時刻まで合わせるとなれば、話は別だった。
しかも、着弾の直前には奏真のサイドエフェクト《対人威圧》が四人の動きに影響している。対象となった四人は奏真のいる方向を感覚的に察知したが、その直後には攻撃が到達していた。
「おかげで避ける時間もなかったわけか」
当真が楽しそうに笑う。
「……笑い事じゃないと思いますが」
「いや、面白えだろ。普通なら狙撃銃を二丁持ったって、こんな撃ち方はしねえぞ」
「それは、そうですね」
奈良坂は否定しなかった。
狙撃という技術の範囲を外れているわけではない。
だが、普通の狙撃手が積み上げてきた技術とは、明らかに向いている方向が違っていた。
「……東さん」
「ん?」
「奏真さんは、昔からこうだったんですか?」
東は少し考えてから笑った。
「昔から、こういうことを考えるのが好きだったな」
「……そうですか」
「もっとも、狙撃手としての腕そのものは、それほど突出してなかったんだけどな」
奈良坂は小さく頷いた。
それは、自分も過去の訓練記録で確認していたことだった。
城戸奏真。
狙撃手としての純粋な命中率は、B級相応。
決して下手ではない。だが、特別に高いわけでもない。
少なくとも、当真や奈良坂のような上位狙撃手と、射撃精度そのもので張り合える人物ではなかった。
それなのに、残した記録だけを見ると、まるで全く別の技術体系を使っているかのように見える。
「……何が違うんでしょうね」
奈良坂が独り言のように呟いた。
その答えを東が口にするより先に、訓練室の入口から声がした。
「あら、何してるの?」
小南桐絵だった。
「あ、小南先輩!」
佐鳥が振り返る。
「城戸さんの昔の狙撃ログを見てたんですよ!」
「奏真さんの?」
小南はモニターを覗き込み、四人同時ベイルアウトの映像を確認すると、納得したように頷いた。
「ああ、それね」
「小南さんもご覧になったことがあるんですか?」
「あるわよ」
そう答えた小南は、何かを思い出したように笑った。
「でも、それならもっと変なログがあるわよ」
全員が振り返る。
「……もっと変な?」
荒船が聞き返した。
「そう! この前、奏真さんと遊真と影浦が三人で模擬戦した時の!」
「空閑とカゲ?」
当真が身を乗り出した。
「へえ。そりゃ面白そうだな」
「しかも奏真さん、最初はケストレル使ってたのよ!」
「……ケストレルを?」
奈良坂が眉を寄せた。
現在の奏真はスコーピオンを使用する攻撃手だ。
しかも、相手は空閑遊真と影浦雅人。近接戦闘において、二人とも非常に高い実力を持っている。
そんな二人を相手に、わざわざ慣れない狙撃トリガーを持ち出したというのか。
「まあ、見れば分かるわよ!」
小南はそう言って、再生を促した。
〇
市街地型マップ。
参加者は城戸奏真、空閑遊真、影浦雅人の三人。
互いの初期位置は知らされていない。
試合開始の合図とともに、奏真が二丁のケストレルを構えた。
「……え?」
佐鳥が目を瞬いた。
「もう撃つんですか?」
奏真は屋上から上空へ一発目を放ち、その直後に二発目を撃った。続いて銃口の角度を変え、次々と射撃を重ねていく。
三発。
四発。
五発。
異なる方向へ放たれた弾が、それぞれ別の弧を描いて飛んでいく。
六発、七発、八発。
最後の一発を撃ち終えると、奏真は満足そうに笑った。
『……よし!』
その直後。
『……あ』
何かに気づいたような声が記録に残る。
『……これ、やり過ぎたかなー』
そして、三つのベイルアウト表示が重なった。
『空閑遊真 ベイルアウト』
『影浦雅人 ベイルアウト』
『城戸奏真 ベイルアウト』
試合終了。
訓練室に沈黙が落ちた。
「……は?」
荒船が呟いた。
「何が起きた?」
「だから言ったでしょ!」
小南は楽しそうに笑っている。
「変なのよ、これ!」
奈良坂は映像を巻き戻し、東とともにもう一度確認した。
八回の射撃。
それだけで、三人が同時にベイルアウトしている。
それも、奏真が遊真と影浦の位置を把握していない状態からだ。
「……位置情報の共有はないんですよね?」
奈良坂の質問に、小南が頷いた。
「ないわよ。最初から、三人とも相手の位置は知らないもの」
「……それなら」
奈良坂は地形図を表示した。
「奏真さんは何を狙っていたんでしょうか」
東が弾道の記録を見ながら答える。
「場所だろうな」
「……場所?」
「二人が現れそうな場所だ」
八回の射撃を、地形図に重ねてみる。
建物の陰にある通路。
複数の経路が合流する交差点。
高所へ移動する際に利用できる足場。
どれも、市街地で近接戦闘を行うなら候補になり得る場所だった。
「……なるほど」
荒船が頷いた。
「空閑とカゲが来そうな場所へ、先に弾を送ったんすね」
「おそらくな」
東は画面を見たまま答えた。
「それなら、相手が見えなくても撃てる」
「いや、撃てるのと当たるのは別問題でしょう」
佐鳥が突っ込んだ。
「こんな広いマップのどこに二人がいるか分からないのに、何で八か所に絞れるんですか?」
誰もすぐには答えられなかった。
確かに、地形から移動経路を予測することはできる。
しかし、候補になり得る場所は八つどころではない。
さらに厄介なのは、奏真がただ撃っているわけではないことだった。
「……この弾道」
絵馬が画面を指す。
「全部、飛んでる時間が違いますよね」
「そうだな」
奈良坂が頷く。
「発射時刻も違う。なのに、到達する時刻はかなり近い」
「《擬似風刃》と同じかよ」
当真が笑った。
「しかも今度は、相手の場所が分かってねえ」
その時、荒船が画面に顔を近づけた。
「……いや、待ってください」
「どうした?」
東が尋ねる。
「ここ、普通に撃って届く場所じゃないっすよね?」
指さした先には、建物の陰へ続く通路があった。
上空から大きく曲射すれば届く可能性はある。
だが、記録上の軌道は、そこへ向かうには角度が少しおかしい。
「……確かにな」
東は拡大表示を確認した。
「途中で何かに当てるつもりだったのかもしれん」
「……跳弾ですか?」
奈良坂が尋ねる。
「可能性はあるな」
佐鳥が呻いた。
「ただでさえ訳分かんないのに、跳ねるんですか……?」
当真だけは大いに楽しそうだった。
「ははっ! これは本人に聞くしかねえな!」
〇
「いやー、珍しいねー!」
しばらくして現れた城戸奏真は、狙撃手達が揃っているのを見て笑った。
「みんなで何してるの?」
「お前のログを見てたんだよ」
東が答える。
「俺の?」
「昔の《擬似風刃》と、この前の三つ巴だ」
「あー!」
奏真は小南を見た。
「キリタンポ、あれ見せたの?」
「そうよ!」
「いやー、あれはちょっとやり過ぎたねー!」
「ちょっとじゃないわよ!」
小南が即座に突っ込んだ。
奈良坂は二人のやり取りを横目に、地形図を表示した。
「奏真さん。少し質問してもいいですか?」
「もちろん!」
「まず、空閑と影浦さんの位置についてです。あの八回の射撃を行った時点では、二人の位置は分かっていなかったんですよね?」
「うん!」
「……では、八か所とも予測ですか?」
「そうだよー!」
奏真は当然のように頷いた。
奈良坂は言葉を続ける。
「どうやって、八か所に絞ったんですか?」
「あー、そこ聞きたいの?」
奏真はモニターの一点を指した。
「ほら、俺の初期位置、あそこだったでしょ?」
屋上に表示されたマーカー。
その周辺には、複数の道路と建物が入り組んでいる。
「で、あのマップは頭の中に入ってるからさ!」
「……全部?」
佐鳥が聞き返した。
「うん。まぁ主要な建物の配置とか使える通路とかだけだけどねー」
奏真は別の地点を指した。
「それに、相手はカゲとホープでしょ? 二人とも戦い方には特徴があるし、相手が二人いるって分かってるから、どう動くかにも傾向が出るんだよね」
説明を聞きながら、奈良坂は自分でも同じ条件を考えてみた。
地形から有力な移動経路を選ぶ。
そこへ、二人の戦闘スタイルを重ねる。
さらに、二人が互いをどう警戒するかを加える。
やろうとしていること自体は、理解できた。
しかし、情報を一つ加えるたびに、考慮すべき可能性は増えていく。
遊真が右へ進んだ場合。
影浦が先に移動した場合。
互いの姿を発見した場合。
発見しなかった場合。
別の進路を選んだ場合。
それらの分岐を考えれば考えるほど、候補地点は絞られるどころか増えていくように思えた。
ところが、奏真は楽しそうに話し続けている。
「で、そこから通る可能性の高いところを順番に選んでいった感じだねー!」
「……順番、ですか」
「うん!」
「実際に二人がいたのは、何番目の候補だったんです?」
「カゲが三番目! 遊真が七番目だったかな!」
荒船が首を傾げた。
「……七番目まで必要だったんすね」
「そうなんだよー!」
奏真は苦笑した。
「いやー、危なかったね!」
「だったら、もっと撃った方がよかったんじゃないっすか?」
「あー、九番目から先はねー」
奏真は少し考えた。
「撃つ意味が凄く薄いんだよね」
「……それは」
奈良坂が顔を上げる。
「八番目までは優先順位を付けられたけれど、九番目以降は差が小さすぎたということですか?」
「そうそう!」
奏真は頷いた。
「そこから先は、もう予測じゃなくて運任せになっちゃうからねー」
だから、八か所で止めた。
実に簡単な説明だった。
だが、奈良坂が気になったのは、その判断基準よりも、そこまで絞り込んだ後の成功見込みだった。
「……ちなみに、奏真さん」
「ん?」
「その八か所への射撃で、二人とも仕留められる可能性は、どれくらいだと考えていたんですか?」
「んー?」
奏真は少しだけ考えた。
「多分、四割では当たってる計算だったよ」
「……四割?」
「うん!」
「……二人とも、ですか?」
「そうだねー!」
奏真は頷く。
「八か所の候補と、そこへ来るタイミング、回避する可能性まで入れると、大体それくらいかなーって!」
奈良坂は数秒考えた。
「……思っていたより低いですね」
その瞬間。
「それ本気で言ってるのか?」
荒船の声が訓練室に響いた。
「……荒船?」
「低い訳ねーだろ」
荒船は地形図を指さした。
「相手の位置がまったく分かってねえんだぞ?適当に八発撃って二人とも倒せる確率なんて、限りなくゼロだろ」
奈良坂は黙った。
「それを奏真さんは、自分の初期位置とマップ、二人の行動を頭の中で計算して、四割にまで上げてるんだぞ?異常だろ、それ」
「……あ」
佐鳥が顔を上げた。
「確かに……普通の狙撃の命中率とは違いますね」
「そういうことだな」
荒船が頷く。
東も静かに口を開いた。
「これは、見えている相手に照準を合わせて命中させる確率じゃない。まだ見えていない二人が、奏真の選んだ場所へ来て、攻撃が成立するところまで含めた見込みだからな」
「……なるほど」
奈良坂は地形図を見直した。
八つの候補。
そのうち第3候補と第7候補が的中。
結果だけ見れば二人とも倒しているが、実際には外れる可能性の方が高かった。
それでも、位置不明の二人を同時に仕留める見込みを四割まで持っていったのだ。
奈良坂は小さく息を吐いた。
「……確かに、通常の射撃命中率と混同していました」
「……だろ?」
荒船が答えた。
「しかも、それを試合開始直後にやってるんだぞ」
「いやー」
そこで奏真が、少し困ったように笑った。
「そんな大したことじゃないと思うけどねー」
「大したことっすよ!」
「えー?」
奏真は不思議そうに首を傾げた。
「でも四割って、六割は外れるってことでしょ?」
荒船は天井を仰いだ。
「……だから、そこじゃないんすよ」
その様子を見て、当真が吹き出した。
「ははっ! お前ら、比べてるものが違うんだよ!」
「……何がです?」
佐鳥が尋ねる。
「奈良坂や荒船は、弾を撃つ腕の話をしてる。でも奏真さんは、撃つ前にどこを狙うか決める話をしてるんだろ?」
東が頷いた。
「そういうことだな」
そして、少し笑った。
「奏真の得意分野は、もともとそっちだ」
〇
「……そういえば」
奈良坂は、ふと別のことを思い出した。
「奏真さん。以前、通常の狙撃訓練の記録も確認したことがあるんですが」
「んー?」
「射撃の命中率そのものは、それほど高くありませんでしたよね?」
「あー、そうだねー!」
奏真はあっさり頷いた。
「俺、普通に狙撃するのはそんなに上手くないよ?」
「……あれ?」
佐鳥が目を瞬いた。
「そうなんですか?」
「うん!」
奏真は笑った。
「B級なら普通にやっていけるくらいじゃない?」
「……でも」
絵馬が画面を見た。
「《擬似風刃》とか、今回のケストレルとか……」
「それとこれとは別じゃない?」
奏真の返答に、奈良坂が僅かに目を細めた。
「……別、ですか」
「だってさ、俺がナラサカナやマイキーみたいに正確に撃てるわけじゃないでしょ?」
「まあな」
当真が笑う。
「普通に的を撃って勝負するなら、俺は負ける気しねえぞ」
「マイキーならそう言うと思った」
奏真も笑った。
「だから、そういう勝負はあんまりしたくないんだよねー!」
「……なるほど」
奈良坂は頷きかけたが、すぐに眉を寄せた。
「ですが、それでは今回の結果の説明がつきません」
「……えー?」
「射撃精度が特別高くない人が、位置の分からない相手を二人とも仕留めているんです」
「そうだねー」
「……それが、どうして成立するんですか?」
奏真は少し考えた。
そして、何でもないことのように答えた。
「俺でも当てられるところに撃ったからじゃない?」
「…………」
奈良坂の動きが止まった。
「……奏真さんでも?」
「うん!」
奏真は地形図の第3候補地点を指した。
「例えば、ここ。カゲがこの経路を選んだ時、どこを通るかって大体決まるでしょ?」
「……そうですね」
「そこで狙うなら、動いてるカゲ本人を追いかけるより、通る場所に合わせておいた方が楽じゃん?」
次に、第7候補。
「ホープの方も同じ。俺があいつの動きに照準を合わせ続けるなんて、面倒だしねー」
「……ああ」
当真が納得したように笑った。
「なるほどな。動いてる相手を追いかけて当てたわけじゃねえのか」
「そうそう!」
奏真は頷いた。
「俺が当てやすい条件になるようにしただけだよ!」
荒船は、ゆっくりと地形図を見直した。
奏真の八つの候補地点は、ただ相手が通りそうな場所を選んだものではない。
そこへ来るまでの経路。
到達する時間。
その時点での移動方向。
そして、どの角度から弾を送り込めば当たりやすいか。
それらを一緒に考えている。
「……ちょっと待ってください」
荒船が口を開いた。
「ん?」
「奏真さん、相手が来そうな場所を予測するだけじゃなくて、そこへ来た時に自分が当てられるかどうかまで考えてるんすか?」
「そりゃそうでしょー!」
奏真は笑った。
「せっかく予測が当たっても、俺が外したら意味ないじゃん?」
「…………」
荒船は黙った。
それを聞いて、奈良坂も理解した。
奏真は、射撃精度の低さを無視しているのではない。
むしろ正確に把握している。
自分が当てられる範囲、当てられない範囲。相手の動きにどの程度まで対応できるか。そこを把握しているから、無理な射撃を前提にしない。
確実ではなくとも、相手がその地点へ現れれば自分の技術で十分命中を狙える。
そういう条件だけを選んでいるのだ。
「……東さん」
奈良坂が顔を向けた。
「ん?」
「これは、狙撃技術の高さとは別の問題ですね」
「ああ」
東は頷いた。
「奏真がやってるのは、普通の狙撃手が難しいと感じる射撃を、簡単な射撃に変えることだな」
「……そうですね」
もちろん、弾道計算そのものが簡単になったわけではない。
だが、実際に引き金を引く時点では、すでに撃つ場所も角度も時刻も決まっている。
相手が予測通りに来れば、あとは予定した射撃を行うだけだ。
それを簡単と呼んでいいかは別として。
「……要するに」
絵馬がぽつりと呟いた。
「普通の狙撃手は、当てる技術を磨くんですよね」
「そうだな」
東が頷く。
「でも、城戸さんは当てやすくする方法を考えてる」
「そういうことだ」
当真が笑った。
「俺なら見えてる相手を撃つ。でも奏真さんは、相手が来るところへ先に撃ってるわけだ」
「いやー、マイキーほど上手く撃てたら、もっと違う方法もあるんだけどねー!」
奏真が笑う。
「でも俺は、そこまで上手くないし!」
「……ははっ!」
当真は愉快そうに笑った。
「いいじゃねえっすか。俺とは違う方法で当てりゃいいんだから」
その言葉に、奏真は嬉しそうに頷いた。
「そうそう! 自分ができることを使った方がいいでしょ?」
奈良坂は、改めて二人を見比べた。
当真勇は、狙撃手としての純粋な技量が極めて高い。標的を見つけた後、それを撃ち抜くことにかけてはボーダーでも最上位だ。
一方、城戸奏真は違う。
標的を見つける前から、相手がどこへ行くかを考えている。そして、自分でも命中させられる状況になるまで、頭の中で戦場を組み立てている。
その結果、必要とされる能力が変わる。
照準を合わせる速さよりも、判断の速さ。
動く標的を追い続ける技術よりも、その標的が次にどこへ現れるかを考える力。
狙撃の命中精度はB級相応。
それでも、相手を仕留めるための準備が異常なほど巧みなのだ。
「……そうか」
奈良坂は小さく呟いた。
「奏真さんの射撃精度が特別高くないからこそ、ああいう撃ち方になるんですね」
「まあねー!」
奏真は頷いた。
「俺、できないことを無理してやるの好きじゃないし!」
「……なるほどな」
荒船が苦笑した。
「何か、少しだけ納得した気がしますね」
「少しだけ?」
「いや、そこまで考えられること自体が普通じゃないんで」
「あはは!」
奏真は笑った。
そして、東が静かに付け加えた。
「だから奏真を狙撃手として評価する時は、射撃技術と戦果を分けて考えないといけないんだ」
奈良坂は頷いた。
狙撃が上手いわけではない。
だが、狙撃を当てる方法を考えるのが、異常に上手い。
似ているようで、全く違う話だった。
〇
「……それで、奏真さん」
奈良坂は、もう一度三人同時ベイルアウトの場面を表示した。
「もう一つ質問してもいいですか?」
「もちろん!」
「二人とも仕留められる見込みが四割だったなら、なぜご自身もベイルアウトしたんです?」
奏真は、きょとんとした顔になった。
「ん?」
「予測が外れれば、どちらか、あるいは二人とも生き残りますよね。その場合、そのまま戦闘を続けるという選択肢もあったはずです」
「あー」
奏真は少し困ったように笑った。
「いや、まあ、あれはねー」
言葉を探すように、頭を掻く。
「当たった場合、やり過ぎじゃん?」
「……やり過ぎ?」
「だって、晩飯前の時間潰しが主な目的だったんだよこの試合」
奈良坂が頷いた。
「そうだったんですね……」
「それなのに、開始直後に二人ともベイルアウトってさー。何か、違うじゃん?」
奏真は苦笑した。
「だから当たっても当たらなくても、俺はベイルアウトしようと思ってたんだよ!」
「……最初からですか?」
「うん!」
奏真はあっさり頷いた。
「ケストレルのお披露目はそこで終わり! もう一回、今度は普通に三人で遊べばいいかなって!」
荒船は少し考えた。
奏真が自主ベイルアウトしたのは、二人を確実に倒せると思っていたからではない。
成功しても、失敗しても、最初の模擬戦はそこで終わりにするつもりだった。
そういうことなら、四割という見込みとも矛盾しない。
「……なるほど」
奈良坂も頷いた。
「それなら、ベイルアウトした理由は分かります」
しかし、佐鳥が首を傾げた。
「でも、何で同時なんですか?」
「んー?」
「撃ち終わった後、すぐベイルアウトしてもよかったですよね?」
「あー、それはね!」
奏真は笑った。
「当たってたら、そっちの方が後から見た時に面白いかなと思って!」
数秒の沈黙。
「……面白い?」
佐鳥が聞き返した。
「うん!」
「……それだけですか?」
「だって三つ巴戦で三人同時ベイルアウトって、珍しいじゃん?」
奏真は楽しそうだった。
「どうせ俺はベイルアウトするつもりだったし、当たってたら綺麗に三人同時になるようにしておいた方が面白いでしょ?」
「……ぶはっ!」
当真が吹き出した。
「ははは! 何だそりゃ!」
「……つまり」
奈良坂が口を開く。
「二人とも命中していれば、三人同時ベイルアウト。外れれば、奏真さんだけが予定時刻にベイルアウトする」
「そうそう!」
「……その演出のために、ベイルアウト時刻まで弾の最終到達時刻へ合わせたんですか?」
「うん!」
奏真は満面の笑みを浮かべた。
「いやー、綺麗に決まってよかったねー!」
奈良坂は、何とも言えない表情になった。
そこへ東が笑いながら口を挟む。
「つまりお前、見栄えを優先したわけだな」
「そういうこと!」
「……それでカゲと空閑に怒られなかったのか?」
「あはは!怒ってたよアレはナシ!もう一回って言ってたし」
奏真は悪びれずに笑う。
「次は絶対避けるって言ってたねー!」
「そりゃそうよ!」
小南が呆れたように笑った。
「せっかく遊ぶつもりだったのに、いきなり三人ともベイルアウトなんて!」
「だから次は普通にやったじゃん!」
「最初から普通にやりなさいよ!」
小南のツッコミに、当真がまた笑った。
奈良坂は静かに息を吐いた。
四割の成功見込み。
それでも命中するかどうかに関係なく、自分はベイルアウトする予定だった。
そして、もし命中していた場合だけ、後から記録を見た人間が驚くようにしていた。
理由としては、理解できる。
理解できるのだが。
そのために行った射撃が、普通の狙撃手には再現困難なものになっている。
奈良坂は、どうにも釈然としなかった。
〇
「……ところで」
東が、ふとモニターへ視線を戻した。
「さっき、弾の到達時刻に合わせたって言ったよな?」
「うん!」
「奈良坂、今表示しているのは何の時刻だ?」
「……最初の接触時刻ですね」
奈良坂は記録を確認した。
「八発とも、ほぼ同じ時間帯に接触しています。ただ、完全には一致していません」
「あれ?」
奏真が不思議そうに首を傾げた。
「弾着、ほとんど同じだった?」
「……はい」
「全部合わせたと思ったんだけどなー」
その言葉に、奈良坂が顔を上げた。
「……完全に合わせたつもりだったんですか?」
「うん!」
奏真は当然のように答えた。
「だって、最後は全部同じ時刻に届くようにしたし!」
東が、僅かに笑った。
「……いや、早い奴は跳弾狙いしてるだろ?」
「あっ!」
奏真が手を打った。
「そうそう! それ!」
奈良坂が眉を寄せる。
「……跳弾?」
「うん!」
「……なるほど」
奈良坂は一度考え、佐鳥へ顔を向けた。
「接触履歴を表示してくれ」
「了解です!」
佐鳥が端末を操作する。
詳細記録に切り替わると、一部の弾が建物へ当たった後も飛翔を続けていることが分かった。
それらの接触は、弾の消滅を意味していなかった。
途中の跳弾だったのだ。
「……最初の接触時刻と、最終到達時刻が別なんですね」
絵馬が呟く。
「そういうことだな」
東が頷いた。
奈良坂は最終到達時刻だけを表示する。
数値を確認し、もう一度確認する。
「……一致しています」
「……何が?」
荒船が尋ねる。
「八回の射撃について、最終到達時刻がすべて同じです」
荒船は画面を覗き込んだ。
途中で跳弾するもの。
直接目的地へ到達するもの。
発射時刻も飛翔距離も異なる八回の射撃が、最後には同じ時刻へ到達している。
「……いや、待ってください」
荒船は額に手を当てた。
「跳弾する角度まで計算して、最後の時刻も合わせてるんすか?」
「そうだねー!」
奏真は頷いた。
「途中で跳ねるんだから、その分も考えないと駄目でしょ?」
「……それはそうっすけど」
荒船は言葉を切った。
計算の理屈が通っているからといって、それが普通に実行できるわけではない。
その時、絵馬が一つの弾道を指さした。
「……でも、これ」
「ん?」
「途中から、線が二本になってません?」
奈良坂が確認する。
八回目の射撃。
途中までは一本だった弾道が、ある地点から左右へ分かれているように見えた。
「……表示の問題ですかね?」
佐鳥が尋ねる。
その横で奏真が首を傾げた。
「……あれ?」
「どうしました?」
奈良坂が顔を向ける。
「さっきから八発って言ってるけどさ」
「……はい」
「八か所に撃ったけど、最終的には弾が九つになってるよ?」
沈黙。
「……九つ?」
「うん!」
奏真は笑った。
「途中で一発、二つに割れてるからねー!」
奈良坂がゆっくりとモニターへ向き直った。
荒船も身を乗り出す。
当真だけは、何か面白いことが始まったとでも言いたげに笑っていた。
詳細記録を開くと、八回目の弾は途中で障害物へ接触し、その瞬間に二つへ分裂していた。
一本は左。
もう一本は右。
そこから別々の弾道を描き、同じ候補地点の左右へ向かっている。
「……何で割ったんすか?」
荒船が尋ねた。
「あー、そこねー!」
奏真は地形図の第8候補地点を指さした。
「ここに相手が来た場合、左右どっちかに避けると思ったんだよねー」
「……はい」
「でも、どっちに避けるか絞りきれなくてさ!」
奏真は少し困ったように笑った。
「じゃあ、両方狙えばいいかなーって!」
荒船は目を閉じた。
奈良坂は地形図を見直した。
「……つまり、第九候補を狙ったわけではなく」
「うん!」
「第八候補地点に相手が現れた後、左右どちらへ回避するか。その二通りに対応したんですね」
「そうそう!」
「……それで、弾を分裂させた」
「うん!」
奏真はあっさり頷いた。
八つの予測候補。
八回の射撃。
途中で一発が二つに分裂したため、最終的な弾道は九本。
そして、九本すべての最終到達時刻が一致していた。
「……本当に九つとも同じ時刻ですね」
佐鳥が呟く。
「そうだねー!」
奏真は嬉しそうだった。
「いやー、ちゃんと合わせられててよかった!」
「……ちなみに」
絵馬が小さく口を開いた。
「その八番目には、誰も来なかったんですよね?」
「うん!」
「……じゃあ、割れた二つの弾は?」
「両方外れ!」
「…………」
当真が吹き出した。
「ははっ! 使わなかったところまで凝ってんのかよ!」
奏真も笑う。
「いやー、でも来てたら必要だったかもしれないし!」
「……それは、そうですが」
奈良坂は九本の弾道を見比べた。
複雑な弾道計算。
跳弾。
分裂。
そして完全同時到達。
それだけのことをしておきながら、奏真自身の普通の射撃精度はB級相応なのだ。
だが今なら、少しだけ分かる。
彼は難しいところを正確に撃ち抜くために、これらの機能を使ったわけではない。
自分では撃ち抜くのが難しい位置へ弾を届け、相手の回避先を狭め、命中しやすい状況を作るために使っている。
結果として、九本の弾道が必要になった。
そしてそれを、全部同時刻に揃えた。
最後の部分だけは、どう考えても余計な気がしたが。
〇
「……で、奏真さん」
荒船が、疲れたように口を開いた。
「んー?」
「結局、何でこんなことしたんすか?」
「何でって?」
「八か所の予測は分かりました。跳弾や分裂の理由も、一応は分かりました」
荒船はモニターを指さした。
「でも、全部一度に使う必要ってあったんすか?」
「あー!」
奏真は納得したように頷いた。
「そういうことね!」
そして、満面の笑みを浮かべた。
「だって、ケストレルを普及させるには、まずケストレルの良さを知ってほしいわけじゃん?」
「……まあ、そうですね」
「だったら、できること全部詰め込んだ方が早くない?」
「…………」
荒船はゆっくりと顔を覆った。
「いや、普通はできねーんすよ!」
「……えー?」
「曲射だけでも難しいんです! 跳弾も分裂も、狙って成立させるのがどれだけ大変だと思ってるんすか!」
「いやー、大変だよねー!」
「分かってるじゃないですか!」
佐鳥も頷いた。
「しかも、九本同時到達なんて、ケストレルの性能が凄いのか奏真さんが凄いのか分かんないですよ!」
「……あれ?」
奏真が目を瞬いた。
奈良坂は冷静に続けた。
「実演としては、もっと単純な方がいいと思います。一般の狙撃手が使える機能を見せないと、普及にはつながりません」
「……なるほどねー!」
奏真は素直に頷いた。
「だったら、最初は曲射だけにした方がよかったのか!」
「そういうことです」
ようやく理解してもらえた。
奈良坂が安堵したところで、奏真がふと思い出したように言った。
「……まあ、今は射手用のケストレルの試験で忙しいからねぇ」
「…………」
奈良坂が顔を上げた。
「……射手用?」
「うん!」
荒船が聞き返す。
「射手用なんてあるんすか?」
「今は試作だけどねー!」
「……いや、待ってください」
荒船が眉を寄せた。
「どうやって実弾挙動にするんすか? 射手って銃を使わずに、トリオンキューブを分割して弾を作るじゃないですか」
「そうだねー」
「……無理じゃないっすか?」
「いやー、俺もそう思ってたんだけどねー!」
奏真は楽しそうに笑った。
「開発部、形にしちゃったんだよ!」
「……形に?」
「動くものはできてるよ! ただし、一発ごとの設定がものすごく面倒!」
荒船は目を閉じた。
「……でしょうね」
東が腕を組む。
「トリオン弾に実弾の挙動を持たせることと、銃口から発射することは別の問題だからな。技術的に可能なら、射手用にも応用はできるだろう」
「そうそう!」
奏真は嬉しそうに頷いた。
「でも、設定が増えるから、そこをどうにかしないとねー!」
奈良坂は少し考えた。
「……あらかじめ弾道を登録して、必要な時に呼び出す方法はどうでしょう」
「それも考えてるみたいだよ!」
「……なるほど」
そこで東が苦笑した。
「まあ、開発部も大変だろう。奏真、お前もあんまり無理を言うなよ」
「いやいや、春秋!」
奏真は首を振った。
「開発部の人、舐めたら駄目だよ?」
「……ん?」
「だって、俺とデルミが『バカなんじゃない?』って言ったのに、形にしてきた人達なんだから!」
東が目を瞬いた。
「……ああ、そういう話か」
「そもそもケストレルってねー」
奏真は、少し懐かしそうに笑った。
「開発部が『狙撃型トリガーの弾を実弾みたいに飛ばしたら、色々できるんじゃないか』って考えたのが始まりらしいんだよ!」
奈良坂が頷いた。
「……開発部の発案なんですね」
「そう!」
奏真は東を見た。
「春秋も、最初はバカじゃないかって思ったでしょ?」
「まあな」
東は苦笑した。
「トリオン弾の長所を、わざわざなくしているようなものだからな」
「でしょ!?」
奏真は嬉しそうに頷いた。
「俺も、せいぜい曲射くらいしかできないと思ってたんだよ!」
だが、実物は違った。
条件が合えば跳弾する。
接触の仕方によっては分裂もする。
ただ実弾らしい軌道を描くだけではなく、実際の弾丸が持つ複雑な挙動まで再現しようとしていた。
「いやー、あれ見た時は驚いたねー!」
奏真は笑った。
「『あ、これ本気だ』って思ったんだよ!」
東も小さく笑う。
「……それで協力するようになったわけか」
「そうそう!」
「なるほどな」
当真が面白そうに頷いた。
「じゃあ、最初に変なことを考えたのは開発部の方か」
「そうだよー!」
奏真は嬉しそうだった。
「で、今度は射手用は流石に無理でしょって、俺とデルミで言ってたわけ!」
「……それをまた作ってきたと」
荒船が言った。
「そう!」
奏真は満面の笑みを浮かべた。
「いやー、開発部ヤバいよ!」
奈良坂は、小さく頷いた。
実用性の問題はまだ残っている。
だが、技術的に難しいと思われていたものを形にしたことは、間違いなく評価に値する。
「……確かに、すごい研究ですね」
「でしょー!」
奏真は嬉しそうだった。
どうやら、自分の射撃を褒められるより、開発部の技術を評価される方が喜ばしいらしい。
「……ただ」
荒船が、そこで口を開いた。
「この調子だと、また変なもの作ってきそうっすね」
「あー、そういえば!」
奏真が手を打った。
荒船の表情が固まった。
「……何です?」
「跳弾をメインにした試作トリガーも考えてるらしいよ!」
「…………」
奈良坂が顔を上げた。
「……跳弾を、メインに?」
「うん!」
奏真は楽しそうに頷いた。
「ホープのスコーピオン・ピンボールを見て思いついたらしくてさ!」
「ああ」
東が頷いた。
「グラスホッパーでスコーピオンを跳ね返す、あの技か」
「そうそう!」
グラスホッパーを利用し、手裏剣状のスコーピオンを何度も反射させる攻撃。
人間が跳ね回る通常の《乱反射(ピンボール)》とは違い、跳ね返すのは攻撃そのものだ。
「……なるほど」
荒船が考え込んだ。
「スコーピオンでできるなら、弾でも似たことができないかって発想ですか」
「そういうことみたい!」
奏真は頷いた。
「それと、グラスホッパーで跳ね返しても割れない弾を作れないか、とかも考えてるらしいよ!」
「……グラスホッパーで割れない弾?」
佐鳥が聞き返す。
「うん!」
奏真は嬉しそうに続けた。
「弾が壊れずに跳ね返せるなら、壁がない場所でも軌道を変えられるかもしれないでしょ?」
奈良坂は少し考えた。
跳弾専用の新型トリガー。
そして、グラスホッパーによる反射を可能にする弾。
どちらもまだ構想段階だというが、実現すれば射撃の自由度は大きく変わる。
通常なら射線が通らない場所へ、弾を届かせられるかもしれない。途中で進行方向を変えれば、相手から見た攻撃の角度も変わる。
ただし、それを狙って制御するには相当な技術が必要になるだろう。
「……面白そうですね」
絵馬が呟いた。
「でしょー!」
奏真は嬉しそうに頷いた。
その時、当真が口を開いた。
「……なあ、奏真さん」
「ん?」
「もしその二つが使えるようになったら、お前ならどう使うんだ?」
奏真は腕を組んだ。
「そうだなぁ……」
少し考える。
「とりあえず、ホープみたいな使い方はそれでありだと思うよ!」
「……スコーピオンのピンボールを、弾でやるわけか」
「そうそう!」
奏真は頷いた。
「それは普通に面白いと思う!」
「……それ以外は?」
当真が尋ねる。
「んー?」
奏真は少し考えた後、楽しそうに笑った。
「跳弾用と、グラスホッパーで軌道を変えられる弾があるならさ」
指を二本立てる。
「それをフェイクに入れるかな!」
「……フェイク?」
荒船が眉を寄せた。
「どういうことだ?」
「簡単に言えばねー」
奏真は、何でもないことのように答えた。
「跳弾用の弾と、そうじゃない弾を一発ずつ撃って、本命を分からなくする感じ!」
奈良坂が目を細めた。
「……二種類の弾を使って、片方を囮にするんですか?」
「そうそう!」
「……ただ、跳弾する方を見分けられたら、対処されませんか?」
「そこなんだよねー!」
奏真は頷いた。
「最初は跳弾する方を本命にしてもいいし、逆でもいい。何回か見せておけば、相手も警戒するポイントを覚えるでしょ?」
「……ああ」
東が頷いた。
「跳弾する方を意識させておいて、普通の弾を当てるわけか」
「そういうこと!」
奏真は嬉しそうに笑った。
「逆に、普通の弾を気にしてたら、跳ねた方が飛んでくるかもしれないし!」
当真が笑う。
「ははっ! なるほどな!」
奏真は続けた。
「大事なのはさ、跳ねる弾を撃つことじゃなくて、相手が跳ねる弾を警戒してくれることなんだよねー」
「……なるほど」
奈良坂は頷いた。
相手に跳弾を意識させれば、それだけで回避の選択肢が変わる。
通常の弾道だけを警戒していた時とは違う判断を迫られる。
そして、その判断を予測して本命の弾を選べばいい。
弾を二種類使うこと自体は、特別な発想ではない。
しかし、その二種類を見せることによって相手の思考を誘導し、以後の攻撃へ利用するという点が、奏真らしかった。
「……お前は結局、そこなんだな」
東が笑った。
「んー?」
「新しいトリガーを見ても、まず相手がどう反応するかを考える」
「あー!」
奏真は頷いた。
「そりゃそうでしょー!」
そして、楽しそうに言った。
「戦うのはトリガーじゃなくて、人間だからね!」
「…………」
奈良坂は、小さく息を吐いた。
それを聞いて、ようやく全てがつながった気がした。
《擬似風刃》も、八地点への予測射撃も、今回のフェイクの案も、考え方の根本は同じだった。
相手がどう動くか。
何を警戒するか。
どんな判断をするか。
それらを踏まえて、相手が自分の望む状況へ入ってくるように仕向ける。
奏真にとって、弾道とはそのための手段の一つでしかないのだ。
「……奏真さん」
奈良坂が尋ねる。
「んー?」
「その方法なら、跳弾を一度も命中させなくても意味があるんですよね?」
「もちろん!」
奏真は頷いた。
「相手が跳弾を警戒するようになったなら、それだけで普通の弾も当てやすくなるでしょ?」
「……そうですね」
奈良坂は静かに頷いた。
当真が面白そうに笑う。
「ははっ! そいつはいいな!」
「……当真さん?」
「いや、よく考えりゃ、これまでの話と一緒なんだよな」
当真はモニターを指した。
「奏真さん、自分の射撃の腕で当てに行くんじゃなくて、当たりやすいように相手を動かそうとしてるんだろ?」
「そうそう!」
奏真が嬉しそうに頷いた。
「流石当真!」
「ははっ!」
当真は笑った。
「ま、俺ならそこまでしなくても撃って当てるけどな!」
「いやー、それができるの羨ましいよー!」
「……何か、すげえ会話ですね」
佐鳥が呟いた。
荒船も頷いた。
「……確かに」
純粋な射撃技術に優れた当真と、シミュレーション能力に優れた奏真。
二人は、お互いに自分の得意分野で戦うことを当然と考えている。
それ自体は合理的だ。
だが、その得意分野が両極端すぎる。
「……それで」
荒船が奏真を見た。
「ん?」
「そのフェイク、普通の隊員にも使いこなせると思います?」
「……んー?」
奏真は少し考えた。
「そこまで難しくないと思うけどなー」
「……そうですか」
「最初に跳弾する弾を見せておいて、次は普通の弾を本命にするとか!」
「……はい」
「相手の回避傾向を見て、次の本命を決めればいいんだよ!」
「…………」
荒船は、ゆっくりと目を閉じた。
「……奏真さん」
「ん?」
「その『相手の回避傾向を見る』ってところが、一番難しいんすよ」
「……えー?」
「それが簡単にできるなら、みんなもっと楽に戦ってます!」
佐鳥も大きく頷いた。
「そうですよ! それに、ただでさえ設定が面倒な弾を二種類使い分けるんですよね?」
「そうだねー!」
「その上で相手を誘導して、本命まで変えるんですか!?」
「うん!」
「……無理じゃないですか?」
「いやー、慣れれば何とかならないかなー?」
その言葉に、奈良坂が苦笑した。
「……まず、その慣れるまでが大変だと思います」
「そうかなー?」
奏真は首を傾げた。
すると東が笑いながら口を開いた。
「奏真」
「ん?」
「お前の頭の中で簡単にできることを、そのまま他人にもやらせようとするな」
「……あー!」
奏真は、ようやく納得したように頷いた。
「そうだったねー!」
「そこからかよ」
当真が笑う。
小南も吹き出した。
「あはは! 奏真さん、やっぱり普及活動向いてないんじゃない?」
「えー!? そんなことないと思うんだけどなー!」
「だったら、まず普通の人が使える方法を考えなさいよ!」
「いやー、難しいねー!」
奏真は苦笑した。
「せっかく面白いトリガーなのになー!」
奈良坂は、そんな奏真を見ながら思った。
おそらく本人は、本当に難しいことをしているつもりがないのだ。
できないことを無理にやっているわけではない。
自分の射撃精度を理解し、その不足を予測で補い、当てやすい条件を作っている。
だから、本人からすれば合理的なだけなのだろう。
問題は、その合理性を成立させるために必要な思考能力が、普通の人間には再現できない水準にあることだった。
〇
検証会も終わりに近づいた頃、奈良坂は最後にもう一度だけ、あの三つ巴の記録を再生した。
屋上に立つ奏真。
二丁のケストレル。
八回の発射。
そのうち一発が分裂し、最終的には九つの弾道が残る。
全てが同じ時刻に到達し、結果として遊真と影浦を仕留めている。
そして、その瞬間に自分もベイルアウト。
あれほど複雑に見えた記録が、今なら別の意味を持って見えた。
奏真は、狙撃で無双したかったわけではない。
三人で遊ぶために集まり、せっかくだからケストレルの面白いところを見せようとした。
その結果、二人とも倒せる見込みを四割まで高めたうえで、八地点への予測射撃を行った。
外れれば、そこで自分だけベイルアウト。
当たっていれば、三人同時ベイルアウト。
そして、成功した場合は後から記録を見た人間が面白がれるよう、到達時刻まで揃えていた。
当たるかどうかは、最後まで確実ではなかった。
だからこそ、四割だったのだ。
「……東さん」
奈良坂が口を開いた。
「ん?」
「奏真さんの狙撃技術は、B級相応なんですよね」
「ああ」
「それなのに、あれだけの結果を出している」
「……そうだな」
奈良坂はモニターを見た。
「やはり、同じ基準では測れませんね」
「狙撃の腕だけなら、ちゃんと測れるんだけどな」
東は笑った。
「その腕で何をするかが、おかしいんだよ」
奈良坂は静かに頷いた。
その言葉が、今の自分には一番しっくりくる。
すると、背後から声がした。
「あ、そうだ!」
奏真だった。
「ん?」
東が振り返る。
「開発部の人達にさ、初心者向けの設定を簡単に呼び出せる仕組み、相談してみようかなって!」
「……おお」
東は少し驚いたように頷いた。
「いいんじゃないか?」
「でしょー!」
奏真は嬉しそうに笑った。
「そうすれば、ケストレルを使ってくれる人も増えるかもしれないし!」
「……それなら、いいと思います」
奈良坂も頷いた。
ようやく、まともな普及案に落ち着いたようだ。
しかし。
「……でもさー」
奏真が少し考えた。
「跳弾用トリガーの方も完成したら、どうせなら一緒に使いやすくしたいよねー!」
東が苦笑した。
「……まずは一つずつにしないか?」
「えー?」
「射手型も、跳弾型も、まだ試作品なんだろ?」
「そうだねー!」
「だったら、完成したものから順番に考えればいい」
「……あー!」
奏真は納得したように頷いた。
「確かにねー!」
そこへ当真が、面白そうに口を開いた。
「……でもよ、奏真さん」
「ん?」
「開発部がまた変なもの作ってきたら、どうするつもりだ?」
「……え?」
奏真は不思議そうに首を傾げた。
そして。
「面白そうだったら、そりゃ協力するよ?」
迷いのない即答だった。
「ははっ! だよな!」
当真が笑う。
荒船は天井を仰いだ。
「……結局、そこに戻るんすね」
「いやー!」
奏真は心底楽しそうだった。
「だってさ、俺とデルミが無理だろうって言ったものを、二回も形にしてきた人達だよ?」
笑う。
「次は何を作ってくれるのか、楽しみじゃん!」
その言葉に、東は小さく頷いた。
「……まあ、その気持ちは分かるな」
開発部の技術力を評価し、そこから生まれる新しい可能性を楽しみにしている。
その点については、東も異論はなかった。
ただし、その技術を使って奏真が何を始めるかについては、別の問題である。
「……奏真」
「ん?」
「次は普通に使えるところから始めような」
「……えー?」
奏真は少し考えた。
そして、困ったように笑った。
「でも、普通に撃つだけならケストレルじゃなくてもよくない?」
荒船が、ゆっくりと机へ額を伏せた。
佐鳥は天井を仰いだ。
小南は楽しそうに笑っている。
当真も腹を抱えていた。
奈良坂は、静かに目を閉じた。
そして東春秋は、旧友の顔を眺めながら思った。
この男は、間違いなく優秀なオペレーターだった。
戦場全体を見渡し、無数の選択肢を考え、その中から最適な手を選ぶ。
その能力は、今でも失われていない。
ただし。
自分の楽しみが絡んだ時だけは、最適な選択肢が少しばかり変わってしまうらしい。
「……いやー、狙撃って奥が深いねー!」
奏真は楽しそうに笑っていた。
東も苦笑した。
そして奈良坂は、ようやく結論を出した。
城戸奏真は、狙撃手として特別に命中率が高いわけではない。
だが、普通の狙撃手が腕を磨いて当てようとする弾を、最初から当たる状況へ持っていこうとする。
だから、普通の狙撃手には真似ができない。
狙撃が上手いのではない。
狙撃を当てるための戦場を作るのが、異常に上手いのだ。
そして、そんな能力を持った男が、今度は開発部と一緒に新しいトリガーを試そうとしている。
その先に何が待っているのか。
少なくとも奈良坂は、今のところ考えないことにした。
考えたところで、どうせ予想を超えてくるのだろうから。
――完。
今回、オリジナルトリガー要素満載です。
一応原作基準で合ってもおかしくない範囲のトリガーに調整しているつもりですが、調整難しいですね